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エルゼビアのオープンサイエンス戦略

本日、エルゼビア・ジャパンのDr. Anders Karlsson, Vice President, Strategic Alliances, Global Academic Relationsが私のところに来訪し、エルゼビアのオープンサイエンス(OS)の方向性についても少し話す機会があったので、ご紹介します。


エルゼビアにとってのOSは、研究の一連の流れ(研究の構想、助成金への応募、施設利用、共同研究者探し、研究実施、論文発表、データ管理、評価、商用利用、インパクト、昇進)の全てについて、「コンテンツからコンテクストへ」という考え方に基 づき、コンテクストを読み取るためのハイレベル・アナリティクスをユーザに提供することにあるそうです。

曰く、いままではコンテンツを売っていたが、(デジタル時代となりコンテンツがあふれる中)世の中のユーザはコンテクストを必要とし欲している。コンテクストを読み取ることのできるツールをエルゼビアは提供していくそうです。
エルゼビアのOSの全体像に見るように、オープンアクセスや研究データ共有はOSのごく一部に過ぎません。
OSは市民科学やAltmetrics等の研究者評価、研究公正、キャリアパス、研究活動の効率性などを全て含み、これら全てに関わることで、コンテクストが生まれてくるそうです。

それを実現するために、研究者の一連の研究活動をサポートするプラットフォームを用意していくのかと問うたところ、
「そうとは限らない。エルゼビアはOSの一部として市民科学も促進しているが、これについて市民科学プラットフォームを提供するといったことをしているわけではなく、日本のサイエンスアゴラを資金援助するといったことをしている。
また、エルゼビアはElsevier Data Searchという研究データを検索するツールを提供しているが、ここでは世界の多様なリポジトリのデータを横断的に検索できるようにしている。自社で全てを提供しなくても、色々なDBシステム等を連携して出来ることがある。 エルゼビアはnewsfloというメディア・モニタリング企業を買収し、各種のニュース・メディアからAltmetricsや社会インパクト等を分析、可視化できるようにもしている。これも日経や朝日新聞等のデータソースはエルゼビアのものではなく、各新聞会社のものである」。

これらツールを全て有料で提供していくのか聞いたところ、「エルゼビアは学術雑誌を扱うことで当面はビジネスをしていく。他のものは無料である」とのことでした。


エルゼビアの、「コンテンツからコンテクストへ」と聞いて、よく分かった気がしました。

デジタルの大学教科書市場においても、少し前までは紙の教科書がPDFになっただけのものだったのですが、これが最近は教科書が「学習プラットフォーム」として、LMSや学務システムと連携して商品展開されるようになっています。
宿題提出や採点、成績付与まで一つのプラットフォームとして提供され、最近は「教科書を買う」のではなく、この学習プラットフォームへの「アクセス権」を学生は購入する必要があります。アクセス権は、学籍番号と連動しているため、一つのアクセス権を複数名でシェアすることはできません。
これは教科書代高騰問題の観点からすると、学生がユーズド教科書やレンタル教科書に逃れられなくなったという意味で問題ではあるのですが、一方で、大学準備の整わない学生に対してパーソナル学習を提供する、あるいは教学IRをするといった観点からは、極めてニーズの高いプラットフォームです。
船守美穂「米国大学教科書問題の論点のターニングポイント―価格高騰問題から高等教育マス化時代の学習支援へ」 大学ICT推進協議会2016年度年次大会 論文集(2016.12)

エルゼビアのOSヴィジョンは、これの研究版なのでしょう。(というか、教育面にも食指を伸ばしており、IBM WatsonでMOOCを学生一人一人に対してone-to-oneで提供する動きがあるといったことも、盛んに言っていました)。
結局のところ、エルゼビアにとってのOSは、大学や研究者等の学術活動の全てに関わっていくことで、アカデミアがエルゼビアにからめとられて、逃れられなくようにし、学術活動のあらゆる面におけるビジネス機会を創出するということのように理解しました。

なお私のところにコンタクトしてきたのは、大学IRが日本の大学では構造的にうまくいかないことを分析した私の論文を見て、エルゼビアの展開しようとしている大学IRがもう少し利用勝手のあるものにするための助言を求めたいということだったようです。(どこまで本当なのかよく分かりませんが)
Funamori, M. "The Status Quo and Issues of Institutional Research in Japanese Universities - IR Offices at a Crossroads in Universities without Regular University Management," Special issue on Data Impact in Institutional Research, Information Engineering Express 2(1) 23-32, 2016.

今回は初回の訪問だったので、引き続きコンタクトは続けると約束しお別れしました。

船守美穂