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二大教科書会社のマグローヒル社とセンゲージ社、合併へ

教育コンテンツとサービスの二大プロバイダであるMcGraw-Hill社とCengage社が、質の高い学習資料へのアクセスを拡大、加速するために、合併すると発表しました。

世界の大規模出版社としてPublishers Weekly 2018にランクインした両社はそれぞれに、学生に良質の学習教材を提供してきたという歴史が10年以上あります。McGraw Hill社と呼ばれる予定の合併後の新企業は、31億ドルの収入と、デジタル製品とサービス、これを利用する学生の拡大を図るだけの共同資産があることになります。
「この合併は、学生には本当に朗報です」と、合併後のCEOとなる予定の、現Cengage社CEOであるMichael E. Hansen氏は、EdScoop紙の取材に答えました。

1970年代以降、大学教科書価格は1000%以上上昇し、大学生協協会(National Association of College Stores)の調べによると、2017〜18年度に学生が教科書に費やした費用は500ドル近いとされています。「この国〔の高等教育〕は、負担可能(affordability)の限界に達しています」とHansen氏は述べました。「あらゆる面で教育が高額になりすぎたため、人々は教育システムから閉め出されています。多くの学生にとって、学習教材が〔教育を受ける上での〕障壁となっているため、この合併を通して、これに対処したいと考えています」。

2018年、Cengage社は史上初となる、「大学教科書と教材を購読ベースで提供」するCengage Unlimitedというサービスを開始しました。このサービスは学生に2.2万点以上の電子教材、オンライン宿題へのアクセスコードと学習ガイドを提供しています。合併することにより、このサービスを劇的に拡大できるとHansen氏は述べます。「合併により、より多くのコンテンツと、より大きなデジタルプラットフォームをもって、購読サービスを展開できます」。
Cengage Unlimitedの購読サービスは、市場に投入された初年度、100万名の学生の登録を得ました。これは学生にとって、総6000万ドルの節約につながっているとHansen氏は述べます。合併後は、利用者を倍にすることを目指します。「これは約束ではなく、事実です。学生の負担可能性に対処することに、我々は真剣に取り組んでいるのです」とHansen氏は述べます。

合併後の新企業は、デジタルプラットフォームを通じて学習体験も向上(enhancing learning)させようとしています。「技術は、柔軟な学習環境を生み出し、これは、教育へのアクセスを拡大します。学生は、教育機関が指定する場所ではなく、学生が今いるところで、教育を受けることができるようになるのです」とHansen氏は述べます。

両企業とも、その文化や使命は類似しているため、教育をこのように変革していく方向に両社とも向いていると、Hansen氏は述べます。また両企業は過去数十年にわたり競争相手でしたが、このような共通の目標により、合併はスムースに行われると楽観しているそうです。
合併は、2020年初めに完成の予定です。「我々は〔合併と共同事業に〕期待しています。共同で真剣に取り組んでいきたいと考えています」とHansen氏は述べました。

[Ed Scoop] (2019.5.1)
Publishing giants McGraw-Hill and Cengage to merge

[Inside Higher Ed] (2019.5.2)
Rival Publishers Join Forces

米国は、大学授業料だけでなく、大学教科書の値上がりも深刻になっています。平均的な学部教科書が200ドル前後し、大学生協の調査で学生が年間、教科書代に費やす額は500ドル近いとこの記事にはありますが、College Boardの調査では年間1240ドル(2018-19年度)という額になっています
大学教科書のレンタルやユーズド市場が拡大したこと、教員が多様なコンテンツを組み合わせて教育をするようになり、教科書に対する需要が縮小したことなどが、教科 書価格高騰の理由として、一般に挙げられます。また、このニュースを報道したInside Higher Ed紙の記事におけるHansen氏の説明によると、そのような縮小する市場のなかで最低限の収入を確保するために、教科書価格を値上げせざるをえず、それが更なる購買縮小につながり、負のスパイラルに陥っていたようです。

このような縮小する市場のなかで、米国の教科書会社が生き残りをかけているのが、学習プラットフォーマとしての展開です。日本においてもデジタル教科書のプラットフォームが展開されつつありますが、日本の教科書プラットフォームは基本的には、教科書のPDFが閲覧可能となり、せいぜいマーカーや付箋、コメントを入れられるようになっているのに対して、米国のはよりダイナミックです。教員が複数の教科書から教材を再構成できたり、教科書に付随する課題を学生に課して、提出された課題を同じプラットフォーム上で採点できたり、学務システムと連携することで、成績評価もシームレスに管理できたりするものが構想、開発されつつあるようです。先月のニュースでは、McGraw-Hill社がこうした学習プラットフォームに、オンデマンドのチュータリングサービスをパイロットで導入するというニュースがありました。学生は、学習中に分からないところに突き当たったとき、TutorMeというサービスを利用できます。初めの一時間は無料で、その後課金されるようです。
[Campus Technology] (2019.7.18)
McGraw-Hill Pilot to Study On-Demand Tutoring

学生からみると、紙の教科書であったときは、教科書代が高ければ、先輩や同級生から教科書を借りることができたのに対して、学習プラットフォームはID/PWで管理され、人のアカウントで課題提出をするわけにはいかないので、逃げる術がありません。このためStudent PIRGsなどの学生団体は、こうした学習プラットフォームの導入に反対しています。経済的に困窮する学生が、授業料の減免措置を受けていても、教科書代の高い科目を履修できないのはおかしい!と主張しています。

Cengage社はさらに、2.2万点以上の教科書と学習教材等を購読ベースで提供するサービスを、昨年から提供しています。初年度で100万名もの学生の登録を得たとありますが、サービス開始の投げ売りでもしたのでしょうか。。。
ちなみに、こうした教科書会社の学習プラットフォームを、大学が組織として契約し、学生に提供することも行われています。Inclusive-modelといい、学生の納める学納金等から予算を捻出するようです。経済的に困窮する学生は多くの場合、授業料を減免されているため、このようにすると、該当の学生は教科書代を負担しなくても良いこととなります。教科書会社にとっても、機関との購読契約は収入に安定性をもたらすため、このような契約方式はありがたいことです。

[Inside Higher Ed] (2017.11.7)
'Inclusive Access' Takes Off

電子ジャーナル問題に関わっている身からすると、この大学教科書市場の動きは、電子ジャーナルにおける動きのデジャブ(既視感)のようです。学術雑誌のデジタルプラットフォームも購読ベースで提供され、その提供価格が年4〜5%で上昇するなか、これが負担不能となり、購読契約の更新を見送る大学が国内外で増えています。大学教科書の購読ベースの提供も、同じように値上がりして、そのうちに大学としても負担不能な限界に達するのでしょうか?
ちなみに、教育・研究のオープン化を促進するSPARC(US)は、今回の合併により、大学教科書市場がMcGraw Hill社とPearson社にほぼ独占されることとなり、自由競争が働かなくなると、アメリカ合衆国司法省反トラスト局に訴える方向で準備をしているようです。

一方で、大学教科書と電子ジャーナルの違いは、前者が縮小する市場にあって、教科書会社の経営が根本的に苦しいのに対して、後者は、世界的に論文生産量が拡大するなか、拡大する市場にあって、学術出版社が40%にも達する利益率を上げているところにあるように思います。Cengage社は、2013年に一度破産し、2014年に会社更生法の適用を受けて再建していますが、今回の合併を見るに、それでもうまくいかなかったのでしょう。大学教科書市場は、教科書コンテンツはある程度成熟しているので、インターネット上にオープンに出回るコンテンツもあり、難しいのではないでしょうか。また、教育・学習自体が学際的かつ問題解決型になりつつあり、アクティブラーニングなどもふんだんに取り入れられ、画一的な知識の伝達を目的とする教科書の出番が少なくなっているのでしょう。大学教科書会社は苦しいですね。

なお日本は、大学教科書会社が単独で存在するのではなく、一般に、学術出版社が学術書、大学教科書、教養書を出版し、一社内でその損益をある程度バランスさせることができるので、米国ほど急激には危機的状況に陥らないで済んでいるという状況にあったようです。
他方、そうしたマルチポートフォリオにおいて、大学教科書は主要な収入源であったのにもかかわらず、最近は日本でも大学教科書が売れなくなってきており、日本の学術出版社も苦しい立場に立たされています。また、これまで学術書の流通は、一般書における漫画や雑誌販売の流通網に頼り、流通コストを浮かすことができていたのですが、近年の漫画や雑誌の販売不振により、流通コストを学術書の販売価格に上乗せしなくてはいけない段階にさしかかっているそうです。現在でも、学術書や大学教科書の価格がじりじりと値上がりしているように感じますが、今後、その動きがより顕著となる可能性があります。

産業は、市場の変化に対応して商品展開にイノベーションを図っていくことができれば、存続できます。少子化といっても大学生がいなくなるわけではなく、逆に大学進学率拡大に伴い学生は多様化しているのですから、これら多様化した学生に対応した多様な学習コンテンツの展開ができれば、生き残ることはできるのではないでしょうか。大学教科書についても、教育・学習の内容だけでなく、学習プラットフォームなどの提供方法の工夫、アクティブラーニングなどの多様化した教育・学習方法への対応をみたいものです。

船守美穂