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ネイチャー誌は120万円、セル誌は110万円、サイエンス誌は?

2021年1月のプランSの発効に伴い、学術雑誌界に動きが出ています。

■ 高額なOA出版オプションを設定するトップジャーナル

トップジャーナルの3巨頭のうちの1つ、ネイチャー誌が120万円(€9,500)のOA出版オプションを設定したことは、昨年11月末にmihoチャネルを通じてご連絡したところですが、その後、年内駆け込みかのように昨年12月、エルゼビア社がセル誌のOA出版オプションを発表しました。こちらは、セル誌は107万円(£7,800 / €8,500 / $9,900)、その姉妹誌は96万円(£7,000 / €7,600 / $8,900)だそうです。セル誌はライフサイエンス分野に限定しているためか、ネイチャー誌より少し低めに設定してきています。しかしそれでも、ネイチャー誌に便乗してギリギリまで高く設定している様子がうかがわれます。
なおこれに伴い、セル誌とその姉妹誌は無事、プランSの「転換雑誌」に適合することとなり、プランSウェブサイトの「転換雑誌」リストに掲載されました。プランSの年初のプレスリリースに「エルゼビア社160誌、プランSの転換雑誌として登録される」とあります。

[mihoチャネル] (2021.11.28)
ネイチャー誌とその姉妹誌、120万円のOA出版オプションを設定

[CISION] (2020.12.18)
Elsevier expands Open Access options for Cell Press Journals from January 2021

[cOAlition S] (2021.1.4)
160 Elsevier journals become Plan S aligned Transformative Journals

■ グリーンOA方針を維持するサイエンス誌

一方、3つ目の巨頭であるサイエンス誌を出版する米国科学振興協会(AAAS)は沈黙を保っていましたが、2021年1月15日にその方針を示しました。プランS対象国の研究者に限定して、サイエンス誌とその姉妹誌の計6誌に掲載される論文の著者最終稿にCC-BYまたはCC BY-NDのライセンスを付して公開することを認めるそうです。これはプランSが2020年7月に発表した「権利保持戦略」に沿った運用となっています。

サイエンス誌はこれまでも、いわゆるグリーンOAと呼ばれる方法で、著者最終稿を論文出版直後に公開することを認めてきました。しかし、プランSの権利保持戦略が求めるオープンライセンスの付与は認めていませんでした。また、著者最終稿の掲載先は個人のウェブサイトあるいは機関リポジトリに限定されていました。しかし今回の方針変更で、オープンライセンスが付与可能となったほか、PubMed Centralなどの分野別リポジトリへの掲載も可能となりました。

AAASは、論文掲載料(APC)が高額となりすぎることを懸念し、敢えてネイチャー誌やセル誌のようなOA出版オプションを付すことは避けました。研究予算にかかわらず、多様な研究者に論文発表の機会を提供することを重視したとしています。
また、今回の方針は1年間のパイロットとして行い、AAASの購読料収入に大幅な減収が生じない場合は、プランS非対象国にも適用を拡大する可能性を示唆しています。

[AAAS] (2021.1.15)
Focused on author choice & research quality, AAAS announces new OA policy

[Nature] (2021.1.15)
Science family of journals announces change to open-access policy

[Science] (2021.1.15)
Science journals to offer select authors open-access publishing for free

■ プランS、APCに上限を設けるか?

「ネイチャー誌やセル誌の法外な論文掲載料(APC)の設定は、プランSが当初設けていたAPC上限を撤廃した時から危惧されていた」と、プランSを設計したRobert-Jan Smits氏(現アイトホーフェン工科大学の学長)は述べています。プランSを発表したcOAlition SのJohan Rooryck長は、プランSが出版社に求める「価格透明性フレームワーク」に期待するとしています。学術出版のコスト構造が明らかになることにより、購読料やAPCなどの価格設定も適正な額に落ち着くことを期待しています。しかし、トップジャーナルに論文を掲載する欲求は極めて高いため、どんなにAPCが高額でも、研究者はAPCを負担をするという指摘もあります。

それでもRooryck氏としては、APCに上限を設けることは最後の手段としたい考えです。上限を示すことで、それより安価なAPCを設定する雑誌が、上限ギリギリまでAPCを値上げすることが危惧されるからです。実際、英国においては2012年、大学授業料の上限が9000ポンド(130万円)と示された際、そのような現象が起きました。

[Times Higher Education] (2021.1.13)
Plan S launches, but will it drive down publisher fees?

■ 権利保持戦略に懸念を示す出版社

その意味で、サイエンス誌の方針は良心的なものです。同様の方針をとる出版社もいくつかあります。マサチューセッツ医学会は2020年10月、The New England Journal of Medicine(NEJM)について同様の方針を発表しました。米国地球物理学連合(AGU)、米国細胞生物学会(ASCB)、Microbiology Society、英国王立協会も同様の方針です。

しかし、このプランSの権利保持戦略に沿った「エンバーゴ期間ゼロのグリーンOA」について、強い懸念を示す出版社は少なくありません。ケンブリッジ大学出版は、このような方法により、購読誌の購読料収入が打撃を受けると指摘しています。また、購読誌をOA誌に転換するために近年締結されている「転換契約」にも悪影響が出る可能性を指摘しています。購読誌であってもプランSに適合できるのであれば、あえて転換契約を大学が結ばない可能性があるからです。

また、OA学術出版協会(OASPA)に所属する一部の出版社は、プランSの権利保持戦略により、「確定版(Version of Record, VOR)」に比べて信頼性の劣る「著者最終稿」が多数流通することに懸念を示しています。著者最終稿が出回ることで、他の研究者の研究成果の上に次の成果を積み上げるという、学術の土台が崩壊する可能性があります。また、権利保持戦略により、APCを負担することを好まない研究者がグリーンOAを選択する可能性が予想されますが、グリーンOAは購読収入で維持される購読誌の存在を前提としているため、恒久的なOA出版方法として適さないとも指摘しています。

物理系の16学会も、"Achieving Greater Open Access in Physics" という共同声明において、これら学会がOA誌の刊行やハイブリッド誌のOA誌への転換を通じてOA比率の拡大に寄与してきたことを強調しつつ、プランSの権利保持戦略が、ハイブリッド誌による高品質な学術出版に悪影響を与える可能性を指摘しています。また、ハイブリッド誌維持・発展のための支援の必要性を訴えています。

[Cambridge University Press] (2020.10.19)
CUP's response to the Rights Retention Strategy from cOAlition S

[OASPA] (2020.12.4)
Open post: The rise of immediate green OA undermines progress

[Space Ref] (2020.12.15)
Physics-Related Professional Societies Support Open Access

※ プランSの権利保持戦略と価格透明性フレームワークについては、以下をご参照ください。
船守美穂「プランS 改訂版発表後の展開 ― 日本はプランSに何を学ぶか?
NIIテクニカルレポート(2020.12)

■ プレプリントを義務化するeLife

プランSの発効に伴う動きを多くの出版社が見せるなか、ライフサイエンス及び生物医学分野の学術雑誌eLifeは、オープンリサーチに向けた先進的な方針を2020年12月に発表しました。

「出版後に査読("publish, then review")」と呼ばれるこのポリシーは、投稿される論文がプレプリントとして事前に公開されていることを求めます。この方針は、eLifeが2020年5〜7月に査読した論文の7割が、bioRxivやmedRxiv、arXivなどのプレプリントサーバーに掲載されていたという事実を受けています。UCバークレーの生物学者で、eLifeの編集長であるMichael Eisen氏は、「残りの3割の研究者についても、プレプリントに対して特別の反対があるというよりは、これまでの慣習でプレプリントを公開していないだけであることが予想される」と述べています。

この「出版後に査読」モデルは、F1000 Researchにおいても既に採用されています。ここでは全ての投稿論文が同プラットフォームに掲載されてから査読を受けます。査読を通過しなかった論文は、同プラットフォームに掲載され続けますが、PubMedなどの外部論文検索サービスには登録されません。これに対してeLifeでは、査読を通過した論文のみを掲載します。「馴染みのある出版スタイルを踏襲した方が、より多くの研究者を引き込むことができる」とEisen氏は述べています。
eLifeのこの新しい方式は2021年7月から正式に開始予定で、それまでの半年は試行期間として位置づけられています。試行期間中、論文投稿者は理由を述べれば、プレプリントの事前掲載なしで論文を投稿することができます。

ちなみに、F1000 Researchは2013年開始当初から主にライフサイエンス分野において、米ゲイツ財団や英ウェルカム財団の助成を受けた研究成果の迅速な公開のために用いられてきましたが、近年幅を広げ、他分野の学術出版にも門戸を開いています。また、大学等機関の学術出版の口ともなっており、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)やマックスプランク協会などもここに機関のページを持っています。筑波大学も人文社会学分野を中心に、ここにページを持つ予定としています。
なお、F1000 Researchを運営するFaculty of 1000(略称F1000)は2020年1月にテイラー・アンド・フランシス・グループに買収されました。近年の多角化の背景には、この買収があると想定されます。

■ eLife、査読内容の公開も予定

eLifeは、プレプリントの事前公開義務化とともに、投稿された論文の査読内容の公開も予定しています。そのために、Scietyという、査読内容を共有するためのプラットフォームを現在開発中です。査読内容は、却下された論文についても公開される予定です(ただし、却下された論文の著者は、当該論文が他の雑誌に採択になるまでなど、査読内容の公開を遅らせることができます)。

査読者の名前は、匿名となる予定です。これは、査読内容が査読者の名前付きで公開された場合に仕返しをされることを恐れる若手研究者などからの要望により、匿名となりました。査読者が匿名なのは理想的ではないものの、出版社側は「認証された匿名性(authenticated anonymity)」により、適切な査読者プールを形成することができるとEisen氏は述べています。

「eLifeの新しいモデルは、プレプリントの共有、オープン査読、査読内容と紐付けられたプレプリントの公開をデフォルトとする『新しい学術情報流通』への変革に向けて、大きく貢献する」と、蘭ユトレヒト大学図書館員のBianca Kramer氏は指摘します。「同時に、このモデルは、eLifeの、学術雑誌としての高い厳選性(selectivity)を維持します。」

Eisen氏は、論文の一義的な評価が、論文の掲載先の雑誌で判断されることについても、問題を感じています。このため同氏は、査読内容の公開ポリシーと共に、新しい評価指標も開発したいとしています。「論文の掲載先が、論文の価値を決定づける一世一代の判断かのように重視する人々の価値観を究極的には崩したい」とEisen氏は述べています。

Eisen氏は、OA誌のPLOSを立ち上げたことで知られています。また、研究助成機関が助成した研究成果のプレプリントの公開を義務づけるべきという「プランU」を提唱した3名のうちの1名でもあります。eLife編集長には2019年3月に就任しており、今回のeLifeの編集方針の改革は、これまで同氏がOA運動を通じて培った理念を実現につなげるものです。

[Nature] (2020.12.15)
Open-access journal eLife announces 'preprint first' publishing model

[mihoチャネル] (2019.6.5)
プランS改訂版、発効期限を1年延長 & プレプリント登録を義務化する「プランU」の提案

■ Sci-Hubのツイッターアカウント削除される

一方、学術雑誌の海賊版サイトSci-Hubのツイッターアカウントが2021年1月頭、恒久的に削除されました。ツイッターアカウントを通して「偽造品」流通を促進している、というのが削除の表向きの理由です。

この通知は、1月6日にインドで行われたSci-Hubの法廷尋問の直後に発せられました。世界の大手出版社3社(エルゼビア社、ワイリー社、米国化学会(ACS))が著作権侵害を理由に、インドにおけるSci-Hubへのインターネットアクセスのブロックを求めて2020年12月、起訴していたのです。Sci-Hubは、同ツイッターアカウントに寄せられた「Sci-Hubの必要性」に関するインドの研究者の声を法廷答弁で利用する予定でした。

Sci-Hubの創設者Alexandra Elbakyan氏は、「Sci-Hubのツイッターアカウントは主に、オープンサイエンスに関わる議論のために用いられており、偽造品や著作物を流通させるためのアカウントとは明白に異なる」と述べています。「Sci-Hubのツイッターアカウント削除は、何かの間違いか、検閲行為(censorship)です」。ツイッター社はこれについて、コメントを差し控えました。

Sci-Hubはそのツイッターアカウントを9年前に開始し、18万人のフォロアーを得ています。一方、Sci-Hubのサイトは2016年の半年間で300万人のユニークユーザがおり(サイエンス誌記事より)、ツイッターアカウントのフォロアー数はその足元にも及びません。なおSci-Hubのサイトでは現在、8500万本の論文がダウンロード可能です。

Sci-Hubは、法廷で利用するために、ツイッターアカウント上のインド人研究者の声を保存してあります。しかし、米国やロシアを含む他国における著作権の訴訟では、「Sci-Hubが一般の要求(popular demand)を満たすものである」という研究者からの声は、起訴内容を覆すことができませんでした。これら諸国の訴訟では、Sci-Hubをブロックするという禁止令が出されています。Sci-Hubはそれでも、他国にサイトを移すなどして法の目をくぐっていましたが、今度はインドでも訴訟を起こされたわけです。訴訟を起こしている出版社は今回、「ダイナミックな包括命令("dynamic" blanket order)」を要求することを通じて、複数のインターネットサービスプロバイダをブロックさせる構えです。

次回の法廷尋問は2月に延期されました。その間Sci-Hubは、訴訟を起こした3社からの論文を新たにはアップロードしないと約束しました。

[Science] (2021.1.13)
Twitter shuts down account of Sci-Hub, the pirated-papers website

[TF] (2021.1.5)
Sci-Hub: Scientists, Academics, Teachers & Students Protest Blocking Lawsuit

(所感)

――プランS発効の効果

まったく、ヒョエーという感じですね。年末から年始にかけて、次から次へと学術情報流通関連のニュースが舞い込み、咀嚼するだけで一苦労でした(まだこれから舞い込んでくる可能性があります・・・!)。しかもここで紹介したように、動きはプランSへの直接的な対応に関わるものだけではなく、プレプリントやオープン査読、海賊版サイトにまで広がっているのです。

1つ目の話題(トップジャーナル3巨頭のAPC設定の判断と、プランSの権利保持戦略に対する出版社の反応)は、本年1月のプランS発効への直接の動きとして理解されます。それに対して2つ目の話題(eLifeのプレプリント事前掲載義務化と、査読内容公開の方針)は一見、プランSとは独立した話題のように見えます。しかしこれらの方針発表が、プランSにより研究成果のオープンアクセス化が強制的に進んだことを機として捉えていることは明らかです。Eisen氏や一部の先進的な学術情報流通コミュニティは以前から、このようなオープンリサーチの構想を抱いていました。

3つ目の話題(海賊版の著作権侵害訴訟)は、プランSがOAへと転換を図っている「購読ベース」の学術情報流通モデルにおける問題です。しかし出版社が、この購読ベースのビジネスモデルにこだわって、世界の果てまで追ってもSci-Hubの息の根を止めようとしていることがわかります。出版社は、プランSに対しては半ば諦めモードで、プランS対象国の大学とは転換契約(購読料とOA出版料を組み合わせた「Read and Publish契約」等)を結び、OA出版ベースのビジネスモデルへの移行を進めてるように見えますが、この事例を見ると、プランS対象国の外では購読モデルを死守するつもりであることが分かります。

その意味では、現段階では日本もプランSに賛同してしまった方が、商業出版社の購読ベースのビジネスモデルの悪の手から逃れることが少しでもできて、お得なように感じるのですが、どうなのでしょう? プランSに賛同すれば、転換契約についても強気で出版社と交渉出来ますし、権利保持戦略により、国内に800以上はある機関リポジトリを活用したグリーンOAを展開することもできます。何よりも、これにより日本発の研究成果のOA比率が上がり、日本の研究成果の国際的なヴィジビリティが向上します。
(まあ、自分が責任ある立場にないから言える、お気楽な意見かもしれませんが)。(^^;)

――学術成果は誰のもの?

それにしても、最後の参考文献として挙げた、「インドにおけるSci-Hubの活動を許可すべき」とするインド人コミュニティによる嘆願書(petition)は、(法的観点からは間違っているはずなのですが)、思わず納得させられてしまうような説得力を持っています。

Breakthrough Science Society(BSS)というところが、研究者や大学教員、教師や学生を代弁して、
「情報を生産する者と、それを利用としようとする者の間の『情報の自由な流通』を阻止しようとする出版社の努力に対して、遺憾の意を表す」としています。曰く、

エルゼビア社などの国際的な出版社は、納税者の負担により生成された研究成果を彼らの私的財産かのように扱うビジネスモデルを形成した。

これらの知を生成する研究者や査読者たちは出版社から報酬を受け取っていないのに、これら出版社は購読ライセンスを、インドはおろか、先進国の図書館ですら負担できないような法外な価格で世界の図書館に売りつけ、膨大な棚ぼたの利益(windfall profit)を得ている。

購読ライセンスがない場合、研究者は1論文をダウンロードするために30〜50ドルを支払わなければいけない。これはほとんどのインド人研究者が負担できない額である。出版社は、学術情報の流通を促進するのではなく、絞め殺して(throttle)いる。

カザフスタンのAlexandra Elbakyan氏は、学術論文や著作の章などの研究成果を彼女のウェブサイトSci-Hubで無償公開し、多くの者に歓迎される、効果的な取り組みを行った。Libgen(Library Genesis)も同様のサービスを提供している。

これらイニシアティブは、なんらの倫理規範も知的財産権も侵害していない。なぜなら、これら研究成果の真の知的財産権者は、論文著者と学術機関であるからである。

我々は、科学と人文学の発展を阻害する、学術情報のいかなるコモディティ化に強く反対する。知の促進の観点から、Sci-HubとLibgenはインドで活動を許可されるべきである。

この嘆願書には署名ができるようになっているので、共感された方はぜひご署名下さい。

――オープンな学術情報流通に向けて

学術情報流通は、それがどのようなビジネスモデルあるいは政府負担モデル等により支えられるにせよ、今後、オープンな方向に進むことは間違いありません。インターネット上で情報が自由に流通できる時代において、それが閉鎖されていることの方が不自然です。ましてや、公的資金により生成された研究成果は、それを生成した研究者と社会のものなのです。

今一度、既存の制度枠組みに縛られることなく、学術成果が社会にオープンに共有された場合のベネフィットを念頭に、新しい学術情報流通のあり方を考える時期に来ているのではないでしょうか?

船守美穂