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コロナ下の米国大学(4):大学授業を物理開催しても訴訟の危険性?

レポート(3)の続きです)

米国の多くの大学は、オンライン授業により学生が中退や進学断念をしたり、授業料返納の訴訟を起こされたりすることが怖くて、9月には大学授業をキャンパスですると宣言しています。しかし大学執行部は他方で、授業を物理開催して感染者が出てしまった場合に、訴訟を起こされることも、心配しています。

米国では5月13日に、14の大学長と、ペンス副大統領とデボス教育長官のあいだでオンライン会議が開催されました。高等教育の困窮に対して連邦政府ができることは何かをヒヤリングするという趣旨の会議で、大学側は、9月に授業を物理開催するためには、(1)感染者を特定するためのテストをするためのキャパシティの必要性と、(2)(発生することがほぼ確実な)感染者が出た時に、訴訟を起こされないという保証を、連邦政府に要望しました。

大学の再稼働は、大学が地域経済の中心となっていることの多い米国の州にとって、政府側にとっても重要課題です。
とはいえ、いつもは連邦政府に反目しているような米国の大学が、「訴訟を受けないという保証が欲しい」などという要望を連邦政府にするなんて、驚きです。本当に困っているのでしょうね。

[Inside Higher Ed] (2020.5.15)
Colleges Worry They'll Be Sued if They Reopen Campuses

―― 大学教員の感染リスクはケアされているのか?

一方で、教員も不満をかかえています。いきなりオンライン授業になり、教材作成とオンライン授業で疲弊していたところに加え、9月からの大学授業の物理開催の決定は、大学執行部のみでなされ、教員の意見は聞いてもらっていません。

大学授業を物理開催した場合は、クラスを2つに分けて三密を避けるとしても、授業をする教員には、感染のリスクが高まります。教員には、感染の危険性を理由に、授業を提供しないという選択肢はあるのでしょうか?でも、そのような要求をして、解雇されてしまったら、元も子もないですし・・・。

[Inside Higher Ed] (2020.5.4)
The 'Right Not to Work'

―― 大幅なコスト削減を模索する米国の大学

コロナ禍は、大学運営の経済面に、最も大きな打撃を与えています。

米国では、新型コロナウィルス経済救済法(CARES Act)により、高等教育には140億ドルが割り当てられました。といっても、半分は学生向け、半分は大学向けで、1大学からみたら、短期的なロスすら埋めることができません。たとえば、ウィスコンシン大学は、学生寮や食堂、駐車場の料金を学生に払い戻すだけで、1.7億ドルを必要としています。ミシガン大学は、2020年中で4〜10億ドルの損失を見込んでいます。これら推計は今後、更に悪化する可能性があります。

[Chronicle of Higher Education] (2020.4.28)
Under Covid-19, University Budgets Like We've Never Seen Before

一部の米国の大学はこのため、大胆なコスト削減策にすでにでています。

たとえば、デューク大学は新たな教員採用を凍結、給与のベースアップも差し止め、新たな工事は停止、そして、教員の年金についても、大学の今年の寄与分を一時的に差し止め、年収28.5万ドル(約3000万円)以上の教職員の給与の1割削減、学長は2割、副学長等他の役員については1.5割削減を決定しました。これらで翌年度までに、1.5〜2億ドルの経費削減を図る予定です。

テキサスクリスチャン大学も年金の差し止めを計画しているようです。しかしこちらは、コロナ禍のどさくさに紛れて、大学執行部が勝手な決定をしているといった反発が出ています。
デューク大学は「(基本的には今年分のみの)一時的差し止め」であるのに対して、テキサスクリスチャン大学は「恒久的に、大学寄与分の11.5%を8%に縮小」、かつ、教職員の年収に関わらずということですから、反発は当たり前です。さらに、退職者の健康保険への寄与分まで縮小し、さらに45歳未満の教職員については、この健康保険のプランの対象にすらならないというのです。
大学執行部は、「コロナ禍では教職員も含めた痛み分けが必要」と説明しているようですが、脆弱な層につらく当たる策はいただけません。

アクロン大学は、11分校のうち6分校の閉鎖を発表したりしているようです。いやはや、米国の大学は本当に、いきなり大なたを振りますね・・・。

[Cleveland.com] (2020.5.4)
University of Akron to eliminate six of 11 colleges as part of cost-saving measures due to coronavirus pandemic

[Inside Higher Ed] (2020.5.21)
Colleges Lower the Boom on Retirement Plans

―― 見送られる授業料の値上げと、引き続き拡大する授業料ディスカウント

大胆なコスト削減が一部の大学で行われる一方で、大学の主要な収入源である大学授業料については、米国の大学も、改革の矛先が鈍っているようです。

米国の大学では、授業料が例年数%ずつ上昇しているのですが、学生や家庭の経済的困窮を念頭に、今年はこうした値上げを見送る大学が拡大しています。
たとえば、カリフォルニア大学は、今年予定していた5%の値上げを見送ると発表しました。Ohio Wesleyan大学は3%を見送り、ペンシルバニア州のBucknell大学は3.5%、バージニア州のWilliam & Mary Collegeは3%見送りといった具合です。

一方で、例年は、授業料の値上げとともに授業料ディスカウントもなされ、各大学は学生獲得にいそしむ訳ですが、今年は「授業料の値上げを見送るので、授業料ディスカウントも見送り」という訳にはいかなかったようです。
コロナ禍により学生獲得が更に厳しくなったため、大学は身銭をはたいてでも、魅力的な授業料ディスカウントに励まなくてはなりません。

ネブラスカ大学は、連邦政府奨学金Pell Grantを得る学生や、世帯収入が6万ドル以下の学生を授業料免除とする、Nebraska Promiseを発表しました。○○州プロミスとは、2年制のコミュニティカレッジを中心に20近くの州で行われている、高等教育無償化政策の名称です。ネブラスカでは、これを4年制大学も含めて適用し、4月における入学希望者の前年度比5.4%減を、5月には1900名増の、前年度比4.7%増と回復させました。

ミシガン州のAlbion Collegeという、小規模な私立大学も、ミシガンプロミスの傘の下で、同様の授業料免除プログラムを提供しています。一方でメイン大学は、州内でコロナ禍により閉鎖した大学の在学生を、特別の授業料ディスカウントで受け入れると発表しました。

[Education Dive] (2020.5.20)
Colleges pull back tuition increases as pressure to manage costs mounts

[Education Dive] (2020.5.20)
College tuition discounts climb as revenue uncertainty looms

[Inside Higher Ed] (2020.6.1)
Colleges Woo Students With Bargain Tuition Rates

[mihoチャネル] (2018.10.1)
高等教育無償化を掲げる民主党員が拡大

―― 伸びる授業料保険への加入

授業料保険に加入する学生も増えているようです。授業料保険とは、なんらかの事情で大学を中退した場合に、支払われる補償金です。一般的には、突然の事故や疾病により中退を余儀なくされた場合が想定されているため、これまで、加入する学生は多くはありませんでした。

しかし、コロナ禍の下では、自身や家族が発病する可能性もあれば、大学が閉鎖、もしくはオンライン授業が学生の期待に見合わず、学生が中退を決断する場合があります。大学側は、教職員や施設の維持のため、一度振り込まれた授業料は原則、返金はしないので、このような保険があれば、学生側は多少の穴埋めが可能です。ただし、この保険は中退を条件とするため、引き続き在籍するが、オンライン授業に不服で、授業の値下げを要求する学生には役立ちません。

授業料保険は、GradGuardが、保険会社Allianz社とLiberty Mutual社を通じて提供し、一般に1セメスター106ドルで、1万ドルの補償となります。A. W. G. Dewarも同様の授業料保険を提供します。

これら授業料保険はこれまで、学生が独自に加入するものでしたが、2020年度入学者から、授業料振込画面において、同保険への加入を選択できる大学も出てきました。
オハイオ州のマイアミ大学は、年間318ドルで1セメスター当たり1.5万ドルを補償します。テネシー大学ノックスビル校は、100ドルで1セメスター1万ドルの補償をします。

大学側にとっても、この授業料保険はありがたい存在です。授業料返納を求める訴訟が増える中、「授業料保険に加入する機会は提供したのに、加入しないと判断したのは、そちらですよね?」と切り返すことができるからだそうです。
いやはや、すごい世界となったものですね。

[Inside Higher Ed] (2020.7.1)
Fall Uncertainty Prompts Students to Consider Tuition Insurance

―― 学生寮や駐車場収入に強く依存する大学

今回のコロナ禍で、米国の大学が大学運営において、大学授業料だけでなく、学生寮や駐車場収入に強く依存していたことが白日のもとにさらされました。恐ろしいことですね。

大学経営が産学連携や寄付講座、大学スポーツなどに依存している実態を、ハーバード大学元学長であるデレック・ボック氏が「商業化する大学」という著書で、描き出しましたが、そのような華々しいアクティビティだけでなく、学生寮や駐車場といったインフラ提供も収入源となっていた訳です。

そのような実態があると、「学生寮や駐車場を埋めるために、授業を物理開催する」といった本末転倒の判断が起きます。また以下の記事のように、学生寮にいる学生から無理に賃料を取り立てるといったことにもつながります。

[Curbed] (2020.5.4)
When your boss is also your landlord: Rent strike at Columbia University

大学には、大学経営や財政にあまり振り回されることなく、教育・研究の果実を受け取る学生や社会にとっての最善を考えながら、良質な教育・研究を追求してもらいたいものですよね。
近年、外部資金の導入や大学経営、説明責任などが強く求められ、それは「社会のなかに位置づけられた大学」として当然のことではあっても、そちらがメインとなり、「公共的な価値をもたらす大学」の教育研究活動が歪められてしまうことは避ける必要があります。

要は、バランスが大事ということですが、パンデミック下では、バランスが崩れがちなので、学生に対してだけでなく、大学に対しても、ケアが必要なのだと思います。

レポート(5)へ続く)

船守美穂