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ドイツの学術機関、論文投稿の事前審査のために、研究検査官を導入

ドイツのライプニッツ研究機構の傘下にある、高齢化に関するフリッツ・リップマン研究所(Fritz Lipmann Institute, FLI)は、2016年と2017年に続けて起きた深刻な研究不正を受けて、対策に乗り出しています。論文発表前に機関DBへ登録することの義務化や、PhDの研究指導体制について複数名を要求するといった一般的な対策に加えて、研究所の研究者の投稿前論文全てをスクリーニングする作業を外注しました。

外注先企業は、伊サロメにあるResis社という会社で、以前FLIでPhDを取得した元学生Enrico Bucci氏(分子生物学)が2016年に設立した、論文のチェック等を行う企業です。Bucci氏は、当初2008年に、生医科学研究者の需要に応えて、特定の細胞や疾患の論文から画像を抽出するビジネスを立ち上げましたが、その論文DBから「取り下げられた論文」を削除する過程で、それら論文の画像に深刻な問題を発見し、ビジネスの方向性を変更し、研究不正を検知するビジネスに切り替えました。FLIの主要施設の施設長であるMatthias Görlach氏がBucci氏と知古だったことから、FLIの業務を受注することとなりました。

FLIの研究者は、論文投稿を予定する全ての原稿および学位論文をResis社のスクリーニングにかけなければいけません。Resisは全ての原稿を基本的には、受領後24時間以内にスクリーンします。ただし問題の可能性が発覚した場合は、さらに3日間かかることがあります。FLIはResis社のサービスと、同社から得た情報への対応のために年間5万ユーロ(600万円)の予算をかけています。

このような対策は極めて異例です。一部の学術雑誌は、統計や画像において不正が行われていないか、論文出版前に確認しますが、研究機関は一般に、こうした確認は研究者がそれぞれに行うものである、と考えています。米国研究公正協会(US Association of Research Integrity Officers)の会長で、ノースウェスタン大学研究公正のディレクターであるLauran Qualkenbush氏は、「米国の研究機関でこのような対策を導入しているところはないと思う」と述べています。

他方、欧州では、複数の機関が、論文投稿前のスクリーニングを外注、もしくは機関内に専門の担当を置いています。これら機関は、研究不正防止だけでなく、研究者が特別に研修を要する領域を発見するためにも、こうしたコストは負担する価値があると考えています。
FLIのスクリーニングにおいて、Resis社は初めの40論文について、深刻な問題は発見しませんでしたが、17の論文において一項目以上の問題を指摘しました。その多くは不適切な統計処理(サンプル数不足や不十分な統計処理)に関するもので、FLIはその後、統計処理に関する研修を義務化しました。

実際、研究者もこうしたサービスを歓迎しているようです。近年、論文内における不適切な画像等が外部から摘発される頻度が高くなり、ライプニッツ研究機構では「非寛容アプローチ(zero-tolerance approach)」が宣言されるなど、うっかりのミスも致命的なダメージを与える空気が生まれました。一方、研究者からすると、近年は大量かつ複雑なデータセットをハンドリングすることが多く、ミスが起きる可能性が高まっています。

このため、Resis社のようなチェックは研究者に安心をもたらしています。「このチェックのおかげで、夜眠れます」とFLIグループリーダーのBjörn von Eyss氏は言います。「自分の論文で、たとえばラベルを一つ間違えるなど、何かミスをしたのではないかと気が気ではなくなっていました。ミスが研究不正になりえるのです(a mistake can become misconduct)」と、同センターのポスドクであるLilia Espada氏は述べます。「外部にチェックに出すことで、今はより自信が持てます」。

研究機関によっては、こうしたサービスを導入したいものの、予算の確保ができないという機関もありますが、FLIはResis社のサービスを継続の予定です。FLIは2018年6月、ライプニッツ協会の幹部会において、「健全な科学行為(good scientific practice)」として発表し、協会の会長Matthias Kleiner氏はこれに感銘を受けました。Kleiner氏は、「健全な科学行為」の認定システムを協会内に導入しようと検討しています。「これは研究者を研究不正から守ることにつながるかもしれません」。

[Nature] (2019.11.19)
The science institutions hiring integrity inspectors to vet their papers

論文のスクリーニングを、アカデミア以外の機関に外注してしまうの???という感じですが、これで安心を得ている研究者もいるようなので、良いということなのでしょうか・・・?学術を自ら質保証するのが専門集団のあり方と思っていたのですが、どうやら時代はそのようなところには留まっていないようです。
ちなみにこの記事には、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長のコメントも掲載されていますが(今回の記事は長かったので、ダイジェストの訳となっています)、iPS研では電子ラボノートブックや、全実験データの保存の義務化などは行っているものの、「実験が適切に実施・記録されたかを検査するわけではない」と述べており、論文投稿前の論文スクリーニングは導入していないそうです。


今回紹介した記事は、論文のチェックを外注する例ですが、スウェーデンでは、国内の全ての研究不正事案に対処する政府機関の設置に向けて、今年夏頃に法的枠組みを形成しました。複数の研究不正事案において、研究機関が研究不正の実態を調査し問題なしと一度は報告したものの、その後の調べで研究不正が実際にはあったことが判明したという事件を受けてです。このような研究不正事案に対応する政府機関はデンマークですでに2017年に設置されており、それに倣っています。イギリスでも2018年に議会が、こうした機関の設置を提案しており、中国も対応を強化しているようです。

[Nature] (2019.7.9)
Scandal-weary Swedish government takes over research-fraud investigations


一方では、研究の採択においてくじ(lottery)が利用される例も出てきているようです。
ニュージーランドの健康科学カウンシルは2015年から、transformative researchなどの一部の研究助成プロジェクトの採択において、くじを利用しているそうです。また、スイス科学財団(SNSF)では、若手研究者を対象とするポスドクの奨学金の採択決定に、くじを利用したそうです。
研究プロジェクトや若手研究者の審査は、ドングリの背比べで、そこで1点2点などの点数差をつけることに無理があることも多く、くじの利用は、審査員の精神的負担と審査にかかる時間を軽減することにつながるのだそうです。この場合、くじを利用する前にまず、第一段階のスクリーニングを行い、一定以上の基準を満たす案件についてくじを利用するようです。また、たとえばマイノリティーを優遇するといったひねりを、くじにおいて利用することもあるようです。

[Nature] (2019.11.20)
Science funders gamble on grant lotteries

論文スクリーニングの外注や研究公正対応の政府機関の設置、研究採択におけるくじの利用など、アカデミアが本来していた判断を外部に投げ出したような感じで本当にこれで良いのかと思うものの、研究の規模が世界的に拡大し、アカデミア自らでは管理しきれなくなった「研究のマス化」時代においては、これがあるべき姿なのかもしれません・・・?!

船守美穂