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トップジャーナル、プランSを批判 & カリフォルニア大学、エルゼビア社と交渉決裂

ネイチャー誌とサイエンス誌を含むトップジャーナルの出版社が、プランSに適合できないと主張しています。プランSとは、論文出版が2020年以降、即座にOAで出版されることを義務付ける欧州のイニシアティブです。

この出版社のアピールは、プランSが2月8日に締め切ったパブコメから判明しました。パブコメには約600のコメントが寄せられ、その多くは世界主要学術出版社からのものでした。多くの出版社は、プランS推進主体に対して、プランSの目的とするところを全般には共有するものの、その具体的な方法については意見を異にすると主張しました。また、プランSに向けての移行期間が短すぎると主張しました。

プランSでは11月に公開した具体的なガイドラインについて、パブコメを求めていました。同ガイドラインには、2020年以降、プランSを支持する研究助成機関から助成を得る研究者は研究成果をOA誌に出版するか、OA誌以外に出版した場合は最終版に近い原稿(near-final copy of the manuscript)をプランSに適合したリポジトリにて即座に公開しなくてはいけないとしています。研究助成機関は、ハイブリッド誌への論文出版は費用負担しません。ハイブリッド誌とは、基本的にはクローズドな購読誌であるが、OAのための料金が別途支払われた論文はOAで出版する雑誌のことです。プランSではさらに、OA誌における論文掲載料(APC, article processing charge)の上限についてイメージがつかめるように、「適正価格」を決めるとしています。

極めて厳選した採択を行うトップジャーナル(highly selective journals)は、雑誌運営にかかる内部費用が高く、論文著者のみに費用負担を求める完全OAモデルでは運営ができないと主張しました。論文著者個人に法外な論文投稿料を求めるか、あるいは、〔論文の採択率を上げ〕論文の水準の低下を招くか、いずれかになると主張しています。また一部の出版社は、ハイブリッド誌に関する方針の再検討を要請しました。

しかしこれら出版社の主張は、EUのOA担当でプランSの設計者であるRobert-Jan Smits氏にはねのけられました。プランSには現在18の研究助成機関が参加しています。Smits氏は、これら権威ある学術雑誌が新しいビジネスモデルを提案しなくてはならないと主張しています。「音楽や映画業界において起きたことが今度は、学術出版業界においても起こっているのです」。

高コスト体質

サイエンス誌を出版する米国科学振興協会(AAAS)と、ネイチャー誌ファミリーを出版するシュプリンガーネイチャー社は、雑誌出版が高コストになるのは、これら雑誌が専門のエディターをインハウスに擁し、これらエディターが出版されるのより遙かに多くの論文を評価し、最終的には却下もするためと主張しています。また、これら雑誌は研究成果発表以外に、ニュースや論説などを掲載していることもコストに繋がっているとしています。(なお本記事をまとめているネイチャー誌のニュースチームは、出版社のシュプリンガーネイチャーとは編集面では独立しています)。

シュプリンガーネイチャー社によると、ネイチャー誌ブランドの雑誌における一論文出版当たりのコストは1~3万ユーロであり、これは採択がさほど厳しくない専門誌より遙かに高いと言っています。このような費用は、研究者や研究助成機関が負担可能な論文掲載料を超えると同社は主張しています。
AAASは、一論文当たりの出版コストを提示しませんでしたが、こうしたトップジャーナルは研究者から「質と研究評価のフィルター」とみなされていると言いました。研究助成機関の負担する論文出版の費用に制限を課すというのは、「科学研究の正確な出版記録を残すことへの脅威となる」とのことです。

シュプリンガーネイチャー社は、トップジャーナルがプランSに適合するためには、段階的に即座OA出版に移行するなどの、別の方法が必要と主張します。たとえば、出版社が購読誌からハイブリッド誌、あるいはある雑誌のOA版を別途創設うるための「ポリシーや財政支援」を提供することにより、段階的に、元々の購読誌とは独立したOA誌を展開できると提案しています。また、出版版に近い最終稿は出版6ヶ月後に〔機関リポジトリを通じて〕共有し、出版版は購読料を通して、もしくは無料の閲覧のみが可能な共有リンクを通して、アクセス可能とすることも提案しています。(この方法は現在プランSが要求する基準に適合しません)。

また他の学会組織は、完全OAモデルに移行することは可能であるものの、高い論文掲載料を要求するか、経営を維持するために、より多くの論文を出版しなくてはならなくなると主張しています。後者は質の面で妥協をすることに繋がる可能性があります。
トップジャーナルである米国科学アカデミー紀要(PNAS, Proceedings of the National Academy of Sciences)は、OA論文を一本出版するのに約6千ドル(70万円)を論文著者に求めなければいけないとしています。また、この論文著者の費用負担以外に、完全OA誌に移行するために数百万ドルが追加的に必要と主張しています。「完全OA誌への移行コストを負担できるだけの財務的余裕のある学会組織は、米国科学アカデミーを含め、皆無と思います」とMarcia McNutt米国科学アカデミー会長は述べました。

移行契約(Transformative deals)

多くの欧州ベースの出版社―たとえばブリストルにあるBritain's Institute of Physics(IOP)やケンブリッジにあるRoyal Society of Chemistry(RSC)は、プランSが設定する「移行契約」の許容期間が短すぎると反発しています。欧州の研究者からの需要が近年高まっているRead and Publish契約においては、図書館コンソーシアムは引き続き購読誌に掲載された論文について購読料を支払わなければいけませんが、研究者はOAという条件で出版ができます。プランSでは、この移行契約は2024年以前に終了しなくてはならないとしています。それまでにハイブリッド誌は、プランSの認めるOAモデルに移行していなくてはなりません。

このような契約を9カ国と締結〔Springer Compact〕しているシュプリンガーネイチャー社は、この契約は維持されてしかるべきと主張しています。この方式に研究者は馴染んでおり、多くの研究者は自身の論文を即座OAにしたそうです―つまり、ハイブリッド誌を完全OA誌に転換する必要はないと同社は主張しています。IOPやRSCも、このOA方式のメリットを指摘しました。

シュプリンガーネイチャー社とIOP出版は、一部の諸国における取り決めに基づいて、同社が出版する全ての雑誌をOAにすることはできないとしています。これら諸国の著者の比率はとても限定的なのです。また出版社は、AAASを含め、ハイブリッド誌への出版を禁じることは、研究者が自身が出版したいという雑誌の選択の自由を侵害すると主張しています。

これからの交渉(Negotiations ahead)

プランSのパブコメへの回答者のなかに名前がなかったのは、オランダの巨大出版社エルゼビア社です。エルゼビア社はLancet誌とCell誌を含む約2960誌を出版していますが、同社はプランSにコメントを寄せる代わりに、国際学術出版社協会(International Association of Scientific, Technical and Medical Publishers)と共同でコメントを提出したとしています。国際学術出版社協会は、OA化に向けた「単一の方法(one-size-fits-all)」は存在しないこと、またプランSの求める期限が性急すぎると主張しています。

シュプリンガーネイチャー社は、プランS推進主体は各出版社と個別に内密(confidential)な話し合いをし、「二者間の合意(bilateral solutions)」を模索すべきと提案しています。Smits氏は、大手出版社の代表とプランSに賛同する研究助成機関の代表からなるワーキンググループを形成し、各契約の合意が容易となるような基本原則を見いだす方法を好むとしています。「〔OA化に向けた〕基本原則を調整するにあたり、価格設定はそのなかに含めることはできませんが、透明性は含めることはできます」と同氏は述べました。

ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)図書館サービスのPaul Ayrisディレクターは、出版社がOAの要求に適合するビジネスモデルに変えないでよい理由はない、と主張しています。「古い慣習に縛られた商用出版は、現実に立ち向かわなければいけません」。

[Nature] (2019.2.26)
High-profile subscription journals critique Plan S

[Inside Higher Ed] (2019.2.19)
Who's afraid of Plan S

出版社が反発していますねえ。まあ無理もないとも言えます。いきなり即座OA誌でなければダメだの、ハイブリッド誌は禁じるだの言われ、ビジネスモデルを根底から変えることを要求されているのですから。しかも、購読料収入から論文掲載料収入に移行しろと要求されているわけですが、この論文掲載料に上限まではめられるって、一体どういうこと!?と憤るのも無理ありません。
無論、出版社側がぎりぎりまで印刷体時代のビジネスモデルで粘っているのも事実ですし、彼らが収益率40%といった法外な利益を上げていて、一方でアカデミアは自分達の生産物である論文に自分達ですらアクセスできなくなっているというのも事実なので、少しは出版社に譲歩させる必要があると言うものの、こうした民間企業の経営方針というのは上から押しつけても良いものなのでしょうか?

ただしこうやって激しく対立し、お互いの主張や言い分を明確にしていくプロセスを経て、どこら辺が妥協可能なポイントなのか、またどのようにしてデジタル時代の学術出版ビジネスモデルに移行していけば良いのかなどが見いだされてくると思うので、これはこれで健全な過程なのでしょう。しっかりとした主張をすることに慣れていない日本の機関には、このような場面に行き当たると結構大変なのかもしれませんが。

エルゼビア社が独自にはコメント提出しなかったというのは、どういうことなのでしょうね。他社からのコメントでおよそ論点は出尽くしているので、敢えてコメントを出して目立つ必要はないと判断したのでしょうか。

なおそのエルゼビア社とのRead and Publishの移行契約を求めて、ドイツは交渉決裂のまま、同社の学術雑誌へのアクセスは昨年7月から絶たれています。今年の2月頭に、「数千人の研究者がエルゼビア社の雑誌にアクセスできず」といった記事がNature誌に掲載されましたが、多少の不便さを感じる研究者が紹介されているものの、エルゼビア社と妥協しようという動きにはなっていないようです。

[Nature] (2019.2.5)
Thousands of scientists run up against Elsevier's paywall

また米国は全体としては、プランSやRead and Publishの移行契約への動きを見せていませんが、そのなかで独自にエルゼビア社との移行契約交渉を試みていたカリフォルニア大学については昨日2月28日に、交渉が決裂したと報じられました。エルゼビア社は、こんなに前向きな魅力的な提案をしたのに!と主張し、カリフォルニア大学は、これまで大学が希望する条件を同社が全く視野に入れていない!残念である!としています。
カリフォルニア大学は、エルゼビア社との契約が本年1月から切れていますが、交渉期間中は同社の雑誌へのアクセスを得ていました。しかし、移行契約の合意に至らなかったので、ドイツと同様、アクセスを絶たれる可能性があります。

カリフォルニア大学バークレー校の友人が、プロボスト名で発信された学内通知を送ってくれたのですが、そこには、1) カリフォルニア大学がエルゼビア社と新しいOA出版モデルを模索していたものの、エルゼビア社がその条件を飲めないと最終的には通告してきたこと、2) エルゼビア社と合意に至ることができないという大学の判断に、大学の教育研究評議会(Academic Senate)が賛同したこと、3) 最終的にはコストがかさみすぎるため、エルゼビア社との今年の契約更新を見送ることとしたこと、そして、4) いつからかは分からないがエルゼビア社の電子ジャーナルへのアクセスが閉ざされることが予想されること、ついては 5) アクセスが閉ざされる雑誌と引き続きアクセス可能な雑誌を次に挙げたことが記されています。
アクセスが閉ざされるのは基本的には2019年以降に出版される論文なのですが、それへのアクセスの方法を記載したリンクが示してあり、そこには、図書館や知人を通した論文入手以外に、ネット上でOAとなっている論文を探し出すプラグイン(Open Access Button, Unpaywall)が紹介されています。

なお 3) のコストについては、現在の高い購読料に加えて、カリフォルニア大学の研究者は計10億ドル(11億円相当)に上る論文掲載料(APC)をエルゼビア社に対して年間負担しており、エルゼビア社との交渉は、こうしたある種の二重取りを回避するための交渉であったと記してあります。
ちなみに日本の大学がエルゼビア社に対して負担した論文掲載料は、大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)の推定によると約2.7億円(2016年分)です。また、エルゼビア社とかかわらず、日本の大学が2016年に論文掲載料として負担したのは約28億円、旧七帝大分は約9億円です。つまり旧七帝大クラスであれば、論文掲載料だけで一大学、年1~2億円支出しているわけですが、これは日本の大学にとっては容認可能な額なのでしょうか?電子ジャーナルの購読料が高くて負担しきれないという声が日本でも日増しに高くなるなか、今回のカリフォルニア大学のように、契約更新をしないという可能性も踏まえながら、ガチンコの交渉を商用出版社とすることも検討する必要があるのかもしれません。
ただし、そのような交渉に挑む前に、各大学でどの程度の論文掲載料が年間負担されているのかの把握をする必要があります。現状では財務会計システム上、それを正確にできている大学はないはずです。

[University of California] プレスリリース (2019.2.28)
UC terminates subscriptions with world's largest scientific publisher in push for open access to publicly funded research

[Science] (2019.2.28)
University of California boycotts publishing giant Elsevier over journal costs and open access

[Chronicle of Higher Education] (2019.2.28)
U. of California System Cancels Elsevier Subscriptions, Calling Move a Win for Open Access

[Inside Higher Ed] (2019.2.28)
Elsevier, U of California Still Yet to Reach Deal

プランSにしても、ドイツやカリフォルニア大学の例にしても、どこまでも意地の張り合いの様相を見せていますが、学術界および研究助成機関はどこまで意地を張り続けることができるのでしょうか?学術界は論文が読めないと困るので、いずれかの段階では譲歩する可能性もあったのかもしれませんが、研究助成機関はそういった痛みはある意味ないので、(プランSは相当無茶な要求をしているとは思うのですが)、どこまでも意地を張ることが出来るのかもしれません。
それが学術の発展上に本当に良いことなのかどうかは、少し微妙な気もします。所謂権威ある学術雑誌がビジネスモデルの転換で一時的にうまくいかなくなる可能性だけでなく、こうした転換に適合する体力のない弱小出版社が潰れる、もしくは大手商用出版社に吸収合併される危険性も考慮した方が良いように思います。

船守美穂