日本語

米国大学教員におけるOERの認知度高まる

オープン教材(Open Educational Resources, OER)の利用は米国において、ターニングポイントにさしかかっているようです。マイナーであるイメージ(fringe reputation)から抜け出て、教員や専攻長などにおいて認知度を高めつつあります。
最近発表されたBabson Survey Research Groupの調査報告では「認知度が継続的に向上している」ことが確認され、このOERの利用が加速する可能性が示唆されました。

この調査では4000名以上の大学教員の回答を得て、大学教員の46%がOERが何かを知っているという結果を得ました。2014~15年度のこの数は34%でした。
OERを自身の教育活動に利用しているとする教員は13%でした。この数は2015~16年度の5%から大きな拡大です。学部の導入教育(introductory courses)を担当している講師において、OERの利用は22%で、やや高めでした。なお2年前、この数値は8%でした。

回答者の多くが、大学教科書価格が高いことを問題視しています。専攻長の9割近くが、教育教材の値段の高さが学生に「深刻な問題」をもたらしているとしました。大学教員の8割、初年次の大規模教室で教える講師の87%が同様に感じていました。
他方、大学教科書価格高騰問題を解決する方法を知っている回答者は多くありませんでした。機関レベルにおける支援策を知っている教員は14%、システムレベルの支援策は6%、専攻レベルの支援策は5%の教員しか知りませんでした。初年次教育を担当する講師においては、こうした支援策の認知度はやや高めでした。

多くの教員(83%)が自身の教科書の選択に満足しているものの、大多数が、その教科書に手を加えたいと回答しました。教える順番を入れ替える(70%)、いくつかの章をスキップする(68%)、教材の一部を自身が作成した教材と置き換える(45%)、教材の一部を他者の教材で置き換える(41%)、間違いの修正(21%)、教材の改訂(20%)などです。
出版社はどのようにすれば、専攻で利用される教科書を改善できるのでしょう?専攻長の7割近く(69%)が、学生の費用負担の低減を挙げました。次の3回答は同位(27%)でした。講師向け指導教材の改善、教材内容の更新、教材とLMS(Learning Management System)との統合が要望されています。

紙(25%)に対してデジタル(35%)のカリキュラムを好むと回答する教員が、この継続調査では初めて、上回りました。
現在OERを利用していない教員の7割近く(67%)が、3年以内に利用をしたいと回答しました。これに加えて更に6%の教員が、OERを3年以内に確実に利用すると回答しました。
「OERは、教員が抱くコストに対する問題意識に応えます。同時に教員が既に利用している教材の 'リバイス' と 'リミックス' も可能とします」と本調査報告の著者の一人のJulia Seamanは言います。「過去4年間、OERはその認知度不足や、あまり提供されていないだろうという思い込みにより、緩やかにしか伸びませんでしたが、それでも継続的には拡大してきました。一方、デジタル材の利用が拡大し、かつ大学教科書価格高騰に対する懸念は、OERの認知拡大を加速し、その幅広い利用につながる可能性があります」。

本調査報告書「大学教科書を開放する:米国高等教育における教育教材2018」は、バプソン調査研究グループのウェブサイトで無償で閲覧可能です。
Babson Survey Research Group, "Freeing the Textbook: Educational Resources in U.S. Higher Education, 2018"

[Campus Technology] (2019.1.9)
OER Awareness Among Faculty Gaining Ground

米国では大学教科書の価格が高騰しています。学部教育で利用する一般的な教科書が一冊2万円前後します。このため、大学授業料の高騰と併せて、大学教科書をどのように学生にとって負担可能とするかが大きな課題と認識され、ヒューレット財団やゲイツ財団がオープン教材(OpenStax)の作成を支援をしていたり、カリフォルニア州など一部の州ではオープン教材の利用促進策をとっています。大学教員としては学部教育については従前からの「定番の教科書」を利用したいものの、大学教科書価格高騰問題が大きく取りざたされるため、徐々にオープン教材の利用に移行しているようです。実際OpenStaxなどの教材をみると、所謂「定番の教科書」のエッセンスを選りすぐっており、スタンダード教科書としては悪くない出来です。よろしければ、中身を覗いてみて下さい。

一方で出版社も苦労しているようです。米国の大学教科書価格が高騰する理由は、大学教科書が売れなくなったこと、また産業構造的に言うと、日本と違って、大学教科書はピアソン社等の教科書出版に特化した企業により出版されるため、大学教科書が売れなくなると、異なる種類の出版物で収入を維持できなくなるといったことなどが背景にあるようです。
大学教科書が売れなくなった背景には、教育内容が多様化して教科書が使われなくなったり、伝統的な教育科目については中古教科書でも用が足りたりするようになったことなどがあると思われます。またそれ以外にも、大学教員がパワーポイントスライドを用いて講義をするようになり、それに伴い、その時々のニュースや新発見を織り交ぜるなど、臨機応変に教育内容を工夫するようになり、そうした臨機応変な教育スタイルに既存の教科書がついて行けていない現状があるようです。そのようなことから、本調査でも大学教科書について、「教える順番を入れ替える(70%)、いくつかの章をスキップする(68%)、教材の一部を自身が作成した教材と置き換える(45%)、教材の一部を他者の教材で置き換える(41%)」に対する需要が強く示されました。
出版社の方ではこうした需要に対して、オンラインプラットフォーム上で学習し、演習課題の提出、成績付与、大学のラーニングマネジメントシステム(LMS)との連結などを可能とするオンライン学習プラットフォームを開発、提供するようになっていますが、これは学生にはたいへん不人気です。というのも、この学習プラットフォームへのアクセスを得るには、ライセンスを購入しなくてはならず、先輩の中古教科書を安価で譲り受けるということができないためです。個人アカウント制となるため、課題提出を先輩や同級生のアカウントでする訳にはいかないのです。
一方でオープン教材においても、教材を自由に改変したり、順番を入れ替えたりすることを可能とするイニシアティブが動きつつあるようです。

船守美穂「米国大学教科書問題の論点のターニングポイント―価格高騰問題から高等教育マス化時代の学習支援へ」
大学ICT推進協議会2016年度年次大会(2016年12月14日)

日本では昨年著作権法が改正され、ラーニングマネジメント上の教材についても、「著作物の教育利用の特例(著作権法第35条)」が適用されることになりました。これにより、一定の補償金を著作物の権利者団体側に支払うことにより、教材内の著作権者に著作物の利用可能性を一つ一つ問い合わせることなく、教育教材をラーニングマネジメント上に置くなどして、学生と教材を共有できるようになりました。これまではラーニングマネジメント上に教材を置く場合は、それが教育のための利用であっても「公衆配信」とみなされ、自分以外の著作権者の著作物を利用する場合は一つ一つその利用可能性を確認しなくてはいけなかったので、この法改正はデジタル時代における教材の利用についての一つの整理と理解されます。気になる補償金額とその適用対象ですが、これについては現在権利者側および教育側の団体が「著作物の教育利用に関する関係者フォーラム」にて意見交換をし、検討段階にあります。

著作物の教育利用については、国からの指定教科書を利用する初等中等教育と、教員が任意の教科書を利用したり、教材を自由に自作したり、他者のスライド等を組み合わせて教育をする高等教育とでは大きく事情が異なるので、デジタル時代における著作物の教育利用について一律の議論をすることは難しいのですが、高等教育に限定すると、今回紹介した記事にもあるように、教材の 'リバイス' と 'リミックス' に対する需要が高いことが見て取れます。
おそらくこれからの大学教科書(≒高等教育段階の教材)は、これまでのような一冊の本として、誰しもが同じ学習内容を目にする形態ではなく、1)教員が自分の教育内容に合わせて自由に自作や他作の教材を組合せ、かつ 2)学習者のニーズや学習到達度に合わせて学習教材が自在に変わるもの(アダプティブ学習)となると思われます。後者については、オンライン教材において、学習者に合わせた教材や課題の自動提供を可能とする学習プラットフォームが生まれつつあります。

デジタル時代の学習教材の形態や著作権法は、こうした教育/学習の現場における教材利用形態の変化に合わせて発展していくものと思われます。

船守美穂