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パデュー大学、カプラン大学を1ドルで買収

昨日の各紙トップニュースはUCバークレーにおけるCoulter氏講演取りやめでしたが、今日はインディアナ州の州立大学であるパデュー大学が学生3万人規模のオンライン大学Kaplan Universityを買収したことが報じ立てられています。
大学からのプレスリリースは昨日4/27付けで、その時点では各紙で速報の扱いでしたが、本日は各紙ともこの買収を大きく取り上げています。

予想外のニュースだったようで、各紙ともunprecedented(前代未聞の)、unexpected、surpriseなどといった表現を冒頭に用い、またパデュー大学に対しては、bold、aggressiveなどという表現が用いられています。
非営利の州立大学、しかも名門校であるパデュー大学が、米国では近年バッシングを受けている営利のオンライン大学を買収したのですから、このような評価も無理ありません。
インディアナ州の前知事であり、現パデュー大学の学長であるMitch Danielsの英断(?)による動きとのことです。パデュー大学の教職員や学生においては、「聞いていなかった!」などと騒ぎになっています。

米国のオンライン大学は基本的には社会人学生を相手としており、その授業料収入により大学を運営しています。しかしオンライン教育かつ社会人であることもあり、ドロップアウト率が極めて高い。それに対して授業料自体は、学生が得る連邦政府からの学生ローンにより賄われるため、米国のオンライン大学は、劣悪な教育をして連邦政府の財源を授業料というかたちで巻き上げるだけのブラック企業といったレッテルを貼られ、オバマ政権では潰されにかかっていました。
カプラン大学の身売りとも言えるこの動きは、(同大学は否定していますが)こうした背景による経営悪化によるものではないかとも指摘されています。

買収の具体としては、パデュー大学はカプラン大学の3.2万人の学生、15のキャンパスと3000名の教職員を引き取り、(まだ名前のない)New Universityとして、パデュー大学の分校という扱いにするそうです。このNew Universityは基本的には独立採算を求められ、州からの運営費交付金は入りません。
買収にあたっては、カプラン大学の親企業であるGraham Holdingsに対して1ドルが支払われ、またカプラン大学の持ち株会社であるKaplan Inc.は技術やマーケティング、アドミッション、奨学金、その他の事務管理部門の運営を引き続き行います。パデュー大学は、Kaplan Inc.が提供するこれらサービスに対して、New Universityの収益の12.5%を支払うこととなっていますが、これは直接経費を差し引いて収益が残った場合のみということになっています。また、この30年契約と言われているうちの初めの5年間については、パデュー大学がKaplan Inc.から毎年最低1000万ドル得ることとなっています。6年目にパデュー大学は、カプラン大学を買い取り、バックオフィス業務を自前で行うか、他のオンラインプログラム管理会社と契約するか、選択できます。
リスクは全てカプラン側にあり、パデュー大学にとっては美味しい話となっていると評されています。

パデュー大学がこのようなオンライン大学を買収することとしたのは、近年の米国高等教育を取り巻く事情によります。
米国では四年制大学の6年以内卒業率が6割に留まり、多くが中退し、社会人となってから学位取得のために大学に戻る、ただし働きながら学ぶことが多くなっています。このため学部生の73%が所謂ノン・トラディショナルな学生(働いていたり、扶養家族を有していたり、単身家庭出身者、経済的に独立している学生など)と言われています。
こうしたノン・トラディショナルな学生の中退率は高く、これまでの、高校から直接入学してくる学生を前提とした通学制の大学教育では限界があるということが指摘され、オンライン教育やコンピテンシーベースド教育(コンピテンシーを有していることを示せたら(授業参加を規定の時間しなくても)単位を付与するという方法)などがその解決の方向性としてイメージされていました。MOOCがヒットしたのも、こうしたことが背景にあります。
州立大学は、税金も投入されているため、こうした学生の受け皿にもならなければいけないという期待もありました。実際、州立大学は1862年のモリル法によりLand-Grant universityとして設置され、当時は農学や工学などの実学により、州の農業や工業を発展させる役割を有していました。つまり学生もこれら産業の労働者が想定され、遠隔教育もその時期は活発でした。それが時代を経るにつれ、通学制の大学へと性格を変えていったわけですが、今ふたたび、働く人や貧困家庭の学生などを受け入れることが求められています。
今回の買収を決めたDaniels学長も、この点を指摘し、一方で現在のパデュー大学にオンライン教育プログラムを大規模に展開するノウハウや体制がないため、オンライン大学として実績のあるカプラン大学を買収するのが適切であったと語っています。

パデュー大学の今回の動きについては、賛否両論が聞かれます。米国における高等教育事情を踏まえた英断であったと評価する声と、名門校であるパデュー大学にふさわしくない相手との契約だと批判する声とがあります。

[Purdue大学プレスリリース] (2017.4.27)
Purdue to acquire Kaplan University, increase access for millions

[Chronicle of Higher Education] (2017.4.28)
Purdue's Purchase of Kaplan Is a Big Bet -- and a Sign of the Times

[Inside HigherEd] (2017.4.28)
Purdue's Bold Move

[USA Today] (2017.4.27)
Purdue buys for-profit Kaplan University for $1, plans to make it public

2012年の大規模公開オンライン講座(MOOC)の流行以来、米国のオンライン教育事情は概ねフォローしており、主要なプレーヤーは知っているつもりだったので、パデュー大学のこの動きは驚きです。
これまで州立大学で動きを見せていたのは、アリゾナ州立大学やウィスコンシン大学などで、その他、コミュニティカレッジもいくつかがんばっています。非営利の私立大学ではSouthern New Hampshire大学が物理的キャンパスも有しつつオンライン教育を急拡大させたことで有名、その他、Grand Canyon大学が営利と非営利のあいだをさまよっているような感じです(今は営利です)。その他営利のオンライン大学であるPhoenix大学は最盛期には50万人近いオンライン学生がいましたが、バッシングを受け、学生数7割減となり瀕死の状態です。

パデュー大学は昨年12月訪問したばかりなのですが、(インディアナ州には、インディアナ大学がすでにあるのに)ビジネスマンであったJohn Purdueの寄付により第二の州立大学として1869年に設立されただけあって、州立大学としては建物やキャンパスが美しく整備されていました。マスコットがボイラー製造人(Boilermaker)で、蒸気機関車のボイラーで発展した地域です。保守派の多い地域で、こうした斬新な動きをするようには見えない、落ち着いた気品を感じさせる大学でした。

パデュー大学の知り合いに、この動きは一体何?とメールしたところ、「こんなのは米国史上初めてのことで、皆驚いている。ほぼ誰も知らなかった」とのことでした。

船守美穂