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Russian invasion of Ukraine (4): Reactions of Academic Journals

レポート(3)の続きです)

前々回のレポートでは、ウクライナが国際学術雑誌に関連して、ロシアの排除を要望していることに触れました。今回は、こうした要望について、世界の学術界や学術出版社がどのように判断しているのかを紹介したいと思います。

■ 国際学術雑誌に関連したウクライナの要望

世界を味方につけることによって、とりわけ、世界からロシアに対してさまざまな制裁を加えてもらうことにより、国の窮状を切り抜けようとしているウクライナですが、ウクライナ教育科学省は3月5日、以下のように呼びかけました。

仲間の皆さま!(Dear colleagues!)

ウクライナの教育研究コミュニティは、皆様のサポートを必要としています!

ロシア連邦は、陰湿かつ、全くもって許すことのできない軍事攻撃を、我々の国に対して仕掛けてきました! 2022年〔というのに〕、文明世界において利用を禁止されているクラスター爆弾や真空爆弾を積んだ巡航ミサイルが、居住地区や幼稚園、病院などを、ヨーロッパの真ん中で、破壊しているのです! 3月2日時点において、一般人における死傷者は2000人(このうち最低18名は子供達です)にものぼり、これに加え、数千人が負傷しています。ロシア連邦の大統領は世界に対して核の使用をちらつかせており、このような状況は、第三次世界大戦につながりかねません。

ウクライナの軍および市民は、国を最後まで守り抜きます。そして世界はこの侵略者に対し、制裁措置を通じて断固たる拒絶を突きつけています。同時に、我々は、この状況下において、先進世界の科学コミュニティが物を申すべきだと考えます。我々が皆様の支援を今すぐ必要としている理由はここにあります。我々の意見では、2022年、21世紀において、戦車や多連装ロケット砲、ロケット弾に対する最良の解決策は、ハイテクノロジーやイノベーション、科学研究、情報支援へのアクセスの遮断なのではないかと考えます。

このため我々は、大きな要望をもって、皆さまにすがります。皆さまが、ただ聞くだけでなく、ウクライナを守るため、ヨーロッパを守るため、そして全ての民主世界を血塗られた権威主義的武力侵攻から守るために、あらゆる手段を取ってくれると固く信じて、以下の項目を要望します。

  • ・ 学術出版社の提供するあらゆる書誌データベースやその他のサービスについて、ロシア連邦の市民および機関からのアクセスを遮断して下さい。
  • ・ EUおよび、その他の研究助成機関が提供する国際研究助成プログラムに、ロシアの機関に所属する研究者やロシア連邦の学術機関が参加できないようにして下さい。
  • ・ 国際的な学術交流プログラムについて、ロシア連邦の研究者や学生、機関の参加を取りやめさせて下さい。
  • ・ ロシア連邦における国際的な学術イベント開催の試みをボイコットして下さい。(特に、学術面の国際会議やシンポジウムなど)
  • ・ ロシア連邦で出版された学術出版物を、いかなる書誌データベースにも収録しないで下さい。
  • ・ 国際学術雑誌のエディター/共同エディター/査読者に、ロシア連邦の研究者を登用しないで下さい。
  • ・ ロシアの教育研究機関に所属しているロシア人研究者について、科学的遺産(scientific heritage)を出版できないようにして下さい。
  • ・ 科学研究のための設備について、〔継続運転のための〕サービスを取り止めるとともに、設備の新規導入を止めて下さい。

このような断固たる行動が、文明化した人類(civilized mankind)に対する許しがたい軍事侵攻を止める方向で、ロシア連邦における科学コミュニティと先進的な人々を奮い立たせる、と我々は信じています。

皆さまのウクライナ国民との団結が今日得られなければ、明日は存在しないかもしれません!

皆様の支援を信じて、敬具。

ウクライナ教育研究大臣 Serhiy SHKARLET
ウクライナ国立科学アカデミー会長 Anatolii ZAHORODNII
ウクライナの人民代理 Serhii BABAK, Yuliia GRYSHYNA, Balerii KOLIUKH, Volodymyr VORONOV
ウクライナの高等教育機関
  (70の機関名と長の人名続く)

https://www.cara.ngo/wp-content/uploads/2022/03/220305-Appeal-of-Ukrainian-Universities-and-Minister-of-Education.pdf

前々回レポートしたウクライナからの要望は「ウクライナの研究コミュニティ」から発せられていますが、今回は「ウクライナ教育科学省」からです。前文も含め、両者はほぼ同一ですが、1) 前者がロシアとベラルーシを対象としてるのに対して、後者はロシア連邦のみを対象としており、2) 要望の最後の2項目は後者にのみあるという点で異なります。

国際学術雑誌の関連では、1、5〜7項目目が関係しており、主に、1) ロシア連邦からの学術データベースへのアクセスの遮断、2) ロシアの学術出版物の収録拒否、3) ロシア連邦研究者のエディターや査読者への登用取りやめからなっています。

それにしても、悲痛な呼びかけですね。日本の文部科学省が、クラスター爆弾や真空爆弾、巡航ミサイルなどの軍事用語を用いて、しかも、国内ではなく、世界に向かって懇願をするという事態を想定できるでしょうか・・・?! どの国においても、教育省は内政中心で、国の未来につながる人材育成を所管している、というのにです。

■ ロシアからの論文投稿を拒否するか?

ウクライナの、国際学術雑誌に関する要望は、極めて強いものでした。

ウクライナ教育科学省の若手研究者審議会の座長Olesia Vashchuk氏は、「ロシア人研究者は、世界の科学コミュニティに対して、いかなるメッセージを伝達する道徳的権利(moral right)も有しません」と述べています。同氏は、先にあげた要望に加え、エルゼビア社とクラリベイト社に対しては3月1日付けの文書にて、ロシアの学術雑誌を学術データベースから排除することと、学術雑誌のエディトリアルボードからロシア人研究者を排除することを要求しています。

[Nature](2022.3.14)Ukrainian researchers pressure journals to boycott Russian authors

ウクライナからこのように強い要望があるものの、ロシア人研究者からの論文投稿を取りやめた学術雑誌は少ないようです。ネイチャー誌及びサイエンス誌を含む学術雑誌の多くは、エディトリアルなどにおいてロシアの軍事侵攻を非難していますが、同時に、研究者を無差別に孤立化させることに対しては反対の意を表しています。

ネイチャー誌は、3月4日付のエディトリアルにおいて、ロシア人研究者からの論文投稿拒否に関するウクライナの要望が、同国の現状に照らして理解できるとしつつも、そのようにすることが善より害を多く生むと考えられるため、他の多くの学術雑誌と同様、ネイチャー誌もロシア人研究者からの論文投稿を引き続き受け付けるとしています。

ロシア人研究者からの論文投稿を拒否することは「世界の研究コミュニティを分断させ、学術知識の交換を制限する」としています。「いずれも、人類および惑星の健康及びウェルビーイングにダメージを与える可能性がある。これらを含む、その他多くの危機に対応するために、人類は知を創出し続けなければいけない。国境を超えて自由に学術コミュニケーションを交わせられることは、科学と国際関係の基盤であり、過去における世界の最悪の事態においても継続された」としています。

[Nature](2022.3.4)Russia's brutal attack on Ukraine is wrong and must stop

多くの国際学術雑誌は、国際学術会議(International Science Council, ISC)などが掲げる学術出版の伝統に言及し、これに基づいて、ロシア人研究者からの論文投稿をボイコットしないとの判断をしています。

学術出版の伝統とは、「いかなる研究者も、その国籍やその政治的信条で差別しない」というものです。この理想は、冷戦期にも守られ、学術雑誌のエディターたちは当時、ソ連の研究者からの論文も受け入れていました。このような慣行により、自由な学術追求が守られ、地政学的紛争を超えられるとエディターたちは考えています。

学術出版の拒否は過去に例がほとんどありません。よく知られているのは、第一次世界大戦においてドイツ人研究者に対して行われた論文投稿の拒否ですが、これは失敗とみなされ、数年で取りやめられました。

[Science](2022.3.10)Few journals heed calls to boycott Russian papers

エルゼビア社は、ネイチャー誌の取材に答えて、同社が出版する学術雑誌において、ロシア人研究者からの論文投稿を拒否すると決めた雑誌についての統計は存在しないが、「極めて少ないと思われる」としています。また、同社は、この件について出版社としてのポリシーを定め、それを同社の学術雑誌に対して要求するということはしないとしています。「学術雑誌のエディターに強い思いがあるのであれば、出版社としての要望を押し着せることはしません」。

[Nature](2022.3.14)Ukrainian researchers pressure journals to boycott Russian authors

なお、各国際学術雑誌が言及する国際学術会議(ISC)の学術の理念とは、以下のものです。

【学術の自由と責任の原則】

自由かつ責任ある学術の実践は、学術の発展と、人類および環境のウェルビーイングの基盤をなす。このような実践はあらゆる観点から、運動や団体、表現の自由、そして、科学者のコミュニケーションや、それと同等のデータや情報、その他の研究素材へのアクセスを必要とする。〔学術の実践は〕さらに、学術の利益と害悪の可能性を踏まえ、学術研究をあらゆるレベルにおいて誠実性、敬意、平等の精神、信頼性と透明性をもって実践し、伝達する責任を伴う。

自由かつ責任ある学術実践を推進する上で、国際学術会議は、学術及びその便益へのアクセスに対する平等な機会を促進し、次の項目などに基づく差別に反対する。民族(ethnic origin)、宗教、国籍(citizenship)、言語、政治的あるいはその他の信条、性別、ジェンダー・アイデンティティー、性的指向、障害、年齢など。

(出典)International Science Council, "Freedoms and Responsibilities in Science" website

■ ロシア人研究者からの論文投稿を拒否する雑誌

このような中、エルゼビア社から出版されている "Journal of Molecular Structure" は、ロシア人研究者からの論文投稿を拒否する決定をしました。(他に例が知られていないようで、各メディアとも、この雑誌の事例しか紹介していません)。

同誌の判断は、ロシア人研究者を著者に含む論文を査読したロシア人査読者が、同誌のエディトリアルからこのような判断の連絡を受けたということを自身のFacebookに投稿したことにより、世の中に知られることになりました。このFacebookの投稿には、514のリアクション、166のコメント、444のシェアがついています。

Facebookへの投稿は、「以下のような連絡を雑誌のエディトリアルから受けた。ロシア語のGoogle翻訳も合わせてシェアします」程度の中立的なものですが、これに対してなされたコメントのほとんどはロシア語で、雑誌のこの決定に対して賛否両論さまざまの模様です(Facebook上の自動翻訳があまり良くなく、賛否両論さまざまに見えるのですが、正確にはよく分かりません)。リアクションでは、「いいね!」が半数以上、「悲しいね」が1/4程度、「ひどいね」が1割程度です(なぜか、それぞれの反応を足しても、総和の514件になりませんが・・・)。

Vadim Bataev, Facebook 投稿(2022.2.28)

同誌のエディターRui Fausto氏は、Retraction Watchへの取材に答えて、この判断がロシア人研究者一般を対象とするのではなく、「ロシアの大学や研究機関に所属するロシア人研究者を対象」としていることを繰り返し強調しています。また、この判断が「一時的」なもので、ウクライナの避難民が、自分の家や仕事、家族のもとに戻れるまでの期間の間のみ有効であることも強調しています。

これに加え、学術や学術雑誌が人種や国籍などで差別するべきではないという大原則は十分に理解しているとした上で、それでも、今回の事態はそのような原則を凌駕するほど特別な事態であるとしています。「100万人近くの女性や子どもが自分の家が破壊され、命の危険にさらされ、母国を諦めざるを得なくなっているのです」。「一つの国が、核戦争による破壊の可能性で世界を脅すという事態は、人類史上初めてのことなのです」。「このような特別な事態は、特別の判断を必要とします」と述べています。

[Retraction Watch](2022.3.4)
Journal editor explains ban on manuscripts from Russian institutions

■ 悩める雑誌編集者たち ― ロシアは限界を超えたか?

学術が人種や国籍、個人の信条やその他の属性で差別をしない、それこそが「学術の普遍性」に繋がる、というのは正論です。しかし、Journal of Molecular StructureのエディターRui Fausto氏が指摘するように、今まさに、これまでなかったような異例の事態が起きているのです。

2004年までBMJ誌の編集長であったRichard Smith氏は、BMJ誌に「西側の学術機関と研究者は、ロシアなどをボイコットすべきか?」というオピニオンペーパーを寄稿しています。

これによると、ほぼ20年近く前の2003年に、パレスチナ人に対するイスラエル政府の対応に抗議して、イスラエルの大学や学術機関を国際的な学術活動から排除しようとするという署名運動が沸き起こり、実際に、イスラエルの研究者からの論文投稿が拒否されるという事例が当時、あったそうです。

BMJ誌は、学術界の一部から沸き起こったこのような動きを遺憾に感じています。当時、The Guardian紙に投書した4名の著名研究者の言葉「学術の無差別の原則を曲げなければいけないほどの究極の事態が想定されないわけではないが、これを正当化できるラインは極めて高い」に言及し、このような限界を超えたのはドイツのナチズムぐらいで、イスラエルはそれほどのことはしていないと指摘しています。しかし、「ロシアがウクライナに対して行なっている恐怖の仕打ちは、その限界を超えたのではないか? 皆、そう思っている」と加えています。

このような見方に対しては、ロシアのウクライナに対する仕打ちを遺憾に思う一部のロシア人研究者に対してだけでも門戸を開いておくことは、この凄惨な戦争を解決する糸口を見つける可能性に繋がるかもしれないという反論がありえる。また、学術が歪められないためにも、「学術の普遍性」は保たれるべきとは思うものの、「学術が完全に政治的中立性を保てるとは信じていない」と言葉をつないでいます。

国際的なサッカー選手Jonas Baer-Hoffman氏の言葉「我々が何かを非政治化できると信じることは、ほぼ神話のようなものである」に言及し、「健康、医療、スポーツ、学術を含め、すべては政治的である―我々がどんなに、そうであってほしくないと思っても。中立的に振る舞うことは既に政治的な行為なのである」と鋭く指摘しています。

だからといって、ロシアの学術機関や研究者を排除すべきではない。おそらく、最良の「政治的な」対応は、コンタクトを続けることであろうとしています。

しかし、フィナンシャルタイムズ紙が今回の戦争を「新しいハイブリッド型の戦争」と表現しているように、世界が経済とソフトパワーの圧力でロシアの方向性を変えようとしているのであれば、「学術機関や学術雑誌もソフトパワーの一部として、財界や企業、スポーツ、文化、メディアなどと同様に、ロシアの学術機関やロシア人研究者と縁を切るべきではないのか? 従来型の戦争において、研究者が原子力爆弾を開発するのに協力したように」と論考しています。

最後に、「このジレンマは、BMJ誌がロシアの学術機関、そしてロシア人研究者さえも排除するか否かの判断の中核に位置する。自分がすでにBMJ誌のエディターではなく、この判断をしなくて良いことに安堵している」と結んでいます。

Richard Smith, "Should Western science institutions and scientists boycott their Russian equivalents?," the BMJ(2022.3.8)

別の論考において哲学者のJustin Weinberg氏は、ロシア人研究者ボイコットの是非をいくつかの観点から吟味した上で、次に紹介するJeffrey Brainard氏の指摘を踏まえ、「ロシア人研究者を排除することによって目的を果たすことができるのであれば、つまり、ロシアの武力行使を止められるということの期待値が十分に高いことを示せるのであれば良いが、それはほぼ期待できないのではないか」と結論付けています。

サイエンス誌の記者Jeffrey Brainard氏は、「多くの学術雑誌が、ロシア人研究者ボイコットの判断をしたとしても、その影響は小さい。ロシア人研究者からの論文投稿は2018年に82000件で、世界の論文生産量の3%のみに該当し、15の大国の中で下から2位であった。ロシアの論文に対する注目度も低い。国際科学技術医学出版社協会(STM協会)の報告によると、2019年、ロシアの論文の引用率は、10の大国のうち最下位であった。

プリンストン大学の歴史学者で、ロシアの学術について研究をするMichael Gordin氏は、「ロシア人研究者の多くはロシア語の学術雑誌に論文を発表する。被引用回数が低いのは、ロシアとの国際共同研究が少ないためである。そして、その一因は、アメリカのロシアに対するビザの発給制限にある」と指摘しています。

Justin Weinberg, "Should there be an academic boycott of Russia, and if so, who or what would be boycotted?," Daily Nous(2022.3.16)

このように、多くの学術雑誌編集者がロシア人研究者ボイコットの可能性について悩み、実際に、その可能性の検討もしているようです。

STM協会のCEOのCaroline Sutton氏は、「一部の学術雑誌は内部的に検討を始めています。しかし、STM協会として会員の出版社を方向付けるつもりはありません。誰もがこの判断の重さを実感しています」とサイエンス誌の取材に答えています。Journal of Molecular StructureのエディターRui Fausto氏は、Retraction Watchへの取材において、同誌の判断の後、複数の学術雑誌の編集者から問い合わせを受けたと語っています。

[Science](2022.3.10)Few journals heed calls to boycott Russian papers

一方、Justin Weinberg氏の論考の記事には、南アの研究者から次のようなコメントが寄せられています。

「アパルトヘイトを止めるために、文化的学術的ボイコットを含む制裁行為を行なっていた欧米の研究者たちが、ロシアの学術界をボイコットすることもついて、大いなる不正義、あるいはロシア恐怖症を感じているのは奇妙である。80年代において、南アの白人研究者を排除することは許しがたく、偏屈な行為であっただろうか? それとも、当時の南アと、現代のロシアでは、何かが構造的に違うのであろうか?

ひとつ特筆すべきは、当時、アパルトヘイトに反対していた南アの研究者たちが、このボイコットに賛同していたということである―それが、自身の不利益につながっていたとしても」。

■ ロシアへの学術データベースの提供を取りやめるか?

ウクライナは、ロシア人研究者からの論文投稿ボイコットを要望するほか、ロシアからの学術データベースへのアクセス遮断を要望しています。実際、学術データベースへのアクセス遮断に関する要望は、いの一番に挙げられるほど強いものです。一方、ロシア人研究者が論文投稿を受け付けるか否かの判断をするのはアカデミアですが、ロシアへの学術データベースへの提供の可否を判断するのは学術出版社で、ここにはビジネスがかかっています。

MR. LIBRARIAN」というブログサイトを建てているウクライナ人の図書館員は、2月24日のロシアのウクライナ侵攻以来、これに関するブログを投稿しています。3月23日の投稿では、「ロシアは、外国の研究助成機関や学会、研究者を欺くことができなかったようだが、学術出版社やその他のコンテンツプロバイダたちは『喜んで欺かれる』というプーチンの原則に従っているようだ」と揶揄しています。

【ウクライナ人図書館員のブログサイト「MR. LIBRARIAN」】

2月26日 図書館員よ、ロシアの侵攻を阻止する支援をしてください!
3月 1日 ウクライナにおける戦争終結に向けた、出版社と学術コンテンツプロバイダへのお願い
3月 9日 ウクライナにおける戦争に対する出版社やその他の学術プロバイダの反応
3月10日 ウクライナの文化遺産を守るためにボランティア来る
3月22日 Research4Lifeを通じてフルテキストへのアクセス、ウクライナに戻る
3月23日 悩める学術出版社たち―次に何するべきか?
4月 1日 学術出版社たち、ロシアのウクライナ侵攻を非難する
4月 4日 ウクライナ研究者に対する外国からの支援

ПАН БІБЛІОТЕКАР(MR. LIBRARIAN)」ブログサイト
(2022/4/22現在の、2022/2/24以降のブログ見出し)

国際企業の戦略経営やCSRを研究する英・オープン大学のGeorge Frynas教授は、ロシアのウクライナ侵攻以降の大手学術出版社の動きを綿密に分析し、大手学術出版社が基本的に、1) ロシアのウクライナ侵攻に対する声明発表、2) 人道支援団体への寄付、3) ウクライナ人研究者に対する学術コンテンツの無償提供をしつつも、ロシアにおけるビジネス縮小はしていないことを表にまとめています。

表には、ワイリー社、エルゼビア社、シュプリンガーネイチャー社、トムソンロイター社、クルーバー社が掲載されており、クルーバー社以外はロシアにおけるビジネスを縮小していません。トムソンロイター社に至っては、ロシア非難の声明発表やウクライナへの支援提供すらしていません。(結構インパクトある表なので、ぜひ、以下のリンクからご自身でご確認ください)

加えて、Frynas教授は、これら大手学術出版社のロシアにおける収益は分からないとしつつも、これら5社が2020年の出版社ランキングGlobal50のトップ10に食い込んでおり、これら5社だけで全体の収益の55%を占めること。最上位のエルゼビア社は2021年に100億ドル近くの収益があり、一番小さいワイリー社であっても10億ドル近くの収益があること。各社とも、財務諸表などにおいて、ロシアを重要な取引先として挙げていることなどを示し、これらの学術出版社がロシアから大きな収益を得ていたに違いないことを示しています。

その上で、これらの学術出版社がロシアから撤退すべき理由として以下の3つを挙げています。

  1. 企業がロシア政府に支払う法人税は一般に、戦争の継続拡大に利用されるため。
  2. 大学や学術機関が、プーチン政権の正当性の後ろ盾となっているため。大学や学術機関に対する学術情報提供をなくせば、大学等の力を弱めることができる。
  3. 学術情報は、ロシアの軍や情報機関に利用される可能性があるため。EUや米国が、ロシアからの技術製品の輸入を止めるといった技術的な制裁を行ったのと同様、ロシアのユーザーに対しても学術情報へのアクセスを遮断するべきである。

George Frynas, "Academic publishers continue 'business as usual' in Russia," Euromaidan Press(2022.3.24)

■ ロシアにおける学術出版社の動き

前述のように、大手学術出版社は3月下旬に至るまで、ロシアからビジネスを撤退させようとしませんでした。このような態度は、金の亡者のように周りから見られていました。

唯一、Web of Scienceを提供するクラリベイト社は3月11日時点ですでに、ロシアからの撤退を発表しています。ロシアにおけるオフィスを閉鎖し、ロシアにおける商業活動も順次、取りやめるとしています。また、この発表の1週間前からすでに、ロシアおよびベラルーシからの新規の学術雑誌について、Web of Scienceに収録することを取りやめてることを同社プレスリリースにて明らかにしています。

ウクライナの研究者たちは、このような動きを歓迎しています。「ロシアの研究者や学術雑誌をScopusやWeb of Scienceからしめ出すことによって、エルゼビア社やクラリベイト社は戦争の終結に貢献することができます」とウクライナ国立生命環境科学大学で高等教育政策を研究するMyroslava Hladchenko氏は述べます。

[Clarivateプレスリリース](2022.3.11)Clarivate to Cease all Commercial Activity in Russia

[Nature](2022.3.14)Ukrainian researchers pressure journals to boycott Russian authors

なお、クラリベイト社はロシアにおけるビジネス取りやめに加え、ウクライナの学術界に対して支援のためのパッケージを提供しています。Web of Scienceへのアクセスや、ウクライナの書籍へのアクセス、ウクライナの学術機関のための図書館相互利用サービス(RapidILL)、ウクライナの危機と学術界への影響に関するニュースサイトなどが提供されているようです。

クラリベイト社のウクライナのためのリソースセンターサイト
Clarivate, "#StandWithUkraine: Resource center for displaced researchers"

[Research Professional News](2022.3.28)
Clarivate launches support package for Ukrainian academia

周囲からの非難に押されるかのように、15の学術出版社は3月31日、ロシアにおけるビジネスを取りやめる旨の声明を発表しました。署名をした学術出版社の中には、エルゼビア社やシュプリンガーネイチャー社などの大手商業出版社の名前が見られます。しかし、ワイリー社やテイラーフランシス社、オックスフォード大学出版会などの名前は見られません。

先に紹介した、MR. LIBRARIANのブログサイトを運営するウクライナ人図書館員は、この点を4月1日付けのブログで指摘し、引き続き学術出版社に圧力をかけ続けなければいけないとしています。しかし、「学術出版社がどんなにお金を愛しているか、我々は皆、知っている。それにも関わらず、彼らはクレムリンの血塗られたお金に怯えだしたようだ」とも喜んでいます。

【学術出版社の共同声明】

学術出版社、ロシアのウクライナ侵攻を非難する

我々、この声明を共同で署名した学術出版社は、ウクライナにおける戦争を非難し、無分別な人の命の殺戮を止めることを要求します。我々は、この人道上の危機にショックを受け、悲しみに包まれています。

このため我々は、ロシアおよびベラルーシの学術機関に対して製品やサービスの販売およびマーケティングを取りやめるという、異例の決断をしました。我々は、この武力侵略を止め、平和を再構築するために行動する、世界の機関に合流することとしました。

個々の機関としては、影響を受けた同僚や契約相手を支援する方向で動きます。また、ウクライナ人も含め、危険にさらされている者への安全やサポートにつながる、より広い意味での支援に貢献します。

我々はグローバルコミュニティの一員として、科学および学術の理想を追求し続けます。我々の決断は、ロシア人研究者ではなく、ロシアおよびベラルーシの学術機関に向けられたものです。このため我々は、これらの国々の研究者に対して、学術文献の提供と論文出版サービスを提供し続けます。これは、出版規範委員会(Committee on Publication Ethics, COPE)の定める「エディトリアルの判断は、論文著者の国籍、民族、政治的信条、人種、宗教を含む、論文の源の影響を受けてはいけない」に従うものです。

状況は急速に変化しているため、我々は、我々の判断を随時評価し、見直し続けます。

ACS Publications
Apple Academic Press
Brill
Cambridge University Press & Assessment
De Gruyter
Elsevier
Emerald Publishing
Future Science Group
IOP Publishing
Karger Publishers
Springer Nature
The Geological Society
The Institution of Engineering and Technology
Thieme Group
Wolters Kluwer

Multi-Publisher Statement, "Publishers condemn invasion of Ukraine by Russia"(2022.3.31)

シュプリンガーネイチャー社の渉外担当副社長のSusie Winter氏は、Research Professional Newsの取材に答えて、この判断が、ロシアの機関に対する同社の学術コンテンツやその他の製品、サービスに関わる「新規の契約」に関わるものであり、既存の契約は継続されるとしています。

「多くの紛争の歴史を通じて、出版社は、世界の研究者が世界のアイデアから孤立しないように、信頼できるコンテンツにアクセスがあり、研究プロジェクトにおいて共同研究できるように配慮してきました。

これは、制裁を受けている地域の研究者や、世界のコミュニティと交流できればプラスの貢献ができる可能性のある研究者を含みます。すでに7000人以上のロシア人研究者が平和に向けての署名運動しています。おそらく自身の生命を危機にさらしながら」。

[Research Professional News](2022.4.1)
Publishers stop selling services to Russia and Belarus over invasion

この学術出版社の共同声明は、「うーん、何とも・・・!」という感じですね。既存の契約を解除しないのであれば、学術出版社がロシアから得る収益は変わらないでしょうし、ロシアに対しての制裁にもならないでしょうし、この声明は単なるポーズのように見受けられます。

また、クラリベイト社は先陣を切ってロシアからの撤退を決断したので、極めて企業イメージが良く感じられますが、実際には、新規の契約を行わないとしただけなので、この学術出版社の共同声明と何ら変わるところはありません。

学術出版社は結局のところ、金の亡者ということでしょうか。

■ ロシアの大学を世界大学ランキングから排除するか?

冒頭に紹介したウクライナ教育科学省からの要望には挙がっていませんが、ウクライナはロシアの大学を世界大学ランキングから排除することも別途求めています。

ウクライナ教育科学省は3月4日、世界大学ランキングを運営する5社に対して書簡を送り、以下の3点を要望しています。

ロシアの大学を世界大学ランキングから排除することは、ロシアの大学の権威剥奪につながります。ロシアは実際、世界大学ランキングをとても気にかけており、プーチン大統領は2013年、「5-100プロジェクト」と称して、2020年までにロシアの大学5つを世界大学ランキング100位以内に入れることを目標としています。この目標は残念ながら達成されていませんが、ロシアはこの世界大学ランキングに関わる目標も含め、ロシア人研究者が世界のトップジャーナルに論文掲載することに対しても目標を設定し、報奨金を提供しています。

[Science Business](2022.3.10)
Ukraine demands journal publishers and university rankings agencies stop working with Russia

各世界大学ランキングとしては、判断に苦慮するところですが、THE世界大学ランキングは、ウェブサイトにおけるロシアの大学についての詳細情報の提供を取り下げるとしつつも、世界大学ランキングについてはこれまでと同様の計算方法で、ロシアの大学も含めて、ランキングを制作するとしています。

「我々のランキングはデータに基づいており、良くも悪くも、世界に対する客観的な見方を提供します。ロシア政府の行動は、ランキング上、ロシアの大学についてはマイナスに影響すると考えられます。このため我々は、ランキングを設計通りに計算して提供し、〈ロシア政府の〉判断の影響を世界にお見せします。〈政府の〉行動には影響があることを示すことが適切であると我々は考えます」とTHE最高経営責任者のPaul Howarth氏は述べています。

THE, "Ukraine crisis: a message from THE's chief executive"(2022.3.4)

一方、QS世界大学ランキングは当初、ロシア及びベラルーシの大学をランキングから外すとしていました。しかし、その判断を改めたようです。同社のプレスリリースには、学生などに対してロシアの大学を留学先として勧めないなどとありますが、世界大学ランキングの扱いについては言及がありません。その代わりに脚注に小さく、以下のようにあります。

QS世界大学ランキングにおけるロシアおよびベラルーシの大学の扱いについて

ウクライナの危機への対応として、我々QS社は当初、ロシアやベラルーシの大学をランキングに含めない予定でした。しかし、具体的な検討を進めるにつれ、これが引き起こす問題に直面しました。該当する大学に留学中の、あるいは過去に留学したことのある学生たちは、将来のキャリアを形成していくうえで、卒業した大学の権威付けを我々のランキングに頼っているのです。我々の使命は、人々に自身のポテンシャルを最大化できるように支援することにあり、〈ロシア等の大学に関する〉我々の当初の判断は、この使命に反していました。我々は引き続き、ロシアおよびベラルーシの大学やその成果、留学先としてのこれらの大学をお勧めしない所存です。

QS, "QS' response to the invasion of Ukraine-Message from our CEO and Founder, Nunzio Quacquarelli"(2022.3.4)

■ ロシア政府、国際学術雑誌への論文掲載の要求を取り下げる

国際的な学術界における締め付けが効いてきたからでしょうか? 露・タス通信は3月7日、ロシア政府が、ロシアの研究助成に基づくプロジェクトやプログラムなどを実施する際に課している、外国の学術雑誌への論文発表の要求を取りやめると報道しました。

「政府は、国の研究助成プロジェクトやプログラムに参加する際の、Web of ScienceまたはScopusに収録されている外国の学術雑誌への論文発表の要求を取りやめる予定である」とDmitry Chernyshenko副首相は会見にて述べました。同時に、副首相は、ロシアの教育科学省に対して、独自の研究評価システムを迅速に導入するよう指示しました。

[TASS](2022.3.7)
The government intends to cancel the requirements for scientists to publish in foreign publications

加えて、Times Higher Education紙は3月22日、ロシアの科学・高等教育省がロシアの研究者が国際会議に参加することを禁止したと報道しました。また、ロシアの研究者の論文を国際的な学術データベースに収録する要求も取りやめたと併せて発表しました。ただし、国際的な学術雑誌に論文を発表することを禁止することはないそうです。

この決定に伴い、科学・高等教育大臣のValery Falkov氏は、ロシアの大学の学長等に対して再考を命じました。「現段階においては、我々の仕事を再考し、ロシアの研究発表に対してサポートを提供することが必要です。また、書誌情報学的な研究成果の評価の比重を縮小しなければなりません」。

「Web of ScienceまたはScopusへの論文掲載を禁じるものではありません。我々は世界の学術のフロンティアにい続けなければいけません」と同氏は加えました。

世界の学術フロンティアにい続けることと、Web of ScienceまたはScopusへの論文掲載を要求しないことは相反する目標ですが、この矛盾について同氏は触れませんでした。

ロシア人研究者たちはTimes Higher Education紙の取材に答えて、「ナンセンスだ」「引き続き国際共同研究を続ける方法を見つける」「政治は学術に介入するべきではない。多くの国際学術雑誌のエディターたちが、ロシア人研究者ボイコットの判断をしていなくて本当に嬉しい」などと回答しています。これに加えて以下のような意見もありました。

「ロシアでは既に多くのものが禁じられています。このため、今回の措置も真面目に受け取れません。ロシア国民は、このような馬鹿げた規則を回避することに慣れきっています」。

[Times Higher Education](2022.3.22)
Russia bars academics from international conferences

(所感)

ロシア人研究者を学術雑誌から排除すべきかについては、日本においても多くの学術雑誌編集者担当の先生方が悩れているのではないでしょうか?

サイエンス誌の記者Jeffrey Brainard氏が客観的データで示したように、学術雑誌がロシア人研究者ボイコットの判断をしたとしても、ロシア政府への影響は小さいように思えます。また、学術においては国籍等で差別をすべきではなく、かつ、ロシア人研究者に国際的な窓を開けておくことで戦争終結への期待も、僅かかもしれませんが、残ります。また、学術の非差別の原則から、よほどのことがない限り、特定の国の研究者を強制的に排除すべきではないと考えられます。

しかし、今回のロシア政府の目に余る行動は「一線を越えた」と言えるようにも思います。そして、BMJ誌の元編集長Richard Smith氏が指摘するように、学術といえども、「完全に政治的に中立」ということはあり得ないのです。

一方、こうした雑誌編集者たちの悩みを尻目になされた、学術出版社のロシア撤退の発表には呆れます。3月末日になってようやく発表された共同声明ですが、発表以降、ロシアの学術機関との「新規の契約」をしないというだけですから、ロシアへの打撃もそれほどなく、かつ、出版社の収益を守られ続けます。国際学術会議や出版規範委員会(COPE)の、「学術においては国籍等で差別はしない」という原則を、都合のよい言い訳として利用(悪用?)しているように見えます。

なお、Science Business紙によると、イランにおける深刻な人権侵害や核開発問題に対する国際的な制裁措置により、学術出版社はイランの大学から収益を得てはいけないそうです。しかし、イラン人研究者の論文を出版することは、それが例えば核兵器開発に利用されないことを確認した上であれば、可能だそうです。

もし、ロシアについても同様の制裁措置により、学術出版社がロシアの大学から収益を上げることが許されず、しかし一方で、学術出版社がCOPEの原則に従い、ロシア人研究者に引き継ぎ学術雑誌を閲覧・利用させたいとするのであれば、「ロシアはタダで学術雑誌を購読でき、論文の出版もできるという、ふざけた事態になりかねません。それは本当に倫理的に正しいことなのでしょうか?」とSTM協会CEOのCaroline Sutton氏はScience Business紙の取材に答えて指摘しています。

学術出版社業界がこの事態を「ふざけている」と感じるのであれば、ロシアは一線を越えたとして、学術出版社はCOPEの原則から逸脱すれば良いだけです。収益を維持したいという自分たちの都合でCOPEを振りかざしておいて、そのようにするとロシアに無償でサービスを提供することになるといった泣き言は、言って欲しくないものです。

[Science Business](2022.3.10)
Ukraine demands journal publishers and university rankings agencies stop working with Russia

それにしても、特定の国の研究者を世界の学術活動から締め出すということは、前代未聞の判断のように思えるものの、関連の記事を丁寧に読んでいくと、過去に意外と例があるのですね。第一次世界大戦下のドイツ、アパルトヘイト時の南ア、パレスチナ人に対するイスラエル、そして、人権侵害や核開発を行うイランなど。いずれもあまり知られてないところを見ると、制裁行為としての効果はそれほどないということなのでしょうけれど、相手を非難しているという意思表明という観点で意味があると捉えるべきように感じます。

次回は、それほど情報があるわけではないのですが、数本の目新しい観点の記事を発見したので、ロシア寄りの国々における高等教育・学術の動きをレポートします。

(レポート(5)へ続く)

船守美穂