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給料値上げ交渉のために、他大学からのオファーを偽造
給料値上げ交渉のために、他大学からの採用オファーのレターを偽造したかどで、コロラド州立大学元准教授(化学)のBrian McNaughton氏 (40才)が、刑事犯罪を問われています。
McNaughton氏は、2015年1月、コロラド州立大学(CSU)の当時の執行部に対して、ミネソタ大学から受け取ったとされるオファーレターを流し、CSUは同氏を引き留めるため、ベース賃金を5000ドル値上げしました。その後、当時ミネソタ大学の生物科学カレッジの学部長であったTom Haysと、コロラド州立大学の教員人事担当の副プロボストDr. Dan Bushのあいだの対話により、そのようなオファーのレターは存在しなかったことが発覚し、McNaughton氏は職を辞任しました。嘘が発覚するまでに得ていた4年間の賃上げ分の給料は、返金しました。
McNaughton氏は、自分の行為が誤っていたことは認めつつも、「給料を値上げするのに、(すでに亡くなっているか、他大学に転籍している)CSU教員の複数が、外部からオファーがあると嘘をついている」というのは、学内で周知の事実だったと述べています。CSU大学当局は、そのような証拠は見つかっていないとしています。
米国の大学では、大学教員の給料値上げが他大学からのオファーがきっかけとなることが一般的で、ハーバード大学教育学研究科のCollaborative on Academic Careers in Higher Educationの研究によると、他大学における職探しをする大学教員のうち35%は、(転籍というよりは)所属する大学における給料値上げを交渉するために、職探しをするそうです。そのうち半数は、その過程で、他大学に転籍しているそうです。他大学からのオファーを持ってくる教員と所属大学執行部との間の交渉は、極めて微妙です。また教員を採用しようとする大学においても、応募者が本当に転籍希望なのか否かの見極めが必要です。
とは言っても、McNaughton氏のように、他大学からのオファーレターを偽造するのは明らかに違法行為です。
[CBS4] (2018.7.6)
Former CSU Professor Brian McNaughton Charged For Falsifying Job Offer
[Chronicle of Higher Education] (2018.7.9)
This Professor Made Up a Job Offer From Another University. Now He Faces a Criminal Charge.
[Chronicle of Higher Education] (2018.7.11)
A Professor Faked an Offer Letter to Get More Money. What's a Better Way?
論文の偽造だけでなく、他大学からのオファーレターの偽造までなされるようになったか・・・、という感じですね。メディアも、今回の事件にはどうやら結婚に伴う家庭内の、特に経済的な問題が、背後にあったことに触れつつも、これを終始批判的なトーンで報じています。
一方、記事にはMcNaughton氏からの5頁にも及ぶ、コロラド州立大学への謝罪および釈明のレターもあるのですが、これを読み込むと、薄給である大学教員の悲哀がじわじわと伝わってきます。文面も、(感情的にならずに)きちんと論理的に状況を説明しており、まじめで能力の高い大学教員が、種々の事情によるプレッシャーに負け、このような事態を招いたということが伝わります。
状況としてはどうやら、1)事件が起こる数年前、McNaughton夫妻は初めての定職を得て、CSUの在するコロラド州Fort Collinsに移り住んだ。2)しかしここは医師や弁護士等高給の人々が住むところで、McNaughton氏の給料は近所の方々より圧倒的に低く、「働かなければいけない女性は、近所で自分一人である」と妻が不満を言うようになった。3)妻にはこれに子育てのストレスも加わり、McNaughton氏を口で攻撃し、McNaughton氏はノイローゼ気味になった。
4)大学でどうすれば給料を値上げしてもらえるかを同僚などに聞いたところ、他大学からのオファーレターが必要と聞いた。5)実際、自分の研究は他大学等から高く評価されており、「来ない?」と訊かれたことも何度かあるが、正式なオファーレターは残念ながらもらえなかった(他大学側も、オファーを出すからには、着任の確約が必要、あるいはテニュアトラックを初めからやり直すことなどを条件としていた)。6)妻にもそのような事情を説明していたところ、ついに、妻とともにオファーレターを2015年1月に捏造するにいたった。大学からは5000ドルのベース賃金値上げを得た。
7)それでも妻からの攻撃も続き、McNaughton氏は、子供二人は養育するが、離婚したいと申し出た。8)2015年7月31日に妻に呼ばれて家に帰ると、家は空で、外で待ち構えていた妻からは、「レターを偽造したことを大学に告げ、首を切られるようにする!」と脅された。9)離婚は成立したが、妻は子供二人を連れてペンシルバニアに移住してしまった。10)ペンシルバニア移住後も、妻の脅迫は続き、(裁判所から認められたという)一定の仕送りをしないと、首を切られるように密告すると言われた。11)これに拒否したところ、妻が(裁判所からの要求について)嘘をついたということが判明したが、偽のオファーレターに関するCSUへの通告はすでになされており、ことが明るみに出た。ということのようです。
McNaughton氏は、レターの最後に、自分の行為は誤っており、これに対するなんらかの制裁措置は必要と認めているものの、以下に挙げる事項に留意し、より広い文脈でこの事件を扱って欲しいとしています。
①これまで研究不正やその他の倫理的なトラブルは起こしたことはないこと、②大学教育プログラムを2つ開発しており、学生からの授業評価は高く、大学から表彰もされていること。③研究面でも、450万ドルもの研究費を獲得しており、27もの査読付き論文を通しており、多数の大学院生を輩出していること。④研究室を巣立った学生、特に現在研究室に在籍中の9名の研究者の将来に、影響が出ないかが気にかかっていること。
文面にはその他、McNaughton氏が同時期に着任した同僚2名より後にテニュアと認められたことや、着任前に約束されていたスタートアップ資金がなぜかもらえなかったことに触れ、研究面の評価においてもストレスがあったことが記されています。
・・・Fort Collinsには行ったことはないのですが、そこから車でデンバーの方に向かって約1時間のところにあるBoulderに行ったことはあり、ここは確かに高級住宅街です。タクシーに町を一周回ってもらったのですが、「ここは米国で一番幸せな町に選ばれた」と言っていました。実際、温暖な気候、ロッキー山脈パイクスピークの麓で自然に恵まれ、しかし平地で、交通の便に恵まれています。古くから、東海岸と西海岸をつなぐ要所として、会合が開催されたり、衛星基地が置かれたりとしていて、航空やバイオサイエンス、環境、ITなどの産業が集まっています。私が訪問したときはちょうどグーグルがここに1.3億ドルの投資をして、1500人規模の支社を建設するとアナウンスしたときで、広々とした敷地に建設がなされているときでした。Fort Collinsも、「米国の幸せな町ランキング」の3位に食い込んでいるので、ボルダー同様、富裕層が住む場所なのでしょう。
他大学からのオファーレターを偽造したのは明らかに間違っていますし、McNaughton氏の奥さんもだいぶヒステリー気味の方であったようには察しますが、450万ドル(5億円規模)もの研究費を獲得できるような研究者が、経済的問題から、道を踏み外す事態に至ったことは、嘆かわしいことです。このように明るみとなった事件の背後には、多くの大学教員の不安定かつ、学歴に比しては薄給の職業事情があると思われます。
ちなみに以下は、米国教員の平均および大学別の給与データです。別の記事に、米国では教授と准教授以下の格差が開きつつあるということが報じられていましたが、確かに教授職は日本より水準が高いように感じます。准教授以下はどうでしょう。日本のこれに対応するデータがないので、なんとも言えないのですが。
https://data.chronicle.com/category/sector/1/faculty-salaries/ (四年制州立大学)
https://data.chronicle.com/category/sector/2/faculty-salaries/ (四年制私立大学)
[Chronicle of Higher Education] (2014.4.7)
Stuck in the Middle
船守美穂