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エルゼビア社とドイツ大学との交渉、再度決裂
ドイツ学長協会(HRK)が事務局となり昨年から進めていた、エルゼビア社との学術電子ジャーナルのナショナルライセンスに関わる契約交渉ですが、3月23日の契約交渉で再度決裂しました。
ドイツの学術界が容認できる契約条件がエルゼビア側から提示されなかったことが理由です。
「5回の契約交渉を経て、エルゼビア社が本当にドイツ学術界のゴルードOAのもとで契約したいと思っているのか、疑問に感じる」とドイツ学長協会ヒップラー会長は述べています。
他方、エルゼビア社が検討の余地のある条件を提示するのであれば、話し合いには引き続き応じるとのことです。
ドイツでは2017年からの契約更新において、オープンアクセスを含めたナショナルライセンスをエルゼビア社に求め、昨年末の契約で交渉が決裂。年明けから一時期、60大学等が電子ジャーナルへのアクセスを失っていましたが、2月中旬にエルゼビア社から(なぜか!)契約交渉中のアクセス権提供再開が行われており、現状ではドイツの大学等はエルゼビア社の電子ジャーナルを読むことが出来ます。
なおこのドイツ学長協会とエルゼビア社とのナショナルライセンス契約交渉についての背景と現状説明が英文でこちらの文書のように作成されています(HRKより個人的に入手)。こちらも2017年3月付となっていますが、この交渉決裂以前に作成されたものとのことで、交渉決裂に関わるプレスリリースと内容は若干異なります。
しかし、商業出版社による電子ジャーナルの価格高騰を背景にこのようなゴールドOAを含むナショナルライセンスの契約交渉に踏み切ったこと、これに多くのドイツ学術機関が賛同しており、2017年に契約更新を迎える60機関については一致団結してエルゼビア社のジャーナルへのアクセス権がなくなることも辞さない決意であったこと、またこれから契約更新を迎える学術機関についても多数の機関が同様の対応を想定していることについては、これまでの発表内容と同じです。
ただしこの英文の文書では更に、ドイツ学長協会がエルゼビア社の雑誌のエディトリアルボードにいる著名な学術者にボードからの辞任を呼びかけ、これに大きな反響があったことも伝えています。
[Hochshulrektorenkonferenz(ドイツ学長協会)] (2017.3.24)ドイツ語のみ
Wissenschaftsorganisationen: Elsevier blockiert Verhandlungen über bundesweite Lizenzen
(学術機関:エルゼビア社、ナショナルライセンス交渉を妨害)
学術界と商業出版社で正面衝突しているような契約交渉ですが、どちらも相手を必要としている、つまり学術界も電子ジャーナルなしでは学術を続けられない一方、商業出版社側も購読してもらえなければビジネスが立ちゆかないはずで、どこかで歩み寄りが必要となってきますが、今のところはお互い意地の張り合いというところのように見えます。
ここら辺については、来週この交渉事務局Projekt-DEALを訪問するときに、内情を聞いてみたいとは思っていますが、先方からは、日本のナショナルライセンスに対する考え方は?と聞かれています。日本は全体的には、国際的にそのような気運になるのであればといった感じなのでしょうけど、実際にそうなるとした場合に、日本の大学がドイツの大学と同じだけの強い意志と姿勢で交渉に臨めるかが鍵となってくるように思います。
学術雑誌価格は過去20〜30年で4倍以上に膨れあがり、過去にも1994年Steve Harnadの「転覆計画」(インターネット出版を提案)、2002年に3.4万人の学術関係者が署名した「学術出版社への公開書簡」(OAではない雑誌のボイコットと、OA雑誌の創設を提案。2003年のブダペストOAイニシアティブ(BOAI)につながる)などがほぼ10年ごとに盛り上がりを見せ、今回はその3回目の波とみることも出来ます。
一方、これまでと状況が異なるのは、過去のこれらの運動により、1)学術雑誌の価格高騰問題について、一般の大学教員においても認識がなされてきたこと、2)十分成功しているとは言えないものの、グリーンOA(機関リポジトリ等への著者最終稿のアーカイブ)やゴールドOA(OAジャーナルへの投稿)で投稿されている論文が全体の数割は占めるようになり、それなりに浸透してきていること、3)インターネットの急速な進展とモバイル端末の普及、ブログを含む各種情報プラットフォームの普及により、10年前に比べて格段に、インターネット上への投稿が、一般的な利用においても、当たり前となったこと、そして次に述べる 4)学術界の外にある財団等がOAに関心を示し、新たなOA出版の道が開けてきたことなどが挙げられます。
4)については例えば米国ゲイツ財団が、自身が助成する研究による研究成果(論文と根拠データ)について、即座のオープンアクセスを求めています。しかもこれは、リユースを含むCC4.0のクリエイティブコモンズライセンスを求めています。このOAポリシーは、本年1月に発効し、このままではゲイツ財団から助成を得た者はネイチャー誌やサイエンス誌に投稿できないのではと囁かれていました。しかしAAASはゲイツ財団との話し合いの上、サイエンス誌とAAASの他4誌について、ゲイツ財団の助成を得た成果に対しては、ゲイツ財団の求めるOA条件を認めると2月に発表しました。一年間試行し、その後の継続について検討するとのことです。
ゲイツ財団では、同財団からの助成を得た者が、ゲイツ財団のOAポリシーに合う学術雑誌を検索し、論文をOAで投稿できるサイトChronosを提供しています。つまり学術雑誌の立場からすると、ゲイツ財団が指定するOAポリシーに合致しないとChronosで紹介されず、ゲイツ財団の助成を受けた論文が投稿されないこととなります。ゲイツ財団は国際保健分野において特に助成を行っており、当該分野では年間2000~2500件の論文が輩出されているので、これを1つも収録できないというのは学術雑誌にとってはダメージです。
なお今回のAAASとの取り決めにおいては、ゲイツ財団がAAASに10万ドルを支払っており、ゲイツ財団としてはこの出資によりAAASにゲイツ財団の求めるOAポリシーへの移行を図ってもらいたい考えです。
Science journals permit open-access publishing for Gates Foundation scholars (2017.2.14)
(このように既存の学術雑誌にOAへの転換を促すだけでなく)ゲイツ財団は自身でも、財団のOAポリシーに適合するOA出版プラットフォームGates Open Researchを提供すると本年2月に発表しました。これは半年前に英国のバイオ系巨大財団であるウェルカムトラストから発表されたWellcome Open Researchに続くもので、これと同様、F1000ResearchというOA出版プラットフォームを利用します。
F1000Researchでは論文が、投稿後になされる最低限の確認を経て、即座に公開され、査読はその後になされます(Post-publication peer review)。また論文投稿者が査読者を指定し、その査読内容と査読者名も論文とともに公開されます(open peer review)。論文掲載費(APC)は文字数に応じて、1000字までは150ドル、1000-2500字が500ドル、それ以上が1000ドルで、これら財団がこの経費は負担します。
EUでも800億ユーロ規模のHorizon2020の研究プログラムにおいてOA出版を検討していると、ベルリンで3/21に開催されたオープンサイエンス会議で発表がなされました。ゲイツ財団、ウェルカムトラストと同様のモデルを想定しているとのことです。
Gates Foundation announces open-access publishing venture (2017.3.23)
Wellcome Trust launches open-access publishing venture (2016.6.6)
船守美穂