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復旦大学、大学憲章から「思想の自由」の文言を削除
中国のリーディング大学である復旦大学が、大学憲章から「思想の自由」に関する下りを削除し、中国共産党への忠誠を誓約する文言を盛り込んだと、ワシントンポスト紙が報じました。この改訂は、中国全土で拡大している表現の自由の弾圧のまっただ中で行われました。一部の学生や院生は、この修正に抗議をしました。
復旦大学の修正前の大学憲章は、「大学の教育哲学は、大学の賛歌(anthem)に讃えられているように、学術的な独立と思想の自由にある」と述べていました。
修正版は、「大学のモットーは、豊富な知識と強固な意志、誠実な探求と内省である。統一、奉仕、犠牲の精神を尊び、愛国的献身、学術の独立(academic freedom, 学术独立)、卓越性の追求を誠実に実践する」としています。
もう一箇所、修正された箇所では、「中国共産党の統率を厳守し、党の教育方針を完璧に履行する」とあります。
[Inside Higher Ed] (2019.12.19)
Chinese University Drops 'Freedom of Thought' From Charter
[Chronicle of Higher Education] (2019.12.18)
Chinese University Deletes Academic Freedom From Its Charter
[Washington Post] (2019.12.19)
In Xi Jinping's China, a top university can no longer promise freedom of thought
[Guardian] (2019.12.18)
China cuts 'freedom of thought' from top university charters
[NHK] (2019.12.20)
憲章から「思想の自由」削除で波紋 上海の復旦大学 学生は抗議
恐ろしいですねえ・・・。もともと「思想の自由」が盛り込まれていなかったのであればともかく、敢えて今、その文言を削除し、代わりに「愛国的献身」や「共産党の教育方針の履行」などを盛り込むとは、信じがたいです。しかも復旦大学は世界大学ランキングTHE2020で101位のトップクラスの大学です。ちなみに、その他、南京大学と陝西師範大学も同様の修正を行ったそうです。これは今後、中国の他の大学にも拡がるのでしょうか・・・?
ワシントンポスト紙やガーディアン紙によると、中国国内でも激震が走り、SNS上で本件に関する投稿が相次いだものの、中国当局により速やかに削除されたそうです。復旦大学の学生は、「思想の自由」の精神が込められた校歌を歌い、それをSNSに投稿したようですが、それも現在は削除されています。
復旦大学の「大学憲章」を確認すると、今回報じられている改訂の該当部分は、大学憲章の「序文」に当たるようです。元の憲章が削除されているので、確認不能ですが、「思想の自由」が削除されたのはおそらく、序文の第2段落です。また、中国共産党への忠誠についての下りは、序文第3段落の第2文以降に見られます。以下は、復旦大学「大学憲章」序文の第3段落前半をグーグル翻訳したものです。
「国が発展し、国が若返るにつれて、復旦の教師と生徒はこの憲章を制定し、学校を作るという賢者の本来の意図を引き継ぐ決意を固めました。学校は、中国共産党の指導部を遵守し、党の教育政策を完全に実施し、社会主義学校の運営と指導の立場を固守し、中国本土に根を下ろし、大学を運営し、常に人々に奉仕し、中国共産党に奉仕し、国を統治し、中国の特徴を統合し、発展させます。社会主義システムは、改革と開放、社会主義近代化に役立ちます。中国の特徴を備えた社会主義の新時代に基づき、学校は才能訓練、科学研究、社会サービス、文化遺産の革新、国際交流と協力の使命を完全に果たし、リデで人々を築くという基本的なタスクを実行します。」
◎ 復旦大学「大学憲章」
中国の発展のために大学は尽力するといった下りが、この後も続きます。序文の第1段落は、大学の生い立ち。第2段落は、大学の学風に関わる内容ですが、第1、2段落を合わせたのと同じぐらいの文量が、中国の発展に対する大学の役割を述べた第3段落においてあります。。。
中国は、大学だけでなく、学術雑誌市場も統制しようとしています。中国政府は今年夏、ブレークスルーに繋がる、世界の革新的研究の多くを中国の学術雑誌から出版したいという意思表明をし、11月25日に、「向こう5年間、毎年2億元(約30億円)を投じ、280の中国発の国際誌への海外からの投稿を拡大するべく、梃子入れする」と発表しました。また、中国人研究者による優れた研究の論文発表も、中国発の国際誌に誘致すべく、11月29日には、中国の最も権威ある「国家自然科学賞(National Natural Science Award)」に応募するには、中国国内の学術雑誌に発表された論文を研究業績に含めなければいけないと発表しました。
更に、中国は先月、フランスに本拠を置く出版社Chinese Science Publishing and Media社を買収しました。同社は、英語および仏語による学術出版を行っています。ネイチャー誌の表現によると、「海外出版社を買収した初の中国出版社」だそうです。
日本でも、日本発の権威ある国際誌を拡大すべく努力してきていますが、中国のスケールには明らかに、足下にも及ばないですね。中国発の国際誌がどの程度、中国外からの研究者の論文投稿を集められるかは分かりませんが、少なくとも中国国内の研究者層の需要を満たすだけでも、十分すぎるほどのボリュームです。中国はすでに論文生産数では世界一になっているという統計もあります。
[Nature] (2019.12.11)
China splashes millions on hundreds of home-grown journals
一方で、12月頭には、学術出版社であるシュプリンガーネイチャー社とワイリー社が、ウィグル、チベット、その他の少数民族に関する既出版の論文を再吟味(review)するというニュースが飛び込んできました。少数民族研究に関わるDNA分析や顔認識技術に関わる研究において、被実験対象者から個人情報利用に関わる同意を得たかを確認するとしています。これら研究の一部は、少数民族に対する監視を強固なものとするために、中国政府によりスポンサーされており、個人からの同意が得られていない可能性があります。また、中国以外の研究者によるDNA分析や顔認識技術による論文が中国政府に利用され、ウィグル等の行動監視網に利用されることも、危惧されています。
このニュースを見たとき、「学術雑誌のエディトリアルではなく、出版社が、このような論文の質や規律に関わる確認行為をするのか?!」と思いましたが、もはや、「アカデミックコミュニティ自らが規律を作るべきか、商業出版社が規律を作るべきか」といった問題を超えて、中国政府が、中国発の国際誌を通じて、エディトリアルや研究内容について統制を加えていくことについて、危機感を持った方が良さそうですね・・・。
[Inside Higher Ed] (2019.12.6)
Publishers to Review Papers on Chinese Minority Groups
[New York Times] (2019.12.4)
China's Genetic Research on Ethnic Minorities Sets Off Science Backlash
[Nature] (2019.12.6)
Science publishers review ethics of research on Chinese minority groups
[Nature] (2019.12.3)
Crack down on genomic surveillance
[NewSphere] (2019.2.28)
顔認証で250万人の行動を追跡監視 ウイグル住民データ流出で発覚 中国
他方、学術雑誌への介入や学術の統制圧力をかけるのは、中国だけではないようです。
ブラジルでは、アマゾンにおける熱帯雨林火災に関わる研究において、政府からの制裁を恐れ、研究者が匿名で論文発表をしたそうです。今年8月、ブラジル宇宙研究所(INPE)のRicardo Galvão所長が、INPEの衛星データを用いて、熱帯雨林火災件数の上昇と多発性を指摘したところ、Bolsonaro大統領により解任されたため、ブラジルの研究者は同様の制裁措置や、研究助成金のカットを恐れています。
この論文は、ブラジルのLavras連邦大学およびランカスター大学に籍を置くJos Barlow研究代表者(環境保護専門)によりとりまとめられ、Global Change Biologyに11月15日に出版されましたが、そこには「〈複数のブラジル研究者が共著として名前を連ねることが出来なかったことは〉遺憾である」と記されています。この論文は、アマゾンにおける熱帯雨林火災が、Bolsonaro政権が推し進めた森林伐採と相関していることを示したものでした。
インドネシアでは、国際森林研究センター(CIFOR)がインドネシア政府からの要請を受け、衛星データを用いた、インドネシアにおける火災面積推定に関する論文を取り下げました。同論文は、政府の公式発表の火災面積より4割も広い、160万haの火災があったことを示していました。インドネシア政府は、これが衛星データのみを用いた分析で、地上における実地確認がなされていないことを理由に、取り下げを求めていました。
CIFORは、インドネシア・ボゴールに本部を置きますが、カメルーンにも地域センターのある「国際機関」で、このような政府の要請に応じるのは衝撃です。無論、該当の論文において地上における実地確認がなされていなくて、現実の火災面積とずれが生じている可能性はありますが、「特定のデータセットを用いて、そこから言える範囲のことを述べる」のであれば、学術研究としては、全く問題ないはずです。考察において、用いたデータセットの限界について論ぜば良いだけのはずです。
政府公表のデータだって、全てを地上において目視できているはずはなく、如何なる分析結果も、そのデータセットや解析手法の制約を受けるのです! また、そうした複数の研究手法により同じ問題にアプローチすることで、問題がより鮮明に見えてくるというのが、科学研究プロセスそのものなはずです!
ブラジルの例にしても、インドネシアの例にしても、政府にとって都合の良い研究発表しか認められなくなったら学術は健全に発展できなくなります。その究極の例が、学問を広いスケールで統制し、学術を自らプロデュースする中国政府でしょうか。
[Nature Index] (2019.12.6)
"Landscape of fear" forces Brazilian rainforest researchers into anonymity
[Nature] (2019.12.10)
Research group takes down controversial Indonesia fire analysis
オープンサイエンス政策は、英国王立協会が2012年に発表した"Science as an open enterprise"というレポートが(EUで特に)大きな影響力を持ち、世界に拡がりました。このレポートを取りまとめられた、エジンバラ大学Geoffrey Boulton教授(CODATAの前会長)に話をきいたところ、このレポートは当時起きた、21世紀の最大の科学スキャンダルと呼ばれるClimategate事件に端を発しているとのことでした。
Climategate事件は、地球温暖化データを管理・分析していたイーストアングリア大学気象研究所のシステムがハッキングされ、メールや気象データが外部流出し、「地球温暖化は実際には存在しない」と流布され、大問題となった事件です。英国王立協会はこの事件の際、イーストアングリア大学の同研究所に、気象データの提出と状況の説明を求め、しかし同研究所は、当該気象データが地球温暖化懐疑主義者の手に渡るのを恐れ、当初、データの提出を拒んだのだそうです。最終的にはデータは提出され、「地球温暖化は実際に存在しない」というのは、地球温暖化懐疑主義者がでっち上げの陰謀であったということで、事件は一件落着しました。
他方、当時英国王立協会で同事件の調査委員会の座長を務めていたBoulton教授は、「科学研究は、データにより客観的に証明可能なものであるべきで、同研究所が地球温暖化の事実を立証するデータを提示しないのでは、アカデミアが地球温暖化懐疑主義者と同様、単にでまかせを主張しているのに過ぎなくなってしまう! 科学研究は、第三者により検証可能でなくては、科学研究ではない!」と強く思い、「全ての科学研究において、根拠となるデータを提示すべき」という同レポートをとりまとめられたそうです。
Climategate事件には、(政府の関与はある意味働いていませんが)、データ改ざんの可能性や、特定の主体に都合の良いデータや論文のみが公表されるという意味では、同じ性格のものです。
学術が学術として、客観的に正しく、均整の取れた発展をしていく上で、アカデミアは如何なる思想の統制からも独立し、「学問の自由」を守るべきです。しかし一方では、自らも客観的なデータや解析手法に常に基づき、きちんとした科学研究を世に送り出していくことで、研究者としての矜持を保つべきなのではないでしょうか?
船守美穂