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US to demand immediate OA for scholarly outputs

昨日2022年8月25日、米・科学技術政策局(OSTP)は、公的資金を得て生み出された研究成果について、論文出版と同時に、論文及び根拠データがオープンアクセス(OA)となる、「即座OA」の方針を打ち出しました。

米国の研究助成機関は、1億ドル以上の年間研究開発費の研究助成について180日以内、それ以外の研究助成については360日以内に、「即座OA」の実施計画をOSTPおよび、行政管理予算局(OMB)に提出しなければなりません。
各研究助成機関の「即座OA方針」は、2024年末までに確定・公開され、遅くとも2025年末までに施行されます。

各研究助成機関の「即座OA方針」は、a)査読付き研究論文と、b)研究データをカバーします。
a)査読付き研究論文については、研究助成機関の指定するリポジトリを通じて、論文が出版後、エンバーゴ期間や時間差なく、社会から無償でアクセス可能となることが想定されています。
b)研究データの内、論文の根拠データについては、論文の出版と同時に公開されることが想定されています。その他の研究データについては、各研究助成機関において、研究データを公開する方法やタイムラインについて検討することが要請されています。
なお、研究データに関わる各種の法的・倫理的側面や権利処理関係についても、各研究助成機関において検討されます。

研究成果のOAは、研究公正に必要な透明性や、社会への学術コミュニケーションにつながります。社会は、研究助成機関がどのような助成を行っているか、研究者がどのような研究を行っているか、査読がどの程度行われているのかを知る必要があります。
各研究助成機関は、策定予定のOA方針に、これらの項目の実現方法について記し、公的資金を得た研究成果に対する社会の信頼を強化することも求められています。

米国では、OSTPが2013年にOA指令を出して以来、多くの研究助成機関がOA方針(public access policy)を採択し、公的資金を得た研究成果の公開が進んでいます。ただし、現段階では多くの場合、12ヶ月のエンバーゴ期間が課されており、米国市民は科学研究に対して納税負担をしているにも関わらず、研究成果に即座にアクセスすることができていません。

新型コロナウイルス感染症拡大が証明したように、研究成果の迅速な公開と流通は、研究の進展を加速する上で、効果絶大です。パンデミックだけでなく、がん研究や、クリーンエネルギー、経済格差、気候変動など、多くの緊急性を要する課題について研究の進展が求められています。

米国市民の健康、経済発展、ウェルビーイングのために、研究への投資は不可欠です。そして、研究への納税負担と、研究投資からのリターンとの間に、時間差があってはいけません。また、米国市民が正当な権利を有する、公的資金から生み出された研究成果の恩恵を享受する上で、経済的手段や特権的アクセスは、決して前提条件となってはなりません。

このたび発表の「即座OA」の方針を実現するにあたり、研究助成機関間の連携が必要であるため、米国科学技術審議会オープンサイエンス委員会はその調整にあたります。また、啓蒙活動や、方針実現のための手段検討など、その他の検討・調整を行います。

White House, "OSTP Issues Guidance to Make Federally Funded Research Freely Available Without Delay," (2022.8.25)

OSTP, "Ensuring Free, Immediate, and Equitable Access to Federally Funded Research," Memorandum for the heads of executive heads and departments, (2022.8.25)

(所感)

ビッグニュースですねえ!! 論文の出版後即座のOAは、欧州においては「プランS」(2018.9発表、2021.1発効)を中心に、強硬に進められていましたが、欧州以外の諸国にはそれほど広がっていませんでした。日本に対しても、米国に対しても、「プランS」の勧誘はありましたが、いずれの国の政府も、そこには踏み込んでいません。

今回のOSTPの方針が実現すると、米国において、「プランS」と同等の「即座OA」が実現し、世界の学術情報流通は一気に加速します。研究成果が発表と同時に世界から参照可能となり、学術研究の進展がスピードアップすることが予想されます。また、「プランS」の圧力を受けて、欧州において渋々と転換契約とフルOA誌への転換を進めていた学術出版社も、米国からのボリュームある研究成果が「即座OA」の流れに加わることにより、フルOA誌への転換に本腰を入れざるを得ないことが予想されます。

遅くとも2025年末までの施行とのことで、2024年末までに転換雑誌へのAPC補助を打ち切るとする「プランS」に比べると、周回遅れの感があります。しかしそれでも、学術研究において世界に冠たる米国が「即座OA」に乗り出したことは、世界に大きな影響を与えることが必須です。

以下に、米国におけるこれまでの「即座OA」に向けての検討の経緯を見ていきたいと思います。

■ 米国が「即座OA」に消極的であった理由

日本もですが、米国も「プランS」が2018年9月に発表された当初、その考え方を支持することに消極的でした。

1) 研究者の論文発表の場をOA誌(ゴールドOA)に強制することとなり、「学問の自由」を侵害するという意見が初期の頃、強く指摘されたことと、2) 学術出版が完全OAとなると、大学の負担する「学術雑誌の購読料」ではなく、研究者が獲得した研究助成金から支出される「論文掲載料(APC)」により学術出版に関わるコストが賄われることとなり、研究助成機関においてそのような予算が確保されていない、といったことが大まかな理由でした。

[mihoチャネル](2018.9.6)
欧州11の研究助成機関、2020年以降の即座OA義務化を宣言―権威ある学術雑誌の終焉となるか?

1) については、権威ある学術雑誌への論文投稿を阻害される若手研究者のキャリアへの影響が当初、特に懸念されていました。しかし、これについては"Global Young Academy (GYA)" などの若手研究者団体が運動し、その懸念を晴らしました。若手研究者は、論文や研究データへのOAを通じて、世界の研究者とともに、よりスケールの大きい研究ができることを望んでいます。

2) については、「プランS」においてその後、学術雑誌の転換契約の話が進み、大学が、それまで負担していた購読料と概ね同じ額で、①学術雑誌の購読料と②大学が生産する論文のAPCの双方を一つの契約のもとで負担する方式が浸透していったため、研究助成機関による負担という問題は軽減されました。

「プランS」では更に、機関リポジトリを通じたOAである「グリーンOA」のルートや、政府やその他の財源によるプラットフォームを利用することで、購読料もAPCもなしで学術情報流通を実現する「ダイヤモンドOA」の方法も模索し、実現に向けて動いています。

これらの動きから、日本や米国などの諸国が、「プランS」を敬遠する理由はだいぶ薄まっていましたが、「プランS」の初期の強硬な印象が強いためか、「プランS」に参加する国や研究助成機関が増えたという話は聞きません。

なお、欧州では「プランS」に参加した諸国を中心にOAが大きく進んでおり、国から生み出された研究成果のグローバルな視認性を向上させる上での「プランS」の効果は証明されています。

船守美穂「プランS改訂―日本への影響と対応」情報の科学と技術, 2019, 69巻8 号, p. 390-396(2019)

ESAC, Country overview, Market Watch (Last accessed 2022.8.26)

■ 米国におけるその後の「即座OA」検討の経緯

米国では、トランプ政権下の2019年12月頃、OSTPが「即座OA」を検討しているという話が噂され、当時、多くの出版社や、学術雑誌を発刊している学会が反対を強く表明しました。その後、2020年2月19日、OSTPから「即座OA」に関するパブコメが求められました。パブコメの期限は2020年3月16日でしたが、パブコメの結果がどのようになったか、何の発表もありませんでした。

2021年1月20日にはバイデン政権が発足し、OAを推進する学術情報流通団体においては「即座OA」への期待が高まりましたが、その後もやはり、動きはありませんでした。

なお、これらを報じる記事に、「即座OA」の火付け役となった「プランS」への言及はありますが、OSTPが「プランS」への参加を検討していることを示唆する材料は見当たらないとしています。

[Science](2019.12.18)
Science groups, senator warn Trump administration not to change publishing rules

[Science](2020.2.21)
White House formally invites public comment on open-access policies

[Federal Register](2020.2.19)
Request for Information: Public Access to Peer-Reviewed Scholarly Publications, Data and Code Resulting From Federally Funded Research

■ 米国の 「即座OA」の実現方法は如何?

そのような中、唐突に、2022年8月25日、今回の米・科学技術政策局(OSTP)からの発表となりました。OSTPが「即座OA」についてパブコメを求めてから実に、2年半近くが経っています。

OSTPの発表には、"Free, Immediate, and Equitable Access" という表現が使われており、これは「プランS」で用いられていた「即座OA(immediate OA)」と重なります。

一方で、「プランS」は、ゴールドOAや、ハイブリッドOAによる二重取り問題を迂回する転換契約、グリーンOA、ダイヤモンドOAなど、「即座OA」を実現する方法を入念に模索し、出版社や学術情報流通コミュニティとのコンサルテーションの下、「即座OA」実現の道を固めてきています。これに対して今回のOSTPの発表では、「研究助成機関の指定するリポジトリによる即座OAの実現」とあるだけです。

「リポジトリを通じた論文のOA」は、一般的にはグリーンOAを指し、研究者は論文を所謂、出版社等の発刊する学術雑誌に論文発表後、リポジトリには、正規の印刷版(VoR)の論文ではなく、自身がワード文書などで作成した「著者最終稿(AAM)」を公開します。しかし、正規の印刷版ではないとはいえ、印刷版と同じ内容の文章が公開されると、出版社に支払われる購読料に影響がある可能性があるため、これまでは論文の公開に12ヶ月のエンバーゴ期間が出版社により課されており、その間はリポジトリに著者最終稿を公開することはできませんでした。

今回は、この12ヶ月のエンバーゴ期間を取り払うとOSTPからの発表に明言されているのですが、出版社をどのように納得させるのでしょうか?

「プランS」では、グリーンOAにおける「即座OA」を、「権利保持戦略(Rights Retention Strategy)」により実現するとしています。具体的には、論文を学術雑誌に投稿する前に、著者最終稿に「CC BY」のクリエイティブコモンズライセンスを付与することを研究者に義務付けることで、著者最終稿の著作権が出版社に譲渡されてしまうことを回避します。このようにして、著作権が著者のもとに保持された著者最終稿を、論文出版と同時にリポジトリに公開することができます。

「権利保持戦略」は、プランSが生み出した強気な奇策で、法的には正しいですが、出版社からは大きな反発があります。このため、出版社は研究者に対して様々な嫌がらせや、嘘の情報を流すことをしています。例えば、「著者最終稿にCC BYライセンスを付与していると論文が投稿できない」といったメッセージが流布されたりしています。プランSは研究者の味方となり、出版社と戦っているようですが、「権利保持戦略」は苦戦しているようです。

米国は、「即座OA」実現にリポジトリを利用するにあたり、「権利保持戦略」を用いるのでしょうか?米国もプランSと共に、出版社と戦うのでしょうか?

船守美穂「プランS改訂版発表後の展開―日本はプランSに何を学ぶか?」NIIテクニカル・レポート, NII-2020-005J(2020)

あるいは、EUでは、ダイヤモンドOA方式で、Horizon Europeなどの助成を得た研究成果を、EUが設置したOpen Research Europeという学術出版プラットフォームに、APCなしでOA出版できますが、米・OSTPのいう「研究助成機関の指定するリポジトリ」とは、そのような方式を指すのでしょうか?

ちなみに、米国において最も早い段階から、助成した研究成果に対してOAを求めているNIHでは、NIH自らがPubMed Central (PMC) というリポジトリを運営しています。これは、グリーンOA方式ですが、これが今後、ダイヤモンドOA方式となるのか、それとも、グリーンOA方式のまま、権利保持戦略を適用して「即座OA」を実現していくのか、他の米国の研究助成機関もこのようなリポジトリや学術出版プラットフォームを自ら運営するようになるのかが、注目されます。

Open Research Europe
PubMed Central (PMC)

■ 米国の研究データ共有に関わる議論の経緯と、OSTPの発表における扱い

ここまで、「論文の即座OA」を中心に議論してきましたが、今回の米・OSTPには「研究データ」に関する具体的な指示があることも特徴的です。

研究データについては、NIHが2003年にすでに「研究データ共有ポリシー(NIH Data Sharing Policy)」を策定しており、これはおそらく、世界的に見ても一番初めの、研究助成機関による研究データ共有ポリシーとなります。しかし、この研究データ共有ポリシーは50万ドル以上の研究助成を申請する研究助成申請書においてのみ、研究データ共有計画の提出を求め、採択された場合に、その履行を求めているだけです。

その後、NIHは2015年頃から、研究データ共有ポリシーの見直しを開始し、2019年には「研究データ管理・共有ポリシー(案)」についてパブコメを求め、2020年10月に新しいポリシーを発表しました。更新されたポリシーは、2023年1月25日に発効予定です。

NIHの新しいポリシーでは、研究助成金額の制限がなくなり、全ての研究助成を対象としています。しかし、「研究データ管理・共有計画」の提出とその履行を求めているのみという意味においては、2003年のポリシーと同様です。NIHが助成する研究は多様なため、一律に同じ研究データの共有方式を求めることはできなかったという解説がポリシーに付されています。

なお、NIHの2003年のポリシーでは「研究データ共有計画」が求められているのに対して、2023年発効予定のポリシーでは「研究データ共有・管理計画」が求められています。「管理」という言葉が新たに加わったわけですが、これは、研究活動中の研究データ管理を求めているわけではなく、メタデータの付与や、機微なデータの取り扱い、制限公開の有無、保存期間年数などの、研究データを共有する際の管理的な側面を指しているようです。

NIH, "Final NIH Policy for Data Management and Sharing," NOT-OD-21-013, released on 2020.10.29, effective 2023.1.25 (Last accessed 2022.8.26)

NIH, "Data Management & Sharing Policy Overview" (Last accessed 2022.8.26)

[mihoチャネル](2019.11.22)
NIH、データ共有規定を強化の方向

NIHの研究データ共有ポリシーの強化と並行して、ホワイトハウスが、研究データのグローバルな共有強化に関連して報告書を2017年に提出したこともあります。この報告書では、研究データをグローバルに共有することが、地球規模の課題解決など、国際的な科学技術協力の発展につながるとしており、研究データへのアクセス拡大について、米国政府のコミットメントを示しています。

この報告書は、トランプ政権に移行する直前のオバマ政権のもとで取りまとめられています。

[mihoチャネル](2017.1.7)
ホワイトハウス、科学データのグローバル共有強化の報告書を発表

このように、米国政府は研究データについても検討を進めていたことがわかりますが、今回のOSTPの発表では、「論文の根拠データの、論文出版と同時の公開」や「それ以外の研究データの公開についての検討」など、これまでにない具体的な表現で、研究助成機関に対して検討を求めていることが新しいと言えます。

この他にも、機微なデータの取り扱いや、研究データの共有を最大化するための方策、研究データ共有のためのリポジトリの検討などが求められているので、ご関心のある方は、OSTPの研究助成機関に向けての通知をご確認ください。

なお、研究データの公開に伴う、キュレーションや研究データ管理に関わるコストについては、研究者が研究助成において申請ができる方向で検討するよう、記されています。

OSTP, "Ensuring Free, Immediate, and Equitable Access to Federally Funded Research," Memorandum for the heads of executive heads and departments, (2022.8.25)

■ 米・OSTPの発表の行方

EUでは、2016年にオープンサイエンス政策が明確に打ち出されてから、1) 研究データ管理の面では制度整備とともにEuropean Open Science Cloud (EOSC) などのインフラに巨額の投資をし、2) 論文のOAという観点では「プランS」を通じて、「論文の即座OA」を強く推進してきました。近年では、これらに加え、3) オープンサイエンスを推進するためには研究者のインセンティブ構造を変える必要があるとの考え方から、研究評価改革も大きく進みつつあります。

米国はこの間、動きを潜めており、論文や研究データのOA推進には関心が薄いように見えていました。また、科学技術や学術において世界をリードする米国が動きを見せないので、他の諸国も様子見をしていた感があります。

今回の米・OSTPの発表は、論文と研究データの「即座OA」に向けた米国の明確な意思表示です。この発表を通じて、米国だけでなく世界の諸国が大きく急展開していくことが予想されます。

日本は、研究データについては内閣府を中心に制度やインフラ整備が着々と進められていますが、「論文の即座OA」については、具体的なアクションにつながる検討はなされていません。
世界の動きが出てきたので、そろそろ重い腰を上げて検討を開始した方が良いのではないでしょうか?「論文の即座OA」は、論文のグローバルな視認性向上に繋がるので、論文の被引用数の拡大と、それに伴う研究評価の向上が期待できます。世界におけるOA論文が少ないうちがチャンスなので、米国の論文がOAとなってしまう前に対応を図ることが望まれます。

船守美穂