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Harvard to be taxed an estimate of $50 Million

2017年に通過した連邦政府の税制改革により、ハーバード大学は4980万ドルの課税(54億円相当)をされる見込みです。内3770万ドルは、"Tax Cuts and Jobs Act" と呼ばれる税制改革の、投資収入に対する課税によるものです。通称「基金税(endowment tax)」と呼ばれます。残りの1210万ドルは、事業収入や〔大学本務とは関係のない〕ビジネスに対する課税、役員報酬に対する物品税(excise taxes on executive compensation)などによるものです。

5000万ドルという課税額は推定値である、とハーバード大学は6月に提出した2019年度財務報告において記しています。連邦政府は課税額を計算するための最終ガイドラインをまだ公表していませんが、会計の原則として、帳簿には支払いの立った年度に、課税金額を記しておく必要があります。

数十の最も裕福な米国大学が、投資収入に対する1.4%の課税を行うというこの基金税の影響を受ける予定です。影響を即座に受けるのは40大学以下であると、連邦政府は言っています。いくつかの大学執行部は、このような課税導入をしないよう、〔議会に〕強くロビイングしましたが、現段階では効果は見えていません。

ハーバード大学のLawrence S. Bacow学長は、年度財務報告の冒頭のノートにおいて、こうした投資収入に対する課税は、大学の財務状況に影響を与えうる、複数ある因子の一つであるとしています。
「連邦政府による研究助成の不透明感と、Tax Cuts and Jobs Actにおける高等教育機関に対する基金税は、大学が学資援助や、教育、研究活動への投資を拡大する力を削ぎます」とBacow学長は記述しています。
「我々はこの現実を見据え、大学がその使命全うし、学生、教員、世界に対してプラスのインパクトをもたらす教育研究活動を持続できるよう、財務を堅実かつ思慮深く管理できる政策と法律に向けて、働きかけなくてはいけません」。

この新たな課税にもかかわらず、ハーバード大学の事業収入による実質的な黒字は、2019年に52%増の2.979億ドル(324億円)となりました。総事業収入は6%近く伸び、55億ドル(6000億円)となりました。内、学生からの収入は7%増の12億ドル(1300億円)でした。稼働していない活動分も含めると、大学の実質的資産は23億ドル増の計493億ドル(5.4兆円)となりました。
ハーバード大学の基金は、昨年の392億ドルから上昇し、409億ドル(4.4兆円相当)となりました。投資利率は昨年の5.2%から5.1%に下がりましたが、ハーバード大学が目標としていた5〜5.5%の範囲内でした。

[Inside Higher Ed] (2019.10.25) $50 Million Tax Bill for Harvard

Tax Cuts and Jobs Actは、米国で30年ぶりとなる税制面の大改革で2017年12月に成立しており、個人、法人対象ともに、全般的には減税を促すものでした。しかしその影で、こうした高等教育機関を特別に対象とした課税措置が導入されていたのですね。この記事には記述がありませんが、この基金税は「学生規模500名以上、1学生当たりの実質資産50万ドル以上の高等教育機関」を対象とすると明示しています。これに該当するのはこの記事にあるように、数十のごく裕福な私立大学のみですが、一部学生規模が小さいリベラルアーツカレッジなどで、この基準に該当してしまう例もあるようです。
大学の財務と基金担当者は、この2つの条件のいずれかに該当しないように、だいぶ苦慮したのではないかとも言われています。いずれにしても、連邦政府がまだ最終ガイドラインを出していないので、該当する可能性のある大学はハラハラドキドキしているようです。
[Inside Higher Ed] (2018.3.8) University Leaders Urge Changes to Endowment Tax
[Inside Higher Ed] (2018.1.2) Eluding the Endowment Tax

大学基金の規模が4.4兆円相当、年間予算6000億円相当で運営するハーバード大学にとって、50億円前後の課税が痛手なのかどうかはよく分かりませんが、多くの事業資金は一般に使途が決まっており、このような追加の課税措置は、特に導入初年度において、他の活動にしわ寄せを生むと思われます。
米国の所謂アイビーリーグ大学に代表される、非営利の私立大学は、教育機関として基本的には課税されていません。しかしこれらの大学は資金獲得力が高く、あまりにも裕福な上、学生規模数万人の州立大学に比べると、桁が一つ違うぐらいに規模が小さいのです。教育機関として課税されないのは、国に対して高等教育の機能を提供するからのはずです。しかしこれら大学が、志願者の内5%程度しか合格させず、しかも学生規模が小さいとなると、ごく一握りの富裕層のための高等教育機関となり、税制免除を通して国が支援する意味が薄れます。特に大学進学率が拡大し、大学がより多くの大学生を受け入れなければいけない時代において、このようなエリート金持ちのみのための大学では困ります。
このため、大学側では1) need-blind admissionと言って、学業成績等が高ければ、家庭において授業料等を負担できなくても学生を入学させる策をとったり、2)多様性を謳い、マイノリティーを多く入学させることで、白人エリートのみのための大学ではないというポーズをとったり、3)大規模公開オンライン講座(MOOC)を開設し、世界の万人に質の高い教育を無償で提供していると謳ったりしています。
一方で政府は虎視眈々と、これら大学を課税する理由を探していましたが、今回の基金税はその一つの方法なのでしょう。
なお米国には、営利の私立大学もあり、これらは営利団体として以前から課税をされています。このため以前から、これら営利の私立大学と、非営利の私立大学との間に不公平感があり、営利の大学側からも非営利の大学に対して課税をすべきとの圧力が常にあります。

さてハーバード大学と言えば、大学の入学者選抜においてアジア系を差別していると訴えられ、ここ数年、法廷で争っています。昨年8月には司法省が差別を認める見解を示していますが、今年10月に米東部ボストンの連邦地裁は差別はなかったという判決を出しており、原告は最高裁に訴える方向なので、係争("Harvard Admission Trial")はまだ続いています。この係争の行方はハーバード大学だけでなく、特にアイビリーグ大学を中心とする他の米国エリート大学の入学者選抜方針にも影響を与えるため、全米から注視されています。
この訴えは、大学の入学者選抜において、学業の成績のみで判定すれば入学者の4割強がアジア系の学生となるはずなのに、多角的な評価により、アジア人は特に性格面で「おとなしい」とマイナス評価され、実際には2割弱しか入学できていないことを問題視しています。
このように書くと如何にも、アジア系の学生が訴えを出したように見えますが、実はこの訴えを出したのは「公平な入学選考を求める学生たち」(Students for Fair Admissions, SFFA)という、白人に対する逆差別を問題意識としてもつ白人系の学生団体で、「積極的差別是正措置」(affirmative action)の撤廃を求めることが真の狙いであると言われています。
積極的差別是正措置では、米国内で差別を受けてきた黒人等のマイノリティについて、職業や教育面で適正に参加できるような措置を講じます。これは裏返せば、白人に対する逆差別という見方もできます。つまり、SFFAはアジア系の学生を擁護しようとしているのではなく、白人系の学生の立場を擁護したいというのが真の狙いです。今回の訴えにおいて、アジア系学生に対する入学差別の事例はうまく使われただけと言われています。
実際、地裁がアジア系学生の訴えを聞くために出廷を求めても、参考人となる人がいませんでした。これもSFFAの地裁における敗訴の一因だったとされています。またアジア系学生自体も、多様性のあるハーバードの学生生活に魅力を感じているのであって、4割もアジア系学生のみの大学ではありがた迷惑と感じているようです。インタビューでそのような声が聞かれます。
大学側は、学生の多様性を確保するために、複数の判断要素を組合せ、最もバランスのとれた選抜を心がけていると終始説明しています。

[Inside Higher Ed] (2019.10.7) Judge Upholds Harvard's Admissions Policies
[朝日新聞](2019.1.16)ハーバード大で入学差別か アジア系訴え、黒人にも波紋
[Forbes Japan] (2018.9.1) 米司法省、ハーバード大の入学選考を批判 アジア系差別を主張
[Harvard] Harvard Admissions Lawsuit「事実のチェック:SFFA」

大学の課税と入学者選抜における人種差別、2つ全く異なるイシューのように見えますが、いずれも、「大学」と「社会」との間の社会的階層や構成に差異が見られるときに生じる軋轢を背景としています。大学進学率が全国規模で高まった先には、大学は象牙の塔のままでいることは許されず、社会の縮図のごとく、社会と類似になることが求められるのでしょう。とは言っても、エリート大学から教育中心大学まで、ある程度のグラデーションは残るのでしょうけど、今回の2つの記事は、最高峰のエリート大学において高等教育のマス化がどのように作用するかの例のように思いました。

船守美穂