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米国物理学会、高エネ物理学のOA出版イニシアティブSCOAP3に参加

米国物理学会(APS)は2018.1.1以降、APSの以下3誌をSCOAP3対象のオープンアクセス(OA)にすることついて欧州原子核研究機構(CERN)と合意した、と発表しました。
これにより、プレプリントサーバーarXivの「高エネ物理学」に属する論文の著者は、これら3誌に論文を投稿する際、APC(論文投稿料; article processing charge)を負担しなくても良いこととなります。

  • ‐ Physical Review Letters
  • ‐ Physical Review D
  • ‐ Physical Review C

SCOAP3(Sponsoring Consortium for Open Access Publishing in Particle Physics)は、高エネ物理学の分野における査読付き論文誌に掲載される論文をすべてOAにすることを目的として、2006年ごろからCERNにより呼びかけられ、2014年に実稼働した取り組みです。44カ国3000の図書館と研究機関が参画し、8の助成機関から支援を得ており、2014年の開始以来、100カ国2万名の科学者による1.5万件の高エネ物理学の論文をOAとしてきました。

このOAイニシアティブにおいてSCOAP3は、参画機関から論文購読料にあたる額を集め、これをSCOAP3対象誌の出版社に対して、出版した論文数に応じて、OA化経費としてリダイレクトします。出版社はこの見返りとし、購読料のディスカウントを行います。これにより、高エネ物理学分野における論文のOA化が進み、同コミュニティが恩恵に浴することとなります。

今回のCERNとAPSの合意により、SCOAP3は高エネ物理学分野で出版される論文の87%をカバーすることとなります。
「OAは、CERN60年の歴史において、科学成果を最大限に広めたいという意志を具現化するものである。APSがSCOAP3に参加することは極めて喜ばしいことであり、このイニシアティブの長期的成功のため、他のパートナーも迎え入れていきたい」とCERNのファビオラ・ジャノッティ所長は述べています。

[APSプレスリリース](2017.4.27)
APS and CERN Sign an Open Access Agreement for SCOAP3

学術論文のOAはここ数日で急展開を見せていますねえ。

高エネ物理学の分野では、論文投稿前にプレプリントサーバーarXivで論文をオープンにする伝統がありましたが、これを査読付き学術雑誌に掲載するにあたっては、(arXivの後に)いずれかの学術雑誌に投稿する必要がありました。しかしこれら学術雑誌に掲載された論文は、購読料を負担している機関に所属する研究者等からしか閲覧できず、一方でこれら論文をOAとするためには一般には著者が数十万円のAPCを負担する必要があり、論文出版が、著者が獲得している研究費の制約を受けることとなります。

SCOAP3は、高エネ物理学分野において、1)基本的には全ての論文がOAとなること、2)OA化の費用負担を個々の研究者ではなく、機関における学術雑誌購読料をAPCに振り返ることにより、機関・国単位に求めることとしたイニシアティブで、学術論文のOA化における、最もシステマチックなイニシアティブとされています。

他方、これを実現するにあたっては、a)学術出版社側とb)アカデミア側の双方において、大がかりな調整が必要でした。
a)学術出版社においてはSCOAP3に参画するにあたり、これまでの機関からの購読料や著者負担のAPCに基づく収益ではなく、SCOAP3が各出版社の年間の出版論文数とインパクトファクター(IF)に応じて算出したAPCに基づいて採算が取れるようなビジネスモデルとする必要があります。

SCOAP3では、参画する学術出版社と対象となる論文誌を募集し、当初はAPSのPhysical Review DとCを含む12誌が参画するとなっていましたが、SCOAP3開始直前の2013年6月にAPSが離脱を表明し、SCOAP3は10誌のみで開始することとなりました。
以下のAPS編集長によるスライドは、2011年と少し古いものですが、SCOAP3から提示された額では、APSの雑誌を維持することが難しく、またSCOAP3が各国から得ようとしている総拠出額が伸び悩んでおり、イニシアティブの持続的な継続が危ぶまれることが、詳細な分析とともに、指摘されています。

他方SCOAP3開始から3年したところで、CERNは昨年9月に、SCOAP3の成功により、これを更にあと最低3年は継続すると発表しており、APSの今回の参画表明は、こうしたSCOAP3の持続性を見極めてのことと推測されます。

Gene D. Sprouse, Editor in Chief, American Physical Society "APS and Scoap3," April 6, 2011.

[CERN] Global open access initiative, SCOAP3, set to continue (2016.9.20)

[Scientific American] (2014.1.8)
New Initiative Seeks to Make All Particle-Physics Papers Freely Available

なおSCOAP3の対象10誌には、日本物理学会の「Progress of Theoretical and Experimental Physics (PTEP)」も入っています。

また、b)アカデミア側の調整については、①大学図書館等が負担しているSCOAP3対象誌分の購読料を、出版社ではなく、SCOAP3への支払いに振り替えてもらう必要があり、その支払額はSCOAP3以前の購読料よりは安価になるという想定ではあるものの、SCOAP3が発行する対象誌の論文が事実上OAとなるため、購読料なしで閲覧するフリーライダーが可能となってしまうこと、また、②各国の高エネ物理学に関係する大学や研究機関でこの費用をどのように分散して負担するかは、各国ごとの調整に委ねたことなどから、国内の足並みをそろえるのに各国大変だったようです。

日本の状況については以下2つの論文に詳説されているので、ここに挙げておきます。

安達淳「オープンアクセス雑誌の新潮流:SCOAP3」
CICSJ Bulletin Vol.33 No.3 (2015)

野崎光昭「新しい学術ジャーナル出版システムSCOAP3―高エネルギー物理学における試み」
情報管理 Vol.56 No.2, p78-83 (2013)

船守美穂