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ブルームバーグ氏、ジョンズホプキンズ大学に18億ドルの寄付 ― 同大学が永遠に学資援助を出せるようにする

ブルームバーグ創業者で第108代ニューヨーク市長(2002-2013年)であったマイケル・ブルームバーグ氏が11月19日、ニューヨークタイムズの論説において、学生への学資援助ができるように母校ジョンズホプキンズ大学に18億ドルの寄付をすると発表しました。これは一大学が得る寄付としては史上最大のものです。

この寄付は、ジョンズホプキンズ大学を、永遠にニードブラインド(need-blind)にすることが目的です。ニードブラインド選抜とは、大学の入試選抜において、学生の経済的状況は考慮せずに選抜を行い、入学決定後、必要な学生には授業料免除や生活費の支援などの必要なだけの学資援助を大学が提供します。ジョンズホプキンズ大学は近年、入試選抜においてニードブラインドのような運用をしてきましたが、正式にはこれにコミットしていませんでした。ニードブラインド選抜が出来ているのはごく一握りの私立大学だけです。

ブルームバーグ氏はニューヨークタイムズの論説で、大学の入学選抜が学生の経済状況に依ることは社会にとっての大きな損失であるとしました。
「ごく一部の大学を除いて、学生が授業料を負担できるかが入学選抜において考慮される。このため、低所得や中所得の家庭からの学生は、裕福な家庭の学生に毎年入学枠を奪われる。これはネブラスカ州の農家の息子やデトロイトのワーキングマザーの娘の将来に害を与える」
「アメリカは、その人の経済水準(pocketsize)ではなく、その人の質で評価し報いることが出来るときに最も栄える。学生の経済水準により入学を否定することは、機会均等の精神を損なう。世代を超えて貧困を連鎖させる。これは、あらゆるコミュニティの誰もが自身の努力と功績で飛躍するチャンスがあるという、アメリカンドリームの核心に関わる問題である」。

ジョンズホプキンズ大学は、ブルームバーグ氏からの寄付を受け、ニードブラインド選抜にするほか、以下のポリシー変更をすると発表しました。

  • ・ 学資援助において、ローンをなくす。現在、同大学の学生の44%が学資援助をローンとして得ています。
  • ・家庭の負担額(expectation of what families will contribute to pay for college)を削減する。これは中所得層の家庭に最もインパクトがあるとと同大学は述べています。
  • ・ 低所得層の学生に対して「総合的な学生サポート(comprehensive student support)」を、研究体験やインターンシップ、短期留学において提供する。
  • ・ 連邦政府奨学金Pell Grantに適合する学生を2023年までに2割以上とする。現在は12%のみです。

ブルームバーグ氏の寄付は、大学の入試選抜と学資援助の観点のみならず、フィランソロピーの観点からも特筆すべきものです。Inside Higher Ed紙の調べによると、米国高等教育に対する寄付で過去最大のものはハーバード大学ブロード研究所とMITへの6.5億ドルの寄付で、次はコロンビア大学とカルフォルニア工科大学への6億ドルでした。ブルームバーグ氏の寄付は一桁違います。
なおブルームバーグ氏はジョンズホプキンズ大学にこれまで15億ドルの寄付をしており、今回の寄付を加えると計33億ドルの寄付をしたことになります。

他大学におけるニードブラインド選抜等の状況

ジョンズホプキンズ大学の動きは、米国の多くの私立大学が低所得および中所得層に対して負担可能(affordable)になるための取り組みを加速させていることと連動しています。

シカゴ大学は既にニードブラインド選抜を行っていましたが、本年6月、より潤沢な学資援助を可能とする一連のポリシーを発表しました。同時に、シカゴ大学は入学選抜において一部の試験をオプショナルにすると発表し、こちらの方が多く注目を浴びましたが、所得が12.5万ドル以下の家庭からの学生には満額の学資援助を付与することも併せて発表されていました。

ライス大学は本年9月、低所得および中所得層向けの学資援助について拡大を発表しました。所得13万ドル以下の家庭からの学部生は、授業料免除となります。所得6.5万ドル以下の学生はこれに加えて生活費(room and board)と諸経費(fees)も得ます。所得13万ドル以上、20万ドル未満の家庭の学生も追加的な学資援助を得ます。

コルビーカレッジは三日前に、中所得の家庭の学生がより負担可能となる施策を発表しました。所得15万ドル以下の家庭については、負担の上限額を1.5万ドルにするそうです。コルビーカレッジはニードブラインド選抜をしてはいませんが、すでに所得6万ドル以下の家庭の学生については授業料免除としています。

ニードブラインド選抜をしている大学の多くは、最も裕福で権威ある大学で、すでに長いことそのようにしています。しかしいくつかの大学が同じような施策を始めています。ヴァッサーカレッジは2007年にこれを導入し、2008年のリーマンショックで大学基金が大きく目減りしたものの、これを続けました。これに対して、ウェズリアン大学およびハヴァフォードカレッジはそれぞれ2012年と2016年にニードブラインド選抜を取りやめました。

[Inside Higher Ed] (2018.11.19)
$1.8 Billion to Make Johns Hopkins Need-Blind

[NPR] (2018.11.18)
Michael Bloomberg Gives $1.8 Billion To Financial Aid At Johns Hopkins University

[The New York Times] (2018.11.18)
Michael Bloomberg: Why I'm Giving $1.8 Billion for College Financial Aid

米国では大学授業料高騰が問題となっています。特にエリート私立大学における大学授業料は高く、日本円で年間500万円以上するぐらいです。これは近年、大学進学が一般的になる一方で、経済的事情により大学に進学できない、もしくは大学に進学できても卒業後1000万円規模の借金を背負う学生の悲劇などが報じられるなか、とても大きな問題と認識されています。アイビーリーグ大学は裕福な上、学生規模が数千名程度と、州立大学に比べて一桁小さいため、教育機関としての税制免除を受けることが適当か?という議論がなされています。非営利教育機関の税制免除は、国あるいは州に対して便益のある教育を提供していることを根拠になされるものですが、ごく一握りの学生、しかも富裕層の学生しか受け入れないのであれば、国あるいは州として税制免除するいわれはない、という考え方です。このように風あたりが厳しいため、米国私立大学は潤沢な学資援助を用意したり、ニードブラインド選抜をしたりして、低所得層の受入拡大に努めようとしています。

他方、そのような学資援助が横行するあまり、授業料ディスカウント率が60%以上の私立大学が2割に上ることが最近のムーディーズの調査で判明しました。裕福なアイビーリーグ大学にとっては、低所得層も受け入れるというポーズの一つに過ぎないのかもしれませんが、中堅以下の私立大学にとって、学資援助の提供による授業料ディスカウントは学生獲得のツールの一つで、これがエスカレートするあまりディスカウント率が60%以上にもなってしまったと言われています。これは大学が実際の授業料収入を見損ねることにも繋がり、大学の財務的健全性にダメージを与える危険性がある、とムーディーズは警鐘を鳴らしています。

[Chronicle of Higher Education] (2018.11.14)
A Fifth of Private Colleges Report First-Year Discount Rate of 60 Percent, Moody' s Says

なお私立大学だけでなく州立大学も、高等教育の無償化に向けて動いています。コミュニティカレッジの無償化がテネシー州のテネシー・プロミスに始まり、17の州で進んでいることを以前紹介しましたが、それだけでなく、ゆりかごからキャリアに至るまでの教育を支援しようといった構想も打ち出されています。現在カリフォルニア州副知事で2019年からは同州知事に就任予定のギャビン・ニューサム氏は、赤ちゃんがお母さんのお腹にいるときからの教育を整合的かつシームレスにつなぎ、優れたキャリアにつなげる教育システムを実現したい(cradle-to-career strategy)と公約しています。妊婦健診の拡大や4才からの幼稚園の実現、大学のための学資積み立てを全幼稚園児に求め、コミュニティカレッジの初めの2年の授業料無償化を実現するとしています。ニューサム氏はこれをカリフォルニア・プロミスと呼んでいます。

4才からの幼稚園のユニバーサル化だけで20億ドル、カリフォルニア州のコミュニティカレッジの2年間の無償化だけで毎年9200万ドルかかるという試算があり、膨大な予算を必要とするので本当に実現できるのか、また財務面だけでなく、多様な主体からなる複雑な教育システムをこのように包括的にまとめ上げられるのか、疑問視する見方もありますが、米国も日本と同様、人生100年時代において教育システムを根本的に見直さなくてはいけないというニーズに突き動かされていると言えます。

[EdSource] (2018.11.7)
Newsom's cradle-to-career plan for education is ambitious - and expensive

[EdSource] (2018.9.23)
Newsom's 'cradle-to-career' education pledge will require sweeping changes in California

ブルームバーグ氏の18億ドルの寄付額はすごいですが、でも同氏がこの寄付を発表したニューヨークタイムズの論説を読むと、同氏が学生であったときに自身が得た学資援助に深く感謝しての行為であることが分かります。なんでもブルームバーグ氏の父親は年収6千ドル以下の簿記係(bookkeeper)だったそうです。ブルームバーグ氏はスプートニックショックにより米国の教育を強化するために施行された国家防衛教育法による奨学金(National Defense student loan)を得てジョンズホプキンズ大学に進学し、キャンパスでアルバイトをしながら学位を取得できたそうです。ジョンズホプキンズ大学の学位を得たことで、そうでなければ閉ざされていたはずの道を歩み、アメリカンドリームを実現できたそうです。ブルームバーグ氏は感謝の意を卒業した直後の年にしていますが、そのときに出来た寄付はたったの5ドル。それが精一杯だったそうです。その後、色々な機会に寄付をし、母校にはこれまでに15億ドルの寄付をしたそうです。自分だけでなく、大学教育の恩恵を得たあらゆる大学の卒業生に、5ドルでも50ドルでも5万ドルでもそれ以上でも良いので、大学が学資援助ができるように寄付をして欲しいと呼びかけています。

それにしても、ニードブラインド選抜をしていない私立大学にしても、学資援助付与の基準がずいぶんと日本と違いますねえ。満額の奨学金付与が所得12-13万ドルであるとは!これは国立大学の教授クラスの所得でも十分、学資援助を得られる圏内なのではないでしょうか。なんというか、日本がとても貧しく感じられました。

船守美穂