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Re-entry to Detroit Colleges

ワイン州立大学(Wayne State University)とその他のデトロイト周辺の大学は、中退者の債務を免除することで、卒業率を向上させようとしています。

Dana Paglia氏がワイン州立大学を卒業するまでには、紆余曲折ありました。
彼女は2012年の冬学期、父親が末期患者であったため、休学手続きをとりました。翌年、学業を再開をしようとしたところ、前学期からの1300ドルもの滞納により、学業再開を果たせませんでした。この債務により、卒業まであと15単位を残すのみであったPaglia氏は再入学を果たせなかっただけでなく、他の大学で学業継続するための成績証明書を得ることができませんでした。
彼女は結局、地域のコミュニティカレッジの料理教室に通い、移動式屋台で数年働くことになりました。「面白かったし、勉強とは違う経験ができました」とPaglia氏はこの回り道について語っています。しかしこれは彼女がワイン州立大学で学び始めたときに思い描いていたキャリアとは異なるものでした。彼女はアドボカシーの領域で働きたいと思っていたのです。「時給12ドルで週80時間働くのは私のしたかったことではありません。それに、残す単位は少なく、自分の思い描いていたキャリアは手の届くところにあったのです」。
この状況は昨年秋、ワイン州立大学が彼女に、債務帳消しと、大学への再入学の機会をオファーしたところから急変しました。卒業率を向上させると公約してからワイン州立大学は、Paglia氏のように、学位を取得することなくキャンパスを去った元学生に声をかけ出したのです。今年の1月、彼女は数年前に学んでいた考古学の学位プログラムを修了すべく、教室に戻りました。「連絡をいただいたとき、幸運が天から振ってきたように感じました」と彼女は語りました。

Paglia氏は、ワイン州立大学が昨年開始したWarrior Waybackプログラムの1期生となりました。このプログラムは、デトロイト都市圏の高等教育機関のモデルとなり、米国中西部外の地域からも注目を集めています。中退した学生が再入学し、学位取得に向けて前進した場合に、段階的に債務取消をするのです。
Warrior Waybackは、学位取得することなく大学を中退した学生の多さに関する、高等教育関係の責任者や政策担当者の懸念を背景に生み出されました。デトロイト都市部において70万人近くが、大学に入学しつつも卒業していないのです。高等教育の専門家によると、大学中退者は学生ローンの返済に苦労したり、デフォルトを起こしたりする可能性が高いそうです。ワイン州立大学がいくら学生の保持(retention)や卒業率において改善を図ったとしても、これだけの中退者数があると、学生に十分に尽くしたと言えません。

ワイン州立大学のDawn Medley副学長補(入学管理担当)は、住民の駐車違反の罰金を取り消すデトロイト市のイニシアティブに、Warrior Waybackのアイディアを得たといいます。「卒業してしまった大人の元学生を呼び戻す方法を学内で議論をしていたのです。これらの学生の多くは、学生ローンのみが障壁となっているわけではありません。大学に対して債務を負っていることも障壁となっていたのです。それなら、その分だけでも駐車違反の罰金と同じように、免除してやれないかと考えたのです」。
大学は、連邦政府や民間金融機関による学生ローンをなくすことはできません。しかし学生の〔大学に対する〕少額の債務の取消しは、特に学生が学生ローンに苦しんでいるとき、大学の卒業可能性を左右する可能性があります。「学生に入学許可を出した段階では、大学は彼らに対して、卒業できる能力があると伝えていたわけです。それなのに、いつの段階から大学は学生に対して十分に支援をしなくなかったのです。なのでこのプログラムは、大学がもう一度彼らに支援ができるよう、学生が大学にもう一度チャンスを与えてくれていると思っています」。

2年以上前にワイン州立大学を中退し、GPAが2.0以上、かつ大学に対する債務が1500ドル以下の学生は、Warrior Waybackプログラムに申請できます。この条件に合い、連絡先が判明した学生は5000名いました。そのうちの約6割は、大学中退時に大学の最終学年に在籍していました。そして大多数(約8割)は、一定の経済的問題(financial need)がありました。Medley氏は、このプログラムの条件をそのうち、より拡大できることを期待していると言います。
このイニシアティブの効果はすでに出ています。ワイン州立大学がWarrior Waybackプログラムを2018年秋に開始してから、142名の学生がこのプログラムに入学しました。20名が卒業し、12月にはさらに10名が卒業の予定です。このプログラムの噂を聞いて、大学に対して債務は負っていなかった中退者まで、大学に戻ってきました。

Warrior Waybackは、ワイン州立大学が近年行っている、より幅広い改革の一部です。同大学は卒業率の改善について、全国からの関心を集めています。2014年段階では、6年以内に学士課程を卒業する学生の比率は1/3のみでした。アフリカ系学生についてはたったの13%でした。しかし2017年には、黒人系およびラテン系の学生の学位取得率はまだ十分改善していないものの、6年卒業率が47%にまで向上しました。
このような改善は、アドバイザーによる学生に対する個人的なアプローチや、リメディアル教育を必要とする新入生に対するサマープログラムの提供といったイニシアティブによります。ワイン州立大学は2020年までに、人種のギャップを縮めようとしています。「今は、これら学生が卒業できるためのサポートが多くあります」とMedley氏は言いました。

政策的観点

高等教育政策研究所(Institute for Higher Education Policy, IHEP)のJulie Ajinkya副所長(応用研究担当)は、Warrior Waybackモデルの特徴は、学生の債務取消が複数学期にわたり段階的になされるところにあるといいます。学生が学位取得まで頑張るインセンティブができるのです。同様に大事なのは、学生を支援する方法を大学が変えることです。「学生を再入学させておいて、今回はうまくいくだろうと楽観していてはいけないのです」と彼女は言います。
学生が学位取得の便益を得るのと同様、大学も戻ってくる学生から便益を得ます。債務帳消しによる穴はすでに埋まっています。これら学生が支払う授業料と諸経費は、債務の穴より大きいのです。IHEPは、大学執行部が参照できるように、債務帳消しによる費用対効果を計算するオンラインコスト計算ツールを、Warrior Waybackをモデルに、作成しました。これは、2017年からデトロイトを含む24都市に対して高等教育の学位取得率向上のための助成をしてきた、ルミナ財団からの支援により作成されました。

他大学も、奨学金を提供するなど、学生をキャンパスに呼び戻すクリエイティブなアイディアを駆使しています。しかしワイン州立大学の債務帳消しという方法は、中退者を学位取得に向けて呼び戻す地域戦略の方法となったということで特筆すべきです。「デトロイト地域は、人々が教育を継続できることについて合意(commonsense policy)のある、高等教育エコシステムが形成されています」と、ルミナ財団のコミュニティ移動のための戦略オフィサーDakota Pawlicki氏は言います。
デトロイトがルミナ財団の「タレント・ハブ」ネットワークに含まれていたおかげで、ワイン州立大学のモデルはミシガン州外にも知られることとなりました。インディアナ州、オハイオ州、オレゴン州、ウィスコンシン州の大学はこのプログラムについて問合せをしました。そして東アイオワ州コミュニティカレッジはすでに自大学の債務帳消しプログラムを構築しつつあります。しかしこのプログラムの効果はワイン州立大学において最も大きいようです。

デトロイトの他大学のモデル

ワイン州立大学のモデルを知って、デトロイトから北へ40分ほどのところにある別の4年制大学のオークランド大学は、より大きな学生グループを目標とすることとしました ― 大学中退者だけでなく、中退の危機にある学生も対象としたのです。「問題を拡大しないように、気をつけようと思いました」とオークランド大学Dawn Aubry副学長補(入学管理担当)は言います。「一時休学問題を助長しないようにするにはどうすれば良いかを考えました」。
大学は、成績不良、学位取得のためのメジャー変更などの学生の中退の兆候を監視し、該当する学生に直接支援の手をさしのべます。助言や財政支援なども行います。オークランド大学のGolden Grizzlies卒業プログラムは、出戻りの学生が学位に向けて一学期終了するごとに債務を取り消していきます。また債務のない学生に対しては500ドルを上限とするマイクロ補助を提供します。

ミシガン州デアボルンの2年制大学であるヘンリーフォード・カレッジでは、中退してしまった学生が成績証明書を得やすいような策を講じつつあります。成績証明書取得の可否は、その後の学位取得の可否を大きく左右するのです。債務を半分払う学生は成績証明書を即座に得ることができます。〔大学の提示する〕債務返済プランに合意する学生は、科目を履修できます。これら大学に戻ってくる学生に対して、大学はアカデミックアドバイザーを付けます。
ヘンリフォード大学のDaniel Herbst副学長(学生担当)は、Medley氏がWarrior Waybackについて話しているのを聞いて、同様のイニシアティブを開始しようと思ったと言います。「一部の大学はこれを、入学者拡大策と見るでしょう」とHerbst氏は言いました。「しかし我々にとってはむしろ、大学に戻る機会を切実に必要としている学生に貢献することを意味するのです」。

地域に新たな能力開発をしたいという企業の目標

地域の産業は、この債務帳消しモデルを通じて、より良質な労働力を地域に得るという野心的な目標を達成しようとしています。デトロイト商工会議所が後援するイニシアティブでは、2030年前に地域の成人の学位取得率を60%にしようというのです。なお、この学位取得率の数字には、高価値な認定書や準学士号を含みます。
デトロイト都市部の学位取得率は現在45%で、高校卒業生数も減少傾向にあります。地域の成人の学位取得率を拡大するためには、成人にリーチアウトする必要がある、と地域商工会議所のGreg Handel副所長(教育/タレント担当)は言います。学生をキャンパスに呼び戻すワイン州立大学のモデルは、地域の他の大学にも魅力的に見えました、と彼は語ります。「ワイン州立大学の素晴らしいアイディアと取り組みを問題解決に用い、これを地域戦略に転換できないかと思うのです」とHandel氏は言います。

債務帳消しモデルは、デトロイト地域で学位取得率の目標を達成するために試行されている、数ある戦略の1つに過ぎません。商工会議所は、成人学生が学位をより確実に取得できるように地域の大学と協力しています。また被雇用者が高等教育プログラムに入学する際、地域の企業が授業料を提供するよう促しています。商工会議所は、学生と大学をつなぐ直接の役割も有しています。「一世代前は、人が仕事のあるところに移動しました。現在は、高給を提供する企業ほど、良質な人材がいる場所を選ぶ状況にあります」とHandel氏は言いました。「我々は、現在いる雇用主および我々の地域に進出をしようという企業に対して、良質で安定した人材プールを確実に提供出来るようにしなくてはいけません」。
「一世代前、ミシガン州の住民は、高校卒業以降の学位を取得しなくても、高給な職に就くことが出来ました」とEducation Trustの高等教育政策ディレクターのTiffany Jones氏は指摘します。彼女は、低所得者家庭および有色の学生の学習達成度のギャップを大学および初等中等教育において縮めるように提唱しています。「こうした職は現在は少なく、遠方にあります」とJones氏は言います。
債務帳消しモデルは新たな卒業生が給料がより良い職に就く可能性を高めるため、彼らの社会移動を向上させるポテンシャルがあります。ワイン州立大学がこのプログラムを追求していることに特に意味がある、とJones氏は指摘します。同大学の学生の4割近くが白人ではなく、5割は低所得者家庭出身なのです。これら学生は、Warrior Waybackのようなプログラムから特に恩恵を得る可能性があります。

このプログラムは、学生が確実に卒業(students' success)することに対する高等教育機関の役割の変化も反映していると、彼女は指摘します。「誰かが中退した場合、10年前であれば、どうしてそのようになったか、大学執行部はいくらでも理由を挙げることができました。これら理由は基本的には学生の責任としていました」とJones氏は言います。「しかし学位取得率のアウトカムに対して大学は責任があり、実際により良くできるのです」。
Medley氏は、〔Jones氏の指摘は〕ワイン州立大学に当てはまると言います。ワイン州立大学では、現在在籍の学生および以前の学生が確実に学位取得できるよう、どのように支援すれば良いかに焦点を合わせています。「我々は10年前と違う大学に変身しています」。

現在27歳となったPaglia氏は、Warrior Waybackが個々の学生にもたらす恩恵の象徴です。彼女は、学位取得まで残すところあと1科目で秋学期に突入し、同時に都市計画の修士号取得につながる科目取得の承認も得ました。また彼女は大学に戻ったことで、Community Housing Networkという、住居探しにおける慢性のホームレス問題に対処する人々をつなぐ非営利団体に職を得ることができました。この仕事は、彼女の大学院プログラムと共に進んでいると彼女は言います。彼女は、Detroit Institute of Artで慢性ホームレス問題についてプレゼンをして、この職を得たのです。
大学に戻るのは初めは怖かったとPaglia氏は言います。しかし〔戻ってみたところ〕多くの学生が同様の問題に直面していることに気がついたと言います。「思っている以上に、ありふれた問題だと気がついたのです」と彼女は言います。「長く大学を離れた後、コミュニティに受け入れられないのではないかと心配でした。しかし一度たりとも、誰も私にそのような思いをさせませんでした」。

[Inside Higher Ed] (2019.10.8)
A Second Chance at Detroit Colleges

中退した学生にリーチアウトして、学位取得につなげるというのは、なるほど、うまく考えたものですね。中退から戻ってこられない原因を分析し、少額債務の障壁に気づいたことも、素晴らしいと思いました。
学生の中退は、日本の一部の大学にとっても悩ましい問題ですが、一般的にはリメディアル教育やアドバイジング、教学IRで中退リスクのある学生を特定するといった、在学生に対する対策がメインかと思います。しかし、学生の多感な時期に、偏差値レベルや人間関係、家庭環境等の問題で大学にどうしても適合できず、中退という決断をしてしまうことは、防ぎようがないことがあると思います。
でも社会にでて少し冷静に考えられるようになったときに、大学がリーチアウトして再入学を促したら、もう一度やり直す気になる可能性は高いですよね。大学で取得した単位の持ち運びが日本は難しいので(大学間の連携を必要とする)、中退をした学生が他大学に再入学し、18才で入学してくる他の新入生と一緒に4年間も勉強し直すというのは、気が遠くなる話です。しかし、自分が元いた大学であれば、馴染みもあるし、それまでに取得した単位は一定の期間内であれば卒業に必要な単位に加算できるので、比較的楽に卒業に至ることも出来ます。
大学にとっても、入学選抜で一定のコストをかけて学生を入学させ、さらに在学中にもリメディアル教育やアドバイジング等でコストがかかっている訳ですから、それら学生をみすみす中退させ、再び同じような失敗を後から入学してくる学生で繰り返すのでは、ロスが大きいです。でも、再入学を決意して戻ってくる元学生であれば、卒業に至る可能性が高いでしょう。また、学生が学位取得に至ることで、大学はコスト回収ができます。

少し手前味噌になりますが、以下の日経新聞に掲載された記事のように、欧米の大学は多様な人材を大学に取り込むべく、高卒の職業人にも手を伸ばしています。日本はAO入試等、入試を通じて多様化を図ろうとしていますが、高卒の18才人口という同じ人材プールにリーチアウトしているだけなので、あまり様相が変わりません。いくら芸術や体育、数学オリンピックで秀でている人材を獲得したからって、これら人材はこれまでもどこかの大学には入学できていたのです。
もう少し発想の転換を図り、これまでにリーチアウトしていない層、かつ、学位取得ニーズがある層に手を伸ばす、ということを考える必要があります。またそのときに、債務取消や遠隔授業の提供等、これら層が学位取得に至りやすいように、障壁の分析と工夫をする必要があります。
船守美穂「欧米の大学入試改革 多様な志願者取り込む」日本経済新聞14面(2019.9.16)
船守美穂「ドイツ、アビトゥアなしで大学に入学する学生が拡大」mihoチャネル(2019.7.26)

この記事が報じられて1ヶ月しないうちに、ワイン州立大学は、授業料免除プログラムも発表しています。米国では以前も紹介したように、テネシープロミスを皮切りに、コミュニティカレッジにおける授業料無償化が進んでおり、これが4年制大学にも波及しつつあります。ワイン州立大学が行う授業料免除プログラムは、"last-dollar scholarship"とも呼ばれ、授業料やその他必ず必要な諸経費と、学生が得た各種の奨学金や学費補助の差額分を、大学が負担するものです。
大学は初等中等教育に比べれば明らかに授業料が高いです。大学を卒業しないと職を得るのも困難なほど大学進学が当たり前になった今の時代、なんらかの公的補助の仕組みがないと、高等教育自体が成り立たないのかと思います。
[Inside Higher Ed] (2019.10.24) Wayne State Launches Free Tuition Program
船守美穂「高等教育無償化を掲げる民主党員が拡大」mihoチャネル(2018.10.1)
船守美穂「ブルームバーグ氏、ジョンズホプキンズ大学に18億ドルの寄付 ― 同大学が永遠に学資援助を出せるようにする」mihoチャネル(2018.12.2)

学部教育だけでなく、大学院教育も学費補助が拡大しつつあります。
シカゴ大学の人文社会科学系の大学院教育プログラムでは、これまでの6年間を上限とした補助から、成績が順当であれば、期限無制限に学費補助をするというプログラムを10月に報じました。人社系の大学院教育では一般に、大学院教育の長期化が問題となっています。
このプログラムがユニークなのは、学費補助を無期限に延長することで、学生が7年目に突入してしまったときに授業料を負担できず、(学業だけでなく)経済的な意味でも修了できなくなってしまうことを防ぐ一方で、専攻に対しては、専攻に在籍する大学院生数の上限を設け、早めに早めに院生を修了させるインセンティブを専攻に対して与えている点です。専攻に在籍する大学院生数に上限を設けることで、新たな院生を入学させられるように、専攻がつまづきそうな院生を早期発見し、メンタープログラム等で支援し、修了に導くことが期待されています。

シカゴ大学は、この人社系大学院に特化したプログラム以外にも、全学的に、アカデミア外で職を得たいと思う大学院生を支援するUChicagoGRADプログラムも発表しています。これは日本の学部生を対象に行われているキャリア支援のようなプログラムで、業界説明会や一対一の助言、インターンシップの経済的支援まで行うようです。また、専攻の教員が就職支援もできるように、教員対象の研修も計画しているようです。
ここまでくると、もはや大学院ではないようですね・・・。シカゴ大学の大学院は結構ランクが高いはずなのですが、高等教育のマス化ならぬ、大学院教育のマス化時代の世相を見ているようです。
[Inside Higher Ed] (2019.10.9)
Bold Move in Graduate Education

大学ではなく、企業が授業料を負担し、従業員の学位取得を促すという動きも米国では出ています。
2018年後半ごろから、スターバックス、ウォールマート、アマゾンなどが、各社それぞれにいくつかの大学と提携し、多くの場合はオンライン教育プログラムを通した学位取得を、従業員に対して促しています。各社それぞれ数千ドルを上限とした補助制度(税制上のメリットが企業にあるのは5250ドル上限)で、学位取得を目指す学生は自分でも一部学費負担をしなくてはいけない、また専攻分野もある程度各社の事業内容に重なるものに限定されるといった批判もある模様ですが、それでも大卒者が社会に多く必要とされている時代において、的を得た施策と思います。これら3社は、ヒスパニックやアフリカンなどの有色の方を多く従業員として雇用しているので、これら層の学位取得率が上がり、格差が是正されることも期待されています。
ウォールマートは、学費等を全額補助する代わりに、学位取得を目指す従業員に対して、学位取得まで毎日1ドルの負担を求めると言った、ユニークな補助の仕方をしています。従業員にも、時間内に早く学位取得に至るインセンティブが働きます。
[The Century] (2018.10.15)
Starbucks, Walmart, and Amazon Offer "Free" College-but Read the FinePrint
[Education Dive] (2019.6.4) Walmart expands $1 a day degree program

この記事にもあるように、地域あるいは企業においては、良質な人材プールを従業員において確保したいというニーズが働いています。18才人口が大学に入学し卒業するまでを待っているのでは間に合わないので、高卒の社会人にリーチアウトして学位を取得させたり、逆に企業側で必要な学位プログラムを構築します。特にIT人材はどこの国においても不足しているため、たとえばグーグルは米国100のコミュニティカレッジと提携し、IT教育プログラムの提供と認定書の発行をしています。
[Education Dive] (2019.10.4)
Google to expand IT certificate to 100 community colleges

これら企業が提供するプログラムは、MOOC等オンライン教育を利用することが特徴です。社会人の場合、4年間大学で講義等を受講することが現実的でない場合が多く、こうした遠隔教育の手段をうまく取り入れる必要があります。近年はブロードバンドの普及により、オンライン教育であっても講義ストリーミングだけでなく、オンライン上の議論や協働作業など、ダイナミックな学習活動が取り入れられます。デジタルネイティブ世代にとっては、こちらの方が親しみやすい学習手段である可能性も高いです。
欧州では、いくつかのMOOCプロバイダが集まり、それぞれのパートナー大学で学生が取得した単位を、他大学に移行可能とするイニシアティブが、今年夏に開始されています。生涯学習時代を見据えた取組みで、こうした単位互換を可能とするためのオンライン教育科目の基準(学修時間数、レベル等)を決めています。
[Campus Technology] (2019.7.29)
European Framework Offers Promise of Portable University Credentials
また、MOOC等の無償な教材提供ではビジネスがもたないということもあり、Courseraは10月に、「購読ベースのMOOC(Coursera for Campus)」という課金体系を打ち出しました。IT関連科目等、企業等が必要とする科目の全てを大学が提供できない場合に、これら科目を大学が学生に提供することを想定しているようです。大規模公開オンライン講座(MOOC)は本来的に「オープン」であったはずなのに、それで良いの?という気がしないでもありませんが、また電子ジャーナルの購読料問題と同じ罠にはまりそうで、講義提供元の大学としては怖いですが、デジタル時代のビジネスモデル確立のためのあがきの一つでしょう。
[Inside Higher Ed] (2019.10.4) Coursera's Next Move

高等教育は、大学進学率の高まりとともに、学生の規模や質、教育内容、教育方法、サステイナブルな財務構造、大学の役割と、大変貌を遂げつつあるように思います。またインターネットの普及が同時期に重なったことから、e-インフラを用いた改革の促進や、改革に必要なe-インフラが構築されるといった相互作用が起きています。
高等教育の価値観が変容しており、所謂「デジタルトランスフォメーション(DX; デジタル革命)」が高等教育セクターに起きているようです。

船守美穂