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コロナ下の米国大学(2):「9月は授業をキャンパスで実施」の発表相次ぐ
(レポート(1)の続きです)
学生が大学進学を断念すると、大学は学生獲得ができなくなり、大学経営が危ぶまれます。
米国の大学は9月入学で、高校生が進学先の大学を決定するのは、伝統的に5月1日です。その日までに、学生は進学希望の大学にデポジット(日本で言えば、入学金のようなものでしょうか)を振り込むのです。今年はコロナ禍のため、この期日を6月1日などに延ばした大学も多いようですが、5月1日は伝統的に、学生の獲得状況が把握され、大学経営の翌年度の明暗を分ける日であります。
このため今年は、直前の4月28日頃から、「9月は通常通り、授業をキャンパスで物理開催します」と発表する大学が相次ぎました。近年の少子化により、大学経営が厳しくなっていた大学が、どうにかして大学進学希望者の気を引こうとして、そのような発表をしたと言われています。
以下、1番上のリンクには、Chronicle of Higher Education紙が追跡する740大学の、9月の授業開催方法に関するパイチャートがあります(随時更新)。5月22日時点で、65%もの大学が、「対面授業を再開予定」としてします。「多様なシナリオを検討」「未定」が21%、「(対面とオンラインの)ハイブリッド開催」が6%、「オンライン開催」が6%です。
[Chronicle of Higher Education] (2020.4.23)
Here's a List of Colleges' Plans for Reopening in the Fall
[Inside Higher Ed] (2020.4.29)
The Evolving Fall Picture
[Inside Higher Ed] (2020.4.30)
Certainly Uncertain
[Inside Higher Ed] (2020.4.24)
The Big 'If'
[EdSurge] (2020.4.15)
As Pandemic Persists, Colleges Consider Options for the Fall
―― オンライン教育なら、以前からオンライン教育に力を入れている大学へ!
以下、ニューヨークタイムズ記事冒頭のエピソードは、現在の一般的な高校生の心情や判断をよく表しています。
Claire McCarville氏はずっと、ニューヨークかロスアンゼルスの大学に進学することを夢見ていました。先月、いずれの都市の上位校からも合格通知を得て、彼女は大喜びでした。しかし、今月初め、彼女は300ドルのデポジットを、自宅から15分のアリゾナ州立大学に振り込みました。「コロナ禍において、こちらの方が明らかに合理的な判断(it made more sense)だったのです」と彼女は語ります。
[New York Times] (2020.4.28)
After Coronavirus, Colleges Worry: Will Students Come Back?
越境進学を諦めた例です。しかしそれだけではありません。
アリゾナ州立大学は、デジタル技術を活用した教育において、全米の最先端を行く大学です。名物学長Michael Crow氏が、人口が拡大し続けるアリゾナ州の高等教育ニーズに応えるためにオンライン教育プログラムを精力的に拡大し、初年次教育は、edXとの連携により、大規模公開オンライン講座(MOOC)として提供しています(Global Freshman Academy)。受講は無償で、単位取得には数百ドルを支払うかたちで、初年次教育を極めて安価に提供し、米国の大学授業料高騰問題にも対応しています。また、リメディアル教育や科目選択においては、ラーニングアナリティクスやAIを活用し、ドロップアウトを防いでいます。
船守美穂
「デジタルに移行する米国の大学教育 ― MOOCのその後、大学教科書事情、高等教育のアンバンドル化」
AXIES通常総会(2017.5.18)
米国の多くの大学では、オンライン教育を急ごしらえで提供しているため、(教員の苦労とは裏腹に)、これは学生には不人気です。「オンライン教育は、対面授業より劣る」といった批判がなされ、大学に授業料の返納を求める訴訟も米国では始まっています。
[NBC News] (2020.5.6)
Students at 25 colleges sue for refunds after campuses close because of coronavirus
[WTOP News] (2020.5.5)
Parent of George Washington University student sues, says online classes inferior
[Education Dive] (2020.4.14)
Students sue colleges for coronavirus-related tuition refunds
これに比べたら、オンライン教育を提供する体制を従前から整えているアリゾナ州立大学の教育の方が優れているのは明らかでしょう。Claire McCarville氏は、同じオンライン教育なのであれば、アリゾナ州立大学に軍配が上がると冷静に判断した訳です。
―― 大学は、人と人をつなぐ場
それにしても、コロナ禍を通じて、大学が単に高等教育コンテンツを提供する場ではないということが明らかになってきたように感じます。
大規模公開オンライン講座(MOOC)が2012年に提供しだされた時、これらコンテンツがハーバード大学やスタンフォード大学、MITなどの超エリート大学により無償で提供され(つまり、"優れた教育コンテンツ" と思われた)、デジタルコンテンツは劣化することなく無限に再生可能なことから、「大学不要論」が盛んに語られました。
一部の大学では、レイオフとなることを危惧した教育組合等が、反対運動を起こしました。
MOOC自体は、オープンな教育を志向したいという想いの裏に、米国の大学授業料高騰への対応という色彩が強くあり、このため、MOOCが受講者にとっては無償であっても、大学においては開発コストがかかるということが判明するにつれ、(米国では少なくとも)尻すぼみになりました。またそれに伴い、「良質なオンライン教育があれば、大学は不要か?」という問いへの答えはうやむやになってしまいました。
しかしコロナ禍により、オンライン教育に強制的に移行させられ、「オンライン教育は質が劣る」「大学授業料に見合うものが得られていない」「夢見ていた学生生活を破られた」といった声が聞かれるところを見ると、我々は大学キャンパスにおいて、大学授業以上のものを与えていたようですね。
それは必ずしも、教員あるいは大学組織が意識的に提供するものではなく、キャンパスという場が与えてくれる、人との出会いであったり、各種グループやコミュニティの集い、大学卒業後も続くネットワークだったりするのかもしれません。また、単なる人との出会いに留まらず、大学ゼミやサークル運営等に伴う会話などを通じて、そのグループにおける一定の価値観が形成され、その時代ごとに必要とされる新しい価値基準やイノベーションが生み出されていたように感じます。
最近、学会やシンポジウムはオンラインで行われるようになり、情報共有はできるようになりました。しかし、会場にいる人々同士の何気ない会話が欠落し、半年あるいは1年ぶりに話す相手がこの間、どのようなことを考え、何をしていたのか、新たな連携や人の異動の糸口になるのか、業界の動向はどのようになっているのか、といったことを知る手がかりが失われました。また、新しくこのコミュニティに入ってくる人は尚更、コミュニティのモーメンタムを感知し、自分を適切に位置づけ、コミュニティの一員として伸びていくことが難しいはずです。
[Scholarly Kitchen] (2020.4.29)
Scientific and Scholarly Meetings in the Time of Pandemic
失われたものを嘆いても始まらないので、オンラインと実世界それぞれの強みと弱みを明らかにし、オンラインで失われたものを最大限補う方法を探ることが大事に思います。
(レポート(3)へ続く)
船守美穂