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US universities under COVID-19: The decline of standard testing at US university application

レポート(5)の続きです)

以前、米国大学にて、入学願書における標準テストSATやACTの点数提示を任意(test optional)とする動きがあるとご紹介しました。その動きがコロナ下でさらに加速しているようです。

SAT/ACTの点数提示任意化の拡大

National Center for Fair and Open Testingという、大学の入学出願における標準テストの点数提示の要求をトラッキングしているセンターの発表によると、2021年度入学において少なくとも1680校がtest optionalとなりました。2022年度入学においては1200校がtest optionalとなることが既に確実視されています。

新型コロナウイルス感染拡大以前から、入学願書における標準テストの点数提示を任意とする動き(test optional)はありました。しかし、パンデミックにより標準テストの試験実施が頻繁にキャンセルされたため、多くの大学がtest optionalに踏み切りました。また、感染拡大が収まらないことから、この特例措置を2022年度入学にまで延長、あるいは新規に導入する大学が増えたとみられます。

この特例措置の延長を宣言した大学には、ハーバード大学やコーネル大学、コロンビア大学、ボストン大学、ウィリアムズカレッジなどのエリート大学が含まれます。ペンシルバニア大学は、新たにtest optionalに踏み切りました。Test optionalの動きはこれまで中堅以下の大学において多く見られましたが、新型コロナウイルスの感染拡大がこの動きをエリート大学にも促しました。

[Higher Ed Dive](2021.1.29)
Elite colleges are extending their test-optional policies

米国巨大州の動き

コロラド州では、SATやACTの点数提示が2021年度入学については特例措置として任意となりましたが、現在、この措置を恒久化する法律の制定が検討されています。コロラド州は、立法府が州立大学の大学入試にかかわる決定権を有す、数少ない州のうちの1つです。

オレゴン州では、同州の7つの州立大学が2020年3月時点ですでに、SATやACTの点数提示を2021年度入学以降、恒久的に任意とすると発表しています。

全米の大学の判断に大きな影響を及ぼすカリフォルニア大学は以前にご紹介したように、入学判定における標準テストの点数利用を違法と主張する市民団体からの訴訟に押されるかたちで2020年5月、2021年度入学の学生から5年間かけて段階的に、標準テストの点数提示を取りやめると発表しました。2021年度と2022年度についてはキャンパスごとの判断としており、2021年度入学については10分校のうち3分校がtest optionalと判断していました。

しかしその後、カリフォルニア州の上位裁判所は2020年8月、そして州控訴裁判所は10月に、標準テストの点数を入学判定に利用してはいけないとの判決をカリフォルニア大学に対して出しました。カリフォルニア大学は、10分校の各キャンパスが入学判断の自由を持つべきと、この判決に不服を示し、上訴も含めた対応方策を検討するとしています。しかし、大きな流れとしてはカリフォルニア大学もtest optionalに向かっています。

このように、米国の大きな州において、SATやACTの点数提示の任意化の流れが鮮明となっており、これは全米の大学にも大きな影響を与えると見込まれています。一方、フロリダ州だけは、コロナ下にもかかわらず、標準テストの点数提示を任意化しないとの判断を示しており、標準テストの試験実施がコロナ下で不安定ななか、同州の入学志願者は多大なストレスに晒されています。

[Higher Ed Dive](2021.1.22)
Bill would make Colorado's test-optional policies permanent

[Oregon State University](2020.3.25)
All Oregon public universities to no longer require standardized admissions tests

[Higher Ed Dive](2020.10.30)
U of California can't consider SAT, ACT, appeals court rules

[Tampa Bay Times](2020.10.15)
Florida universities won't waive SAT/ACT requirement despite pandemic

カリフォルニア大学はSAT/ACTの代替を見つけられるか?

カリフォルニア大学は標準テストの点数提示の段階的廃止の2020年5月の発表において、2025年度入学の入学判定についてSATやACTに代わる新テストの導入可能性を検討し、それまでに新テストが開発できなければ、こうした標準テストを入学判定から完全に排除すると発表していました。

2020年12月、同大学のフィージビリティスタディ委員会がカリフォルニア大学長の諮問に対する回答を発表しました。回答はまず、新たなテストを2025年度入学に間に合わせて開発することは現実的ではないとの判断を示しました。その上で、カリフォルニア州の中等教育において現在利用されているSmarter Balanced testの利用可能性を示唆しました。同テストは、カリフォルニア州の中等教育のカリキュラムCommon Coreに沿ったテストで、高次の思考力などを測ります。

一方、Smarter Balanced testの点数提示を入学出願の必須要件とすると、SATとACTのときと同様、このテストに向けて激烈な競争が高校生の間で起きるため(become high stakes test)、他の学力テストの点数提示と並行して用いるなど、慎重に判断すべきとしています。また、私立の学校やホームスクーリングの生徒たちが不利とならないよう、更に検討すべきとしています。

カリフォルニア大学理事会(UC regents)は、この報告を受けてさらに検討の予定です。カリフォルニア大学の判断は、全米の大学に影響を及ぼすと見られています。

[Higher Ed Dive](2021.1.13)
U of California groups recommend Smarter Balanced test to replace SAT, ACT

[mihoチャネル](2020.8.27)
コロナ下の米国大学(5):標準テストSATとACTの壊滅か?

カレッジボード、SATの科目別テストとエッセイの取りやめを発表

一方、SATの運営主体であるカレッジボードは2021年1月、SATの「科目別テスト」と「エッセイ」の試験実施を取りやめると発表しました。両試験は、SATの主力製品の一つである「SAT Reasoning Test」に比べて利用する大学が減少しており、カレッジボードは両テストの取りやめの理由として、運営する複数の試験の簡素化を挙げています。その上でカレッジボードは、「より柔軟なSAT」を開発するとしています。新しく開発されるSATはデジタルに提供され、高等教育機関や高校生のニーズを柔軟に反映するとしていますが、詳しいことは明らかにされていません。なお、廃止される試験の受験を申し込んでいた者には、返金がなされます。

SATの科目別テストはこれまで、英語、歴史・社会学、数学、自然科学、語学の5分野で提供され、エリート大学の入学判断において用いられることが一般的でした。しかし、これら科目別テストの受験費用が低所得層等の志願者に不利に働くことから、2010年前後からSATの科目別テストの点数提示を任意、もしくは取りやめるエリート大学が拡大しました。この中には、ハーバード大学やカーネギーメロン大学なども含まれます。このため、SAT Reasoning Testを受験する高校生は約180万人に上るのに対して、SATの科目別テストを受験する高校生は21.9万人に留まります(2017年データ)。

SATのエッセイも同様に、ごく少数のエリート大学においてのみ点数提示が要求されていましたが、2018年3月にハーバード大学がSATエッセイを入学判定の対象外とすると発表して以降、多くのエリート大学がこの点数提示を要求しなくなっています。
エッセイの取りやめについては、低所得層等の志願者の受験機会の平等性の観点と同時に、これらエッセイが大学入学志望者の学力を測る指標として適切でないという批判が背景にあります。

SATの科目別テストも、エッセイも、点数提示を見送る大学が以前から拡大していたところに、コロナ禍により最後の一撃を得たかたちです。パンデミックにより試験会場の手配がつかず、SAT試験の多くが中止されました。予告無しに中止となった試験もあったため、カレッジボードは多くの批判を浴びました。さらに、標準テストの試験実施が僅少もしくは不安定であったため、多くの大学がコロナ下の特例措置として、2021年度入学におけるSATやACTなどの標準テストの点数提示見送りの判断をしました。

なお、カレッジボードの主力製品であるSAT Reasoning TestとAPコースは引き続き提供される予定です。SAT Reasoning Testは、読解、作文と言語、数学(電卓使用不可、電卓使用可)から構成されており、ACTと並んで、多くの大学の入学判断に用いられています。

APコースは、Advanced Placement Courseと呼ばれ、米国の高校生が大学レベルの科目と試験を在籍する高校で受けることを可能とします。ここで得た単位は、大学の判断により大学の単位として振り替えることが可能であるほか、試験の点数は大学入学判断の参考指標とすることが一般化しています。しかし、このAPコースも点取り競争の一因となっていることから、2018年にはワシントンDCの8つのエリート私立高校がAPコースの実施取りやめを発表しています。

SATの競争相手であるACTは今のところ、標準テストの実施変更の意図は表明していません。

[Higher Ed Dive](2020.10.30)
College Board drops SAT subject tests, essay

[Inside Higher Ed] (2021.1.20)
College Board Kills Subject Tests and SAT Essay

[mihoチャネル] (2018.6.26)
大学入学判定において、SAT/ACTエッセイの要求を取りやめるエリート大学、続々。

[mihoチャネル] (2018.7.17)
ワシントンDCの8つのエリート私立高校、APコース取りやめを発表

(所感)

コロナ以前からあった「入学願書における標準テストの点数提示を任意(test optional)」とする流れが、パンデミックにより米国大多数の大学に拡がり、そのまま固定化しそうですね。カリフォルニア大学もその方向に向かっていることが決定的です。

試験運営主体のカレッジボードは、試験会場が十分に手配しきれず、また、試験キャンセルの情報伝達の不手際などもあり、多方面から責められています。さらに、試験が十分できず、収入が十分確保できなくなったこともあり、SAT科目別試験とエッセイの廃止を決定しました。メインのSAT Reasoning Testは残りますが、標準テストの利用の範囲を自ら狭めたようなものです。

全般に、外部団体に依存した標準テストの問題点が露呈しているようです。

――外部団体に依存した標準テストの限界

米国には、SATとACTという2つの標準テストがあり、それぞれ別の非営利団体により運営されています。非営利団体とはいえ、収支は合わせなくてはいけないため、市場の状況においてテストの内容を変更したり、テストの実施を廃止したりします。SATの科目別テストやエッセイは、主にエリート大学に進学する高校生の学力を測るのに用いられていましたが、利用する大学が全米の大学数に対して少ないこともあり、コロナ禍による経営状況の悪化を契機に、廃止されてしまいました。

科目別テストの代わりに、高校で提供される大学レベルの授業APコースの成績が参考指標として用いることができるとのことですが、APコースも、SATを運営するカレッジボードの販路拡大に伴う発明品ですから、あまり感心できたのではありません。もともと優秀な高校生に大学レベルの授業を体験させる目的で作られましたが、ビジネス的な観点から中堅以下の高校でも実施されるようになりました。いくら高大接続とはいえ、高校で大学レベルの授業を提供するために、高校の教師がカレッジボードの提供する研修を受けるというのは、何か間違っています。高校は高校の内容を、大学は大学の内容を提供すれば良いのではないでしょうか。

米国は州ごとに教育内容や方法が異なり、全米共通の物差しで高校生の学力を測る手段がなかったため、SATやACTが生み出されました。しかし、これが大学入学判定に用いられることから、これら標準テストに向けて勉強する流れが生まれ、これら標準テストがある意味、日本の学習指導要領のような役割を果たすことになってしまっています。これら標準テスト運営団体は、全米の高校の学習内容や高校生の学力を確認しながら作問をしているようですが、州ごとにバラバラな教育内容や方法を単一の標準テストに落とし込むには限界があります。

ちなみに、両標準テストともマークシート形式ですが、SATは「読解、作文と言語、数学(電卓使用不可、電卓使用可)」から構成され、ACTは「英語、数学、読解、科学的思考力(science reasoning)」から構成されるなど、標準テストの切り口が異なります。大学や州によって要求する標準テストが異なるため、高校生は両者に合わせて受験対策をしなくてはなりません。

加えて、これら標準テストは、これを実施する非営利団体の体力やキャパシティにも依存するため、今回のコロナ下においては多くの試験がキャンセルされ、その情報伝達も不十分であったことから、会場に着いたら試験が実施されなかったという受験生も数多くあったようです。

標準テストの実施に外部機関を利用すると、試験実施の範囲(回数・場所・試験科目等)が当該機関の経営やキャパシティに強く依存したものになることには留意が必要に感じます。また、試験の内容、つまり、学生が高校時代に学習すべき内容が当該機関の考え方に左右されることも踏まえる必要を感じます。

――多様性と卓越性のいずれをとるか?

標準テストの利用が縮小傾向にあるわけですが、米国の大学はそれでも卓越性を維持することができるのでしょうか? 以前ご紹介したように、大学院レベルの入学判定に用いられていた標準テストGREもコロナ禍以前から不問とする流れが出来ています。

[mihoチャネル](2019.5.31)GRE要件を不問とする米国大学院の動き

これら標準テストを見送る理由としては、受験準備や受験そのものに十分なアクセスのない層の学生に不利に働くことが第一に挙げられます。加えて、これら標準テストの点数が、当該学生の大学や大学院における成功と必ずしも相関がないことも指摘されています。「大学や専攻が多様性を拡大しようとしているのに、標準テストは我々が積極的に入学させたい層の障壁となっている」という指摘もあります。

無論、これら標準テストが志願者の学力を判断する上で有用な指標であるとの声もありますが、これら標準テストが外部団体に運営されていることもあり、痛し痒しの側面もあるようです。高校や大学における成績の方が判断材料として適しているとの声もあります。標準テストが有用な指標であるとする声は全般に、多様性重視の大合唱にかき消されているようです。

ここで注目すべきは、米国における多様性の論点の変化です。米国における多様性の議論はこれまで「人種の多様性」を中心に繰り広げられ、具体的には、黒人やヒスパニック、アジアンなど、白人以外の有色人種の社会参加を拡大することがポイントでした。この時点においては、多様性の議論は日本から見ると対岸の火事でした。

一方、近年は、多様性やインクルージョンにおいて、低所得者層や障害者、第一世代学生、地方に住むなど受験機会や教育機会に恵まれない者、育児や介護、就労などで学習活動に専念できない者、そしてジェンダーやLGBTなど、あらゆる多様性を含みます。おそらく、このような「拡大解釈された多様性」の方が現実に即しているのと、米国にとっては、多様性の概念を広く取ることによって、いつになっても縮まらない「人種間の格差」から人々の目をそらすことができるというメリットもあるに違いありません。

いずれにしても、多様性が強調をされることにより、学力や学術の卓越性をアイデンティティとしていたはずのエリート大学においても、学力の標準指標の利用が見送られるようになっています。今後、「拡大解釈された多様性」が世界に浸透するにつれ、「卓越性の追求を抑えてでも多様性を追求する流れ」が日本にもやってくることは間違いありません。

欧州ではオープンサイエンス政策を進める観点から、研究評価を「競争パラダイムから協調パラダイムへ」と見直す動きがあります。卓越した研究者を競争により1人ずつ生み出すより、研究成果を共有し、チームサイエンスを奨励した方が大きな研究成果を得られると考えられています。チームサイエンスを推奨するためには適所適材で、データを整理する人やプロジェクトマネジメントをする人、アウトリーチを担当する人など、研究プロジェクトの表舞台には現れない「縁の下の力持ち」をしっかりと評価して行く必要があるため、多様な研究者キャリアをどのように評価していくかが論点となっています。

教育においても研究においても、これまでの単一な物差しで評価をする「競争パラダイム」から、学習や研究への多様な関わり方を推奨する「協調パラダイム」への転換期にかかっているようです。多様であることこそが卓越性の証であるという考え方もあるようです。

大学入試や研究評価だけでなく、学科ごとのカリキュラム、学科・専攻構成、教育課程や研究者キャリアなど、高等教育と学術システムが「競争パラダイム」を前提に構築されているため、考え方の転換をすることが難しく感じられますが、これから徐々に、高等教育と学術の仕組みが根底から変わっていく予感がします。

レポート(7)へ続く)

船守美穂