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フランスの学術機関、シュプリンガー・ネイチャー社との契約打ち切り

フランスの学術機関は 2018.4.1 付けで、シュプリンガー・ネイチャー社の学術雑誌購読に関わるナショナルライセンスの契約を打ち切りました。
これにより、同社から出版される学術雑誌へのアクセスは失われる予定でしたが、同社は、新たな契約を模索している間はアクセスを引き続き提供するとしています。

フランスの250の高等教育・学術機関と医療等機関を代表し、学術雑誌購読の契約交渉を行った Couperin.org はプレスリリースにおいて、

  • ・ Couperin.orgは、以下に挙げる理由により同社の学術雑誌購読料の値下げを求めていたが、13ヶ月の激しい契約交渉のもと、契約打ち切りという決断となったこと
  • ・ オープンアクセスで閲覧できる論文が拡大(2014年は同社の3%、2017年には8%)しているのにもかかわらず、購読料が毎年上昇することを仏・学術機関は容認できないこと
  • ・ 同社は、同社の1185の学術雑誌から出版される論文数が毎年3%拡大していることを購読料上昇の理由として挙げるが、その論文の質については問うていないこと
  • ・ 他方、仏・学術機関の同社の学術雑誌の利用状況をみると、同社の学術雑誌の1/3に利用は留まり、これは論文数が毎年拡大していることを踏まえると、矛盾した状況であること
    またこの現象は、研究者が論文数の拡大を近年の論文の質の低下の要因とみていることを裏付けること
  • ・ にもかかわらず、同社は学術雑誌購読料の値上げを譲らず、
  • ・ 一方で、学術雑誌購読料の値上げは、仏・学術機関の予算を逼迫させ、研究活動や学術雑誌のエディトリアルに協力ができない状況を生んでいること
  • ・ 研究者が出版社に、出版のコンテンツとなる研究、査読、エディトリアルを無償で提供していることが、研究活動そのものを圧迫するということは、危機的な状況であること
  • ・ 購読料について合意に至らなかったことは、シュプリンガー・ネイチャー社にとっては年間500万ユーロ(約6.5億円)の損失につながること
  • ・ フランスの学術機関にとって、同社の学術雑誌へのアクセスを失うことは、これら学術雑誌への論文投稿数と引用数においてマイナスに影響すること
  • ・ フランスの学術機関は、学術雑誌購読料の無制限な上昇をこれ以上容認できないこと
  • ・ オープンアクセスのコンテンツや学術情報への他のアクセス手段の存在は、出版社への依存度を下げ、
  • ・ 同時に、自分たちが(営利出版社のために)生産・品質管理している学術情報に対して、法外な値段を払う気をなくさせていること
  • ・ 疑いもなく、学術情報流通の未来である「オープンアクセスの発展」は絶対に、留まることを知らない価格高騰を伴ったり、価格高騰の正当化に利用されるべきではないこと

としています。

シュプリンガ・ネイチャー社はこれに対して、

  • ・ 今回の契約打ち切りは、同社の総2900以上の雑誌のうちの1185雑誌に過ぎないこと
  • ・ また Couperin.org が、250の学術等機関を代表しているものの、今回の同社との契約について関係しているのは100機関程度であること
  • ・ 同社の他のグループ(Nature Research, Nature)などは関係ないこと

などと述べています。

[TheScientist] (2018.3.31)
French Universities Cancel Subscriptions to Springer Journals

[THE] (2018.4.9)
French say 'no deal' to Springer as journal fight spreads

[The Harvard Crimson] (2018.3.20)
In 2018, French researchers will no longer have access to Springer Nature journals:
the consortium Couperin.org is not renewing the previous national agreement with this publisher.

学術雑誌購読料を巡る商業出版社との攻防は、ドイツ学術機関とエルゼビア社との攻防が有名ですが、フランスがシュプリンガー・ネイチャー社とことを起こしたのですね。

少し解説をすると、(このプレスリリースでは明確には記述されていないのですが)、ここで契約打ち切りの対象となった1185タイトルはどうやら、オープンアクセスで提供される学術雑誌、もしくは、論文単位でオープンアクセス・オープンションを提供する雑誌のことであり、インターネット上でオープンアクセスでは提供されていない残りの1700余りのタイトルについては、対象外のようです。

「インターネット上でオープンに購読できる論文に対して、高い購読料、しかも毎年上昇する購読料をなぜ払わなければいけないのか?」というのは、極めて正しい物の見方ですね。所謂ダブル・ディッピング(購読料および論文投稿料(Article Processing Charge, APC)の二重取り)の問題を突いているわけです。

また、原稿料をもらって執筆する原稿と違い、学術論文は研究者が同じ研究コミュニティ内で研究成果を共有するために、無償で執筆され、査読を通して品質管理されるのに、それを出版する商業出版社が利益を得るのはおかしい。かつ、高い購読料により、学術関係者が自身の研究コミュニティの論文へのアクセスを阻まれるのは、どう考えてもおかしい! というのも、学術機関側の忸怩たる思いがつまっています。

少し前に、世界の学術雑誌を代表するSTM出版社協会のオープンサイエンスに関する見解についてのセミナーがあり、以下の声明文にもあるように、同協会は学術雑誌のオープンアクセスについては「出版社はオープンアクセスに対する持続可能なアプローチを支援し、研究者に対して、研究を発表する幅広い選択肢を提供しています。」という、奥歯にものの挟まったような表現をしていることを知りました。

STM出版社協会「オープンサイエンスに関するSTMの立場」(2016.12.21)
https://www.stm-assoc.org/2016_12_21_STM_Position_Open_Science_Japanese.pdf

インターネットで情報がオープンに流通する時代に、オープンアクセス可能な学術論文が拡大するのは避けられないと思われますが、学術論文が全てオープン(無償)でアクセス可能となったら、商業出版社に購読料を払う主体はなくなりますし、一方で、フリッピングとかいって、学術出版に関わる費用を論文著者の論文投稿料で賄おうといっても、一論文当たり数十万円もする投稿料を世界の全ての研究者が負担しきれるわけもなく、国や学術機関による財政負担と考えても、負担ができない国・機関がでてくることも明白で、おそらく商業出版社としては、学術論文が完全にオープンアクセスとなったら、費用を回収しきれないという事態は真逃れられない、と見ているのでしょう。

いくら学術論文がネット上でオープンに流通する時代がくるといっても、学術論文を整形し、査読し、ある学術雑誌のもとで出版するための最低限の費用は発生するので、それを誰がどのような名目の経費として負担するか、というところで、学術機関と商業出版社との攻防がいつの時代かに落ち着くのだろうと思われます。

船守美穂