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即座OA義務化を求める欧州研究助成機関のプランS、具体的なガイドラインを発表

英仏を含む欧州11の研究助成機関が、助成した研究による研究論文について2020年以降の即座OA義務化を宣言したと9月頭に報じましたが、このたびこれを具体化するガイドラインが発表されました。これからの2ヶ月間がパブコメの時期です。ハイブリッド雑誌への投稿・出版を明示的に禁じるなど、過激であったプランSに多少の軟化が見られますが、依然として制限が多いとの指摘もあります。

ガイドラインでは、これら研究助成機関からの助成を得た研究者がどのようにすればこのプランSのルールに沿うことができるのかが記されています。3通りが挙げられており、1.と2. は9月の宣言時と同じですが、3. は新たに付け加えられています。

  1. オープンアクセス(OA)雑誌またはOAプラットフォームへの投稿・出版。
  2. 購読料を取る非OA学術雑誌への投稿・出版。ただし、出版と同時に、機関リポジトリなどに著者最終稿または出版版をOAで公開することが条件。
  3. 購読料を取るがOAオプションを提供するハイブリッド雑誌に投稿・出版。ただし、当該ハイブリッド雑誌が3年以内に完全にOA雑誌になることと、2021年末までにそのための移行契約(transformative agreement)を大学との購読契約において同雑誌が結ぶことが条件。

プランS起草者の一人であり、欧州委員会のOA担当であるRobert-Jan Smits氏は、このガイドラインがいくつかの具体的な観点を説明するものであることと、いくつか疑問が呈されている事項について明確にするものであると、ロンドンで開催されたブリーフィングで説明しました。プランSの発表以降引き起こされている激しい議論に言及し、コミュニケーション不足であったことを認めました。

この新しいガイドラインは、プランSが研究者の行動を制限する方向で働くのではないか、という懸念を緩和するものであるとSmits氏は説明しました。1400名もの研究者が11月初めに、プランSが、アメリカ化学会(ACS)などの学会により出版される「高品質」なハイブリッド雑誌を抑圧し、学問分野コミュニティの持つ「価値あり優れた査読システム(valuable and rigorous peer-review system)」へのアクセスを阻害するものであると主張する公開書簡に署名をしました。今回の新しいガイドラインによると、ハイブリッド雑誌が2021年末までに移行契約を結び、3年以内に完全にOA雑誌になることを約束するのであれば、ハイブリッド雑誌における投稿・出版も容認されます。

プランSでは、適正価格の論文掲載料(reasonable article-processing charges, APCs)については研究助成機関が負担(pick up the bill)します。公開書簡では、これが営利のOA出版社に過度に重きを置き、これがOA出版社への金銭贈与(financial gift)に当ると指摘していました。しかし、このガイドラインを作成したタスクフォースのメンバーの一人であるノルウェー研究助成機関のJohn-Arne Røttingen長は、これを否定しました。「プランSは特定の出版ビジネスモデルを押しつけるものではありません。我々はビジネスモデルについては中立的であり、多様なアクターを欲しています」。たとえばAPC不要のOA雑誌(fee-free OA journals)が例としてあげられました。

博士候補者と若手研究者のための欧州カウンシルのLinguist Gareth O'Neill会長は、このガイダンスを好意的にみています。「彼らは研究者コミュニティの主張を聞き、それを検討しました。折衷案(compromise)に向けて動いたことが見て取れます」。

しかし公開書簡を起草したスウェーデン・ウプサラ大学の構造生物学者であるLynn Kamerlin氏は、このガイダンスが未だ、研究者が自身の研究をどの雑誌に投稿・出版するかの自由を制限するものであると指摘しています。「正しい方向に向かっていることは認めます。しかしこれは研究者に投稿先について誤った幻想を与えるものです。・・・これは研究助成機関と出版社がお互い直接交渉すべき事項であり、研究者に選択を迫る(put researchers in the crosshairs)べき事項ではありません」。

Røttingen氏は研究助成機関が、どの分野がよりOAの投稿先(outlet)を必要としているかを調査し、新しい雑誌の創刊あるいは、既存の学術雑誌をOAに転換するための財政的インセンティブを提供する予定としています。もう一つの調査は、各学術雑誌のAPCに関わるものです。プランSではこれらAPCを標準化し、上限を設けたいとしています。

このガイダンスは、プランSへのコンプライアンスがどのようにモニタリングされるかについては言及していません。Røttingen氏は、プランSに従わない研究者に対しては、研究助成機関が研究費を支給しないという制裁措置を取ることになるだろうと言っています。

このガイダンスは研究助成機関に対して、いくばくかの時間的猶予を与えています。このルールは2020年1月1日以降、a) すでに開始している研究助成、b) 新たに開始される研究助成、あるいは少なくとも c) 2020年から募集される研究助成に対して適用されます。

このガイダンスに意見がある者は誰でも2019年2月1日までにオンラインでコメントできます。

[Science] (2018.11.26)
European funders detail their open-access plan

[cOAlitionS] (2018.11.26)
Guidance on the Implementation of Plan S

プランSが軟化したと言っても、OA雑誌に転換することを約束するハイブリッド雑誌が認められただけですから、当初の、OA雑誌しか基本的には認めないと言っていたのと同じような気がします。私の読みでは、研究助成機関がOA雑誌しか基本的には認めないことにより、ハイブリッド雑誌における論文投稿が一時減少した後に、これらハイブリッド雑誌が論文投稿拡大を求めてOA雑誌に転換するだろうというものだったので、今回のガイドラインの譲歩により、この動きが加速するだけのように思います。

プランSの影響の範囲がどうなるかが気になるところですが、当初、プランSは英仏を含む11の欧州研究助成機関による取り組みであったのに、今回のガイダンスにおいては16の研究助成機関に拡大しています。増えたのはフィンランドのほか、すでに環境・農業系の助成機関FORMASが参加していたスウェーデンにおいて健康・医療系のFORTE:と社会科学系のRiksbankens Jubileumsfondが加わりました。また民間の財団として、英・ウエルカムトラストと米・ゲイツ財団が加わりました。これら民間の財団は、早くからF1000ResearchというOAプラットフォームを採用し、ゲイツ財団についてはすでにプランSと概ね同等のOAポリシーを適用していました。民間の財団は助成の効果が速やかに波及することが望ましいので、長い査読期間や学術雑誌が非OAであることにより、助成した効果がなかなか見えないことに対して苛立ちがあり、公的研究助成機関以上にOAに先駆的です。

[Wellcome Trust] (2018.11.5)
Wellcome and the Bill & Melinda Gates Foundation join the Open Access coalition

プランSが米国や中国などの大国にどのように波及するかが関心の的ですが、プランSを草稿した代表団は米国の科学技術政策局(OSTP)を10月に訪問し、説明をすでにしたようです。これを報道した記事には、時期尚早のため米国としての結論はまだ出ていないとしていますが、この動きに連動し、米国物理学会(APS)や米国化学会(ACS)、米国物理学協会(AIP)、レオロジー学会、米国天文学会(AAS)は、OSTPのスタッフに面会を求め、米国の研究助成機関が同様の動きをする可能性があるかを探ろうとしました。これら学会系の学術雑誌の多くは、学術雑誌の購読料に学会の活動費を依存しており、学術雑誌が即座OAを求められたり、APCにキャップをはめられたり、エンバーゴ期間が認められなくなったりすると、学会運営自体が危ぶまれることになります。

なおこの記事には、プランSの代表団が南アフリカ、インド、中国、そして日本からも説明のための招待を受けているとあります。日本がプランSの代表団を実際に招待したかどうかは不明ですが、どうやら欧州研究助成機関が別の機会で訪日した際、プランSの説明がなされたようです。さて、日本はどのように動くのでしょう?

日本の研究助成機関がプランSを採択するにしても、採択しないにしても、世界の一部がOA雑誌への投稿に向けて動き、現在雑誌全体の15%しかないOA雑誌の比率が拡大するのは間違いないことのように思います。現在ハイブリッド雑誌は45%で、これが全てOA雑誌に転換したら学術雑誌の6割がOA雑誌となります。このとき問題なのは、これらOA雑誌が購読料を収入源として持つことが出来ないため、約20万円前後の論文掲載料(APC)の負担を論文著者に求めることです。日本は現在、年間の研究費が50万円以下の研究者が6割を占める状況なので、このようにOA雑誌が主流となってしまうと、APCが負担できないために論文投稿を控えるということになり、そうでなくても頭打ちが問題となっている日本の論文生産量が、さらに打撃を受けることとなります。

英国では研究助成機関(UKRI)が以前からAPCについては研究費とは別枠で助成をしていますし、プランSに賛同した研究助成機関はAPCを負担するとしています。また米国を中心にトップの研究大学はAPCを負担すると表明しています。日本は助成機関も大学も、APCを機関補助する仕組みが基本的にはありません。世の中がOA雑誌主流になる前に、できるだけ早く手を打ちたいところです。

[Physics Today] (2018.10.11)
Open access at a crossroads

第8期研究費部会(第8回) 配付資料
「個人研究費等の実態に関するアンケート」について(調査結果の概要)」

プランSは、多くの出版社を驚愕させるだけでなく、研究者においても多くの異論・反論を生み出しました。研究助成機関により、論文の投稿先を指定されるというのは「学問の自由」を犯すものではないかという主張です。また各学問分野において権威ある雑誌が多くの場合、ハイブリッド雑誌または非OA雑誌であるため、このプランSに該当する国の研究者は、世界の主流の学術雑誌に投稿できなくなり、結果として世界の学術から忘れ去られてしまうのではないかという懸念も指摘されています。他国の研究者が共同研究を躊躇うのではとも言われています。また該当の国の研究者は権威ある雑誌に投稿ができなくなるので、ポスドクや大学院生が留学先として来ることを控えるということも懸念されています。現在の学術の評価は、権威ある雑誌に投稿しているかどうかに強く依存しているため、該当の国の研究者がこうした評価軸から外されてしまう、もしくは評価軸そのものが揺らぐ可能性があります。

なおプランSを主導するSmits氏は、このような学術雑誌のインパクトファクター(IF)に依存した評価軸への固執は変えなければいけないとしています。またイングランドの研究助成機関のSweeney会長は、教員の採用や昇進、助成機関における研究助成の基準も変わるべきとしています。

[Science] (2018.11.8)
Open-access plan draws online protest

プランSが世界で主流になれば、OA雑誌が権威ある雑誌になるのでしょうし、プランSがそれほど主流にならなければ、世界で従来からの権威ある雑誌に投稿する研究者と、OA雑誌に投稿する研究者とが分断されるのかもしれませんが、仮に後者だったとしても最近は論文をオンラインで検索して読むのが当たり前になっているので、別々の雑誌に投稿しても、それほど問題ないのではないかと思わないでもありません。研究者評価において、雑誌のIFを基準にできないので困るのかもしれませんが、論文の中身で質を判断すべきというのは正当な話なので、そういう方向に傾けば逆に良いとも思います。

それはともかくとして、プランSはもともと学術雑誌の高い購読料に反発して、学術雑誌の完全OA化を求める動きだったはずですが、学術雑誌が完全OAになったとしても、今度はAPCが高騰したらどうするのでしょうねえ。プランSでは、「適正価格の論文掲載料(reasonable article-processing charges, APCs)」を研究助成機関が出版社に求めるとしていますが、本当にそういうことができるのでしょうか?自由な市場競争を妨げる動きと解釈されないのかしら・・・?そもそもそのようなことができるのなら、とりあえず購読料を適正価格にするように求めたって良いようなものなのにと思わないでもありません。

世界全体がデジタルでOAに向かう中、正しい方向の動きであるのでしょうけど、それにしても、これまでの学術界の秩序に対して極端な変化を求める動きであるように思います。一方で、「我々が動かなかったら、10年後もまだ現状は変わらないだろう」というプランS関係者の主張にも頷けます。このような強気の一歩を踏み出す彼らの勇気を讃えるべきなのかもしれません。GDPRにしても、忘れられる権利(right to be forgotten)にしても、デジタルの世界では欧州が標準をリードしつつあるので、学術出版についても彼らの理屈が世界に浸透していくのかもしれません。

船守美穂