EOSC Symposium 2022参加報告
2022年11月14〜17日にかけて、European Open Science Cloud(EOSC)の年次シンポジウムがチェコ共和国プラハで開催されました。NIIからは山地・相沢が現地参加しましたので、報告させていただきます。
EOSCは欧州全域における研究データインフラであり、欧州委員会はEOSCを「EUのサイエンスを支援するために研究データをホスティング・処理する環境」と定義しています( "EOSC is an environment for hosting and processing research data to support EU science." )。その役割は「190万人の欧州の研究者と7000万の科学技術分野の専門家に、データへのシームレスなアクセスと研究データのライフサイクル全体を扱う相互運用可能なサービスを提供する、信頼できるオープンな分散環境を提供すること、そしてそれにより、これらの人々がデータ駆動型科学の恩恵を最大限に享受できるようにすること」とされています。
2015年、欧州連合は、加盟国間のデジタル分野での規制障壁を無くして域内を一つの市場として統合することを目指す「デジタル単一市場(DSM)戦略」を発表しました。この戦略の中で「研究・イノベーション分野での欧州クラウド構想」の立ち上げが明記され、2018年の「欧州オープンサイエンスクラウドに関するウィーン宣言」によりEOSCが正式に発足しました。2021年にはEUの科学技術政策の基本方針の一つである「欧州研究領域(ERA)」の直近のアクションプランではEOSCの構築が最優先課題に位置づけられるなど、近年大きな注目を集めています。
シンポジウムでは、EOSCが今まさに取り組んでいる各トピックの最新状況が発表されました。パラレルのものを含めて50以上のセッションが開催されたため、全てを網羅することは難しいですが、例えば以下のようなテーマが議論されました。
- • EOSC全体のフレームワークやアーキテクチャ
- • 相互運用性
- • 認証
- • FAIR原則への対応
- • スキルやトレーニング
- • ポータルサイトのアップデート
- • 参加規約(Rules of Participation)やコンプライアンス対応
- • 政策・予算面での支援
2022年12月1日現在、本シンポジウムで使用された資料及びライブストリーム映像がwebサイトで公開されていますので、ご興味のある方はぜひご覧になってください。他の全セッションの映像も後日公開予定とのことです。
シンポジウムでは、EOSC本体の動向だけでなく、関連するテーマを扱ったセッションもあり、今回はその中で注目すべき2つのセッションについて以下紹介させていただきます。
(1) 欧州データスペース
欧州連合は2020年、世界における欧州の競争力とデータ主権確保のための「欧州データ戦略(European Strategy for Data)」を発表しており、産業における主要9分野(製造、グリーンディール、モビリティ、健康、金融、エネルギー、農業、行政、スキル)ごとに「欧州データスペース(European Data Space)」を構築する、としています。EOSCはこの9つのデータスペースの "sister" として、学術研究分野のデータスペースの役割を担う、とされています。これらのデータスペースは将来的な連携(相互運用性の確保)が望まれている、という発表がありましたが、EOSCと産業9分野のデータスペースの実装を担うGaia-Xとは構造的に別の仕組みであり、またそれぞれに非常に多様なステークホルダーや既存のシステムを内包しているため、それらの調整や相互運用は容易ではないという所感です。現に、両者の連携会合は2021年に2度行われたとのことですが、2022年には1度も行われていないとのことでした。ただ、こうした産業界と学術界の共通した仕組みづくりや相互運用性への指向は、我が国においても非常に示唆に富むと思いますので、今後も着目していきます。
(2) オープンサイエンスの将来
キーノートセッションにおいて、ハーバード大学のMercè Crosas氏から、オープンサイエンスが将来的に従来の科学研究にどのような影響を与えていくか、という講演がありました。Crosas氏によれば、オープンサイエンスは今後、以下の4点を促進していく、とされています。
- 1) 学際的かつ複数のアクターとの協調と共創(ex. COVID-19に対する国際的な共創)
- 2) AI、機械学習、自動化ツールに基づく最新のAutomated Research Workflow(ARW)との相互運用性の確保
- 3) センシティブなデータの研究利用を行うための、オープン化のレベルや新しいプライバシー保護手法へのサポート
- 4) オープンソサエティの原則である、透明性、参加、協調により、市民、政府、産業界を巻き込んでの社会問題の解決
この中でも2)は、現在特に注目を集めているトピックです。ARWsは様々な学術領域や分野の科学的な研究プロセスを自動化する取り組みであり、「実験・観察・シミュレーションの設計、データの収集と分析、その結果からの学習など、研究プロセス内のタスクの実行において、計算(computation)や実験の自動化、AI由来のツールなどを統合する」と説明されています。こうした自動化により、研究プロセスに対するより高い制御と再現性を確保しつつ科学的知識の生成を著しく加速させることができ、例えば材料科学の分野では材料の合成とテストに要する時間を9ヶ月から5日に短縮する、と言われています。
本講演で紹介された内容は、多分に理想論を含むかもしれませんが、このような研究プロセスの自動化という潮流は今後の科学の方法論に変更を加えていくと予想されています。研究データ基盤の将来を考える上で、こうした大きな潮流を常に意識していくことが、世界に伍する基盤の構築に繋がっていくのではないかと思っております。
以上、EOSCシンポジウム参加報告でした。
最後に、開催地であるプラハは中世の香りが残る欧州の古都であり、シンポジウムの先進的な内容と開催地の趣のある風景とのギャップも深く印象に残りました。こうした国際イベントのホスト側としては、内容はもとより、開催地へのアクセスや周辺環境(が与える参加者への印象)を含めたトータルな視点で企画することが、ホスト側のプレゼンスを高める上で重要なのだと思いました。
(相沢 啓文)
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