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ケンブリッジ大学、入試を通過できなかった恵まれない学生に、同大学で学ぶ機会を提供する

生まれ育った環境が恵まれず(disadvantaged students)、ケンブリッジ大学への高い入学基準を満たせなかった学生について、同大学において学ぶ機会が提供される可能性が出てきています。

ケンブリッジ大学は、同大学の歴史上初めてとなる、学術的なポテンシャルを示すものの、選抜性の高い権威ある大学が要求する入学基準に満たなかった学生に対して、移行年(transitional year)を認める計画を発表しました。

この発表は、ケンブリッジ大学とオックスフォード大学(以後、オックスブリッジ)のカレッジの一部が近年、黒人系英国人を一人も入学させていなかったことが発覚し、「多様性の欠如(lack of diversity)」と非難を浴びたあとになされました。

Stephen Toope学長は、ケンブリッジ大学の「特権階級の砦と利己的なエリート主義」というステレオタイプなイメージをとっくに一掃する時期だったと、教職員に向けてこのイニシアティブの発表をしました。ケンブリッジ大学は、社会的・文化的多様性に対して広くオープンでなければ、「真に偉大(truly great)」な大学とは言えないと警告しました。「これは体裁を取り繕う(box-ticking)だけの問題ではない」。

Toope学長は、学生をサポートし、大学が多くの多様な能力に対してオープンであることを保証するための5億ポンド(740億円)規模の資金獲得キャンペーンを発表しました。これは、教育上の課題(educational challenge)に直面した可能性のある学生のための「移行プログラム(transitional programme)」用を含みます。移行プログラムは、3週間のブリッジングプログラムと、一年間の移行年からなります。

基礎固めの年(foundation year)は、ケンブリッジ大学の学位プログラムを終了できるだけの能力を示しつつも、同大学の高い入学基準に達さなかった学生を対象に行われることになります。ケンブリッジ大学で開講されるコースの多くは、(高校における)成績がA-levelのうちA*かAであることを一般には要求し、また面接もクリアしなくてはいけません。
※ Foundation Yearとは、英米豪などの大学において、学位プログラムからすぐには始められない学生(主に留学生)を対象として提供される、学習機会の年。一般学生と同じ学生生活に浴しながら、専攻分野に関わる一般科目、英語、一般的な学習スキル、文化的適応のための科目を履修することができます。

Toope学長は、「これまで受けた教育の結果として不利であった可能性のある学生に対して、学部/大学院、国内/海外を問わず、積極的に応募を呼びかけます。彼らが被った教育上のハンディキャップの埋め合わせをし卒業率を高める、移行プログラム(Transitional Year programme)を確立することに真剣に取り組む所存です」と述べました。

資金獲得キャンペーンは、新しい大学院レベルの学生資格(post-graduate studentships)の創設、学部学生への経済支援、メンタルヘルスケアのための予算拡大に向けてなされます。「ケンブリッジ大学で開花する能力の学生全員に対して、真にオープンでありたい」とToope学長は付け加えました。

今年夏、英国黒人系ラッパーのStormzyは、ケンブリッジ大学で学ぶ黒人系学生を対象とした奨学金スキームを発表しました。これは、ケンブリッジ大学が2012-16年にはゼロ、2017年にも58名しか黒人系学生を入学させていなかったことについて非難されたことを受けて、発表されました。「特権階級の砦と利己的なエリート主義というケンブリッジ大学の皮相的なステレオタイプイメージを払拭できるのは、自分たちの行動を通してのみである」とToope学長は述べました。
「ケンブリッジ大学が多様な能力を有する人材に対して益々開かれていること、アイディアとイノベーションが花開く場であること、今の時代の社会的・経済的現実を理解、説明、順応するキャパシティーがあることを、言うだけではなく、実践を通して、証明しようではありませんか!」

英国で高等教育を管理するための新しい政府組織である学生局(Office for Students)の公平なアクセスと参加(fair access and participation)担当のダイレクターであるChris Millwardは、「大学は恵まれないバックグラウンドを持つ能力ある学生が適切な大学と科目で前進ができるように、積極的に支援をするべきです。入学の可否を判断をする際に、その学生が得た資格がどのような経緯で得られたものかを考慮に入れることは正しいです」と述べました。

「アドバンテージのある学生とない学生の間のギャップが最も大きいのは、高い入学要件を課す大学であると認識しています。このため、これら大学がこのギャップをブリッジするために、明確で、証拠に基づく野心的なアクションを起こすことを期待しています」。

[Independent] (2018.10.2)
Cambridge University set to give poorer students who fail entry requirements chance to study

オックスブリッジは昨年、黒人系の学生の入学者数が少なすぎると、強く批判されました。2010-15年の6年間において、オックスフォード大学内の32カレッジのうち3カレッジしか、A-levelの黒人系学生を入学させていませんでした。同期間において、ケンブリッジ大学の29カレッジのうちの約1/4のカレッジが黒人系学生を一人も入学させていませんでした。元高等教育大臣であった労働党のDavid Lammy下院議員が情報公開請求によりこの事実を突き止め、これを「社会的アパルトヘイト(social apartheid)」であると強く糾弾しました。

[Independent] (2017.10.20)
Oxford and Cambridge universities accused of 'social apartheid' over failure to offer places to black students

その後、100名以上の下院議員がオックスブリッジに対して、より多くの恵まれない学生を入学許可するよう要求する手紙を出し、2017年度入学における黒人系またはエスニック・マイノリティーは、オックスフォード大学については2013年度の14%から18%に上昇、ケンブリッジ大学については史上最多の22%となりました。しかし黒人系の学生に限定すると、オックスフォード大学では2013年度の1.1%から1.9%にしか改善しておらず、「なぜ白人であれば黒人より2倍の入学確率があるのか、なぜ英国南部出身である方が北部出身である場合より入りやすいのか、説明すべきである」とLammy議員は糾弾しています。2013~17年の過去3年におけるオックスフォード大学への入学者のうち48%がロンドンまたは南西部出身で、北西部出身者は2%のみです。

オックスフォード大学は、「入学志願者において白人系が圧倒的多数を占めるため、このような状況が生まれている。黒人系の学生から応募が少ない」と説明しており、両大学もエスニック・マイノリティーなどの恵まれない学生が応募してくれるように、アウトリーチ活動を積極的に展開すると5-6月の記事で述べています。ケンブリッジ大学は、自分たちの力ではどうにもできず、学校や家庭の協力が必要としています。両大学は、Target Oxbirdgeという、英国黒人系学生のオックスブリッジへの進学をサポートするプログラムへの資金供与を拡大するとしています。なおTarget Oxbridgeは、高校最終年次の成績優秀な黒人系学生を対象に、マンツーマンのアドバイスや関連のセミナー、面接の練習、オックスブリッジの黒人系卒業生との定期的なコンタクトなどを提供し、オックスブリッジへの進学をサポートする団体です。

ケンブリッジ大学は、入学判定の基準を下げることを検討したものの、最終的には今回の記事にあるような、入学してきたこれら学生により手厚い支援を提供し、「ケンブリッジ大学の学位プログラムにおける高い要求に対して、これら学生が迅速かつ容易に対応できるようにする」こととしました。

[The Cambridge Student] (2018.5.6)
Cambridge to implement "foundation year" to improve access

[Independent] (2018.5.23)
Oxford University admits need to improve student diversity after third of colleges accept handful of black applicants

[Independent] (2018.6.4)
Cambridge University says it cannot do more to admit black British students 'on its own'

大学進学率が上昇し、高等教育が半義務化するという高等教育のユニバーサル段階が、国を競争力を牽引するトップの大学に対して、どのような影響を及ぼすのかということを常々疑問に思っていたのですが、(つまり、高等教育のユニバーサル化に伴い新たに高等教育に進学してくることになる学生の多くは中堅以下の大学に入学するので、トップ大学には直接の影響が出づらいように感じていた)、こういう形で影響が出てくるのかもしれませんね。つまり人口の構成比と大学における学生の構成比のアンバランスを解消させようという圧力がかかる、ということのように理解しました。

今回の事件は、黒人系学生の入学者数の少なさが発端となっており、全般的にもエスニック・マイノリティを中心とした記事となっており、それだけを取り上げると単一民族である日本にはあまり関係ないように見えます。しかし本年5月の記事には、ロンドンや南西部出身者が有利であることも指摘し、地域格差があることを問題としており、これは日本においても当てはまることです。考えてみれば、東大も地方学生や女子学生を対象とした入学説明会を重点的に行っていますし、こちらは英国のような激しい社会からの糾弾を背景としておらず、東大側による学生の多様性を求めての動きであるものの、同じ文脈からの動きとも理解できます。

一方、地方出身であったり、女子学生であったり、エスニック・マイノリティーであったりした場合に、当該学生が優秀であっても、国のトップの大学に入学するに至るのには、いくつもの困難があります。まず、周りにトップ大学に挑戦し入学していくモデルがいないと、自分には関係のない世界のように思えて、また家族や周囲もそのように思い込んでいて、トップ大学が進学先としてそもそも検討されません。またそのように思い立ったとしても、たとえば入試テクなどに関する情報が周りからあまり入ってこないので、受験において不利になります。入学しても、周りの大多数の学生と育ってきた環境や受けてきた教育が異なり、うまく順応できない可能性があります。

その意味で、Target Oxbridgeのようなマンツーマンサポートや、ケンブリッジ大学の、これら学生をそのまま入学させてしまうのではなく、揺籃される時間と場を与えるというアイディアは優れているのかもしれません。しかしケンブリッジ大学が740億円規模の資金獲得キャンペーンを計画していることから分かるように、これらは相当お金がかかることなので、そう簡単に真似できるものではありません。しかし、一つの方法ではあります。

各国のトップ大学は、たとえば裕福な家庭の学生が多いなど、類似の学生を拡大生産していると批判されていますが、これから高等教育がユニバーサル段階に移行していくにあたって、どのようにして国の競争力を牽引するという機能を持ちつつ、社会の縮図を学内に取り組んでいくのか、気になるところです。

船守美穂