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ハーバード大学長、規則制定における科学研究の利用の範囲に制限を課す環境保護庁(EPA)の提案に抗議

2018.06.08
オープンサイエンス 国内政治と学術界 研究データ共有

■ハーバード大学長からの抗議(2018.6.4)

環境保護庁(EPA)の規則制定に利用される科学研究の範囲を公開データに制限する、というEPAからの4/24付けの提案に対して、ハーバード大学ファウスト学長が、6/4付けで2頁にわたる抗議文を送りました。抗議文には、この提案が、「根本的に欠陥があり、社会からの信頼だけでなく、(中略)コミュニティおよび米国の健康と安心を崩壊させるものである」としています。
「規則制定の際に、あらゆる優れた科学研究を利用できるとき、行政組織は最も効果的に、新たな規則や基準を制定できる。(中略)この提案は、規則制定において、関連ある重要な科学研究へのアクセスを制限し、その結果として制定される規則は、弱体なものとなり、かつ、有益性も低減する」、としています。

ファウスト学長は、しばしばやり玉に挙げられる「大気汚染と平均余命に関するハーバード大学の1993年の研究」("Harvard Six Cities study")に言及し、この研究が大気中の微細粒子に関わる連邦政府の基準制定につながったこと、しかし一方では、このデータが公的に公開されていないことから批判の対象となっていること、他方、このような研究を可能とする上で、参加者の個人情報保護を保証することは必要不可欠であること、また、このデータによる解析が、Health Effects Institute(HEI)という全く独立した組織により再検証されており、同時に他の独立した研究においても類似の結果が得られていることを指摘し、このように複数の独立した研究により立証されることは科学研究の健全性を示し、これを「秘密裏の科学(secret science)」と呼ぶのは誤っているとしています。

その上で、EPAの提案が、このような重要な科学研究を政策形成から締めだすことについて、警鐘を鳴らしています。「科学研究は、知を得ることの喜びだけのためになされているのではない。我々自身や我々の生命、世界を良い方に導くために行われている。我々の健康やコミュニティ、国家に長期的な被害を与える可能性のある、今回の提案を棄却するよう、要請する」としています。


■米・環境保護庁(EPA)の、規則制定における科学研究の利用の範囲の制限に関する提案(2018.4.24)

EPAの規則制定に利用される科学的根拠について、公的に入手可能なデータに限ることを、EPAは4/24付けのプレスリリースで提案していました。「秘密裏の科学(secret science)の時代は終わった。科学的発見を検査し、正しいことを証明し、再現できるということは、規則制定の完全性を担保する上で、不可欠である。米国民は、自分たちの生存に影響を与えうるEPAの決定の根拠となった科学研究の正当性を評価できるべきである」と、EPAのScott Pruitt長官は、このプレスリリースの際に述べています。

同時に、この提案が、「再現性の危機(replication crisis)という課題に対処するために、研究データの共有を図ろうという科学コミュニティの動きと、Science、Nature、Proceedings of the National Academy of Sciencesなどの主要学術雑誌において、論文の根拠データが求められるようになっていることとも、合致している」とも述べています。

またこの提案が、2017年3月に発せられた2つの大統領令(①全て、あるいは部分的に公開されていないデータに基づく規則の確認(大統領令13777)、②環境に関わる規制が、(中略)優れた査読済みの科学を用い、透明性のあるプロセスで制定されること(大統領令13783))に則っているとしています。


■EPA提案に対する、主要学術誌の共同声明(2018.4.30)

EPAのこの提案については、研究者や科学界から批判が相次いでおり、Science、Nature、Proceedings of the National Academy of Sciencesなどの主要学術雑誌からは4/30付けで、EPAの提案に対する見解について、共同声明を発表していました。

「研究データの共有は、発表論文の堅牢性を示すもので、近年多くの学術雑誌が、「透明性とオープンネスの促進(Transparency and Openness Promotion (TOP))」の基準に基づき、これを求めるようになっている。ただし、この基準は、分野ごとのワークフローの違いなどを考慮に入れ、データ共有のレベルが複数段階あることを許容している。

我々は引き続き、我々の学術雑誌に発表される研究の堅牢性と透明性を維持するつもりである。このため、論文に使用された根拠データが、研究の再現や更なる発展的な解析のために、あらゆる研究者に利用可能でなければいけないとしている。データを公開できないものについては、査読者が非公開にデータにアクセス(confidential access)し、研究の再現性を確認できる。科学者は、研究の適切性や再現性を確認できるようにトレーニングされている。

入手可能な科学的根拠のみに政策形成を立脚させることは、政策を強化させることにつながらない。むしろ、査読プロセスを経て、立証された科学を全て、意志決定に利用できることの方が重要である。透明性が確保されていないという理由のみで、関係ある研究を排除することは、意志決定プロセスにマイナスの影響を与える」としています。

[Boston Globe] (2018.6.6)
Harvard president denounces proposed EPA regulations on use of scientific research

[ハーバード大学からEPAに宛てた書簡] (2018.6.4)
Re: Docket ID No. EPA-HQ-OA-2018-0259

[EPA プレスリリース] (2018.4.24)
EPA Administrator Pruitt Proposes Rule To Strengthen Science Used In EPA Regulations

[Science] (2018.4.30)
Joint statement on EPA proposed rule and public availability of data

[Nature] (2018.6.1)
US EPA science advisers question 'secret science' rule on data transparency

[Science] (2018.5.8)
EPA's 'secret science' rule could undermine agency's 'war on lead'

[The Verge] (2018.5.1)
Scott Pruitt's new 'secret science' proposal is the wrong way to increase transparency

[Nature] (2018.5.22)
Beware: transparency rule is a Trojan Horse


政策形成において、公開データのみに立脚すべきか、あるいは、関係ある重要な科学研究は全て利用すべきかという点で、米国政府側と科学コミュニティが対立しています。

EPAが、公開データのみに基づく政策形成を推進したがる背景には、厳しい環境基準を和らげたいという企業側からの影の圧力があるというのがもっぱらの観測なので、あまり褒められたものではないのですが、一方で、これをオープンサイエンスの文脈に載せて、透明性があり、再現性のある科学研究に基づいて政策は形成されるべし、としているところが憎いですね。

科学研究で最近問題となっている、「再現性の危機(replication crisis)」に触れて、この提案をしており、この提案に反論する上では、公開可能なデータは全てアクセス可能にするとコミットした上で、個人情報等のセンシティブなデータも含む科学研究も政策形成に利用することの重要性を指摘しなくてはいけないようになっています。少なくとも、主要学術雑誌の共同声明は、そのような論法になっています。

ちなみに、政策形成において公開データのみを利用すべきとする動きはこれまでも米国ではあり、下院科学宇宙技術委員会座長のLamar Smith共和党員は長年、全てのデータセットを公開する法案を提出してきましたが、成案になっていません。なおSmith氏のこうした動きは、科学コミュニティによると、科学研究が政策研究に利用されることを制限するための策略なのだそうです。

それにしても、「秘密裏の科学(secret science)」というEPA長官の表現もすごいですね・・・。以前、高等教育の効用が、特に共和党員において、信用されていないというアンケート調査を紹介しましたが、教育面だけでなく、研究面も全く信用されていないことを示す表現かと思います。

米国の研究者が政府関係者に、科学研究に基づいて意見を主張したところ、「それは単に一つの意見に過ぎない(This is just an argument)」と一笑に付されたとか。そこまで信じてもらえなかったら、どんなにデータを公開しても、戦いようがないですね。。。

船守美穂