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ハーバード大学におけるテニュア拒否に4000名以上の署名運動
火曜日からハーバード大学の院生就労者は、労使交渉でストライキに入りましたが、一方で、キャンパスでは、ロマンス語と文学の学者Lorgia García-Peña氏のテニュアが拒否されたことに対して、抗議が続けられました。
「このテニュアの拒否は、ハーバード大学が民族学(ethnic studies)に力を入れるという表明への否定(disavowal)に見える」と、ハーバード大学やその他の大学等からの、2000名以上の学生および教員の請願書(petition)には記されています。「民族学における新規採用の委員会において委員を務める、有色の教員のテニュアを拒否するということは、多様性とインクルージョンを促進しようというハーバード大学のコミットメントと取り組みに背くものである。(中略)García-Peña教授の研究業績や教育業績、社会貢献(professional service)を考えると、彼女に対するテニュア拒否は理解しがたく、我々に衝撃をもたらす」。
この請願書では、García-Peña氏のケースに関する(1)テニュア〈拒否〉の決定に関する通知の即時公開、(2)手続き上のミス、偏見、差別の有無に関する調査とともに、大学における(3)テニュア審査プロセス全般における透明性の拡大と、(4)ハーバード大学における民族学専攻の設立と維持計画を要求しています。
ハーバード大学は個別のテニュア審査に関わるコメントを拒否しています。文理学部のClaudine Gay学部長は、民族学は学術的優先課題で、民族、移住、先住性(ethnicity, migration and indigeneity)について4名分の教員公募を開始したばかりあると話しました。García-Peña氏は、コメントに応じませんでした。
[Inside Higher Ed] (2019.12.4)
Controversial Tenure Denial at Harvard
[The Harvard Crimson] (2019.12.3)
Students Protest, Pen Open Letter In Response to Professor's Tenure Denial
[Daily Beast] (2019.12.4)
Harvard University Sparks Outrage for Denying Tenure to "Latina Star Scholar"
請願書(新規署名欄有り)
On Professor Lorgia García-Peña's Tenure Denial and the Future of Ethnic Studies at Harvard
「民族学における、有色の教員のテニュアを拒否したというだけで、大学は多様性とインクルージョンに取り組んでいないとみられてしまうの??! いやはや、おそろしい世の中になったものだ」と、この記事を初めて見たとき思いましたが、請願書を見ると、García-Peña氏が数多くの教育・研究業績を有し、彼女のテニュア拒否がコミュニティに意外をもって受け止められたことが分かります。
彼女が自身の分野における教育活動や学生指導で多大な貢献をし、学生や院生からの多大な信望を集め、大学側からも多数の教育面の賞を得ていたこと。彼女が2016年に出版した「The Borders of Dominicanidad: Race, Nations and Archives of Contradictions」という著書は、多数の賞を受賞し、国際的にも評価が高いこと。それ以外にも論文8報、4章分の本の執筆分担などの研究業績があること。彼女が、教員採用も含む、多数の学内委員会にて委員として貢献をしていること。その他、ラテンアメリカ学や民族学の分野で、多数の委員を歴任していることなどが記されています。
請願書には、「明確に資格要件を満たしている(eminently qualified)委員のテニュアが拒否されるような状況において、民族学における新規採用のプロセスが成功するであろうか?最近の申請者による申請取り下げは、〈今回の〉テニュア拒否を通じて、ハーバード大学の民族学の未来に影が差していることを申請者が感じたからである」とあります。
また請願書の署名欄を見ると、長い長い長ーーーーーーーーーーいリストがあり、PhDや助教だけでなく、准教授や教授も多数、ハーバード内外から、署名していることが分かります。この記事がInside Higher Ed紙から出たとき、署名はまだ2000名規模だったようですが、私が見たときにはすでに4000名以上、これからもまだ増え続けるのではないでしょうか。
とはいえ、大学にだってテニュアを拒否する理由は色々とあるとは思うのですが、請願書の要求(3)の「テニュア審査プロセスの透明性拡大」においては、「大学がテニュアの決定の透明性を拒否するのは、〈テニュア審査の〉匿名性(anonymity)を前提としている。García-Peña教授のテニュア拒否という決定は、権力あるポジションにある個人、しかも当該分野においては非専門家である個人が、説明責任を問われることなく、〈テニュア判定の〉決定権を有することを意味する。現在のテニュア審査プロセスにおける機密性("confidentiality")は、権力の乱用(abuse of power)の影響を最も受ける者を保護しない。その逆で、『機密性』の名の下、匿名性は権力にある者を説明責任から保護する。García-Peña教授のテニュア拒否には、正当な理由が認められないため、我々はテニュア決定の透明性を求める」とあります。
つまり、テニュア審査プロセスが機密性をもって取り扱われると、不合理な恣意性が働く可能性があるので、透明性をもって扱われなければいけないと、請願書は、本ケースだけでなく、一般のテニュア審査プロセスについても主張しているのです。
なお、ここに「権力あるポジションにある個人、しかも当該分野においては非専門家である個人」とあるのはおそらく、教員人事が専攻から研究科、最終的には全学の人事委員会において最終決定されるため、最終段階では「当該分野においては非専門家である個人」が判断を下すことを指していると想定されます。
(ちなみに私が米国の有力大学が複数インタビューした限りにおいては、こうした全学委員会における判断は基本的には部局における判断を尊重しつつ、他方、部局において差別や偏見、仲間内の人事等、恣意性が働いていないかをチェックする役割だそうです。曰く、「同じ部局の同僚の再任や昇進について、当該教員が業績面でふるわなくても、部局内では人情として切れないことがあるため、上位委員会で他の候補者との業績も再比較し、大学としての客観的な判断を可能とする」とのことでした。その他、ジェンダーバランスや多様性などの観点からも、上位委員会では確認がなされるそうです。こうした上位委員会の機能は、部局にも評価されているそうです)。
教員採用やテニュア審査プロセスにおいて、不合理な恣意性が働くという可能性はごもっともではありますが、一方で、何をもって不合理と判断するのか。教員採用やテニュア審査は一般に、それぞれに優秀な、甲乙付けがたい複数の候補者のなかから一名を選び出すプロセスで、必然的にある種の恣意性が働くのです。専攻として、「この分野を強化しよう」「こういうタイプの人を採用しよう」といった価値判断がなされ、それに基づいて採用行為が行われる。その価値判断に沿った人から見れば、当該教員採用プロセスは理に叶っていたと思うし、そうでない者から見れば不合理なわけです。
この請願書が求めるように、大学の教員採用プロセスがオープンになったら、多様な人が多様な論点で抗議をして、収拾が付かなくなるのではないでしょうか・・・。一方、なんでも説明責任と透明性拡大の時代で、論文の査読も「オープン査読」などが試みられる時代ですから、教員採用も、明るいオープンなプロセスになっていくのかもしれません・・・?!
この請願書をみると、ハーバード大学における民族学の強化も、長年の学生からの要望書等により実現したようですし、大学教員の採用についても、「○○のような教員から、××を学びたいから、この教員を採用して欲しい!」「△△の分野の研究開発を大学に進めて欲しいから、この教員を採用して欲しい!」といった、学生や産業界、一般社会からの要望に応じた大学が形成されていくのでしょうか・・・。
でも、大学発祥初期の12世紀頃のイタリアでは、同郷の者たちが「ナチオ」を形成し、ここに講師等を呼び学ぶというところから、大学が形成されてきたと言われているので、その意味では、大学が社会の声を受けて形作られるというのは、大学の原点に戻るとも言えるのかもしれません。(なおもう一つの大学の淵源、パリやオックスフォードは同時期に、教員主体で大学が形成されていったそうです)。
何はともあれ、ハーバード大学は先日ご紹介した、大学入試における人種差別問題についても係争中ですし、またこの記事の冒頭にある院生就労者のストは、1年間の労使交渉を経て合意に至らずなされているもののようですし、とにかく大変ですね・・・。
[Inside Higher Ed] (2019.10.7) Judge Upholds Harvard's Admissions Policies
[mihoチャネル] (2019.11.5) ハーバード大学に推定5000万ドルの課税
[Inside Higher Ed] (2019.12.4) On Strike at Harvard
なおこの記事冒頭にある院生就労者のストは、待遇改善、社会保険、そしてハラスメントと差別からの保護を求めるものです。待遇改善については大学当局から、向こう3年で、給与取得の学生(salaried student workers)には7%、TA(teaching fellows)には8%の給与上昇、非給与所得の学生に対しては最低限の時給を15ドル、時給ベースの教育指導者(hourly instructional workers)には最低限17ドルの時給を提案したようですが、それでも折り合うことは出来なかったようです。 まあ確かに、ハーバード大学の教員の給与水準をみると、そう言いたくなるのも分からないではありません。
また、「ハラスメントと差別からの保護」は、これらイシューが就労契約によって対処されるべきという認識が拡大しているため、労使交渉における中心的課題なのだそうです。(これがどういうことを意味しているのか、私にはよく理解できないのですが)最近、理系教員におけるジェンダーバランスや研究助成金採択におけるジェンダー差等のデータを頻繁に目にするので、そうしたところの平等性を働きかけるということなのでしょうか?
いずれにしても、教員採用、テニュア審査、大学入試、TA/RA/非常勤の雇用、論文査読、競争的資金の審査、あらゆる面で説明責任に透明性、平等性が求められる時代になってきているようです。今回のテニュア拒否の事件の行方は、ハーバード大学だけでなく、他大学からも固唾を持って注視されています。
船守美穂