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カリフォルニア大学、エルゼビア社との転換契約を発表
カリフォルニア大学は、2021年3月16日、エルゼビア社との転換契約を発表しました。2019年2月に契約交渉が決裂して以来、カリフォルニア大学の研究者は2年以上、エルゼビア社の学術雑誌へのアクセスがありませんでしたが、契約期間開始の4月1日から再び、アクセスが可能となります。また、同社のハイブリッド誌およびオープンアクセス(OA)誌に掲載されたカリフォルニア大学研究者の論文は、基本的に全てOA出版されます。同社雑誌の論文掲載料(APC)は本契約により、ディスカウント価格となります。契約期間は、2021年4月1日から2025年3月31日の4年間です。
この契約は、pay to publish modelと呼ばれ、契約金額は論文投稿数をベースとしています。契約金額は約1100万ドルで、カリフォルニア大学が2018年に購読料として負担していた額とほぼ同額です。この契約金額は、毎年2.6%上昇の予定です。カリフォルニア大学によると、この契約は、同大学が2018年にエルゼビア社と締結していた購読契約にAPC分を合わせた額より7%の経費削減となるそうです。
この契約は、エルゼビア社のトップジャーナルであるCell誌とLancet誌を含むことにおいて、注目されます。世界の転換契約において、大手学術出版社のトップジャーナルは契約から除外されています。ただし、カリフォルニア大学とエルゼビア社との契約においても、両誌は例外的な扱いとなっています。一般の学術雑誌におけるAPCのディスカウントは15%であるのに対して、両誌のディスカウントは10%です。また、両誌におけるOA出版は、契約期間3年目以降の予定とされています(ただし、この開始を前倒しにすることも検討されています)。
論文出版において発生するAPCは、大学と研究者の両者により原則負担されます(multi-payer model)。カリフォルニア大学がはじめの1000ドルを負担し、不足が生じた場合、研究者が残りを負担します。研究助成を得ていない研究者については、大学が全額負担します(ただし、この適用も、Cell誌とLancet誌については、契約期間3年目以降です)。
研究者が負担する分も合わせて考えると、カリフォルニア大学がエルゼビア社に対して負担する額は、契約金額の1100万ドルではなく、1800万ドルに上ると推定されています。転換契約は購読契約に比べて一般に、論文を多く生産する研究大学において大幅な負担増を意味するため、カリフォルニア大学はこの増額分を研究者が獲得している競争的資金に依存することとしました。
カリフォルニア大学は全米論文生産の約1割を担うため、この契約は全米最大規模のOA出版契約と称されています。エルゼビア社の雑誌における論文掲載は、同大学の総論文生産の17%を占めるため、カリフォルニア大学はその目標とする「全論文のOA出版」に向けて大きく歩を進めたことになります。同大学は、エルゼビア社を含め既に9社と転換契約を締結しており、生産する全論文の約3割がOAとなる見通しです。現在、更に5社と転換契約に向けて交渉をしており、数年後には全論文の約7割をOAとする予定です。
転換契約(transformative agreement)は、OA2020により提唱され、「プランS」によりここ数年で強い推進力を得た契約形態です。従来、機関により負担されていた購読料と、研究者により負担されていたAPCを機関契約に一本化し、機関の生産する論文を全てOA出版することで、OA出版される論文の比率を徐々に高めます。世界の主要国の主要機関が転換契約を結ぶことで、世界の論文の大部分がOA出版され、学術情報流通が最終的には完全にOAとなり、その学術情報流通に関わるコストが購読料ではなくAPCで負担されることを目標としています。
転換契約は欧州を中心に展開されているイニシアティブなため、カリフォルニア大学の動きは米国内で異例です。カリフォルニア大学が2019年にエルゼビア社と決裂した際は、米国の多くの大学が賛意を評しましたが、その後、転換契約に向けて交渉する大学は少なく、近年はむしろ、新型コロナウイルス感染症拡大に伴う財務悪化により購読契約を解約する動きが広まっています。カリフォルニア大学と同様に、OA出版を推進するMITは、今回のAPCに基づく契約形態が経済的に恵まれない国や機関の研究者を排除する危険性について懸念を示しています。
なお、カリフォルニア大学と同様にエルゼビア社と2017年に契約決裂し、全国的に既に3年以上、エルゼビア社の雑誌へのアクセスがないドイツの動きが注目されています。エルゼビア社は、ドイツと契約決裂した後、プランS対象国を中心に転換契約を9カ国と締結し、経験を積んだ上で、カリフォルニア大学に対して契約再開を2020年6月に求めてきました。ドイツもカリフォルニア大学と並んで大口顧客のため、水面下で契約交渉が開始していると目されています。
○ カリフォルニア大学からの発表
[University of California Press Room] (2021.3.16)
UC secures landmark open access deal with world's largest scientific publisher
[Berkeley News] (2021.3.16)
UC's deal with Elsevier: What it took, what it means, why it matters
[Berkeley Library News] (2021.3.16)
Breaking: University of California strikes landmark open access deal with publishing giant Elsevier
[Office of Scholarly Communication, University of California] (2021.3.16)
UC and Elsevier
○ 各種メディア発表
[The Daily Californian] (2021.3.18)
UC strikes deal with Elsevier to increase research accessibility
[Los Angeles Times] (2021.3.16)
Column: UC achieves another big win in its long battle with major scientific publishers
[Science] (2021.3.16)
California universities and Elsevier make up, ink big open-access deal
[Chemistry World] (2021.3.18)
University of California and Elsevier finally reach open access deal
○関連情報
[mihoチャネル] (2019.3.1)トップジャーナル、プランSを批判 & カリフォルニア大学、エルゼビア社と交渉決裂
(所感)
カリフォルニア大学とエルゼビア社の転換契約の成立は、各種メディアにおいて報じ立てられました。各メディアで報じる力点が少し異なるため、ここではそれらを総合して、事実関係を記述しました。
以下の所感では、カリフォルニア大学が契約にあたり適用した「multi-payer model」と、今後の世界のOA出版の行方に着目して論じたいと思います。
Multi-payer modelの利点と適用可能性
カリフォルニア大学はエルゼビア社との転換契約を負担する上で、大学と研究者の共同負担という方法を採りました(multi-payer model)。そのようにしないと、OA出版契約(=転換契約)を負担しきれないためです。従来型の購読ベースの契約形態は、「学術情報流通に関わるコスト」を、学術雑誌を購読する世界のあらゆる機関で分散して負担できますが、OA出版契約は論文の生産数に応じてコスト負担をするため、論文生産数の多い研究大学に負担が集中します。カリフォルニア大学の場合は、購読料としてこれまで負担していた1100万ドルが、OA出版契約に切り替えることで1800万ドル超になるため、これまでの図書館予算では負担しきれず、これまでもAPCが研究者の競争的資金の研究費により負担されていたことに鑑み、引き続き研究者にも負担を請うこととなりました。
転換契約の進む欧州では、プランSにより、研究助成機関や機関がAPCを負担することとなっているので、研究者がAPCを負担することは想定されていません。また、欧州は米国に比べると大学間の研究力の違いが明確ではなく、さらに、機関単位ではなく国レベルのコンソーシアムで出版社との契約がなされることが多いため、転換契約においても機関間の負担の差を和らげるクッションが何段階かあるのでしょう。
カリフォルニア大学は、APCに基づくOA出版契約の負担可能性を2016年にアンドリュー・W・メロン財団の支援を得て調査しており、その調査結果の発表において、「カリフォルニア大学はOA出版を追求したいと考えているが、米国は従前からグリーンOA路線であるのに対して、英国を含む欧州はゴールドOA路線であり、両者を同時に満たすことはできないため(we cannot have both)、OA出版契約を可能とする方法を検討した」と述べています。Multi-payer modelは、この調査の結果として出てきました。
[Coalition for Networked Information, cni] (2016.12.12-13)
The Cost of Open Access to Journals: Pay It Forward Project Findings
カリフォルニア大学はエルゼビア社との転換契約において研究者にも負担を求めたことについて、大学が全額負担不能なやむにやまれない結果とするのではなく、研究者にも負担を求めることで(have skin in the game)、研究者のコスト意識に訴えつつ、APCの上昇を防ぐのに有効な手段と評しています。研究者がAPCを一部負担することで、雑誌の権威性だけでなく、APCの価格も考慮に入れて論文投稿先を決めるため、雑誌間に価格面の競争が生じ、学術雑誌のAPCが中長期的には引き下げられることが期待されています。
また、欧州のOA出版契約では機関がAPCを負担するため、研究者の論文投稿を特定の出版社の雑誌に誘導してしまうことが懸念されていますが、multi-payer modelでは研究者にも一定の負担を求めることにより、それほど強い誘導作用が働かず、「学問の自由」の侵害にもさほどならないとしています。ちなみに、カリフォルニア大学によるAPCの1000ドルの負担は、エルゼビア社の雑誌だけでなく、同大学が転換契約を締結した他社の学術雑誌における論文掲載においても適用されます。
[Office of Scholarly Communication, University of California]
An introductory guide to the UC model transformative agreement
一方、学術情報流通において定評のある情報誌Scholarly Kitchenにおいて、イリノイ大学アーバナシャンペン校のLisa Janicke Hinchliffe氏はmulti-payer modelについて、出版社に大学が機関負担可能な額を超えて収入を得る道を開いたと懸念を表しています。また、この方式において研究者が今後、どのような行動をとるかは未知数であるとしています。しかし、購読契約の下、研究者がAPCを研究費から100%負担した場合に比べて、今回のカリフォルニア大学の転換契約が7%の経費削減につながるというメリットがあったことは認めています。
[Scholarly Kitchen] (2021.3.3.16)
The Biggest Big Deal
カリフォルニア大学としては、OA出版を推進するという目標を立てた上で、現実的に実現可能な方法を編み出したということでしょう。カリフォルニア大学のプレスリリース(一番初めの参考文献)によると、エルゼビア社との転換契約は教員によって支持された2つの目標を満たすそうです。1つは、同大学の研究に対してユニバーサルなOAを確保すること、もう1つは、機関負担の購読料と研究者負担のAPCを1つの契約にまとめることにより、負担総額を削減することです。
個人的には、日本の研究大学においても、現在負担している「機関負担の購読料と研究者負担のAPCの総額」より契約金額を削減することができるのであれば、multi-payer modelはOA出版契約を実現する上で、有効な方法となり得るのではないかと思っています。
日本は米国と同様、グリーンOAを推進しており、現段階において研究助成機関はOA出版を推奨しているものの、APCを研究費の枠外で補助するといったゴールドOAにまではコミットしていません。また、日本も米国と同様、大学の多様性が大きく、OA出版契約に移行した際に、一部の研究大学に負担が集中します。大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)の試算によると、日本の大学40校弱において負担が増す可能性があるそうです。これら負担が増す大学は研究大学であり、転換契約を通じて恩恵を得る可能性のある大学群であるにもかかわらず、転換契約の契約額がこれまでの購読契約の機関負担額を上回るために、機関のみが契約総額を負担する場合、予算的に契約締結が困難です。
無論、Hinchliffe氏の言うように、転換契約を通じて、研究者の競争的資金の研究費まで出版社に吸い取られないようにすることは、ひとつの見識です。しかし、研究者の研究費は既に、機関の出版社との契約と独立してAPCとして支出されているのです。このため、現在負担している「機関負担の購読料と研究者負担のAPCの総額」より契約金額を削減することができるのであれば、multi-payer modelはOA出版契約を実現する上で、有効な方法と言えるのではないかと思います。
他方、真に得をするためには、APC負担が現状どの程度か、転換契約により負担がどのようになるかの推定が肝要となります。上記、メロン財団の支援を得たカリフォルニア大学の調査では、「APCをどのように精緻に雑誌単位で割り出しても、多様なディスカウントがあり、また、出版社が自社に有利な値付けをして価格上昇するため」、独自の大胆な方法によりAPCを推定し、APC負担総額を割り出しています。具体的には、雑誌のインパクトファクター(IF)と雑誌のAPCには強い相関があるため、OA誌PLOSのAPCを基準に、雑誌毎のAPCを雑誌のIFから割り出し、雑誌ごとの論文出版実績を乗じて、APC負担総額を割り出しています。日本でも参考にすると良いかもしれません。
なお、2021年2月にJUSTICEと国立大学図書館協会学術資料整備委員会電子ジャーナルWG(EJWG)が合同で大学図書館員を対象に、転換契約の一種である「Read&Publish契約」についてアンケート調査をしました。そこでは、このような契約形態が「APCの高騰」につながることについて強い懸念が示されたほか、現状では機関がRead分を、研究者がPublish分のAPCを負担しているため、Read&Publish契約は機関と研究者が共同して取り組まなくてはならない、大学図書館のみで契約交渉および締結は難しいとの意見が複数示されました。これらの観点からも、カリフォルニア大学のmulti-payer modelは有効のように思います。(この調査結果は、JUSTICEニューズレターのjusmine 40号(2021年3月号)に掲載されています。ただし会員館限定の閲覧だそうです)
世界のOA出版の行方は如何?
さて、世界の学術論文のOA出版は、OA2020とプランSを契機に、学術情報流通コストをAPCで賄うゴールドOAに強くシフトしていますが、これは今後の主流となるのでしょうか?
今回のカリフォルニア大学の転換契約については、賛意のみが表されている訳ではありません。上述のHinchliffe氏もそうですし、カリフォルニア大学の研究者にも残念とする声があります。たとえばTwitterでは、「私はカリフォルニア大学がエルゼビア社に対抗していることについて、とても誇らしく思っていました。今でもそうです。しかし、この転換契約は中途半端です。学術出版のコストを大学と研究者で負担しています。学術出版は引き続き、学術と納税者を搾取し続けます」とあります。
カリフォルニア大学はこれまで、図書館だけでなく大学教員も、エルゼビア社に対して反旗を翻してきました。現在、OA誌の代表格となっているPLOSは、同大学教員のMichael Eisen氏(計算生物学)とスタンフォード大学のPatrick O. Brown氏(生化学)により創設されました。カリフォルニア大学の教員はそれ以外にもたびたび、エルゼビア社への論文投稿や査読、編集委員となることについてボイコット運動をしています。このような気風の教員からすると、今回の転換契約の条件は中途半端に見えるのでしょう。
[The Scientist] (2021.3.18)
University of California and Elsevier Forge Open-Access Deal
[mihoチャネル] (2019.8.19)
UCバークレー教員、エルゼビア社に通告。契約交渉を再開せよ、さもないと...!
カリフォルニア大学と同様、OA出版を求めてエルゼビア社と2020年6月に契約決裂したMITも強い懸念を示しています。カリフォルニア大学とエルゼビア社との間の契約が成立したことについてMITは、「同大学の論文が出版と同時に世界のあらゆる人にオープンで共有されるようになった」と評価を示した上で、MIT図書館のウェブサイトに次のようにコメントしています。
「MITでは何年もかけて、OAのモデルを開発したり、実験したりしてきました。この経験を通じて我々は、今回のUC-エルゼビア社や他の契約に見られる「論文単位の支払いモデル」の持つ意味に懸念を持つようになりました。研究者と研究助成機関、または大学が、論文を出版する権利を得るために高額かつ不透明な額を支払うという慣習を形成することは、十分に豊かでない機関や分野を〈学術活動から〉締め出す危険性があります。学術雑誌に論文を掲載することに関する機会の公平性は、学術雑誌をオープンアクセスで読めるということと同じぐらい、学術の完全性や有用性(integrity and usefulness of scholarship)にとって重要です。
エルゼビア社と契約決裂してから10ヶ月たった今もなお、あらゆる学術出版社に対するMITのビジョンとアクションは、「出版社との契約に関するはMITの枠組み(MIT Framework for Publisher Contracts)」に記したように、オープンさ、公平性と、透明性であり続けます」。
このコメントに言及のある「出版社との契約に関するはMITの枠組み」には、次のような目標と原則が掲げられています。
○目標
- ・ 「MITの研究へのOAに関する全学TF」の2019年提言に示されている、MITの使命、原則、方針に則した条項
- ・ 出版社の提供する付加価値サービスに対する、正当かつ持続可能な価格を示す条項
- ・ 自身の知的成果物に対する研究者と学術コミュニティのコントロールを保持かつ保護する条項
○原則
- ・ いかなる論文著者も、いずれの学術雑誌に論文出版する際において、機関あるいは研究助成機関のOAポリシーを放棄しなくてよいこと。
- ・ いかなる論文著者も、著作権を放棄する必要がなく、それどころかその代わりに、自身で出版(公開)し再利用できるオプションが提供されること。
- ・ 出版社は論文出版後即座に学術論文を機関リポジトリに直接デポジットするか、即座の導入を可能とするツールまたはメカニズムを提供すること。
- ・ 出版社はあらゆる契約の標準として、購読コンテンツに対するコンピュータアクセスを提供すること。この際、購読コンテンツに対する非消費的(non-consumptive)なコンピュータ解析に対する制約は設けないこと。
- ・ 出版社は、「信頼できるデジタルアーカイブ(trusted digital archives)」に参加することを通じて、自社のコンテンツに対する長期的なデジタル保全とアクセスを保証すること。
- ・ 機関は、出版社の提供する付加価値サービスに対して、コストに応じた透明性ある価格設定モデルに基づく、正当かつ持続可能な対価を支払う。
[MIT Libraries News] (2021.3.18)
MIT Libraries and Faculty Committee on the Library System on UC-Elsevier Deal
MIT Framework for Publisher Contracts
Recommendations of the Ad Hoc Task Force on Open Access to MIT's Research (2019.10.17)
[Inside Higher Ed] (2021.3.17)
Big Deal for Open Access
[Inside Higher Ed] (2020.6.12)
MIT Ends Negotiations with Elsevier
MITのOA出版の考え方は、(1) 研究者と学術コミュニティが自身の研究成果について全ての権利を保持し、再利用できること、(2) 論文情報のコンピュータ解析が想定されていること、(3) それを自在に行うためにも、論文コンテンツの印刷版を出版後即座に機関リポジトリにデポジットすることを求めていることなどに特徴があります。
ちなみにカリフォルニア大学も2018年に、出版社との価格交渉の方針を記した「行動計画」を発表していますが、研究者の自身の論文に対する権利保持や再利用といった視点は埋め込まれておらず、基本的には、即時のOA出版を目指すことと、コスト削減を最優先事項とすることを中心に記述しています。また、OA出版において、APCをベースに対価を支払うことが前提となっていることが読み取れます。
それにしてもMITはこうしたサービスに対して、「コストに応じた透明性ある価格設定モデルに基づく、正当かつ持続可能な対価」を支払うとしているわけですが、例えば上述の(1)〜(3)のコンテンツの再利用に関わるサービスについて、どのようにコスト積算すれば、「コストに応じた透明性ある価格設定モデルに基づく、正当かつ持続可能な対価」であると納得できるのでしょうか?「○○人月」とあっても、本当にそれだけの労働力がかかるか分からないわけですし、出版社はそれだけ必要であると常に主張するでしょうし。。。
[mihoチャネル] (2018.7.3)
カリフォルニア大学、学術雑誌の価格交渉方針の転換に関する行動計画を発表
一方、出版社はこうした世界的な即時OA出版の進展について、強い危機感を抱いています。たとえば最近では、英国出版社協会(The Publishers Association)からの委託による「英国研究・イノベーション機構(UKRI)の新OAポリシーの経済的インパクト評価」調査報告書が発表されましたが、そこでは、(1) 即時OA出版への転換により2022〜27年に20億ポンドの損失が見込まれているだけでなく、(2) これまでの学術出版の輸出に関わる損失も見込まれ、(3) 研究大学は購読ベースからAPCベースに移行することにより年間1.3〜1.4億ポンドの損失が見込まれるとあります。さらに、英国の大学図書館は引き続き非OAコンテンツにより購読料を支払わなければならないため、UKRIがプランSに基づき即時OA出版に移行することは甚大な経済的損失につながり、英国の研究競争力を弱体化させる危険性があると警鐘をならしています。
この調査報告に対してOA誌「PLOS」は、このインパクト評価が従来型の購読モデルをベースに評価しているのに対して、論文のオープンアクセス及びオープン研究(Open Research)ではより広い範囲で、研究の便益が得られることを指摘しています。また、OA出版でも十分に持続可能かつ利益の出るビジネスモデルを形成することができることを指摘した上で、出版社は次世代の出版モデルを生みだし、リードしていかなくてはいけないと主張しています。
しかし、研究者からのAPC負担に収益を依存するPLOSも利益確保においては苦しんでおり、最近では「Community Action Publishing(CAP)」という、契約相手を研究者から機関に移す新しい契約方法を生み出したばかりなので、あまり説得力がありません。
FTI Consulting, "Economic assessment of the impact of the new Open Access policy developed by UK Research and Innovation" (2021.2.17)
The Official PLOS Blog, "Open Response to "Economic impact of UKRI open access policy" report" (2021.3.17)
[mihoチャネル] (2020.11.28)
ネイチャー誌とその姉妹誌、120万円のOA出版オプションを設定
最後の頼みの綱は、ダイヤモンドOAと呼ばれる、商業出版社には依らない、学会等の学術コミュニティや政府が支える学術OA出版モデルですが、政府ベースの場合はともかくとして、学術コミュニティが維持する学術出版は概して小規模で、持続性や透明性において課題があります。
プランSからの委託による「ダイヤモンドOA誌調査」報告書が2週間ほど前に発表されましたが、これら雑誌が全般にプランSに適合の方向にあるものの、ボランティアや大学、政府などに運営を依存しており、科学的堅実性(scientific strengths)や運営上の課題も見られるため、技術的サポートやキャパシティビルディングが必要と提言しています。
各国の学術コミュニティが支える小規模かつ多様な学術雑誌が学術の進展を支える上で重要であることは、『書誌多様性』の概念で強調され、オープンアクセスリポジトリ連合(COAR)もこの形成に向けて行動を呼びかけているところですが、いずれにしても、ダイヤモンドOAを構成する学術コミュニティによる学術雑誌の安定した発展には、周囲からの暖かい理解と手助けが必要のようです。
OA Diamond Journals Study (2021.3.9)
[RCOS News] (2020.5.29)
COAR論文「学術情報流通における『書誌多様性』の形成に向けて ―行動の呼びかけ― 」(日本語版)をNII機関リポジトリにて公開しました
政府ベースの学術出版プラットフォームとしては、南米のSciELOと日本のJ-Stageが有名です。一方EUでは最近、Horizon2020と以降のHorizonからの研究成果をオープンに出版できる「Open Research Europe」を発表しました。
「Open Research Europe」は、F1000Research上で運営され、論文だけでなく研究データも同時に公開でき、オープン査読にも対応しています。J-Stageのように、複数の学術雑誌をこのプラットフォーム上で運営するのではなく、「Open Research Europe」に多様な分野の論文が一緒に掲載されます。ある意味、PLOSと同じメガジャーナルです。学術雑誌のIFを気にする論文投稿者向けか、この説明サイトには「研究評価のためのサンフランシスコ宣言(DORA)」への言及があり、論文を掲載された雑誌の権威性ではなく、論文の質そのものを評価する意図が示されています。
「Open Research Europe」に研究成果を掲載すれば、EUのOAポリシーに適合するというメリットが謳われており、Horizon2020やHorizon Europeの研究助成を得ている者は、APC無しで研究成果を発表できるとあります。EUはプランSに賛同しており、Horizon EuropeからはプランSが適合されるため、このプラットフォームはプランSに適合した一つの論文出版先として用意されています。
Introducing Open Research Europe
これらの動きを眺めていると、学術出版は今後、政府あるいは機関がOAの学術出版プラットフォームに対して一定の費用負担する「ランプサム契約」に落ち着いていくような印象を持つのは私だけでしょうか?
結局のところ、デジタルの時代において、合理的なコスト積算を雑誌単位あるいは論文単位で行うことは不可能です。また、学術機関においてこれらが負担不能なだけでなく、学術出版サービスを提供する出版社にとっても、機関単位あるいは研究者単位のテーラーメイドの契約とサービスを毎年毎年編み出すのは、手間がかかってしょうがない。利益率40%を得ているという現実があるとはいえ、出版社が出版ビジネスを放棄するのではないか、という懸念を示す図書館員の声を時折聞きます。
実際、転換契約自体も、購読料分とAPC分の費用がそれぞれいくらなのかという明確な計算式がないまま、これまでの負担額からの増減で価格交渉をしており、購読モデルにしても、APCに基づくOA出版モデルにしても、結局は費用負担を機関に押しつけて、機関と出版社の綱引きの中で価格形成がなされるように見えます。
また、プレプリントの隆盛に見るように、デジタル時代においては査読以上に、情報への迅速なアクセスや研究アイディアの共有に対して需要が高まっており、F1000Researchがサポートする迅速な論文公開と、論文出版後のオープン査読が今後の潮流となるのではないでしょうか。
これまでは、学術雑誌とそれに付随する査読が論文の品質を保証してきましたが、そうした論文の品質保証以上に、スピードや、より多くの学術情報へのアクセスへの需要が高まっているように思います。世界的な論文数の爆発的な増加により査読が追いつかないような状況ですし、学問の細分化及び学際化により自身に適切な学術雑誌が見つからずPLOS等の学問分野を指定しないメガジャーナルへの論文投稿が増えてる状況です。また、学術雑誌を通じて論文が厳選されてしまうより、ネガティブリザルトも含め論文として共有し、重複した研究努力を防いだ方が、健全な学術の発展が期待できます。
こうした私の観測が仮に正しかった場合、日本は政府ベースのJ-Stageで世界に先手をとっていると言えます。現状では学術雑誌を多数搭載する学術出版プラットフォームですが、ここに出版後のオープン査読をサポートするメガジャーナルを1つおいて、世界に開放することはできないのでしょうか? APCを格安にして世界からの投稿を読み込めば、世界各国の学術を日本でホストすることができます!
先日3月1日に開催されたJ-Stageセミナーにおいても、J-Stageを利用する学術雑誌から「J-Stageをアジアに展開すると良い」という声がありましたが、その方向の取り組みに期待したいところです。
船守美穂