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NIH to strengthen data sharing policy

NIHの助成を受けた研究者全員に対して、助成を通じて生成された研究データの共有を要求する、研究データ共有規定(案)がNIHから11月頭に発表されました。
これまでは、直接経費で50万ドル以上の研究助成を得た研究者のみが対象とされていましたが、この案では助成を受けた研究者全員が対象となります。研究者は、プライバシー保護のステップに関する記述も含む、詳細な研究データ共有計画を提出しなければいけません。

バイオメディカルの研究コミュニティにとって、この、2003年に設けられた規定の改定の話題は、耳新しいことではありません。NIHは過去3年間、このアイディアについてインプットを求めてきました。「本件が研究コミュニティの懸案事項となることは知っていたので、じっくり時間をかけて意識共有と規定草稿に取り組んできました」と、NIHのサイエンスポリシーのCarrie Wolinetz副ディレクターは述べました。

NIHは2020年1月10日までパブコメを求め、来年中に規定を取りまとめる予定です。

以下は、Wolinetz氏とのインタビューです。

  • Q. NIHとその傘下の27機関は、たとえばゲノムデータや薬品の臨床試験結果など、すでに多くの研究データ共有規定を有しています。Cancer Moonshotなどの助成プログラムは、研究データの共有を求めています。学術雑誌にも多くの場合、同様の規定が既にあります。なぜ新たなNIH横断的規定が必要だったのでしょう?
  • A. 多くの研究者は未だに研究データを共有していません。ゲノム研究者は研究データの共有の伝統がある一方で、伝染病学の分野では研究データの共有についてより防御的な文化があります。基礎研究においても、研究領域によって共有の考え方は異なります。
  • Q. 2003年の規定と新しい案はどのように違うのでしょう?
  • A. 研究データをどのように管理し共有するのかについて、より詳細に問われることになります。また、大型プログラムのみではなく、助成を得た研究プロジェクト全てが対象となります。
  • Q. 規定(案)は、研究データ共有のタイムフレームを設けていません。「可及的に速やかに(as soon as practicable)」としか書かれていません。なぜ共有の時限を設けなかったのでしょうか?
  • A. 分野によって、スタンダードが異なるためです。単一の基準で全ての分野を縛ることは困難なため、我々は非常に大きな自由裁量の余地を与えています。しかし、〈研究者が研究助成に際して行う研究データ共有の〉提案が、当該分野の一般的な基準と外れている場合は、問題視されることになります。
  • Q. 誰がどのようなタイミングで研究データ共有計画を確認するのでしょう?また、研究者が規定に準拠していない場合、どうするのでしょう?
  • A. 研究データ共有計画は研究助成審査の一部とはなりません。助成予定のプロジェクトについて、プログラムスタッフが研究データ管理計画を確認し、その後にその履行を研究者に求める(hold you accountable)ことになります。研究者が、計画に反して、研究データを共有しなかった場合、次の助成に響く可能性があります。
    研究データを共有しないことで、研究助成を取り上げることも理論的には可能ですが、NIHはこのような場合、研究機関と研究者との対話による事態の解決を探ります。
  • Q. NIHはこれまでFigshareやSTRIDES cloud initiativeなどのデータリポジトリに助成をしてきました。最終的には、NIHが支援するリポジトリに研究データが置かれることになるのでしょうか?
  • A. 未確定です。データを如何に持続的に長期保存するかは課題で、指摘のイニシアティブはその方法を探るために行っています。

[Science] (2019.11.11)
Why NIH is beefing up its data sharing rules after 16 years

[NIH] (2019.11) 提案バージョン
Draft NIH Policy for Data Management and Sharing and Supplemental Draft Guidance

[NIH] (2003.2.26) 現在バージョン
FINAL NIH STATEMENT ON SHARING RESEARCH DATA

NIHが2003年に施行した"Data Sharing Policy"は、私の知る限り、研究データの共有に関して、研究助成機関が規定した最初のポリシーです。バイオメディカル系のデータは、人間の健康と医療に直結するため、年間50万ドル以上の研究プロジェクトで大規模な実験等が行われた場合は、他の研究主体にも研究データを利用可能とした方が、社会的便益が大きいと判断されました。2003年の規定には、以下のようにあります。

We believe that data sharing is essential for expedited translation of research results into knowledge, products, and procedures to improve human health. The NIH endorses the sharing of final research data to serve these and other important scientific goals.

一方、今回提案されているバージョンは、"Data Sharing Policy"ではなく、"NIH Policy for Data Management and Sharing"とあり、データの共有だけでなく管理も包含していることに特徴があります。実際、この規定の目的においても、単にデータ共有による社会的便益について触れるのではなく、研究者が研究データを通じて自身の研究の発見や解析を強化できること、適切な研究データ管理を通じて、効果的なデータ共有だけでなく、研究の再現性と信頼性の向上が期待されることが挙げられています。

Data sharing enables researchers to rigorously test the validity of research findings, strengthen analyses through combined datasets, reuse hard-to generate data, and explore new frontiers of discovery. In addition, NIH emphasizes the importance of good data management practices, which provide the foundation for effective data sharing and improve the reproducibility and reliability of research findings.

研究の再現性や信頼性向上のために研究データを適切に管理するという視点は、研究データの取扱いおよびオープンサイエンスにおける、近年の新しい流れと言えます。Nature誌が2016年に研究者1500名を対象に行ったアンケート調査で、9割が「研究再現性の危機がある」と回答し、他人の研究を再現できなかったと回答する人が、分野にも依りますが、6〜9割、自分の研究を再現できなかったと回答する人が4〜6割いました。また臨床試験についてはより以前から再現性の問題が指摘され、臨床試験に用いたデータの登録が可能なサイトClinicalTrials.govが米国では1997年に設置されています。
[Nature] (2016.7.26) 1,500 scientists lift the lid on reproducibility
リチャード・ハリス著「生命科学クライシス―新薬開発の危ない現場」白揚社 (2019.3.7)

今回提案されている規定は、研究者に研究データ管理・共有計画の提出を求めるだけでなく、その履行に強制力を求めていることも特徴です。
「VII. Compliance and Enforcement」という条項があり、(1) 研究プロジェクト実施期間中の定期評価において確認がなされることと、(2) 研究プロジェクト終了後に計画に反していることがNIHにより確認された場合は、将来的な研究助成に響く可能性が触れられています。この条項は2003年規定にはありませんでした。

一方、この記事のQ&Aにもあるように、研究データを共有するタイムフレームは設けてありません。また、もともとバイオメディカル系の研究分野では、人に関わる機微なデータも多く、これらについては慎重な管理が求められ、規定においてもこの点については、一段落を割いて丁寧に記述していることから、今回提案された規定により、研究データの共有が大きく進むかどうかは、微妙なような気もします。研究者や研究室における適切なデータ管理の促進が提案の主眼のように思われます。

他方、NIHは「EU一般データ保護規則(GDPR)」により、米国研究者による欧州研究機関の保有するゲノムデータの利用が阻害され、これまで行っていた研究の中断を余儀なくされていることから、今週、ブラッセルにて、NIH、アカデミア、産業界、患者のアドボカシー団体、EU、データ保護の権威の代表で集まり、国際共同研究におけるGDPRの課題について議論しています。
(なお以下の記事によると、この問題は米国とカナダが特に該当する問題で、アルゼンチン、日本、ニュージーランド、スイス他は、適切なデータ保護を提供しているため、問題とならないようです)。
[Science] (2019.11.22) Researchers sound alarm on European data law

研究データを適切に管理し、科学を進展させる方向が全般に模索されているように思われます。いずれにしても、本提案はまだ確定していないので、これからの議論の推移に注視する必要があります。

船守美穂