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China introduces social punishment for scientific misconduct

中国で研究不正を犯す者は近い将来、銀行のローンを組んだり、起業したり、公的な職に応募することができなくなる可能性があります。研究不正を犯した者のアカデミックなキャリアを遙かに超える広範な制裁システムが、中国政府により発表されました。
新しく発表された方針では、これまで科学所管庁や大学によりなされていた制裁を、科学とは関係のない数十の省庁が行うことができるようになります。過ちを犯した研究者は、研究助成の打ち切りなどの、研究不正に対してこれまでもあった制裁措置に加え、アカデミア外の職に就くことにも制限されるなど、研究活動とは全く関係のない制裁措置に直面する可能性があります。南京科学技術大学で科学評価システムを研究するChen Bikunは、「罪を犯した研究者には、日常生活の全てにおいて影響が出る可能性がある」と言っています。

先月発表されたこの政策は、中国政府が2014年に発表した「社会信用システム(social credit system)」政策の延長上にあります。中国の「社会信用システム」においては、ある省庁のルールに違反した場合、他省庁所管の施策において制約を受けたり、罰を受けたりする場合があります。
今回の研究不正に関する制裁の刷新は、中国政府が最も直近で打ち出した取り締まり強化策です。しかしその内容と影響の及ぶ範囲は多くの研究者を驚かせました。「研究不正に対してこれほど包括的な罰則規定を課している国は、世界のどこにも見たことがありません」と研究公正教育の研究者である台湾国立交通大学のChien Chouは指摘します。
いくつかの制裁措置は、この新しい政策の打ち出し以前から存在していました。たとえば、研究プログラムの打ち切りや、研究者としての昇格ができなくなることなどです。しかしこれらを一つの枠組みの下にとりまとめることで、その威力はとても強いものになる、と元国家自然科学基金(National Science Foundation of China, NSFC)の長であり、現在浙江大学の研究者であるYang Weiは言っています。
「この政策は、研究不正を犯した場合、その影響が学術コミュニティや個人の道徳の範囲を超えるべきであるという明確なメッセージを発しています」と復旦大学で科学政策を研究するLi Tangは述べています。
この新システムによって研究不正が縮小するかは、この政策がどのように展開されるかに依るという研究者もいます。しかしこれがうまく機能するという人もいます。
「効果があること間違いない」とChenは言っています。

監視者(big brother)

2014年に導入された「社会信用システム」は中国において大きな影響を及ぼしました。たとえば借金や罰金の未払いは同システムのウェブサイトに記録され、クレジットカードの取得や保険への加入、場合によっては列車の切符を予約するときにおいても、制限を受ける可能性があります。
このシステムにより航空券を予約できなかった者は1100万人、列車の切符を予約できなかった者は420万人すでにいます(2018年4月段階)。このような制約に直面し、200万人が借金や罰金をすでに返済しました。

習近平主席はこのシステムの精神について、「あるところで信用を失ったら、どこででも制約に直面する(Loose trust in one area, face restrictions everywhere)」と、中国共産党の会議において2016年に説明しました。
今回の研究不正に関する新しい政策も、「信用失墜(loss of trust)」に言及しています。研究不正を犯す者は今後、「社会信用システム」ウェブサイトに実名を記載され、恥を晒すことになります。

研究不正の焦点

中国の指導者は、データの捏造や虚偽の履歴書提示、査読の偽造などの研究不正の取り締まりを強化させつつあります。2018年5月、中国政府は研究公正を改善するための抜本的改革を発表しました。その施策の一つが、研究不正の国家データベースの設置でした。このデータベースに載ると、研究助成の獲得や研究職への着任が難しくなったり、アカデミア外の職にすら就けなくなったりする可能性があります。

今回発表された罰則の仕組みは、5月に発表された目標に合致しているように見えます。「このような施策は、中国が研究公正に真剣に取り組んでいることの証となります」と英ギルフォードにあるサリー大学長であり、科学政策について中国政府に助言を以前していたMax Lu(化学工業)は指摘します。
この施策がどのように実施に移されるかで、このシステムの成功の可否が決まるとLuは考えています。「この極めて厳しく、かつ数多い規則を実施するために必要な、リソースや質の高い管理者が十分にないというリスクが常にあります」と彼は述べています。

中国政府が悪質度の高いものからまずは罰するとTangは見ています。たとえば繰り返し研究不正がなされている場合や、研究不正により社会不穏が引き起こされる場合、研究不正により深刻な問題が起こる場合などです。「これは気が遠くなるような作業であるため、中国政府はまずは主要な研究不正への対処から始めるでしょう」と彼女は指摘しています。
しかしまずは、研究者にとっても明確なかたちで、主要な研究不正がどのようなものなのか、どのような罰則が科せられるのかが定義されなければいけないとChouは述べます。

中国における研究不正に対処するためには、罰則強化だけでなく、研修も必要とTangは述べます。特に若手研究者を教育することで、倫理的な研究システムが醸成されると彼女は指摘します。研究公正の研修は一般的になりつつありますが、「ラボのPIや若い世代を教育することは肝要です」とTangは指摘します。
「今回の施策は強固かつ時節を得ており、中国の科学研究のエコシステム全体を強化するに違いありません」とLuは述べます。他国が今回の罰則システムを、責任ある研究行動を促す方法として参考にするかもしれないとLuは期待しています。

[Nature] (2018.12.14)
China introduces 'social' punishments for scientific misconduct

研究不正をすると、ローンや保険が組めなくなったり、飛行機や電車の予約がままならなくなったりする?! さすが中国というか、ちょっと驚きですね。研究不正はそもそも刑法にあたる犯罪ではないので、あくまでもアカデミア内の規範として学術界自らが自身を律していくという性質のもので本来あるはずです。しかしそれでも歯止めがきかず、日本でも科学技術・学術審議会名で2006年に出されていた研究不正防止のためのガイドラインが、2014年には文部科学大臣決定というかたちで強化されました。中国では所管官庁を越えて、政府全体による罰則や制限という形をとるようになったということのようです。

中国に2014年に導入された「社会信用システム」の延長上にあるとのことですが、この仕組みもスゴイですね・・・。あるところで信用をなくすような行為をすると、それが生活のあらゆる面で弊害を及ぼすという仕組みです。日本はもともと村社会なので不文律としてそのような仕組みが緩やかに機能しているとは思いますが、これが政府の発表する規則となると、しかもインターネット上の行動も全て記録され、自動で行動に制約をかけるシステムとして機能するとなると、恐ろしいです。

一方、中国ほどではありませんが、米国科学財団(NSF)も日常生活の行動と研究助成を結びつける施策を2018年9月に発表しています。なんでも研究者がハラスメントをした場合、その所属機関はそれが判明、あるいは何らかの確定がなされた日から10日以内に、NSFに通報しなくてはいけないそうです。NSFはその通報を受け、通報をした機関とともに、対応の仕方を検討するそうです。たとえばハラスメントを行ったPIを研究助成プロジェクトから辞めさせたり、代替させたり、あるいは助成をとりやめたり、縮小したりするそうです。ハラスメントには、セクハラや誹謗中傷、パワハラやその他の制裁的行動が含まれます。また機関は、PIや共同PI(co-PI)を謹慎処分にするときも、NSFに通知しなくてはいけません。

[Inside Higher Ed] (2018.9.21)
Science Walks, Money Talks

なおこのNSFのルールを報じた記事に、米国衛生研究所(NIH)のコリンズ所長が同月に発表したセクハラ対処の方針についても触れられています。しかしこちらは専用のウェブサイトの開設、研修強化、アンケート実施などが盛り込まれている程度で、これでは生ぬるい!と批判の声が多く上がっているようです。

高等教育の大衆化の影響が研究面にも及び、アカデミアの自律的な規範では学術がもたない時代になった、ということなのでしょうか・・・。

船守美穂