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NIH may exclude researchers accused of sexual harassment from peer reviewer's pool
NIHは、セクハラをしたという疑惑のある研究者を査読者から外すことがあると〔NIHブログに〕発表しました。ただし、適正な判断であるかの確認が難しいため(concern about "the integrity of the process")、その基準は、研究者を研究助成の対象から外す場合に比べて緩やかとのことです。
NIHの査読センター(Center for Scientific Review, CSR)の新センター長であるNori Byrnes氏は3月25日のブログで、セクハラ嫌疑を受けた研究者は、最終的には潔白が証明される場合も、〔嫌疑を受けている間は〕バイアスのある査読をする可能性があると指摘しました。たとえば、女性のポスドクにセクハラをしていると訴えられた男性の査読者は、〔セクハラによる〕バイアスがないということを示すために、女性のポスドクからの申請書に高得点を与える可能性があります。〔セクハラをした可能性のある研究者に関する〕申し立ては、セクハラの調査を行っている機関だけでなく、被害者や目撃者から来ることがあります。
NIHはこうした個人を1.8万人の査読者プールから「NIHの裁量のもと、外すことができます」とByrnes氏は説明しました。こうした手立ては「処罰的、あるいは嫌疑をかけられた者に罪があることを暗に示すものではなく、査読プロセスの公正性を担保するために行われます」とByrnes氏は指摘しました。
このポリシーは新しいものではないとByrnes氏はScience Insider紙に述べました。NIHはこれまでも、各種の利益相反や、査読の提出が毎回遅いといった理由により、研究者を査読候補から外してきました。
今回のブログ記事は、NIHに寄せられるセクハラの訴えが拡大しつつあるため書いたとのことです。こうした訴えが増えているため、査読者の意識がそちらに向いている可能性があるそうです。
「セクハラの訴えが報道された場合は、査読者グループも申請者グループも、疑惑を受けた当事者が査読者プールにいると知っています。これはNIHの査読プロセスの堅牢性(strength and rigor)に影響します。であれば、事態が解決するまで査読者を査読候補から外しておけば良いと思いました」とByrnes氏は説明しました。「無実で〔査読を担当しても〕問題ないと判明したら、再び査読者プール1.8万人の一人に戻せば良いのです」。
嫌疑は、CSRの職員または、NIH助成プロジェクトにかかわるセクハラを通報するメールにより、かけられる可能性があります。NIHはセクハラの疑惑の通報を受けると、疑惑を受けた研究者の所属する機関に、本件についてコンタクトします。またCSRは、研究者を査読から外す前に、NIHの外部資金オフィスと事前に協議します。しかし判断は「特に、査読プロセスに入る直前の時期など、迅速に」行われる可能性があるとBrynes氏は付け加えました。
このようなセクハラの嫌疑または発覚により、何名の研究者が査読候補から外されたかについて、正確な数を明らかにすることをBrynes氏は控えました。ただし、2018年に持ち上がったセクハラの嫌疑により、14名のPI(principal investigator)が査読から外された、とNIHのFrancis Collins所長が最近指摘していたことに触れました。
セクハラに関わるNIHのポリシーによると、PIからNIHの助成金を剥奪するためには、同PIが停職処分(put on leave)または懲戒処分(removed for some reason)を受けてからでないといけないとされています。しかし査読者候補から外す場合は、「研究公正の担保が第一のため」、手続きが異なるとByrnes氏は言います。研究助成を剥奪されるのと違い、「10月の査読審査に参加しなくても、研究生命が絶ちきられるということはないからです」。
この動きは、この動きがNIHの新しいポリシーであると理解した研究者多数から、ツイッター上で賞賛の声を得ました。#MeTooSTEMを率いるBethAnn McLaughlin氏のおかげであるとしています。McLaughlin氏は、NIHのCollins所長がセクハラをする研究者に対して採るべき4つのアクションのなかに、セクハラをした人には査読業務をさせるべきではないと挙げていました。「私は彼女(McLaughlin氏)に概ね共感します」とByrnes氏は述べました。
[Science] (2019.3.27)
NIH may bar peer reviewers accused of sexual harassment
以前、NSFが大学にセクハラ報告を義務化したというニュースをお伝えしましたが、こちらは、セクハラの嫌疑を受けていると査読者候補から外される、ということですね。査読では(研究助成申請者と査読者が対面するわけではないのだから)セクハラにはつながらないのでは?という気がしますが、「自分はセクハラなどしない」ということを見せかけるために査読にバイヤスがかかることを防ぐための施策とのことで、やけに念の入ったセクハラ対策のように見えます。
一方、記事の最終段落にありますが、これはMcLaughlin氏がNIHのCollins所長に対して示した、セクハラをする研究者に対して採るべき4つのアクションのうちの一つで、NIHが対応を採るにあたり、最も軽微なものにあたります。
4つのアクションとして示されていたのは、1)トレーニング助成金の受給(receiving training grant)、2)旅費の受給、3)査読の担当、4)キャリア受賞またはNIH依頼の講演(career awards or NIH sponsored talks)について、セクハラをする研究者を対象外とすることです。助成金や旅費の受給や受賞は、研究者のキャリアに直結しますが、この記事にもあるように、査読候補者から外れたからといって、当の本人にとっては査読負担が軽減される分でも、不利にはなりません。
BethAnn McLaughlin, "TimesUp for Sexual Misconduct in NIH Funded Science," change.org
McLaughlin氏は、学術のSTEM分野(Science, Technology, Engineering, Mathematics)におけるセクハラに特化して、これを防ぐための運動をしていることで、近年有名です。たとえばScience誌に彼女の活動についての特集記事が2019年2月に掲載され、英・Guardian紙には2019年4月に記事が掲載されました。Science誌におけるMcLaughlin氏の挿絵には、彼女がスマイルとともに力こぶを作っていて、その横には"The Twitter Warrior"とあるなど、彼女の活動のウィットと活動のインパクトをよく表現しています。ぜひ見て下さい!
McLaughlin氏の具体的な活動としては、@McLNeuroというツイッター名で辛口だけどウィットのあるキャンペーンをはり、また、#MeTooSTEMというサイトを開設し、セクハラ被害にあった研究者の体験談を被害者匿名で公開し、STEM分野において、どのようなセクハラが横行しているかの注意喚起をしています。彼女のツイートや#MeTooSTEMサイトは、被害を受けた研究者の心強い味方にもなっています。
Guardian紙の記事において、どうして彼女の活動が効果を上げているのかという質問がMcLaughlin氏にされていますが、曰く、パーソナル化したかたちで問題を提起しているためだそうです。つまり、「NIHは、セクハラ疑惑のある研究者に査読をさせている。対策を打つべき」と主張しても、NIHが組織として動くには時間がかかりますが、「Collinsさん、あなたはNIHとしてセクハラは断じて許さないと公言しているのに、実際には○○や××の被害がNIH助成のもとで起きていますよ!あなたは、それでも良いのですか?」とNIH所長個人に対応を迫るツイートをすると、効果があるのだそうです。
[Guardian] (2019.4.7)
BethAnn McLaughlin: 'Too many women in science have to run the gauntlet of abuse and leave'
[Science] (2019.2.12)
This neuroscientist is fighting sexual harassment in science-but her own job is in peril
McLaughlin氏の運動は、米国科学アカデミー(NAS)に対しても向けられました。セクハラをしていると判明した研究者をNAS正会員のままにしておくべきではないとのことです。NASはこのため、昨年8月に学術分野におけるセクハラについて報告書を発表し、「女性研究者の活躍」のために多数の施策が打たれているのに、研究の現場でこれら女性の活躍を阻むセクハラについて見て見ぬ振りをするのでは、施策の効果があがらず、真の意味での女性の活躍につながらないとしました。
NASはその上で本年4月、セクハラをした研究者をNASから除名する規則改定を提案予定と発表しました。しかしこの規則改定案では、被害者がNASに訴えを起こさなくてはいけないとなっており、被害者に度重ねて辛い思いをさせるのでは規則の実効性が低いと、McLaughlin氏はGuardian紙に述べています。
[National Academy of Sciences] (2018)
Sexual Harassment of Women ― Climate, Culture, and Consequences in Academic Sciences, Engineering, and Medicine
McLaughlin氏は、"harasshole"といった造語も生み出しています。英語では、嫌な奴のことを"asshole!(ケツの穴)"と罵倒しますが、これを"harassment"と掛け合わせているわけです。McLaughlin氏曰く、「セクハラをした人」や「セクハラ疑惑のある人」などという説明的な表現ではなく、相手への嫌悪感も直接表現する擬人化した表現を生み出すことで、自分の運動に力を持たせているそうです。
We have phrases like "sexual misconduct", "sexual harassment" and "gender discrimination" and those are important terms, but they don't sum up our lived experience, which is "he's a harasshole". We all know these guys. Let's humanise it.
なお、#MeToo運動というのは、被害者が「私も(被害に遭いました)」というかたちで自らの体験を発信、共有し、社会に問題提起をする運動ですが、もっぱらセクハラ被害に関わる運動を指すそうです。McLaughlin氏が展開しているのは、#MeTooSTEMなので、STEM分野に特化しています。
上述のNASの報告書によると、科学分野では学部生の20〜30%、大学院生の約4割、医学系の学生の半数がセクハラを経験しているという調査結果があり、また、業界横断的には学術分野(58%)は軍隊(69%)に次いで、セクハラ被害の率が高いのだそうです。こうしたセクハラの広がりを無視して、「なぜ理系分野には女性が少ないのか?」といった無邪気な問いかけをしているべきではないとMcLaughlin氏は述べます。
McLaughlin氏は、Vanderbilt大学の神経科学分野の助教(51才)です。もともとこのような活動家であった訳ではなく、2002年に同大学に着任し、脳梗塞や心拍停止下において脳細胞が酸素欠乏にどのように反応するかといった研究をし、2005年にはテニュアトラック助教に昇進しています。論文も継続的に権威ある雑誌に発表し、2005年には所属大学に自閉症研究センター設立の契機となる120億ドルの寄付を民間財団から得る立役者となりました。2011年には同大学メディカルスクールの臨床脳科学スコラープログラムを設立し、脳科学分野において大学院生と臨床の専門家を結びつけます。
彼女の過激な活動の契機になったのは2014年、同僚がセクハラ被害に遭い、裁判を起こしたものの破れ、一方では、加害者が裁判の判決がでたと同時に昇進したことに疑問を感じてです。彼女は、同じく脳科学者である夫とともに加害者の家にディナーに以前招かれ、加害者が「あの女を絶対潰してやる」と言っていたのを聞いており、それが現実となったのを見て、STEM分野における女性研究者を取り巻く環境を改革していかなくてはいけないと強く思ったそうです。
そのような事件が起こるまでは、セクハラを目撃しても、馬鹿げていると笑い飛ばしていたそうです。つまり、自身がセクハラ被害にあっていた訳でも、活動家であった訳でもなく、成果を出している理系研究者だったわけです。
Like most women in science, I had witnessed gender discrimination and seen sexual harassment - but I'm embarrassed to say I laughed it off [before the incident].
一方、このように世界からも目を引く活動を展開した結果として、彼女は2014年に既に承認されていたテニュア審査を研究科長からの再審査要求により差し止められ、現在、テニュア審査が凍結した状態となっています。2019年2月は彼女の任期終了の時で、退職の危機に晒されていましたが、これは彼女の運動に共感を覚える全米や全世界の人々から、これを不服とする署名運動がわき起こり、任期が継続されました。しかしこのような不安定性のために、新たな大学院生や助成金の受入や獲得は控えたため、研究室は縮小しているとMcLaughlin氏は述べています。
セクハラを是正するためには、ここまでしなければいけないのか!と思わないでもありませんが、実際問題として、ハラスメント相談窓口が設置されていても、相談をするのにも勇気が要りますし、相談に至っても基本的には表沙汰にされないまま、物事が集結していくので、部外者には何が起きているのか分からず、他の潜在的な加害者への抑止効果はないように思えます。
その意味でMcLaughlin氏の活動の展開の仕方は、正しいのかもしれません。つまり、セクハラの被害案件一つ一つに対処していくというのではなく、セクハラをすると(助成金を得られなくなるなどの)制裁につながるというルール創設について働きかけ、セクハラの抑止効果を作っていくということです。
セクハラなどの人格的問題と、当該人物が学術的に優れているという事実は関係ないではないか!という気がしないでもなく、難しいなあとも思いますが、1月に紹介した「中国、研究不正に対して社会的制裁を導入」はその流れにあるのかと思います。また、科学研究はもっぱら公的資金によりなされているため、如何なる不正も本来許されないのでしょう。
それにしても、SNSの力を感じますね。いくらウィットに長けていると言っても、一研究者がNIHやNASを相手取って実際のアクションに結びつけさせることは、これまでであればほぼ不可能だったように思います。
船守美穂
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