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Informetricsの編集委員会、エルゼビア社と決別し、OA誌を別の出版社で創刊

先日、プランSへの対抗として、エルゼビア社がエディターが寝返らないように報酬を支払う用意があるというニュースを紹介しましたが、エルゼビア社が恐れていたことが事実となったようです。インフォメトリクスの分野の雑誌がエルゼビア社と決別し、MIT大学出版(MIT Press)でOA誌を発刊するという決断をしました。
Scientometrics(科学計量学)とInformetrics の分野における主要な学術雑誌であるJournal of Informetricsの編集委員会は2019/1/14付けで、全員辞任しました。以後、同編集委員会はQuantitative Science Studiesという新しいOA雑誌を創刊・監修します。EUのOA担当であるRobert-Jan Smits氏は、「この例に他の雑誌も倣うことを期待している」と述べています。

学術雑誌のこうした転換に詳しいライデン大学のJohan Rooryck氏は「この動きは既に過去数年進行していた」と述べます。Rooryck氏はFair Open Access Allianceを通して学術雑誌の転換に関わっており、この動きを次のように説明します。「結局のところ、学術雑誌のオープンさを巡る編集委員会とエルゼビア社の考え方の違いの問題なのです。今回、引用データの利用可能性が主要な問題でした」。
学術出版システムが大きく変容過程にあるなか、大手出版社は引用情報やその他のメトリックスを利用したビジネスへと舵を切りつつあります。このため、出版社がこれら価値あるデータの所有権を維持したいと考えるのは自然なことです。昨年、オープンサイエンス施策の進捗を複数指標でモニターするためのOpen Science Monitorにおいて欧州委員会がエルゼビア社の協力を仰いだことは批難され、欧州オンブズマンへの正式な訴えに繋がりました。

フェアなOA原則(Fair open access principles)

Journal of Informetricsのカバーするテーマは、書誌情報学、計量情報学、ウェブメトリクス、オルトメトリクス(altmetrics)です。編集長はLudo Waltman教授(ライデン大学;定量科学研究)で、編集委員会にはその他この分野で著名なPaul Wouters教授(ライデン大学)やLoet Lydesdorff(アムステルダム大学)などがいます。くだんの雑誌のウェブサイトにはエルゼビア社から、「当雑誌の編集委員会は現在〔メンバー〕変更中です」との案内が出ています。

この雑誌に対応する学会組織International Society for Scientometrics and Informetrics (ISSI)は、この編集委員会の動きを歓迎するとプレスリリースにて述べています。Journal of InformetricsとISSIとは関係があると一般に認識されていますが、ISSIとエルゼビア社との間には正式な関係はありません。他方、新たに創刊されるQuantitative Science Studies(QSS)はISSIに所有され、"fair open access principles" に適合するMIT大学出版にてISSIと共同で出版されます。

プレスリリースにて同編集委員会は、学術雑誌は商用出版社ではなく、学術コミュニティに所有されなければいけないと強調しています。また、学術雑誌は "fair open access principles" に則ったOAであるべきで、出版社は引用データを無償で利用可能にしなくてはいけないとしています。これらの条件はエルゼビア社が飲めるものではなかったため、今回のように同社との決別に繋がりました。

財務面および理念面のサポート

論文著者がこの新しい学術雑誌に投稿可能であるように、MIT大学出版は比較的安価な価格設定をする予定、とRooryck氏は述べています。「一論文あたり800ユーロの論文投稿料(APC)を予定としています」。このコストは初め3年、ライプニッツ科学技術情報センターの技術情報図書館(Technische Informationsbibliothek, TIB)によって完全に負担されます。またコンスタンツ大学のCommunication, Information, Media Centre (KIM)は、運営面の支援を提供します。「これらで総18万ユーロ分のAPCがカバーされます」。

Rooryck氏は、Lingua誌とその他3誌の完全OA誌への転換を主導しました。エルゼビア社から出版されていたLingua誌では、同氏が編集長でした。QSSに提供されるこの財政面および理念面のサポートが十分であると同氏は考えています。「〔Lingua誌とその他3誌の転換のときは〕オランダ科学カウンシルNOWが、初めの5年、移行期のための50万ユーロを提供していました」。

こうした外部支援があっても、完全OA誌への転換は容易ではないとRooryck氏は加えます。「私の経験によると、エルゼビア社の契約内容はとても厳しい(strict)もので、彼らの利害に反する行動をエディタが取ることをしばしば禁じています」。今回のように、編集委員会の27名全員がこの動きを支持していることは、出版社への圧力になると彼は考えています。

完全OAへの転換を促すプランS

プランSが一年以内に開始するため、欧州の研究助成機関はその実施について熱心に議論をしています。同時に各種雑誌の編集委員会は、彼らの学術出版における役割を再考しています。Rooryck氏によると、今回の転換の背景には、OA方針の採択を出版社が妨げている、という不満があったといいます。「プランSは、彼らの日頃の不満をアクションにつなげるための、最後の一押しとなりました」。

プランSを主導する欧州委員会の特別OA担当であるRobert-Jan Smitsは、このニュースに歓声を上げました。「これは世界のOA運動にとって素晴らしいニュースです」と彼はScienceGuide誌に述べました。「この果敢な一歩に対して、ISSIと編集委員会を祝福します。また、他の学術雑誌がこの動きに続くと期待しています」。

[Science Guide] (2019.1.14)
Editors of Informetrics resign at Elsevier and start new journal - Open science principles at the core of dispute

[Nature] (2019.1.15)
Open-access row prompts editorial board of Elsevier journal to resign

なるほど。学術雑誌から見れば、どこの出版社から出版されるかには自由度があるので、自分達の条件やポリシーに合致する出版社に乗り換えれば良いわけです。エルゼビア社のような大手出版社であれば、査読・編集等の雑誌運営面のサポートを得られますし、閲覧数や引用数、雑誌のIFなどのメトリクスも提示され、Scopusなどの分析ツール等の付加価値が付いてきますが、「そこまではいらない。自分達は学者の手弁当で、同業者が執筆した論文が出版され、仲間内で共有されれば十分」というのであれば、よりプリミティブな機能しか提供しない出版社を選択すれば良いのです。学術出版の松竹梅を選ぶようなものでしょうか。学術雑誌の選択として、そういうことが可能であるということを示した点で、この動きはエポックメイキングなのだと思います。

一方、今回の動きは多少極端な面もあるように感じます。単に完全OA出版であることを望むだけでなく、論文の引用データも無償で利用可能であることを要求して、エルゼビア社に突っぱねられています。論文の引用データはエルゼビア社が提供する学術雑誌の書誌情報データベースScopusの根幹をなすデータで、これを同社が譲れないというのは当たり前ですが、それ以上に、この書誌情報データベースを構築するのには、論文の名寄せや論文間の引用関係を整理するという、ものすごく地道かつ時間と労力を必要とする作業が背景にあるということが理解されていません。この作業に対する対価を払わずに、無償で利用したいというのは、虫の良すぎる話です。MIT大学出版がこの作業をサポートしているのか不明ですが、何から何まで無償でオープンであるべきというのは、世間知らずの学者が無茶を言っていると思われるだけです。

なお記事中にある "The Fair Open Access Principles" というのは、Fair Open Access Alliance(FOAA)というところが打ち出した、OAの原則です。3番の完全OA出版の原則は良いとしても、4番の、論文投稿料(APC)の支払いを必要としないという原則は、少し行きすぎのように感じます。
注釈には、「学術雑誌が "利用時に" 無償である」という考え方が根幹にあるとしています。つまり読者だけでなく、論文著者も論文投稿時に無償とのことです。ではどのように学術出版に関わるコストを負担するかというと、「理想的には、個々の論文や論文著者とは無関係な、大学や研究助成機関からの基金(general fund)による」とあります。
日本における科学技術振興機構(JST)が運営する「学術出版プラットフォームJ-Stage」などはこの考え方に適合しているのかと思いますが、全ての国や全ての分野で、このような安定した財政基盤が得られるのかは疑問です。今回の例でも、初め3年はTIBからの財政支援があるとのことですが、その後の保証は全くなく、このような、論文著者からも読者からも、いかなる費用負担も求めないモデルが、財政的にサステイナブルなのかには不安を感じます。

【フェアなOA原則(The Fair Open Access Principles)】

  1. 学術雑誌の所有構造(ownership structure)は透明で、学術コミュニティにより運営され、〔そのニーズに〕対応する。
  2. 学術雑誌の論文著者は、著作権を保持する。
  3. 学術雑誌の論文は全てOA出版され、明確なOAライセンスが用いられている。
  4. 論文投稿および論文出版は、論文著者や所属機関からの費用負担にも、学会費にも、依存しない。
  5. 学術雑誌が出版社に対して負担するいかなる経費も安価かつ透明で、実際に行われた労働に釣り合っている。

(出典)Fair Open Access Alliance, "The Fair Open Access Principles"

なお Fair Open Access Allianceとは、ずいぶんご大層な名前なのですが、実はあまり知られていない活動体のようです。実際そのウェブページを見てみると、主にオランダ、ベルギー、フランスの、言語学、数学、心理学、文学(Open Library of Humanities)の学者と図書館員数名が、関わっているようです。このニュースを初めに報道したのもScienceGuideというオランダの科学ニュース配信サイトなので、オランダをベースとした一部の局所的な方々が動いているという可能性もあります。

ただし、今回紹介したニュースは一日遅れてNature誌にも報道されており、それなりにインパクトのあるニュースの模様です。
また昨日、三大大手学術出版社の一つであるワイリー社とドイツ学長協会が、OA2020の考え方に準拠する "Publish and Read" モデルの契約(2019~21)を締結したというニュースも飛び込んできており、プランSを強い後押しに、徐々に、完全OA誌への転換が始まっているようです。

[ドイツ学長協会(HRK)] (2019.1.15)
Wiley and Projekt DEAL partner to enhance the future of scholarly research and publishing in Germany

[Science] (2019.1.15)
Groundbreaking deal makes large number of German studies free to public

船守美穂