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コロナ下の米国大学(5):標準テストSATとACTの壊滅か?

レポート(4)の続きです)

コロナ禍のさなか、米国の多くの大学において大学入学判定に用いられていたSATとACTの点数の提示を、カリフォルニア大学が見送ると発表しました。
カリフォルニア大学の10分校は、その研究力および学生規模の大きさから、全米に大きな影響力を持っています。

計画としては、2021年と2022年入学の学生については、入学願書にSATやACTの点数を提示しても、しなくても良いそうです(test optional)。2023年と2024年入学の「州内学生」については、SATやACTの点数の提示が廃止されます。「州外学生」については、提示しても、しなくても良いそうです(留学のための奨学金獲得に、これら点数の提示が求められることがあるため)。2025年入学の学生については、新しく開発したテストを導入します。それまでにテストが開発されていなければ、こうした標準テストを、入学判定から完全に排除するそうです。

[Inside Higher Ed] (2020.5.22)
University of California Board Votes Down SAT and ACT

[Education Dive] (2020.5.21)
U of California eliminates SAT, ACT as admissions requirement

これら SATやACTなどの標準テストの利用の可否において争点となっているのは、(1)標準テストが、大学入学後の学生の成功につながっているかとういことと、(2)こうした標準テストがマイノリティを不当に差別していないかということです。

カリフォルニア大学のJanet Napolitano総長は、教育研究評議会(Academic Senate)のもとに設けられた標準テストタスクフォース(STTF)に2019年1月、これらの点について諮問しました。
同タスクフォースは2020年1月に、(1)については、標準テストの点数が、学生の学業成績(GPA)や卒業の有無と強い相関があると回答しました。また、(2)については、カリフォルニア州の高校生の人種分布と、カリフォルニア大学の人種分布には乖離があるものの、標準テスト以外の入学判断指標が十分に考慮され、標準テストのみで判断するのに比べたら、乖離が緩和されていると回答しています。

また教育研究評議会はこの報告をもとに、2020年4月には全会一致(51-0)で、標準テストは排除すべきではないと判断し、カリフォルニア大学総長にもそのように伝えています。

Systemwide Academic Senate, University of California,
"Report of the UC Academic Council Standardized Testing Task Force (STTF)," (2020.1)

[Education Dive] (2020.5.12)
U of California president recommends system end SAT, ACT in admissions

しかし一方でカリフォルニア大学は、2019年10月に市民団体等から、「標準テストをなくさないと訴訟をする」と脅され、実際、12月には訴訟を起こされていました。この市民団体の主張は、標準テストが入学希望者を不当に差別するというものでした。

このような運動は、全米あちらこちらで見られ、多くの大学がSATやACTの点数提示を、入学願書の必須要件から外していました(test optional)。また、カリフォルニア大学もこうした動きを背景に、すでに1年前から上述のような調査を行っていたところなので、訴えがなされた当初は、この市民団体に対する特別の対応はしていませんでした。

しかし訴訟が佳境に入り、また一方ではコロナ禍により、こうした標準テストを受験すること自体が難しくなったため、カリフォルニア大学は、教育研究評議会の意見に反して、入学判定におけるSATとACTの点数利用の廃止を決定した模様です。

―― 拡がる標準テストからの離脱

カリフォルニア大学の動きを受けて、というよりは、全米で既に拡がっていた動きが、コロナ禍により加速されたかたちで、標準テスト点数の提示を、少なくとも来年度入学については、任意とすると発表する大学が増えています。National Center for Fair and Open Testingという、大学における標準テストの利用状況をトラッキングしていたセンターの発表によると、米国の4年制大学の半数以上(2330校中1240校)が2021年度入学においてtest optionalとなりました。

また、以前mihoチャネルでもレポートしたように、これまで標準テストの点数提示を取りやめたのは、中堅以下の大学が主流でした。しかし今回は、エリート校が多数、2021年度のtest optionalを発表しています。リベラルアーツ・カレッジのTop100校の85%、そして研究大学のTop100校の60%が該当します。イエール大学、CalTech、カーネギーメロン、コロンビア大学、コーネル大学などが名前を連ねます。しかも、ハーバード大学が他校に遅れて6月15日にtest optionalを発表した後、プリンストン大学、スタンフォード大学、MITもこの流れに合流しました。

[National Center for Fair and Open Testing] (2020.6.15)
More Than Half of All U.S. Four-Years Colleges and Universities Will Be Test-Optional for Fall 2021 Admission

[Inside Higher Ed] (2020.6.15)
Research Universities Join the Test-Optional Movement

[Inside Higher Ed] (2020.6.22)
Harvard, Princeton and Stanford Join Test-Optional Colleges, for a Year

[Inside Higher Ed] (2020.7.17)
MIT Goes Test Optional for a Year

[mihoチャネル] (2018.6.26)
ワシントンDCの8つのエリート私立高校、APコース取りやめを発表

―― 大学院入試向けGREの離脱も拡がる

学部入試だけではありません。以前レポートした、大学院におけるGRE離脱の動きが、コロナ禍を受けて、更に加速しています。

GREを運営するEducational Testing Service (ETS)は、新型コロナウィルスの影響を勘案し5月、GRE試験をオンラインで提供すると発表しました。しかし、このオンライン試験が地方や低所得層の受験生に不利になるという懸念が拡がっているのです。

実際、GRE試験をオンラインで受験するためには、「自宅」で「4時間、人が入ってこない環境」、「安定したインターネット接続環境」と「パソコン」、「ウェブカメラ(スマホやタブレットは不可)」、「メモや計算をするためのホワイトボード」、「椅子は標準的で、クッション性の低いもの」などを用意しなくてはいけません。
GREは、留学生も多く受けることを考えると、相当に高いハードルです。開発途上国などでは、このような条件を自宅で満たすことは難しく、学校や図書館などの公共の施設に頼らざるを得ません。

また、これら条件を満たして受験登録をしても、試験監督をされるためのソフトのインストールがうまくいかなかったり、実際の試験の際にうまくアクセスができず、90分程度ロスしたり、試験監督者にカメラ越しに「かわい子ちゃん(sweat heart)」と呼ばれ続け、いらついたりと、トラブルが耐えないようです。

そのような訳で、以前からGREの必要性に疑問を感じていた大学院プログラムは、これを機会に率先して、GREの点数提示を任意とした模様です。たとえば、地球科学系の大学院プログラムがGREの利用を取りやめた模様です。

[Science] (2020.6.24)
Graduate programs drop GRE after online version raises concerns about fairness

[Nature] (2020.7.20)
US geoscience programmes drop controversial admissions test

[mihoチャネル] (2019.5.31)
GRE要件を不問とする米国大学院の動き

―― 標準テストは本当に公平か?

以前紹介した、ハーバード大学の "Harvard Admission Trial" も同様ですが、入学選抜における公平性と、入学志願者の社会的バックグラウンドの関係は難しいですね。
大学としては、「学力」のある学生を取りたいでしょうけど、そうすると "社会の上流層" のみがすくいとられ、学生の多様性は失われ、かつ社会からは「差別的」と批判されます。

日本は、人種による格差の問題は少ないのかもしれませんが、実際には、テストの点数と、たとえば世帯年収等に見る受験生の社会的バックグラウンドとの間に、一定の相関があることは、度々指摘されているところです。最終的には見送りとなった、大学入学共通テストにおける英語民間試験の活用も、「受験機会が少ない地方の受験生等が不利になる」ということが理由の1つであったということは、このような相関を示唆しています。

日本は、学力テストの点数で入学判定をするのが最も「公平」と考え、出題ミスや採点ミスは大騒ぎになりますが、それ以前の問題として、受験生側の受験の条件にバイヤスがあるとしたら、どうなのでしょう。。。
とは言っても、受験生の(人種以外の)社会的バックグラウンドを、入試において考慮するのは難しいと思いますが、学力テストのみで判定する場合は、学生の多様性が失われるといったデメリットもあると認識した上で、学力テストの重みを少し軽くしても良いのかもしれません。

今年の受験は、コロナ禍により、授業を継続できている高校の生徒と、そうでない高校の生徒で格差が生まれるのは必須ですから、そうした不公平感を少しでも緩和するために、学力テスト以外の判断要素を取り入れた、イレギュラーな入試をしても良いのではないでしょうか。

[Education Dive] (2019.10.29)
Civil rights groups sue U of California over SAT, ACT requirement

[mihoチャネル] (2019.11.5)
ハーバード大学に推定5000万ドルの課税

・・・それにしても、カリフォルニア大学が新しく開発するテストというのが、どのようなものになるのか、気になります。テストの要件として、学生の入学後の成功と相関があること、不当な差別につながらないことといった要件が課されているようですが。

日本は、大学教員が入学試験問題を自分たちで開発し、採点までしている希有な国ですから、何かしら協力はできないのでしょうか?

レポート(6)へ続く)

船守美穂