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GRE要件を不問とする米国大学院の動き
過去数十年、GRE(Graduate Record Examination)は、米国の大学院に進学するのに要となる共通試験でした。GREのGeneral Testは、数学、英語、論文(quantitative, verbal, and writing)について、選択式の問題を4時間近くの試験時間を課して、行います。しかし、このGREの長期政権は終焉にさしかかっている可能性があります。GREの点数と大学院における学生の出来との間に十分な相関がないという最近の調査報告と、GREにより世界でマイノリティとなっているグループ(underrepresented group)が不利になっているという懸念から、GREの要件を不問とする大学院プログラムが拡大しているのです。
Science誌は、米国トップ50の研究大学の8分野におけるPhDプログラムの出願要件を調べました。ライフサイエンス分野が、GRE要件離脱(GRExit)をリードしています。2018年には、分子生物学PhDプログラムの44%がGREを要求しなくなりました。2019〜20年度の出願において、これは50%にまで拡大します。神経科学と生態学(ecology)では、2016年から2018年の間に約1/3のプログラムがGREを要求しなくなり、今年は更に多くのプログラムがこれに続く予定です。他方、化学、物理、地学、コンピュータ科学、心理学では引き続き9割以上のプログラムがGREを2018年には要求していました。しかし、これらの分野においても一部のプログラムは集団離脱(exodus)に加わっているようです。
「今まさに時代は流れています(time of flux)」と、GREを要求しないライフサイエンス分野の大学院プログラムリストを作成している、ノースカロライナ大学チャペルヒルの生物・生物医学プログラムの大学院アドミッション長であるJoshua Hall氏は指摘します。昨年はまだ片手に納まる程度のプログラムしか、このリストに載っていませんでした。今年は74もあります。ミシガン大学の生物医科学の大学院プログラムが2018年にGREを要求しなくなったことが、このような動きを誘発しました。この動きにいくつかの大学院が追随し、「GREを要求し続けると出願者が減少するのではないか」といった焦りが残りの大学院に感じられるようになったと、Hall氏は指摘します。
GREを支持する人々は、この方向は間違っていると主張します。この動きを作ったGREに関する調査には欠陥があり、GREは引き続き有用な予測因子(predictor)であると主張しています。また、出願者を比較するための方法が他にある(成績、推薦状、研究経験など)といっても、GREほど簡便(convenient)な方法は他にはありません。「GREの点数は、大学院進学の適否を簡単に判断できる材料」で、定量的データにより判断することになれている理系分野の研究者に特に好まれる、と「入試におけるGRE」を研究対象とする、南カリフォルニア大学の高等教育研究者であるJulie Posselt氏は指摘します。Posselt氏の研究によると、GREの点数が生まれ持った知性(innate intelligence)を示すと考える教員も多いとのことです。「GREの点数が高いと、大学院で成功する確率も高いと思われています」。
しかし「これは、教員の見方です」と彼女は強調しました。現実は別です。たとえばHall氏が自身のプログラム280名の学生を対象に行った2017年の調査によると、GREの点数と、学生が主著者として執筆した論文数や、学位取得までの年数の間には、相関がありませんでした。Hall氏の調査と前後して行われた、ヴァンダービルト大学生物医科学の495名の大学院生を対象とした調査では、GREの点数が高い院生ほど、第一セメスターの成績は高いという結果が出ました。しかし、院生が博士課程研究基礎力試験(Qualifying Examination)を通過するか、大学院修了にどの程度の期間がかかるか、どれだけの論文を出版するか、研究助成や奨学金を得るかについて、GREの点数は十分な予測が出来ませんでした。他の研究でも、同様な結果が出ています。
しかしこうした調査結果は、GREの点数が相対的に高い、大学院に進学できた院生のみをサンプルとした調査であると、〔GRE運営主体である〕ETS(Educational Testing Service)の副社長であるDavid Payne氏は指摘します。「科学研究の立場から言えば、GREの点数を用いずに、学生をランダムに受け入れ、大学院でどのようになるかを、本来は調査すべきです」。GREは全体的なレビュープロセス(holistic review process)を形成しているとみなすべきであると、Payne氏は主張します。「GRE要件を不問とするということは、〔出願者および進学者に関わる〕データを放棄するというのと同じことです」。
GREにより、多様性やインクルージョンのための取り組みが阻害される、という見方もあります。ETSのデータによると、女性やマイノリティーグループは、白人やアジアの男性に比べて、GREの点数が低い傾向にあります。(これは、教育環境や教育機会へのアクセスを反映しているのであり、このグループの内生的な特徴を示しているわけではない、とETSは主張しています)。試験のためのトレーニングと、試験のための費用(一回205ドルと、試験会場までの旅費)は、低所得の学生にとっては重荷になる可能性があります。また試験時間は、非英語圏の学生にとって不利になる可能性があります。
Payne氏やその他数名は、GREを利用することにより、気づかれなかった学生や、構造的に不利な条件にあり機会が少なかった学生を、発掘できる可能性を指摘します。しかし、GRE不要論者(GRExit proponents)はこれに反対しています。「GREで高得点を取得していても、その高得点がどのようにして得られたのか、分かりません」。たとえば、何回もGREを受け直して高得点を取得している可能性があると、ヴァンダービルト大学の学生の多様性拡大イニシアティブの長であるLinda Sealy氏は述べます。「GREで高得点を取得しているからといって、それのみで大学院プログラムへの進学条件とすべきではありません」とHall氏はこの見方に同意します。
「GRE要件を落とすのに、頭を悩ます必要はありませんでした」と、2018年にGREの要件を不問とした、ピッツバーグ大学の物理・天文専攻長のArthur Kosowsky氏は言いました。「この試験は、意味のあるものを計測していませんですし・・・我々が専攻内で比率を拡大しようとしている学生層に対して不利にもなっているのです」。
他方、GRE要件を不問とした大学院プログラムの多くが、GREの点数を出願書類に提示しても良いというオプションを設けています。しかし、これはすべきではないと、Posselt氏は指摘します。オプションでGREの点数を提示する出願者は、平均より高い点数を取得している可能性が高いのです。「すると、GREの点数を提示しない出願者を見る審査員の目が、歪められる可能性があります」と彼女は指摘します。GREの点数は、「求めるか、求めないかにすべきです」。
GREの要件を不問にしたところで、出願者の多様性が拡大するかは不明です。しかしミネソタ大学メディカルスクールの生物医科学オフィスの長であるJon Gottesman氏は、これを解明したいと考えています。同氏は同僚と先月、これを調べるためのアンケート調査を発出したところです。「調査結果を見ないと分かりませんが、おそらく内実を理解するためには、調査を数年、継続する必要があると思われます」。
[Science] (2019.5.29)
A wave of graduate programs drop the GRE application requirement
大学院においても、入試改革のような動きがあるのですね。これまで日本にしても、アメリカにしても、学部入試については標準テストのみによる入試は縮小する方向で改革が進んでいましたが、大学院入試については各大学院プログラムや専攻がそれぞれに合った学生を小規模なロットで選抜をしていたので、そのような議論は少なかったように思います。ただし米国では、大学院においてもTOEFLやGREなどの共通試験の点数を参考にするため、このような議論が起こるのでしょう。
米国留学で必要となるTOEFLは、学生の一般的な英語力評価のツールとしても一部の日本の大学において用いられ、日本でも頻繁に話題に上ります。また同じく米国留学で必要となるGPA(学生の平均成績)についても、中教審の所謂「大学教育の質的転換答申」により、「厳格な成績評価」が必要ということから、日本の大学においても導入が進められ、最近は広く知られているように思います。
しかし、GREは米国の大学院留学をする学生しか受験しないためか、あまり話題に上らないようです。そのGeneral Testでは、数学、英語、論文が課せられますが、数学は基本的な数理処理能力を問われる問題、英語は難解な英文読解、論文も英語と同様、高いレベルを要求されるようです。一方、米国大学院受験者の体験記などを見ると、これの点数が多少低いからといって、落とされることは少ないらしく、緩やかな足切りの判断材料程度として利用されているようです。
その意味ではGREは、箸にも棒にもかからない出願者をふるい落とす程度の役割しかありません。もし、そのレベルの学生はそもそもあまり出願してこないのであれば、GREを要求することで、GREを受ける機会やこのための受験勉強をする機会の少ない学生が不利になり、出願しない可能性があります。その場合は、GREを取りやめても良いように思います。
記事では、GREを続けるべき理由として、箸にも棒にもかからない出願者をふるい落とす簡便な方法としてGRE利用のメリットがあると主張しています。しかしもし本当にそうなら、大学院プログラムはこれを取りやめることはおそらくしないので、実際には、GREによりふるい落とされる学生は少なかったのではないでしょうか?
GREにより、実質的な意味での数学や英語力が付いたという話はあまり聞かないので、米国大学院がGREの要求を取りやめるようになったというのは、日本から米国留学を志す学生には朗報です。余計な試験対策に時間を取られないで済みます。この動きが拡大し、日本からの留学増大につながるといいですね!
船守美穂