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論文の根拠データのオープン化を主張したエディター、辞任を迫られる

権威あるアメリカ心理学会(APA)が出版する学術雑誌"Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition"のコンサルティング・エディターの一人であるGert Storm氏(Catholic University of Leuven心理学者)が、根拠データを提示しない、あるいはそう出来ない適切な理由を提示できない論文はレビューしないと宣言したことが揉め事、そして辞任要求につながりました。

同誌のエディターであるRobert Greene氏(Case Western Reserve大学心理学者)は、Storms氏の主張に対して、「根拠データのない論文のレビューを拒否することは著者に対して不公平、かつ、APAのポリシーやガイドラインに従う他のレビューアーとも矛盾が生じ、ひどい先例となる」とし、「ポリシー矛盾があるため、エディトリアル・ボードから降りるのが最も適切であろう」と返信しました。
これに対してStorm氏は反発し、「いい加減な科学(sloppy science)」を防止するために必要なことは自分は続ける、と主張しています。
またこの反発の返信を、同じく同誌のエディターであるRobert Hartsuiker氏とMarc Brysbaert氏(両者ともゲント大学心理学)に転送したところ、今度はこれら2名のエディターも、Storm氏が退任するのであれば、自分たちも辞めると言い出しています。「批判的な声に耳を傾け、建設的な議論をするのではなく、こうした声に辞任を要求するのは不適切である」としています。
今後この問題は、エディター理事会(council of editors)で議論される予定です。

心理学では2011年にオランダの心理学者Diederik Stapel氏のデータねつ造された論文の量産が発覚して以来、研究不正スキャンダルが続き、業界としても、規律を求める動きがなされていました。
たとえば論文の再現性が調査され、100の論文のうち39の論文しか再現されなかったことが示されています。また心理学の教科書で紹介されている発見も再現することが困難でした。
アメリカ心理学会(APA)では(論文査読時の根拠データ提出は求めていないものの)、論文出版後の根拠データの公開をポリシーやガイドラインで求めています。しかし2006年の調査では、心理学者の73%がこれに否定的でした。APAが論文の根拠データの公開をより強制しないことについては、一部の心理学者から批判の声があがっています。
心理学分野における透明性拡大を求める心理学者のあいだでは、Peer Reviewers' Openness Initiativeが開始し、以下の最低条件を満たさない論文については、査読もしないし、出版も勧めないとしています。

  1. データは公開されなければならない(publicly available)。
  2. 試料や関連材料(Stimuli and materials)は公開されなければならない。
  3. データや試料等が公開できない場合は、正当な理由が示されなければいけない。
  4. ファイルやプログラムコードの説明、プログラムのコンパイルや実行方法についての資料も併せて提供されなければならない。
  5. これらのファイルの保管場所は論文内に記述されなければならない。また、それらは信頼できる第三者によりホストされなければならない。

https://opennessinitiative.org/the-initiative/

Storm氏はこのイニシアティブの一員であり、今回の事件に対するAPAへの対応は、このイニシアティブのインパクトの試金石となります。

[Nature News] (2017.3.1)
Peer-review activists push psychology journals towards open data

論文の根拠データを査読時に求めるか否かのエディター間での見解の相違が、エディター辞任問題にまで発展するなんて・・・。トランプ政権後の大学キャンパスにおけるイデオロギー闘争につながるものを感じます。
そのうち、Aという考え方の人はAAの雑誌グループ、Bという考え方の人はBBという雑誌グループに投稿するといった流れにつながってくるのでしょうか。。。論文のオープンアクセス運動はそこまでには至りませんでしたが。
このようなエディター間の揉め事が外に伝わってくるのも驚きです。日本であればエディター間で見解の相違があっても、内部でもみ消されるか、とりあえずは学術雑誌のポリシーをどのようにするかという点で議論をすることとして、そのポリシー改訂がなされるまでは、現在のポリシーに従うということになるような気がします。

それにしても「オープンサイエンス」の議論を追っているとたびたび心理学における研究再現性の事例が持ち出され、不思議に思っていたのですが、(ここに例示されている再現性の実験はCenter of Open ScienceのNosek氏が行ったものです)、業界内のこういう長々とした経緯があってのことなのであると理解しました。
なぜ心理学ばかり取り上げられるのかと周りの何名かに聞いたところ、心理学は半分文系、半分理系のような分野で、心理学実験等実験的手法を用いる割には、自然科学等の分野に比べてクリアな結果が出ずらく、こういう問題が生じやすいのではと聞きましたが、そういうことなのでしょうかねえ。日本ではバイオ系の研究不正の方が目立ちますが。。。バイオ系の方が研究費の規模が大きく、問題になりやすいのでしょうね。

船守美穂