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MIT、ロシアの大富豪をMIT評議会から密かに解任
米国財務省(Treasury Department)がロシアの「有害な活動(malign activities)」を伸長しているとされるロシアの新興財団(oligarch)を処罰する一環で、あるロシアの大富豪とその企業に対して制裁措置を2018年4月にとった後、MITが当該ロシアの大富豪をMITの評議会(Board of Trustees)から解任していたことが発覚しました。
MITは、Viktor Vekselberg氏を2013年に評議会に迎えましたが、MITの広報担当によると、同氏を昨年2018年に解任したそうです。
「2018年4月、(財務省が)Vekselberg氏を特定国民リスト(specially designated nationals list)に加えたため、MITは本件に関するMITの法的責務を検討し、Vekselberg氏の法人資格をとりやめました」とMITのKimberly Allen広報担当は述べました。
Vekselberg氏は、スコルコボ財団(Skolkovo Foundation)の理事長として、モスクワ郊外におけるスコルコボ科学技術大学(Skolkovo Institute of Science and Technology, Skoltech)設置に伴うMIT支援の仲介を監督していました。MITはこのプロジェクトへの関与により、3億ドルを得たとされます。〔同氏がMIT評議会から解任されたものの〕MITの同大学Skoltechへの支援協力は継続されるとのことです。
[Inside Higher Ed] (2019.1.15)
MIT 'Suspended' Russian Oligarch From Board
[RadioFreeEurope RadioLiberty] (2019.1.15)
World-Renowned Scientific University Quietly Untangles Itself From Russian Billionaire
MITがサウジアラビアとの関係についてレビュー報告書を発表したと本年1月に紹介したばかりですが、今度はロシアとの関係の見直しです。きな臭いこと、なかなか絶えないですね。この事件をより詳しく報道している2つめの記事には、Vekselberg氏がMITの評議会のメンバーリストのウェブサイトから2019年1月に突如として抹消されたこと、彼と同任期の残りの7名はそのまま掲載されていること、そして、Vekselberg氏がMITのウェブサイトから抹消されただけでなく、MITが創設された1861年に遡って、MITの評議会メンバーであった事実が完全に抹消されたことを報道しています。
Vekselberg氏は9年前、ロシアにMITと同様の卓越した工科大学を開学するというメドヴェージェフ大統領(当時)のペットプロジェクトを担ぐかたちで、米ロ関係を取り持ちました。しかしプーチン政権になると風向きが変わり、同氏のSkolkovo財団が75万ドル以上の資金を盗んでいる等の疑いをかけられ、ロシア国内で排斥されるようになります。また米ロ関係が悪化し、さらにロシアのウクライナ侵攻により米国がロシアへの制裁措置をとるようになると、FBIは外国政府が民間企業を利用して米国の機密技術を盗み出そうとしているとし、Vekselberg氏を名指しで要注意人物と指定します。2018年春、Vekselberg氏はその他6名のロシア大富豪とともに米国財務省の制裁リストに挙げられ、今回紹介したようにMITとの関係を抹消されることとなります。米国財務省担当官の表現では「制裁リストに載った以上、MITは可及的速やかに同氏と手を切る必要があった」そうです。
Vekselberg氏は単に、少しばかりの金儲けとアカデミックな名誉が欲しかったロシアの大富豪ですが、米ロ関係の揺れ動きにより翻弄されたということのようです。そしてMITも同様、米ロ関係の揺れ動きにより多額の外部資金や寄付の導入に成功したり、その関係を抹消してみたりと、国内外の政治の影響を受けています。
なお、サウジアラビアとMITの関係について1月に紹介した直後のこの記事なので、MITばかりがこのようなきな臭い国際関係のもとに活動しているように思われたかもしれませんが、そのようなことはありません。ハーバード大学などは、よりスケールの大きい暗躍を米ソ関係においてして、その結果、栄えあったハーバード大学国際開発研究所(HIID)の消滅および、全学的な国際活動の管理体制の導入に至っています。
ソ連崩壊直後の1992年、HIIDはロシア政府に経済市場化の政策助言をするという名目で米国国際開発庁(USAID)から4年間で計5770万ドルを随意契約により受託。ロシアの経済改革を指導する過程で「ロシア国営企業の民営化」を主導し、インサイダー取引のようなかたちでロシア国営企業の株を取得。またロシアのの富裕層や政府幹部が、石油や製鋼所,電気・通信,メディアなどロシアの基幹産業の株式をこの機に取得することを手助けし、ロシアの新興財団オリガルヒの形成に寄与しました。「オリガルヒ7名でロシア経済の半分を支配する」と言われたほど、ロシアの国営企業の民営化は、ロシア国内に大変な不平等をもたらしたとされます。今回紹介した記事に登場するVekselberg氏も、そうしたロシアの新興財団オリガルヒの一部です。
米国の対ロ援助の枠組みの中で起きた、両政府関係者および両国富裕層を巻き込んだスキャンダルは、1996年の米国会計検査院によるUSAIDの監督不行き届きの指摘により終結。ハーバード大学はこの事件を教訓に、全学的な国際活動の管理体制を導入し、特に「ハーバード大学」という名称を海外で利用する場合のルールを厳格にしました。
このいきさつは、私が東大国際連携本部在籍時、世界の有力大学の国際化の動向を調査していた一環として調べ、まとめました。よろしければ、以下の記事をご参照ください。
船守美穂「世界の有力大学の国際化の動向(3):ハーバード大学 不正を教訓に国際活動の管理体制を導入」
カレッジマネジメント26(4)号,p.34-37,2008年7月
日本では「大学の国際化」というと、国際交流・国際親善・国際貢献など心温まる国際化、少しアグレッシブであってもせいぜい国際的な認知度向上や世界大学ランキング上位を狙うといった国際競争力強化を目指すといったことぐらいしか想像されませんが、「大学の国際化」の最前線では遙かに生々しい動きが繰り広げられています。実際、イエール大学の国際戦略を2008年に調べたときも、「大学の国際化」の目的は外部資金導入にあるとの回答を得ています。そのためにイエール大学は海外政府幹部の研修を「大学の国際化」の柱の一つとし、海外の有力者との結びつきを緊密にしようという戦略を当時持っていました。
船守美穂「世界の有力大学の国際化の動向(1):イエール大学の国際戦略 グローバル大学への道」
カレッジマネジメント 26(2) 号,p.48-51,2008年3月
日本でこうしたマインドで「大学の国際化」に取り組んでいる大学はあるのでしょうか?また、仮にそのようなマインドを持ったとしても、米国アイビーリーグ大学ほどの影響力を及ぼしうるのでしょうか?
日本の大学が、今回紹介したような生々しい国際関係に踏みいって欲しいという訳ではありませんが、ただ漠然とした「大学の国際化」を目指すのではなく、〔外部資金の導入や二国間関係の強化、学術面の地域クラスターの形成など〕明確な目的意識をもって「大学の国際化」を推進してもらいたいと思いました。そうすれば、単に留学生数や外国人教員数、大学間協定数、英語による講義数などの数の拡大を求める「大学の国際化」から脱し、日本の大学にとって意味のある「大学の国際化」に繋げることができるのではないでしょうか。
船守美穂