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ワシントンDCの8つのエリート私立高校、APコース取りやめを発表

ワシントンDCの8つのエリート私立高校が、APコースの提供を取りやめると発表しました。取りやめを発表した高校は、Georgetown Day、Holton-Arms、Landon、Maret、National Cathedral、Potomac、St. Albans、Sidwell Friendsの8校で、2022年までにAPコースを取りやめるとしています。

APコースを取りやめる理由として高校側は、「APコースの意義が薄れ、在学生の興味関心に合った科目を、それぞれの高校が独自開発する方が望ましくなったこと。(高校で独自開発する)協働的・体験的・学際的な学習に向けたカリキュラムが、在校生に対して大学や職業に向けての準備をするだけでなく、学生と教師の間の緊密な関係を醸成すること。このアプローチが、在学生の持って生まれた好奇心と意欲、学習欲を高めること」としています。

APコースは、Advanced Placement Courseと呼ばれ、米国の高校生が大学レベルの科目と試験を在籍する高校で受けることを可能とします。ここで得た単位は、大学の判断により大学の単位として振り替えることが可能であるほか、試験の点数は大学アドミッションの判断材料となることが一般化しています。APコースは、戦後の1950年代に、米国の教育に標準的な指標を与え、また恵まれない家庭の子息にも大学進学を可能とする機会提供の観点から編み出されました。カレッジボードというNPOが標準ガイドラインを提供し、APコースを提供する高校の認証や教員研修を提供します。こうした費用は、AP試験の受験料から主に賄われています。

高校生に、魅力ある教育とともに、大学進学への機会を提供するために生み出されたAPコースですが、そのプログラム拡大とともに、優良高校においてはAPコースの単位獲得競争が激化し、他方、ランク下の高校ではAPコースを提供する教員リソース等が十分にない上、AP試験の落第率が高いなどの問題も顕在化していました。

問題が見え隠れする一方で、2017年度には、117万人もの高校生が少なくとも1つのAPコースを受講しており、カレッジボードは、ワシントンDCの8高校の離脱について、次のように述べています。「過去10年間で、これら8高校だけで3.9万単位時間をAPコースで獲得している。これは、選抜性の高い大学において5900万ドル分の授業料に相当し、かつ、理数系(STEM)における学習のアドバンテージを意味する。APコースのメリットが、単位や大学進学、大学におけるプレイスメントなどにおいてこれ以上ないほど高い時期に、これらの高校が、在校生がAPコースを受講する機会を奪うことは驚きである」。

なおワシントンDCの高校の発表は、シカゴ大学が、「大学入学判定において、SAT/ACTの試験の点数を要求しない」と発表して一週間立たないうちになされており、SATも運営するカレッジボードにとっては、エリート校の離脱が強調されたかたちとなっています。

[Inside HigherEd] (2018.6.19)
Rejecting AP Courses

[Inside HigherEd] (2018.7.25)
Does AP Still Have Admissions Cachet?

[The Washington Post] (2018.7.14)
A shake-up in elite admissions: U-Chicago drops SAT/ACT testing requirement

APコースは、日本におけるセンター試験と同様、大学進学に関わる全国共通のフレームワークを米国において与えるものです。当初は、優秀な高校生に大学レベルの教育を提供し、魅力ある教育を高校段階で提供するとともに、大学を短期間で卒業する手段を与えていましたが、AP試験受験料でカレッジボードが運営されているため、カレッジボードの事業戦略により規模拡大したという側面もあり、現在では大学入学するための一般的なフレームワークとなっています。それとともに、このようなフレームワークの問題点も見え隠れするようになっているようです。

一方で、APコースのメリット/デメリットは、エリート学生とそれ以外の学生とで切り分けて考えた方が、明らかに良いようです。今回APコース取りやめを発表した高校は、「APコースが大学において要求されているという認識が、より知的刺激があり学びが高まる科目を回避する行動を、在校生にとらせている。また、APコースを提供する高校教師も、AP試験に必要な教育内容を全てカバーするプレッシャーを感じ、在校生に教育内容を深く探求させることができないでいる。これは大学においてクリティカルシンキングや解析能力が求められていることと逆行している。スキルベースのAPコース開発などの改善努力がなされていることに敬意は払うが、時間を区切った標準テストでは、探求や高度な議論を涵養できないと、我々は確信している。APコースを取りやめることで、高校は在校生に対して、より多様で、豊かな教育を提供でき、在校生の知的好奇心や関心を満たすことができる」と述べています。

これら高校は、APコースの取りやめが在校生の大学進学に影響を与えないか、事前に150の上位大学のアドミッションオフィスに確認を取っており、大学側は、「入学志願者が、APコースを受講しているか否かが問題なのではなく、高校において最も要求の高い科目で良い成果を出していることが重要である」としています。実際、Inside HigherEdが独自に調査においても、これら「エリート高校のAPコース取りやめは、自大学への入学の妨げとならない」と、複数の大学のアドミッションオフィサーが口をそろえて言っています。これらエリート高校の教育は十分に高度で、内容が深いと考えられているためです。ただし、そのような全国的な名声を持たない高校については、大学側が他の判断材料を有さないため、AP試験の点数は引き続き、重要な判断材料となると認識されています。
なお高校側は、8校で共同歩調を取ったことで、在校生の親への安心を与えられたこと、またこの大学入学判定のあり方というイシューに対して、全米により強いメッセージを発することができたとしています。

他方、大学入学判定においてSAT/ACTの試験を要求しないというシカゴ大学の発表は、全米トップ10以内の大学による初のSAT/ACT取りやめとして、大きな話題を呼んでいます。これまでも、大学進学の機会拡大という名目で2005年以降175大学が、大学入学判定におけるSAT/ACT点数提出を任意としていますが(National Center for Fair and Open Testing調べ)、全般に中堅以下の大学で、大学の選抜性を高める手段としているのではないかとも揶揄されています(SAT/ACT点数提出が任意になると、低得点の生徒は点数を申告しないため、見かけ上、入学者のSAT/ACTの最低点や平均点が上がります)。これに対してシカゴ大学は、USニューズ&ワールドレポートランキングにおいて、プリンストン大学、ハーバード大学に次ぎ、イエール大学と同位の3位の大学であり、このような操作は必要としません。今回の決定についてシカゴ大学は、SAT/ACTを受ける機会もない学生にも入学の機会を与えるための施策で、恵まれない家庭の学生には、経済支援も提供するとのことです。シカゴ大学は、他のピアの大学に比べて経済的支援を必要とする学生の比率が少ないことが課題となっていました。
(ちなみに、シカゴ大学が発表した経済支援ですが、年収12.5万ドル以下の学生には授業料免除、6万ドル以下の学生には授業料、諸経費、下宿と食事代をカバーするそうです。留学生には適用されないので関係ありませんが、日本の一般サラリーマン家庭の多くが該当しそうな基準です。まあシカゴ大学は私立で、授業料と諸経費が5.5万ドル、下宿と食事代が1.6万ドルとされていますから、この基準も頷けるのですが)。

[National Center for Fair and Open Testing]
Test Optional Growth Chronology 2005-2018

米国においても日本同様、現在、大学入学判定や共通テストのあり方が議論となっていますが、少し前にレポートした、ハーバード大学を含む多くのエリート大学が、大学の入学判定においてSATのエッセイを要求しなくなったことも含め、エリート大学や高校では、こうした共通テストからの離脱が一つの流れとなっているようです。

船守美穂