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高等教育無償化を掲げる民主党員が拡大

高等教育の無償化政策は、2016年の民主党の大統領候補指名において重要な争点となった後、トランプ大統領の意表を突いた当選により連邦政府レベルではかき消されていましたが、州政府レベルでは着実に進んでいました。テネシー州において2015年にコミュニティカレッジの無償化実現して以来、17の州が同様の政策を展開しています。そして、今年の選挙サイクルにおいては、これまでにないほど多くの候補が、高等教育の無償化を掲げています。

たとえばメリーランド州知事候補として選挙活動をしているBen Jealousは、コミュニティカレッジを無償化し、さらに四年制のカレッジを「無借金(debt-free)」にしたいとしています。アリゾナ州知事に向けてキャンペーンを張るDavid Garciaは、四年制の州立大学の授業料を無償化したいとしています。コネクティカット州のNed Lamontは、州立のカレッジまたは大学の全てについて初めの二年間を無償にしたいとしています。同様に、10以上の民主党の知事候補が、高等教育無償化を掲げています。さらに、アメリカ連邦議会の議員候補の多くが、高等教育の無償化を掲げています。

2016年の大統領選に向けてBernie Sandersが、高等教育の無償化と万人のための公的医療保険制度(Medicare for All)を掲げて、若い世代の有権者の支持を強く得たこと、また大学授業料の高止まりが引き続き問題となっていることから、州知事または大統領に向けて選挙活動を行う候補者は、高等教育無償化が支持を得る要であると考えています。中道よりの民主党候補も、これを掲げています。

ただし民主党であれば、皆、高等教育の無償化に前向きという訳ではありません。ワシントンDCのリベラル派政策サークルはこの提案に批判的、あるいは完全に反対の立場を表明しています。民主党の下院議員候補を支援するスーパーPAC(政治資金管理団体。政治献金の受け皿となり、選挙活動への資金援助を行う団体)は今年初め、激戦州における勝敗を決める白人の労働者階級には高等教育無償化政策が受ける、という考え方に冷や水を浴びせました。ワシントンの民主党議員は、高等教育無償化をナショナル・アジェンダとしては推進せず、各候補に任せることとしています。他方、ニューヨーク州のAlexandria Ocasio-Cortezや、マサチューセッツ州のAyanna Pressleyが長い間現職であった民主党議員を打ち負かした時期において、皆がこうした党の方針に従うという可能性は低いです。

「2016年までは、大統領候補が大学の負担可能性や借金について強く語ることはなく、言及したとしてもリップサービス程度であった。しかし今の民主党候補は、これについて立場を明確にし、強く訴えるようになっている」と、進歩的な政治活動委員会であるJustice DemocratsのNasim Thompson長は指摘しています。

一方、「高等教育無償化(free college)」はストレートな表現であるものの、その具体的内容は多様です。候補によっては、四年制の州立大学において授業料を無償としたいとしています。二年制カレッジにおいて無償化を実現し、州立の四年制大学については「無借金(debt-free)」にしたいとする候補もいます。二年制のコミュニティカレッジの無償化のみを求める候補もいます。

高等教育無償化プログラムはオレゴン州、テネシー州、ニューヨーク州ですでに実施されていますが、それぞれ、現地における事情に制約を受けています。たとえば、これらの州では高等教育無償化を「最後のドル」モデル(last-dollar model)により実現しています。つまり、学生が連邦政府からの奨学金など、得られる限りの奨学金を得た上で、不足分のみを補うモデルです。このため、高等教育無償化のための予算の多くは中流階級の学生にいき、貧困層にいきません。そうしたことも、リベラル派や教育政策関連団体が、高等教育無償化について批判的な背景にあります。

「高等教育無償化政策は、聞こえは良いですが、とても多くの予算を必要とします。さらに、限られた予算を、これを本当に必要とする学生にターゲットするのに、あまり効率的な方法ではありません」と中道左派のシンクタンクであるThird Wayの教育部門のTamara Hiler代理は指摘します。最近、Institute of Higher Education PolicyとEd Trustから出された高等教育の公平さに関わるレポートは、大学授業料無償化プログラムが貧困学生のニーズに応えず、また授業料以外の高等教育に関わる費用を視野に入れていないと指摘しています。
他方、Campaign for Free College Tuitionの長であるMorley Winogradは、高等教育無償化政策は「ユニバーサルなプログラム」としてデザインされており、特定の層にターゲットしていないというのは自明なことであると指摘します。特定の層にターゲットすると、有権者の支持が得られないからです。

貧困層にターゲットした高等教育無償化政策が求められるといっても、議会(Congress)はこの課題への対応についてこれまで実績をもちません。経済的必要性(ニードベース)に基づいて給付されるペル奨学金(Pell Grant)は2019年度予算案で100ドルだけ増額されましたが、最大でも6195ドルしか支給されない奨学金では、四年制州立大学においてかかる標準費用の1/3すらもカバーできません。高等教育無償化が今年の選挙キャンペーンを左右するといっても、民主党の現職議員も候補者は高等教育無償化を掲げつつも、National College Access Networkが提案するような、ペル奨学金の額を大幅に引き上げようとする努力はしていません。

これに対して、ハワイ州の民衆党上院議員であるBrian Schatzは、2016年の大統領候補Sandersに倣い、授業料のみを無償化するのではなく、高等教育を受けるにあたってかかる全ての費用(full cost of attendance)をカバーする法案を3月に提出しました。Sandersの提案は年間470億ドル、Schatzの提案は初年度に840億ドルかかると推定されています。Young Invincibleの政府担当であるReid Setzerは、このような法案は、ユニバーサルなプログラムと貧困層にターゲットしたプログラムとのあいだの緊張を最も効果的に解消するとしています。

活動家(activist)によっては、候補に高等教育無償化について説明させることで、自分たちの進捗を測ろうとしています。「高等教育無償化は、ここ数年で候補者が公約に掲げるようになった政策です。言葉にしてもらうこと、しかも正しいかたちでこれをアピールしてもらうことが大事です」と、People's ActionのオーガナイザーであるAija Nemer-Aanerudは指摘します。

Nemer-Aanerudは、「最後のドル」モデルは避けたいとしています。たとえばペンシルバニア州議会に立候補する民主党のJess Kingは、ウォールストリートに課税することで大学の授業料を縮小し、更に連邦政府からのマッチングファンドを利用することで、学生が最低賃金の職で州10時間働く程度で高等教育が負担可能であるようにしたいとしています。

とはいえ、民主党が下院に復権し、(ほぼありえないが)上院にも復権したとしても、連邦政府において高等教育無償化政策に至るまでの道のりは長いと言えます。

米国州の教育委員会(Education Commission on the States)で高等教育および労働力開発を担当するBrian Sponslerは、過去2回の立法サイクルにおいて高等教育無償化政策が立法者の関心を捉え、高等教育の負担可能性(affordability)を真剣に考えている姿勢を示す道筋となったと指摘します。他方、高等教育無償化政策が追求されたとしても、「最後のドル」モデルになるだろうと予想しています。「高等教育無償化政策について関心は高く、エネルギーも多く投入されていますが、州において新しい大型予算確保の努力まではなされていません」。

Our RevolutionのHeather Gatuney長は、高等教育無償化の動きをより広いアングルから捉えています。これは高等教育の費用を誰がどのように負担するかという狭い問題ではなく、高等教育を公共財(public good)と捉え直すための動きであるとしています。「我々はユニバーサルな高等教育に向けて、戦っているわけです。勿論、実現には多様な現実的課題が待ち受けていますが、高等教育が米国において公共財とみなされることが理想です。つまり、高等教育を受けたいと希望する者が、大型の借金を抱えることなく、進学できるということです」。
[Inside Higher Ed] (2018.9.26) Free College Goes Mainstream

[Inside Higher Ed] (2018.9.26) Free-College Realities

米国ではリーマンショック以降特に、大学授業料の高騰が社会問題となり、二年制のコミュニティカレッジを中心とした高等教育の無償化政策が展開されつつあります。すでに17の州(ワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州、ネバダ州、モンタナ州、ミネソタ州、アーカンサス州、オクラホマ州、ミズーリ州、テネシー州、ミシシッピー州、ケンタッキー州、インディアナ州、ニューヨーク州、ロードアイランド州、デラウェア州、メリーランド州、ハワイ州)で導入されているようです。
[US News] (2018.9.19) 17 States Offer Tuition-Free College Programs

コミュニティカレッジの無償化政策を初めに打ち出したテネシー州、ミシシッピー州、オレゴン州の3州のうち、テネシー州の「テネシー・プロミス」が最も有名です。3州のなかでも先陣を切ったこと、コミュニティカレッジの無償化政策以前から数学のリメディアル教育をカレッジではなく高校にまで延長して行っており、これを推進した知事のBill Haslamの人気が高いこと、コミュニティカレッジの無償化のための財源を宝くじ(lottery)の収益で確保していることなどによります。オバマ前大統領はこのモデルを全米に拡げる「アメリカ・カレッジ・プロミス(America' s College Promise)」を提案していましたが、共和党政権となってしまい、この提案は頓挫しています。
[Inside Higher Ed] (2014.2.6) Is Free better?

[White House] (2015.1.12) FACT SHEET - White House Unveils America's College Promise Proposal: Tuition-Free Community College for Responsible Students

米国の高等教育無償化政策は、コミュニティカレッジを中心に展開されていることが特徴的です。四年制大学の無償化を検討する州も、記事に触れられているとおりありますが、初めの3州がコミュニティカレッジで無償化を始めたため、これがベースとなっているようです。

米国のコミュニティカレッジは日本ではあまり知られていません。二年制であることから、日本の短大と同じように認識されることもありますが、米国のコミュニティカレッジは日本の短大より懐が広いです。オープン・アドミッション(つまり、入試無し)で、希望者は基本的に誰でも入学可能です。職業につながる実践的なコースで学ぶだけでなく、四年制大学に編入できるカリキュラムでも学べます。また地域の方々が単発で学びたい場合の講座も開講しています。たとえば米国に赴任した日本人家庭の多くは、コミュニティカレッジでESL(English as Second Language)の講座で学びます。私はカリグラフィーの講座を趣味で取りました。このような多様なコース開講の結果として、米国の学部学生人口の5割近くがコミュニティカレッジに在籍します。

コミュニティカレッジは、第二次世界体制終了後の復員兵の受け皿ともなったことから、社会人入学にも対応し、学生の年齢幅が広いです。またオープン・アドミッションであること、授業料が四年制の州立大学より安く設定されていることから、家庭から初めて大学に進学する学生(first-generation student)の受け皿ともなっており、学生の4割がこの層に該当します。米国のコミュニティカレッジは、知識基盤社会となり、誰しもがなんらかの高等教育を受けていることが求められるようになった時代において、これまで大学とは縁の薄かった層に対して門戸を開き、万人に対して社会的上昇の機会を提供する、ある意味、アメリカン・ドリームを実現するための、優れた仕組みです。近年は四年制大学の授業料が高いため、一般の学生にとっても、初めの二年だけでも安価に高等教育を受けるための道筋ともなっています。日本人が米国に学部留学する際、初めの2年をコミュニティカレッジに行くことを勧められることも多いです。

一方、二年制であること、オープン・アドミッションであることなどから、四年制大学に比べるとレベルが低く、底辺に近い学生の受け皿となっていることは否めません。しかしこのような底辺の学生に高等教育へのアクセスを提供しているコムニティカレッジを対象に、高等教育無償化政策が展開されていることの意味を認識する必要があります。つまり、米国の高等教育無償化政策は、単なる大学授業料高騰への対応策となっているのではなく、高等教育のマス化、ユニバーサル段階の時代において、万人に対して高等教育へのアクセスを確保し、真の民主主義社会を実現しようとする取り組みなのです。

翻って日本で提案されている高等教育の無償化は、予算の制約からか、対象となる学生を極めて限定しており、基本的には、優秀だけど経済的に恵まれない学生に限定した奨学金制度となっているように見受けます。対象となる学生には、一定以上のGPAや履修単位数の取得などを求め、対象となる大学にまで、実務家教員の存在や、理事における外部人材の比率が一定以上であることなどを求めています。つまり旧来型のエリート教育の時代の奨学金制度の思想に基づいているわけですが、こうした優秀だけど経済的に恵まれない学生を対象とした奨学金制度は歴史的に形成されてきていますし、この層が今日になり急に困窮しだしたという事実もないと思われます。今の日本社会での問題はむしろ、少子化に伴う深刻な労働力不足であり、しかも高所得を得て日本経済を支え成長させてくれる高度人材が必要とされています。この労働力不足を補うには、これまで高等教育に縁の薄かった層を高等教育に引き込むことが、規模の面では効果的で、そう考えると、米国のような底辺の学生を対象とした無償化政策の方が適切という見方もあり得ます。
[高等教育段階における負担軽減方策に関する専門家会議] (2018) 「高等教育の負担軽減の具体的方策について(報告)」

米国においても、今回紹介した記事にあるように、コミュニティカレッジではなく四年制大学に無償化政策を適用する方が良いという見方があり、事実、この記事に付された70件以上のコメントの多くが、高等教育無償化に対して疑問を呈するものでした。この記事が掲載されたInside Higher Ed紙がもっぱら、大学関係者を読者としていることから、その見方も分からないではありません。「これ以上、準備の整っていない学生が進学してきても・・・」という気持ちが先に立ちます。日本でもたとえば、ほぼ入試が意味をなさないと言われているFランクの大学で高等教育無償化政策を展開しようと提案したら、首をかしげる大学関係者や政府などの社会上層部の方は多いでしょう。

しかし底辺の学生こそ、社会が暖かい手をさしのべ、励ましながら大学卒業にまで導かないと、途中でドロップアウトしていってしまう危険性の高いのです。また彼らこそ、高等教育のマス化時代において、大学に取り込んでいかなければいけない層なのです。テネシー・プロミスは授業料無償化だけでなく、志願者想定2.5万人に対して申請書類の記入を手伝う5000名のボランティアのメンターを用意し、また、学生には一定の単位の取得とGPA2.0以上を要求するだけでなく、各セミスターにおいて8時間の地域奉仕(community service)を要求し、学生と大学や地域とのつながりが維持されるようにしています。

しかも、こうした底辺の学生を支援することの効果が見えてきています。テネシー州では、テネシー・プロミスのもとで2015年度に初めて入学した学生が卒業年度を迎えていますが、5セメスターでの卒業率は21.5%で、これはテネシー・プロミスがなかったときの卒業率より7ポイント近く高いのだそうです。勿論、卒業率が2割程度というのは、日本の基準からみたら極めて低いですが、それでも経済的支援を提供することで卒業率が1.6倍に跳ね上がるのであれば、その効果はあったと言えるでしょう。
[Tennessean] (2018.5.11) Community college graduation rates jumped after Tennessee Promise, numbers show

もう一つ米国が優れているのは、こうした高等教育無償化あるいはコミュニティカレッジ無償化が良いにせよ、悪いにせよ、今回の記事で紹介したように、多くの議員や知事、シンクタンク、NPOなどがこれに関心をもち、それぞれの方法でトライをしたり、意見を述べているところです。日本の高等教育無償化は、ごく一握りの人達により推進されているように見えますが、米国のように多様な取り組みや意見があると、それで揉まれて、より良いもの、より社会のニーズに合ったプログラムが形成されていきます。日本の政策の多くは、お上が言い出したら、やることありきで進むものが多いですが、米国のこうした健全な民主主義に根ざした合意形成は見習っていくべきのように思います。

「カレッジ(アン)バウンド―米国高等教育の現状と近未来のパノラマ」という、リーマンショック後の大学授業料高騰とそれに伴う混乱、自分なりの解決を見つけていく学生や大学の取り組みなどを描いた本を翻訳出版しました。原著の出版年が2012年ということもあり、高等教育無償化政策の話題までは含まれていませんが、その直前の米国高等教育や主にミドルクラスから底辺にかけた学生の動きが臨場感溢れるタッチで語られています。著者はChronicle of Higher Education紙の編集長であるJ.J. セリンゴなので、同紙に寄せられた情報が豊富なエピソードとして語られています。日本では米国トップ大学の事例ばかりが紹介されますが、それとは違う、中堅以下の、国のボディーを担う米国高等教育の状況がうかがわれます。日本の高等教育を考えていく上で、参考にしてもらえると幸甚です。

船守美穂

※ 米国の大学授業料の高騰の影響を生々しく語る、以下の本を翻訳出版しました!
「カレッジ(アン)バウンドー米国高等教育の現状と近未来のパノラマ」 - 単行本 - 2018/9/6出版
 J.J.セリンゴ (著), 船守 美穂 (翻訳)