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アフリカ専用プレプリントリポジトリ、AfricArxiv始動
アフリカにおける科学のヴィジビリティー向上を目的として、アフリカの科学者のみが投稿できるプレプリントリポジトリ"AfricArxiv"が始動しました。これにより、アフリカの科学者は自身の研究成果を迅速に共有できるようになります。研究者間の協働とともに、政策担当者や起業家、医療スタッフ、農家、ジャーナリストなど、多様なステークホルダーの知識へのアクセス拡大が期待されています。
AfricArxivは、Open Science Framework (OSF)という、オープンソースソフトウェア上でホストされます。論文のプレプリントとともに、ポストプリントやコード、データなどもアップロードし、共有可能です。アカン語、トゥイ語、スワヒリ語、コサ語などを含む、あらゆるアフリカの言語による投稿を歓迎します。
AfricArxivのアイディアは、2018年4月ガーナで開催されたオープンサイエンスサミットの参加者のツイートにより開始され、3ヶ月後には、プレプリントリポジトリ、Facebookページ、Twitterアカウントと、プレプリントとして投稿された内容の適切性を確認する12名の科学者ボランティアが出来上がっていました。このようなスピードの背景には、OSFプラットフォームのカスタマイズのしやすさがあります。OSFプラットフォーム上にはすでに21のプレプリントサービスが立ち上がっており、多くのものは分野別ですが、中にはアラビア語のArbixiv、インドネシア科学者向けのINA-Rxivなどもあります。INA-Rxivはすでに2950件の投稿があります。なおこうしたプレプリント投稿の始まりとなった物理学分野におけるarXivは、毎月1万件の投稿を得ています。2013年に始動したバイオ分野のbioRxivは、毎月1000件の投稿を得ています。
プレプリントリポジトリを立ち上げるのは容易ですが、投稿を獲得し、掲載数を拡大していくことの方が問題です。プレプリントを共有すると、研究内容を横取りされるのではないかという懸念の声が、研究者からすでにあがっています。これに対しては、研究の早い段階からフィードバックを得られることのメリットと共に、多くの学術雑誌が近年、原稿をリポジトリで事前に共有することを推奨していることを説明し、納得してもらっています。またプレプリントには、正式なDOIも付与されるため、他者が研究成果を横取りするリスクが緩和される、という説明もなされています。このような説明が届く研究者からは納得を得られますが、説明が十分に広がり、アフリカの研究者の共通認識とならないと、プレプリントの投稿は進みません。
「(プレプリントも良いが)、所謂正規の学術雑誌の購読料が高く、アフリカの研究者の多くに論文へのアクセスがないことや、そもそも研究設備などの研究環境が貧弱であることの方が、根幹的な問題である」という声もあります。また、「所謂ハイインパクトの学術雑誌における掲載が価値あることとされているため、こうしたオープンアクセス(OA)で、スピーディーに研究成果を共有できる媒体への移行はなかなか進まない」という声もあります。
同時に、「研究者がどこに投稿すれば良いのか混乱する」という声も聞かれました。プレプリントリポジトリの概念がまだ十分に広がっていないため、所謂正規の学術雑誌への投稿と同一視される可能性もあります。また、OAの出版媒体に限定しても、アフリカでは2018年から3つもの媒体が始動しており、混乱の可能性があります。3月には、アフリカ数理科学研究所とエルゼビア社でScientific AfricanというOAジャーナルの創設が発表され、4月には、アフリカ科学アカデミーとF1000で、AAS Open Researchという、論文投稿後のオープン査読を基本とする媒体が立ち上がり、6月には、AfricArxivが立ち上がりました。
とはいえ、学術情報の流通が限定されていたアフリカ地域において、学術情報がより多く流通する媒体が始動したのは、喜ばしいことです。
[Nature] (2018.6.25)
African scientists launch their own preprint repository
[Nature] (2017.11.15)
African scientists get their own open-access publishing platform
分野別のプレプリントリポジトリが近年、多数開設されていたのは知っていましたが、国・地域単位のプレプリントリポジトリというのもあるのですね。当該国・地域の言語で投稿可能とすることで、研究者間だけでなく、政府や企業、社会一般における学術情報の流通を促進するという考えは、なるほどと思いました。日本でも、特に論文を英語で書くことが基本である分野の研究者は、企業や社会に発信する場合は別途日本語で、テクニカルレポートや解説記事などを記述する必要があり、自分の時間的リソースをどちらに割くか、ジレンマがありました。英語圏の研究者であれば、学術論文がOAとなれば、多少専門的であっても、何を研究しているのかぐらいは一般人にも把握可能で、必要に応じて問い合わせることもできるので、学術論文でも広報の肥やしとなりますが、非英語圏はそうはいきません。
プレプリントリポジトリが日本に設置されたからと言って、英語と日本語とで発信しなくてはいけない負担は変わりませんが、それでも、解説記事などの外部から依頼を受けた原稿だけでなく、研究申請書に記述するような研究の着想や、共同研究者と研究の過程でまとめる文書など、日本語で共有できる学術情報は多数あり、これら、今まで研究者のPCなどに眠っていた文書や特定のHPに掲載されていた資料が、プレプリントリポジトリに掲載されることで、学術がより開けていく可能性があります。
またF1000との共同で開設されたAAS Open Researchの開設に関する記事には(上記2つめの記事)、海外の学術雑誌に投稿することが難しい若手研究者に有益であるとの指摘がありました。低所得国からの論文投稿は、高所得国からの投稿とみられ方が違い、論文採択の可否に影響があるというという研究もあるそうです。
Harris, M., Macinko, J., Jimenez, G., Mahfoud, M. & Anderson, C. BMJ Open 5, e008993 (2015).
"Does a research article's country of origin affect perception of its quality and relevance? A national trial of US public health researchers"
オープン査読を基本とするF1000のプラットフォームは、論文は時間の経過とともに論文の評価やインパクトは定まってくるという考え方のもと、論文が投稿されたら速やかにOAで公開され、この論文を読んだ読者が査読(コメント)をしていくという仕組みとなっています。つまり、論文を投稿してリジェクトされるということがありません。
権威ある学術雑誌に投稿することに価値を見いだしているコミュニティでは、受け入れがたい斬新な考え方なのかもしれませんが、数名のたまたま選ばれた査読者の当たり外れで自分の論文の採択の可否が決まってしまうよりは、実際に自分の論文を読みたいと思ってアクセスしてくれた読者からコメントを得た方が意味があるというのは、筋が通っているとも言えます。
低所得国や非英語圏からの論文投稿が一般には通りにくいというのは、ひがみにも見えるかもしれませんが、社会科学などでは、誰をオーディエンスとして想定するかで論文で主張すべき内容が根本的に変わってきますし、理工系であっても、それぞれの国に固有のアプローチや課題があって、日本であれば説明不要のところを、海外に向けて発信する場合は前提条件から説明しなくてはいけないといったことはあるのだと思います。母国語で、前提条件を共有できるオーディエンスに対して発信できるのは、論文執筆も採択も楽ですし、また社会へのインパクトを求められる昨今の研究の流れにおいても、有益に感じられます。
その意味で、プレプリントリポジトリも、オープン査読のプラットフォームも、非英語圏において当該国の言語で運用された場合、学術情報が一般社会においてより広く流通する、強力な手段になりうると思いました。学術情報が再利用され、社会の課題解決等にもつながるという、オープンサイエンスの理念にも通じています。
翻って日本の学術情報の流通をみると、学術論文の出版プラットフォームとしてはJSTが運用するJ-Stageがあり、既出版の論文の著者最終稿や大学紀要、その他の学術資料を搭載可能な機関リポジトリがあり、その他学会等が運営する出版プラットフォームがあり、またこれらを横断して学術論文を検索可能とする、NIIが運営するCiNiiがありますが、基本的には「出版」済みの学術文献を流通するための仕組みで、所謂プレプリントは対象とされていません。つまり、研究初期の着想段階からのアイディア共有や、論文ドラフトの共有は、基本的にはされません。機関リポジトリは、そのように運用可能ですが、一般的には書誌情報なども付与するので、出版前の緩い資料を公開する媒体としては利用されていないようです。しかし既出版の学術文献に限ってしまうと、ご存じのように学術論文の出版に至るまでのプロセスは1年以上かかってしまうこともあるぐらい長いので、スピーディーな知見の共有ができません。
現在日本ではオープンサイエンスという世界の潮流において、研究データも学術情報の重要な要素として流通させる方向で、政策面も情報基盤面でも検討が進んでいますが、しかしそれと同時に、プレプリントの流通ということも意識的に検討してみてもいいのかもしれません。またオープン査読という考え方になじむには少し時間がかかると思いますが、論文投稿後すぐにOAで流通するというメリットはあるので、プレプリントから普及させながら、徐々にF1000方式も開拓するということはありうると思いました。
船守美穂