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Sexual harassment sanctions beyond researcher's affiliated institution

セクハラ等の被害について、大学等の組織がその防止および、被害が起きた場合の適切な対処に努めなくてはいけないという考え方が普及して、相当の年月が経ちます。日本では、「文部省におけるセクシュアル・ハラスメントの防止等に関する規程の制定について(H11.3.30文部省高等教育局長通知)」が導入されてから20年以上がたちます。

一方、米国では近年、セクハラを犯した研究者に対して、大学という枠を超えて制裁を課す枠組みが形成され、実行に移されているようです。以下に、そのような事例を3件、紹介したいと思います。

■ NIH、70名以上のPIをセクハラ等により排除

以前、米国の研究助成機関が、大学に対して、セクハラ報告を義務化したことを紹介しました。研究助成を得た研究者がセクハラを犯した場合に、その所属機関に報告を義務づけるというものです。該当の研究者がセクハラにより退職もしくは休職となった場合、研究助成機関としては代替のPIを探さなくてはいけないため、このような報告義務が導入されました。なお、研究助成プロジェクトは米国では、機関に対して付与されているため、PIが不在となった場合も、機関への研究助成は継続します。

[mihoチャネル](2018.2.10)
NSF、大学にセクハラ報告を義務化

NIHではこれに加え、2018年から、個人がセクハラ被害等を届け出ることのできる窓口を設置しました。
被害届を受け取った場合、NIHは、1)その事案がNIHが対処すべき内容のものであるかの確認を行い、2)NIHが対処すべき内容と確認された場合は、該当する研究者の所属機関の研究担当理事に連絡をし、3)30日以内に機関からの回答を得て、4)NIHとして対応の必要がある場合は、相応の対応をとります。対応の内容としては、以下があります。
なお、機関に照会をかける 3)段階から、該当の研究者はNIH研究助成の査読候補から外されます。これは2019年に導入された施策で、NIHの研究助成の審査において、偏見等によるバイアスを排除するためです。

<NIHの研究助成が安全な環境下で行われるための対応>

  1. 該当する研究者の所属機関に、代替のPIを要請
  2. 調査中の事案については、該当のPIが関わる「審査中の研究助成」を保留
  3. 該当のPIが他機関に移籍する場合の、研究助成の移動を却下
  4. 該当する研究者の所属機関に、特別の報告を要請

[NIH] NIH Process for Handling Allegations of Sexual Harassment on an NIH-Funded Project at a Recipient Institution

[mihoチャネル](2019.5.21)
NIH、セクハラ疑惑のある研究者を査読者から排除する可能性を示唆

NIHではこの手続き導入後、2018年から300件以上ものセクハラやその他のハラスメント事案の被害届を受け取りました。先日2021年6月10日、その内訳等の結果が発表されました。その発表によると、それら計314件の被害届の内、約2/3(215件)はセクハラに関わる通告でした。一部重複がありますが、残り51件については、いじめ(bullying、46件)や人種差別(racial discrimination、35件)に関わるものでした。

受け取った被害届のうち、セクハラについては163件、その他の事案については105件が終結(cases resolved)しています。該当する研究者の所属機関が調査を通じて被害を確認したのはそのうち、前者については48件(29%)、後者については23件(22%)です。該当の研究者がPIから外されたのは、前者については54名、後者については21名でした。
(内訳の詳細は、以下のScience誌の記事に表があるので、よろしければご参照ください)。

「被害確定件数が3割以内というのは少ないように見えるが、〈事案のデリケートさを考えると〉そのようなことはない。事案の一部は、対応要とされる "深刻さ" の基準に満たなかった。一部については、届出を行った者が被害届を取り下げた。訴えが十分に確認されない場合もある」と性差別に詳しい弁護士Alexandra Tracy-Ramirez氏はScience誌の取材に対して答えました。

NIHから研究助成を得た研究者が、セクハラを理由に制裁を受けることは、2018年より前はありませんでした。NIHは、2019.5.21付けのmihoチャネルの記事に紹介した、McLaughlin氏率いる「#MeTooSTEM運動」を受けて、セクハラ被害届けの窓口を設置し、このような結果を得ました。
NIHはコリンズ所長指揮の下、研究助成したプロジェクトにおいて、セクハラフリーな研究環境を追求しています。

[Science] (2021.6.11)
More than 70 lab heads removed from NIH grants after harassment findings

■ 米国科学アカデミー、セクハラにより著名研究者2名を除名の可能性

一方、米国科学アカデミー(NAS)では、セクハラにより会員2名に除名の可能性が生じています。

NASはこれまで終身会員制で、その158年の歴史を通じて、会員が身分を剥奪されるということありませんでした。2年前の2019年6月、NASはNASの会則を改定し、NASの「行動規範(Code of Conduct)」に違反する行動が通告された場合に、該当の会員の身分が剥奪される可能性が生まれました。NASの行動規範は「あらゆる形の差別やハラスメント、いじめ」、これに加えて盗用やその他の攻撃的行為(other offenses)を禁じています。

規則が導入されても、NASの行動規範違反の通告は、1年以上、1件もありませんでした。2020年9月、「セクハラで所属大学を追放等されたNAS会員が4名いるにもかかわらず、NASへの通告がなされないため、これら会員がNAS追放となっていない」という事実が、該当者の実名と所属入りで、Nature誌に報じられました。
この記事を読んだ仏CNRSの計算機化学者François-Xavier Coudert氏が「馬鹿げている」とツイートしたところ、NAS会長Marcia McNutt氏が通告を呼びかけたため、Coudert氏が同4名を直後に通告しました。

NASにはその後、5件目のセクハラ案件と、その他いじめや、研究活動には関係のない不正行為、著者紛争に関わる案件が3件、通告されています。
実際に会員資格剥奪に至る可能性が生じているのは、はじめにCoudert氏により通告された4名のうちの2名で、残りの通告については基準に満たないか、調査中です。

会則改定のインパクトはその抑制効果にあるとMcNutt会長は考えています。NAS会員が同僚をなかなか通告したがらないことが判明したためです。NAS会員で、MITの生物学の名誉教授Nancy Hopkins氏は、素晴らしい社会変革が目の前で起こりつつあると感じています。「これまで著名教授は、なんでも許されていたのですもの!(It used to be 'Oh well, if someone's a great scientist we will put up with anything.)」と彼女は語ります。

なお、NASの会員数は2342名で平均72歳、81%が男性です。

[Science] (2021.4.31)
National academy may eject two famous scientists for sexual harassment

[Science] (2019.6.7)
National academy to allow expulsion of harassers

[Nature] (2020.9.21)
The US National Academy of Sciences can now kick out harassers. So why hasn't it?

■ ハーバード大学、前人類学専攻長の名誉教授をキャンパスから追放

ハーバード大学は2021年6月10日、著名な人類考古学者であるGary Urton氏から、名誉教授の称号を剥奪し、キャンパス内で行われるあらゆるイベントから追放すると発表しました。Urton氏は過去20年間、学生や同僚に対して、歓迎されないセクハラ行為を続けていたとされます。

同氏が所属していたハーバード大学文理学部(Faculty of Arts and Sciences, FAS)のClaudine Gay学部長は、「Urton博士は、FASの敷地内において、もはや歓迎されません」と発表しました。同氏が講義を受け持ったり、学生を指導したり、図書館やオフィススペースを利用したり、レクチャーや教授会、ハーバードのイベントに参加することは、以後ありません。ハーバード大学のLawrence Bacow学長は、〈FAS敷地内だけでなく〉大学キャンパス全体、また、大学主催のすべてのイベントからUrton氏を追放するという制裁措置を敷きました。

発表にはそのほか、同氏が大学による調査において「誤った情報を提供」し、調査を妨害したとあります。同氏は、大学の調査には終始、真摯に対応したと主張しています。

Urton氏は、アンデス文化に関する著名な研究者でした。2012〜18年にはハーバード大学人類学専攻長を務めました。2019年からは、同大学の学部教育部長(director of undergraduate studies)を務めていましたが、ハーバード大学の学生新聞Harvard Crimson紙で初めの告発がなされ、複数の告発が相次ぐと、2020年6月有給の休職に処せられました。その後、人類学専攻の教員25名から辞職を勧めるレターを受け取り、Urton氏は2020年内に72歳で退職しました。今回の処分は、同氏が名誉教授となってから下されたという点でユニークです。

ハーバード大学人類学専攻は、全米でもトップの専攻で、人類学を志す者にとっての憧れでした。その構成員の多くは著名教授でしたが、多くがシニアな男性教員でした。Harvard Crimson紙は、Urton氏を含む3名の教員が同専攻においてセクハラ行為に及んでおり、同専攻の女子学生の博士課程修了までの年数や退学率、修了時までの執筆論文数、ティーチングアシスタントとしてのワークロードなどが、男子学生のそれに対して見劣りすることを指摘しました(このデータは、同専攻の学生委員会が取りまとめたものです)。過去20年間において同専攻に在籍したことがある者たちは、「人類学専攻は、人類の文化を探求する専攻であるはずなのに、自分たちの文化が女性を不利な立場においているということを認識できていなかった」とHarvard Crimson紙の取材に対して答えています。

Urton氏が名誉教授となっているペルーのカトリック司教大学(Pontifical Catholic University)のLuis Jaime Castillo Butters氏は、「つい先週まで、世界で最も尊敬を集めている人物の1人であったUrton氏が、Harvard Crimson紙の記事により、所属の専攻から追放される身になった」と語っています。

[Science] (2021.6.10)
Harvard bans former anthropology chair after finding persistent sexual harassment

[Science] (2020.6.5)
Prominent Harvard archaeologist put on leave amid allegations of sexual harassment

[Harvard Crimson] (2020.5.29)
Protected by Decades-Old Power Structures, Three Renowned Harvard Anthropologists Face Allegations of Sexual Harassment

(所感)

いやはや、なんともすごいですね。セクハラはこれまで、加害者と被害者が同じ組織に所属していることを前提に、所属組織がその防止策や被害が起きた時の対処を行ってきたように思います。しかし、ここに紹介した3つの事例は、大学という所属組織を超えた枠組みにおいても、研究者に倫理的な行動規範を求めます。

1つ目の研究助成機関の例では、公的研究資金が配分されていることから、研究助成に基づく研究プロジェクトが、適切な研究環境下で行われることを求めています。2つ目の米国科学アカデミー(NAS)の会員資格や、3つ目の名誉教授の称号を剥奪する事例においては、給与や資金剥奪の観点を越えて、研究者という存在に対して真の品行方正さを求めています。品行方正でなかったら、名誉教授の称号等、実を伴わない単なる「名誉」すらも剥奪されてしまうのですから。。。

ちなみに2つ目の事例で紹介した、NASから会員資格を剥奪されようとしている会員のうちの1人については、以前mihoチャネルで紹介したように、同教授の名前を冠した研究科から、大学の判断により、その名前が除去されています。不正行為を行っていたことが発覚すると、自分の存在まで抹消されてしまうのですね・・・。

[mihoチャネル] (2018.7.18)
セクハラで訴えられた教授の名を冠した研究科から、名前を除去

米国のこの徹底ぶりで行くと、そのうち学会などの組織においても、セクハラなどの不正行為により、研究者が学会から追放されるのかもしれません。いや、すでにそのような処分がなされているのかもしれません。米国の学会の多くは学会に「行動規範」を設けています。私の所属する学術情報流通コミュニティにおいても少し前、ある人物が会場にいる人々を不快にさせる表現をしたと、複数の会議体から公式・非公式に追放されました。日本人的感覚からすると、「この程度の発言で!?」と驚愕でしかありませんでしたが・・・。

今回紹介した事例の多くは2018〜19年ごろに形成された枠組みにより処分を行っており、これは1つ目の事例の末尾に紹介したMcLaughlin氏の運動の影響が大きいと思われます。McLaughlin氏は、セクハラ案件を一つ一つ潰していくのではなく、セクハラをすると研究助成を得られなくなる、NASの会員資格を剥奪されるなどの抑止効果を構築すべく、NIHやNASに直接働きかけていました。詳細については、2019.5.21付けのmihoチャネルの記事をご参照ください。

一方、米国大学におけるセクハラへの対処体制は2011年頃から強化され、その頃から、キャンパス上で起るセクハラがメディアを賑わせるようになったと記憶しています。

米国高等教育機関においてセクハラ等を禁ずる根拠としては、1972年に制定された「Title IX」があり、この法律の範囲は時代を追って変わってきています。オバマ政権下の2011年には、教育省からのレター(通称Dear Colleague Letter, DCL)により、「キャンパスの外における性的暴力」もTitle IXの範囲内と明示されました。更に2013年のDCLでは、各大学に対して、通報者の保護等の対応を求めるようになりました。ちなみに2016年のDCLでは、LGBTの学生もTitle IXを通じて保護されるとしました。

Title IX, Education Amendments of 1972(教育改正法第9編)

米国の教育機関において、性別による差別を禁止した連邦法。人種差別を禁じる「1964年公民権法(Civil Rights Act of 1964)」の第9編として、1972年に制定された。多くの場合、単に「Title IX」と呼ばれる。
条文には、「合衆国のいかなる者も、連邦政府から助成を受けている教育プログラムや教育活動において、性別を理由に参加を拒まれたり、利益の享受を否定されたり、差別の対象となったりすることがあってはならない」とある。米国では、連邦政府が学生への奨学金の中心的な担い手のため、ほぼ全ての米国の高等教育機関にTitle IXが適用される。
Title IXには、セクハラや性的暴力への言及はないが、そのような被害に遭った場合、教育を十分に受益できなくなることから、米国の教育機関においてTitle IXは、セクハラ等を禁ずる法律として一般に解釈されている。

オバマ政権下のTitle IX強化策では、被害者(通報者)の保護が重視されたため、加害側の男子生徒等においては、自分の主張が十分に受けいられていないことへの不満が募り、多数の訴訟がなされました。このため、トランプ政権下では見直しが行われ、トランプ政権幕引き際の2020年8月、新たな規則が導入されました。

新たな規則にはいくつかの変更点がありますが、主要なポイントとしては、1)大学は被害届を受け取った場合、被害者だけでなく、加害者であると訴えられた者についても初めは無実であるという前提のもと、十分に話を聞き、公平に判断しなくてはならない、2)キャンパスの外の被害については、全てを対象とするのではなく、学生会館等、公式に認められた施設内における被害に限定することなどがあります。オバマ政権下で発せられたDCLは単なるレターで法的拘束力が弱かったものの、トランプ政権下で導入された規則は、「Title IXのガイダンス」として教育省公民権室(Office for Civil Rights)により正式に発せられているため、法的拘束力があります。

一方、大学の立場からすると、被害者と加害者を平等に扱う「裁判所」のようなプロセスを強いられ、「そのようなリソースもなければ、そのような立場にもない」と苦しんでいます。このため、バイデン政権下において見直し作業が再び開始され、2021年6月7〜11日の5日間、教育省にて公聴会が開催されました。

[Inside Higher Ed] (2021.6.16)
Dozens of Higher Ed Groups Condemn Title IX 'Court-Like Processes'

[Inside Higher Ed] (2021.6.8) Thoughts From the Public on Title IX

[Inside Higher Ed] (2020.5.7)
U.S. Publishes New Regulations on Campus Sexual Assault

[大学の片隅にて。] (2016.4.9)
Title IXと性的暴行被害と合衆国連邦政府の役割、翻ってアメリカの高等教育

米国は本当にあらゆる面で徹底していますね。セクハラのような、日本であれば男女共同参画の担当者や関係者のみで議論がコソっと進むような事案についても、パブリックに大々的に議論が進められてるように見えるところもスゴイです。

他方、このように徹底的に議論し、適切な仕組みを構築することで、性被害にあった者が安心して頼れるシステムが形成されているようです。以下は、Title IXについて調べる過程で発見したレポートですが、比較的軽めの性被害にあった日本人学生が躊躇しながらもTitle IX室を利用した時の体験談が記されています。日本人的な心の迷いと、それを吹き飛ばしてくれるTitle IX室の適切な対応が素晴らしく見えました。もしかしたら、日本の相談室も同様の対応をされているのかもしれませんが、よろしければご参照ください。

[米国大学院学生会ニュースレターブログ] (2020.12.30)
アメリカ大学Title IXオフィス体験記〜泣き寝入り0を目指すシステム〜

船守美穂