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エルゼビア、インパクト・ファクターの代替指標を発表

2016.12.24

エルゼビア社は、学術雑誌のインパクトを測るCiteScoreという新しい指標を2016.12.15.に発表しました。
同社はこれを「学術雑誌をより総合的かつ透明性をもって見ることができ、今後、より効果的な雑誌発行を可能とする新しいスタンダード」であると評しています。
ある雑誌に収録された過去数年分の論文の平均引用回数からインパクトを計算するという意味では、現在広く利用されている学術雑誌のインパクトファクター(JIF)と同じ算出方法ですが、以下などが主な相違点として挙げられます。

  • ・ JIFが過去2年の論文の平均引用回数を利用するのに対して、CiteScoreは過去3年分。
  • ・ JIFがWeb of Scienceの約1万件の論文のみを対象するのに対して、CiteScoreはScopusに収録される22,500件の論文等記事が対象。
  • ・ JIFが主に学術論文のみを対象とするのに対して、CiteScoreはレターやノート、エディトリアル、カンファレンスペーパーなども対象。

主に3つ目の相違点により、これまでJIFが高かったNature, Science, The Lancetなどの雑誌が大きくインパクトを下げる結果になっていると、Nature Newsでは報じられています。これら雑誌は引用されることの少ない学術論文以外の各種記事を多く収録しており、CiteScoreでは不利となります。

NatureとThe Lancetはこれについてのコメントは控えましたが、Science誌は「我々は伝統的な学術論文以外の各種記事について誇りをもっており、いかなる指標も我々のこのスタンスを崩すことはない」と述べています。
他方、同じNature Newsの記事によると、Natureとエルゼビア社の雑誌を比較した場合、CiteScoreではエルゼビア社の雑誌の方が全般に高く評価される傾向があり(←エルゼビア社は論文以外の各種記事をあまり扱っていないため)、この新たな指標の妥当性についてより詳細に調べる必要があるとしています。

そもそもJIFは、トムソン・ロイターという、出版社ではない第三の主体が発表していたため中立性が確保されていましたが、CiteScoreは出版社が自らの出版物を評価する指標を発表したと見ることもでき、その中立性に疑念を指摘する声もあります。
一方エルゼビア社は、この指標は、研究者や出版社がより正確な判断ができるようにするための、複数ある雑誌指標群の一つに過ぎず、こうした指標の提示はサービス提供者としての務めであるとしています。
学術雑誌を評価する指標は、JIF以後複数考案されていますが、これまでいずれもJIFほどの波及力を持ちませんでした。CiteScoreがどのように普及するか、見守る必要があります。

[Inside HigherEd] (2016.12.9)
Elsevier Launches 'Impact Factor' Competitor

[Elsevier Blog] (2016.12.8)
CiteScore: a new metric to help you track journal performance and make decisions

[Inside Higher Ed] (2016.12.14)
How to Measure Impact

[Nature News] (2016.12.8)
Controversial impact factor gets a heavyweight rival

なんともまあ色々な指標が出て、また過去2年であろうが過去3年であろうが、対象とする記事が論文以外を含むとしても、指標算出における手法に大きな違いはなく、それでこのような論争になると、泥沼にはまり込んでいるようにも感じます。

しかし指標はあくまでもある事象の一側面のみを切り取り、ハイライトするためのものですから、エルゼビア社の言うように、一つの対象に対して複数の指標が考案され、ユーザが自身の吟味したい目的に応じて適切な指標を選び取ることができることが望ましい、ということには一理あるように感じます。それには、もう少し指標にヴァリエーションは欲しいところですが。
エルゼビア社は「JIFの算出における過去2年分の論文というのは、進みの遅い分野では短すぎた。しかし5年では長すぎるため、3年が最適だ」と高らかに説明しているのですが、ではなぜ分野によって、過去何年分の論文を対象とするかを変えないのか?と思ってしまいます。たとえば、ある分野のトップ5%の論文の平均引用回数が出版後何年で"10回"になるかを基準として、その年数を基準としてインパクトファクターを計算すれば、分野横並びでインパクトファクターも比較できるだろうし・・・。

また指標が徐々に世代交代していくことにも意義があるように感じます。JIFが定着してしまったおかげで、研究者も学術雑誌も高いJIFを求めて自身の行動を最適化していて、学術活動が歪められているという現実があります。
極端な例においては、編集者が、雑誌に論文を収録することへの見返りとして、自身の雑誌の論文を引用することを研究者に対して強制したり、(印刷)出版前の"online queue"状態の論文数を増やすことによりJIFが上がるように操作したり(←"online queue"論文は引用はされJIF計算の分子を拡大するが、JIF計算の分母となる"雑誌に収録(印刷)された論文数"には含まれない)といったことが行われており、(以前からJIFの妥当性については問題は指摘されていましたが)JIFの信頼性に更に疑義が呈されています。
[Inside HigherEd] (2015.11.5) Lost Credibility

完璧な指標などというものはない訳ですから、評価したい内容に応じて用いる指標や判断基準を適切に変えていくことが大事ですね。また、こうして広く利用される指標については、徐々に指標を変え、ゲーム・チェンジをしていくなどという工夫も、デジタル時代には意味があるように感じます。

船守美穂