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プランSにより学術雑誌、エンバーゴ期間なしのグリーンOAに進む可能性?

プランSでは、学術論文が出版と同時にオンラインでオープンにアクセス可能となることを研究助成機関が求め、学術出版の慣行であった購読料ベースのビジネスモデルが根底から揺るがされています。これに対して、いくつかの出版社が、プランSに適合し、かつ購読料収入を維持できる方法を検討しているようです。具体的には、プランSが示した3つのオプションのうちの一つである、「学術論文出版と同時に、著者が公的アーカイブ(機関リポジトリ等)に著者最終稿を公開する」ことを認める方向で、検討がなされているようです。

現在、多くの学術雑誌は〔購読者に対して〕購読料を課し、オンライン上にある学術論文を出版後数ヶ月は最低、有料の壁(paywall)の向こうに置きます。これに対して、15の欧州の研究助成機関および4つの財団により推進されているプランSは、公的助成を得た研究者が、論文を即座にオープンに公開することを要求しています。このプランSの要求に応える方法の一つが、「著者から論文掲載料(APC)を徴収するオープンアクセス雑誌(OA誌)に論文を出版する」方法です。所謂ゴールドOAモデルです。

他方、いくつかの出版社は、ゴールドOAモデルにおける「著者からのAPC」のみでは、十分な収入が得られないことを懸念しています。このため、多くの出版社がもう一つのプランSのオプションを真剣に検討していると、非営利の学術出版社にウェブホスティングを提供するHighWire社(カリフォルニア州ロスガトス)の創設者John Sack氏は指摘しています。これは、所謂グリーンOAモデルです。このモデルでは、論文著者が論文出版と同時に、論文の著者最終稿を公的なリポジトリに無償で公開します。この方法の場合、学術雑誌は引き続き購読料を徴収でき、また、APCを負担しきれない著者も〔APCを徴収しない雑誌に投稿できるので〕恩恵を受けます。

HighWire社は、27の非営利出版社を調査し、これらの出版社が、他のプランSのオプションに比べて、「エンバーゴ期間なしのグリーンOAモデル」をより好むことを発見しました。〔プランSの〕他のオプションは、購読料ベースの学術雑誌をAPCベースの学術雑誌に転換し、完全なゴールドOAモデルに移行することを求めています。

「グリーンOAは、プランSの研究助成機関の要求に応えながら、購読料モデルを継続できる、実行可能な方法であるように思いました」と米国植物生物学者学会(American Society of Plant Biologists)の学術出版ディレクターであるNancy Winchester氏は述べました。同学会はOAオプションを提供する購読誌を2誌、出版しています。「我々は、〔グリーンOAを〕真剣に検討します」。

プランSでは、著者最終稿という、出版前のバージョンをOAでアーカイブする方法を認めています。著者最終稿は、査読の結果は反映していますが、印刷版と違って、レイアウトのデザインや参考文献へのリンク、その他の補足資料(supplement)などが欠けていることがあります。論文の印刷版を〔機関リポジトリ等で〕公開することを許容する出版社は僅少です。こうした特性に商用価値が最もあるからです。しかし、Science誌の出版社であるAAASを含む多くの出版社は近年、6〜12ヶ月のエンバーゴ期間を経てであれば、著者最終稿をNIHのPubMed Centralなどの公的リポジトリにて公開することを認めています。

プランSは更なるオープン性を求めています。エンバーゴ期間は認めていないのです。また出版社は、無料でアクセス可能な論文の著作権を放棄しなくてはいけません。プランSは、出典を引用すればコンテンツの配布と再利用を許容する「CC-BYライセンス」を要求しています。
そうであっても、いくつかの出版社は、エンバーゴ期間なしのグリーンOAをプランS対象の研究者に認めるのが、最もビジネスに影響の少ない(least threatening)、プランSに適合する方法であると判断しています。なぜならプランS対象の研究者が執筆する論文は、世界が生産する論文の3.3%のみであると推定されているからです。米国は、公的助成を得た論文が出版から一年以内にOAとなることを求めているものの、プランSに参加しないと示しています。中国はプランSを支持すると発表しましたが、まだ正式には参加しておらず、またどのようなルールでこれを実施するかを発表していません。

Royal Societyの出版ディレクターStuart Taylor氏によると、すでに30以上の出版社が、エンバーゴ期間なしのグリーンOAを認めています。ただし著作権は保持しているそうです。Royal Societyは、ゴールドOAオプションを認める購読誌を8誌出版しており、そのようなポリシーを2010年に設けました。また昨年からは、CC-BYライセンスも提供開始しています。
Taylor氏によると、そのような変更はビジネスに影響がなかったそうです。購読者数において、「いかなる減少もありませんでした」とTaylor氏は述べます。「それは最終の印刷版の方が良い(superior)ためであると、私は確信しています」。購読者は、(体裁の整った)印刷版に対して、対価を支払う用意があるのです。

Science誌の姉妹誌を出版する出版社Bill Moran氏によると、プランSに適合するグリーンOAは、「我々が注目しているオプション(an option we're looking at)」だそうです。しかし、〔このオプションを提供した場合〕どの程度の研究者がこのオプションを利用し、収益への影響(financial consequences)がどのようになるかは予測不能である、としています。どのような影響があるかは、プランSが効力を完全に発揮する2024年まで分からないのかもしれません。
(なお、この記事を発行するScience's Newsのエディトリアルは、AAASから独立しています)。

他の出版社は、この方法が購読料収入の喪失という、悲惨な結末に通じると思っています。Springer Nature社の出版部チーフであるSteven Inchcoombe氏は、記事を厳選するトップジャーナル(selective journal)は専門のエディターを抱え、論文が採択する前から多くのコストを負担しているといいます。グリーンOAは、そのような労力を無償で明け渡す(giving away)ことを暗に意味している、と彼は述べます。グリーンOAが大規模に展開された場合、購読料や収入にどのようなインパクトがあるかは、十分に確認されていない、と付け加えました。

Springer Nature社は他の出版社と違い、ゴールドOAの方がより持続的であると考えている、とInchcoombe氏は言いました。同社は大学に対して「オフセット契約」という、購読料から同大学の研究者が論文出版のOAについて支払う額を減額する契約形態を提供しています。しかし大学図書館は、このような契約においてもコスト上昇が続くことを懸念しています。

[Science] (2019.5.15)
To meet the 'Plan S' open-access mandate, journals mull setting papers free at publication

「え?!!出版社が、エンバーゴ期間なしのグリーンOAで良いの??」という感じですね。驚きです。いくら著者最終稿であって、印刷版ではないと言っても、「論文が出版されると同時にネット上で原稿がオープンに公開されたら、購読料を払う人がいなくなるのでは?」と思うのが自然です。
また、プランSはもともと商業出版社の高い購読料対策として掲げられてきており、出版社がOA雑誌に転換することを強く意図していたので、プランSにとっても、出版社が「エンバーゴ期間なしのグリーンOA」に流れることは想定外だったかと思います。
しかし、記事内にさらっと言及があるように、これはHighWireを利用するような、やや小規模の「非営利学術出版」の見解、かつ、「プランS対象の研究者に対してのみ」エンバーゴ期間なしのグリーンOAを認める、ということなのであれば納得がいかない訳ではありません。そうであれば、全世界の3.3%のみの論文が公的リポジトリ上で即座OAになるだけなので、出版社にとっては「エンバーゴ期間なしのグリーンOA」を認めても、購読料収入は維持可能のように思われます。

プランSの要求する「購読料ベースからAPCベースへの転換」は、大手商業出版社であればいざ知らず、学会系出版などの小規模の出版社にとっては、相当な負担がかかります。切り替えに大幅な設備投資が必要となりますし、購読機関を対象に行っていたマーケティングも論文著者対象に切り替える必要があり、更には、そのように転換しても十分な収入が得られるか分かりません。また、プランSはOA出版プラットフォームに対して機械可読性に関わる高い要求を課しており、これはシステム改修のみならず、論文一つ一つをXMLフォーマットにし書誌情報もきめ細かくふるといった、手厚い編集体制の維持を必要とします。
このような大転換を、プランS対象国からの論文数%のみのために行うよりは、購読料ベースのビジネスを維持し、プランS対象の論文著者に対してのみ「エンバーゴ期間なしのグリーンOA」を認めた方が容易であるというのは、「なるほど、よく考えたなあ」と思います。そうすれば、OA出版プラットフォームに求められた機械可読性の要件を、出版社は公的リポジトリに任せることもできます。

大学の機関リポジトリなど公的リポジトリにとって、このような出版社の動きは、一つのチャンスと捉えることが出来るかもしれません。
これまで機関リポジトリは、電子ジャーナルの高い購読料対策の一環として、論文の著者最終稿を公開・流通するために、世界の多くの大学等に整備されてきました(グリーンOA)。しかしその手間の煩雑さから、運動が推進されて約20年も経過するのに、全論文の1割弱しかグリーンOAで公開されていないと言われています。さらにプランSが登場してからは、プランSがゴールドOAを強く推進するものと当初理解されていたため、グリーンOAの取り組みが、少し宙に浮いたような感がありました。
しかし、出版社が機関リポジトリを頼ってくれるのであれば、機関リポジトリにおける査読論文の登録拡大が望めます。プランSがOAリポジトリに求める機械可読性などの要件はありますが、プランS対象国について言えば、研究助成機関がこのシステム改修等については支援すると言っているので、逆に経費を得て、システムのアップグレードが望めます。ついでに論文一つ一つに必要となるXMLフォーマットへの転換等の手間についても、人員を増強してもらえるのなら、大学図書館としてはラッキーですね(本当にそこまでしてもらえるのかは、よく分かりませんが・・・)。
本当であればプランS非対象国の機関リポジトリについても、この機を利用して、利用拡大を望みたいところですが、プランS対象国のように研究助成機関が費用負担してくれないことには、難しいのかもしれません。

しかしプランS非対象国の機関リポジトリについても何らかの方法でプランSに適合する要件を兼ね備えることができる、あるいは、プランSがリポジトリについてはその機能要件を下げるといったことがあるのであれば、オープンアクセスリポジトリ連合(COAR)の掲げる「次世代リポジトリ(Next Generation Repositories, NGR)」のヴィジョンに基づいて、世界の機関リポジトリを連携させ、商業出版社を介さないコンテンツ分散型の学術出版の世界を実現できるかもしれません。
NGRでは、学術論文のコンテンツは、プレプリント段階から論文が最終的に出版されるまで、論文著者の所属する機関リポジトリ等に置き、学術雑誌の査読や出版は、機関リポジトリ上のコンテンツを参照しにいくという形式を提案しています(オーバーレイ雑誌)。また新たな論文が登載されたといった「お知らせ(notification)」や、論文読者のコメント機能、SNS機能などが、機関リポジトリに付随することもイメージしています。
COARはNGRを、「分散型でグローバルに連携している学術コミュニケーションのためのインフラ(distributed, globally networked infrastructure for scholarly communication)」と表現しています。ここでポイントは、論文コンテンツが出版社のところに移ることなく、分散型で各大学の機関リポジトリや分野別リポジトリなどに置かれることです。

COAR, "Next Generation Repositories, NGR,"
林豊『「次世代リポジトリ」のヴィジョン』情報の科学と技術 68巻5号, 258-259(2018)

日本はこれまでOAを、主にグリーンOA路線で展開してきており、世界No.1の機関リポジトリ保有国(810以上)です。うち460以上は、オープンアクセスリポジトリ推進協会(JPCOAR)と国立情報学研究所(NII)が共同運営する「機関リポジトリクラウドサービス(JAIRO Cloud)」により提供されています。このような中央管理型のサービスは世界に類がなく、海外でJAIRO Cloudを紹介すると、羨ましがられます。中央管理型サービスの利点は、システムの維持・更新をこれ専属の機関にお任せし、これを利用する機関は、機関リポジトリの有効活用に専念して業務ができることです。システムのアップグレードが必要なときも、中央で対応すれば、全体がアップグレードされます。
近年、その利点に注目し、NIIで開発・提供する機関リポジトリのシステム(WEKO; サービスとしてのJAIRO Cloudを支えるシステムの名称)を導入する国(マレーシア、ミャンマー、西・中央アフリカ連合(WACREN)など)が出てきています。システムとしてのWEKOやサービスとしてのJAIRO CloudをプランSの機械可読性の件に対応できれば、導入を希望する国・地域を増え、NGRのヴィジョン実現にも近づきます。

プランSがOAリポジトリに求める機械可読性の要件は、極めて高い理想を追ったものとなっており、これを必須要件として求めるのには基準が高すぎると言われていますが、一方で、データが高度に連携するデジタル時代において、10年後にはこれが確実に当たり前となっていると誰しもが思っています。
その意味では、先行投資をしてWEKOやJAIRO CloudをプランSに適合したものにし、国内外に展開するのが圧倒的に有利と思うのですが、どうなのでしょう?

船守美穂