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1100名の医学系のサウジ留学生、カナダにおける1ヶ月弱の滞在延長を認められる

8月頭に起きた、カナダとサウジアラビア間の人権問題に関わる外交衝突により、カナダの大学等に在籍するサウジ留学生8千名弱に対して、8/31を期限としたカナダ国外への退去命令が、サウジ政府から出ていましたが、これら留学生のうち、病院等に勤務する医学系の留学生1600名については、9/22まで滞在延長が認められることとなりました。

カナダでは、トロントの病院に216名、モントリオールのマギル大学ヘルスセンターに225名、キングストン・ヘルスサイエンスセンターに37名、カルガリーに26名のサウジ出身の研修医などがおり、これらスタッフの急な欠員に対応しきれないことから、両国政府での調整がなされました。

カナダとサウジアラビアは二国間協定により、医学系学生をカナダの病院で研修するプログラムを以前から有しています。サウジアラビア政府が留学費用の負担をし、サウジの留学生は教育を受けながら、カナダの病院で研修医として勤務しています。お互いの協力関係が根付いているため、今回の事件はカナダの病院にとって大きな打撃です。サウジアラビアからの留学生は別枠で受け入れられていることもあり、彼らがいなくなったからと言って、カナダもしくは他国からの学生で席が埋まるというものでもありません。

一部のカナダの大学は、最終学年にいるサウジアラビアからの留学生のために、滞在期間内の修了試験が可能となるよう調整をしましたが、それ以外の留学生にとって、留学打ち切りは大きな痛手です。サウジアラビア政府は、カナダ以外の国の大学への転籍を勧めていますが、新学期が始まる直前のこの時期では、受け入れることのできる大学も少ないというのが実情です。

サウジアラビアは、カナダ政府がサウジアラビアの人権活動家の拘束を批判したことについて、これを内政干渉と反発。駐サウジ・カナダ大使の追放や駐カナダ・サウジ大使の召還、新たな貿易や投資の全面的な凍結、国営航空会社Saudiaのトロント路線停止、サウジ中央銀行の保有するカナダ国債や株式、カナダドルの放出、サウジ留学生の引き上げ、カナダで治療を受けるサウジの患者の他国への移動など、一連の対抗措置を講じていました。

[The Globe and Mail] (2018.8.23)
More than 1,100 Saudi medical residents get extended deadline to leave Canada

[Inside Higher Ed] (2018.8.7)
Saudi Arabia to Withdraw Students From Canada

[Canadian Bureau for International Education] (2018.8.8)
Canadian Bureau for International Education expresses concern for Saudi students in Canada

[AFP] (2018.8.9)
カナダとサウジ、人権問題めぐり緊張高まる トルドー首相は謝罪拒否

二国間の外交問題が、大学運営や地域の医療に大きな影響を与えているというニュースなわけですが、これをサウジアラビアとカナダという、日本からはやや縁遠い国の、対岸の火事と捉えてはいけません。この記事に対して、「これがサウジアラビアではなく、中国だったら、どうなっていたか」というツイートがありました。留学生が特定の国に偏っている場合、こうした事件は、大学に大きな打撃を与えます。日本は特に、少子化により、留学生で大学の存続を図ろうとしているところもあり、こうしたことが起きうることも含めたリスク管理を、常にしている必要があります。

一方で、日本の大学からすると、今回の事件をチャンスに捉え、サウジアラビアの学生を誘致するということを考えても、本来は良いように思います。欧米の大学における9月入学の機会を逃した学生を、日本に誘致することはできないのでしょうか? 言語の面で難しいのかもしれませんが、理工系であれば、それほど問題ないようにも思います。サウジ政府の奨学金で留学している学生に的を絞れば、経済的には問題がないはずです。ちなみに、一部の米国の大学は、出願費用免除の特例を設けるなどのオファーを既にしつつあります。

[Inside Higher Ed] (2018.8.16)
Colleges Reach Out to Displaced Saudi Students

この事件、女性の権利を訴える著名活動家、サマル・バダウィをはじめとする十数名の人権活動家たちをサウジアラビア政府が拘束したことに端を発しており、カナダ政府は、「カナダは、女性の権利と表現の自由を含む人権を世界中で保護するために、常に立ち上がる」としています。各種メディアも、こうした拘束は正当な理由に基づいていない、と書き立てています。サウジ政府側は、拘束したうちの一部は、「海外の敵対分子に協力し、資金提供した」と説明しているようですが、拘束された活動家の同志からは、「それは虚偽だ」との声もあるらしく、何が真実なのかは分かりません。

サウジアラビアの女性については、イスラム圏のなかでも戒律が厳しく、目しか覗くことができないブルカを常に身にまとっていなくていけなかったり、レストランや学校なども含め、男女が交わらないように別々になっているなど、著しく行動が制限されている印象があります。一方、少し前にイスラム圏(エジプト)の男性2名と話をしたところ、あれは女性を守っているのだそうで、イスラムの教えでは男女は平等でなければいけないとしており、イスラム圏は西欧以上に女性に優しい国なのであるとのこと。男性からの意見だったので、半信半疑に聞いていたのですが、先日、マレーシアの女性と親しくなる機会があり、女性からの意見を聞いたところ、自ら進んでブルカをかぶっているとのこと(「肌をあまり露出するのは・・・」との意見なので、日本人女性が、西欧ほどには体を露出した服を着ない、というのと同じ感覚でしょうか)。またマレーシアは近年、近代化された現代社会への批判から、宗教に回帰する動きが出てきており、若い女性が、イスラムの教えに基づいて積極的に、お祈りを捧げたり、ブルカを身にまとい、アラーに近い存在になろうとしているとのこと。

マレーシアやエジプトは、サウジアラビアに比べると戒律が緩やかなようなので、もしかしたらサウジアラビアの女性は異なる意見をお持ちかもしれませんが、何がなんでも西洋の価値観で、「イスラムでは、女性が虐げられている。女性の権利を守るべき」と押しつけるのも、もしかしたら間違っているのかもしれないと思いました。そもそも現在、サウジアラビアで実権を握っているムハンマド皇太子は、女性の自動車運転を解禁(2018年-)にするなどの社会改革を行っている方ですし、女性の人権擁護を訴える人権活動家に対して、そんなに理不尽な拘束をするものでしょうか?

サウジ政府は今回の事件を「内政干渉」としていますが、日本もしばしば西洋の価値観を押しつけられてきており(たとえば労働時間)、こういう外交問題が起きたときに、中立的な立場で何か言えると、本当はいいですよね。とはいっても、そのためにはサウジ政府の今回の拘束が正当であったのか、またサウジ国民の一般的な受け止め方はどうなのかなど、客観的で正確な情報を得る必要がありますが、如何せん私にはアラビア語は読めず、西欧メディアの情報に偏った情報にのっとったレポートしか出来ません。

船守美穂