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Norway reaches Read and Publish Agreement with Elsevier

ノルウェーのコンソーシアムがエルゼビア社と新しいOA出版契約を結びました――エルゼビア社にとっては初めての出版形態です。しかし、この契約形態は大学にとって高く付くものとなっている可能性があります。

エルゼビア社は、同社にとっては初めての"Read and Publish"契約を、ノルウェーの大学と研究機関からなるナショナルコンソーシアムと結びました。これは同社のビジネスモデル転換に向けての兆しかもしれません。この契約においてノルウェーのコンソーシアムは、学術雑誌へのアクセスを得るための購読契約ではなく、コンテンツへのアクセスとコンテンツの公開(OA出版)を一つにまとめた契約を締結しました。

この新しいOA出版契約がビッグディールであるとされるのは、この契約形態により、購読料を削減しつつOA出版を拡大できる、と信じる図書館員や交渉人が増えているからです。この契約形態により「購読料の壁(paywall)」が最終的にはなくなるとも信じられています。

"Read and Publish" 契約は注目を浴びつつありますが、未だ極めて稀です。このモデルが及ぼす可能性のある収益への長期のインパクトを恐れ、多くの出版社はこのモデルを採用することに慎重な姿勢を示しています。とは言っても、Springer Nature社、Wiley社、Taylor and Francis社はいずれも、このような契約形態を近年、いくつかずつ締結しています。

エルゼビア社はこのような "Read and Publish" 契約を拒み続けたため、ビジネス機会を逃しました。カリフォルニア大学システムは、エルゼビア社が "Read and Publish" 契約に応じなかったため、本年3月に契約更新を見送りました。ドイツ、ハンガリー、そしてスウェーデンのナショナルコンソーシアムは、エルゼビア社との購読契約をここ1〜2年でキャンセルしました。

ノルウェーもまた、エルゼビア社との契約更新を見送る予定でした。エルゼビア社からの提案が「ノルウェーのOAの要求に遠く及ばない」ため、契約をキャンセルする予定である、と同国のコンソーシアムは先月、プレスリリースにて宣言したばかりです。その段階においてエルゼビア社は、ノルウェーが「一つの価格に対して二つのサービスを要求しているのと同じようなものだ」と述べていました。

そのような関係にあったコンソーシアムとエルゼビア社が契約に合意できたのは、ブレークスルーであると言えます。しかしこの契約条件が他の高等教育機関にとっても良いモデルであるかは微妙です。

ノルウェーのコンソーシアムはプレスリリースにおいて、この契約に満足していると発表しました。しかしプレスリリースには契約の概略しか述べられていません。

この契約は、2年間のパイロットとして締結されました。この契約は、7大学39研究機関のエルゼビア社の学術雑誌へのアクセスと、これら機関の研究者のエルゼビア社の学術雑誌における論文のOA出版の経費をカバーします。フィナンシャルタイムズ紙の報道によると、契約額は900万ユーロ(11億円)で、これは、OA出版を含まない同コンソーシアムのこれまでの契約額から3%増となります。この契約は、購読料ではなく、論文出版料を支払う契約に向けての第一歩とみなすことができます。

この契約と、他国や他機関がエルゼビア社と合意に至ることが出来なかったRead and Pubish契約との違いは、ノルウェーのコンソーシアムがこれまでの購読契約より多めに支払う用意があったことによるようです。他のコンソーシアムは、契約額が十分に削減されない契約には合意しなかったとIthaka S+R図書館・学術情報流通・博物館のディレクターであるRoger Schonfeld氏は述べます。近年のカリフォルニア大学などの著名大学の契約見送りにより、エルゼビア社もRead and Publish契約に向けての姿勢を軟化させたのかもしれないと同氏は指摘します。

Openaccess.noというノルウェーのOAウェブサイトによると、この契約により、同コンソーシアムのメンバーがエルゼビア社の学術雑誌に出版する論文の約9割に上るOA出版経費がカバーされるそうです。学会系雑誌400誌と、Cell PressやLancetなどのサードバーティーによる学術雑誌はこの契約に含まれません。しかしこれら現在契約に含まれていない学術雑誌もパイロットに参加するように呼びかける予定と、同サイトには述べられています。

割り当てられたOA出版論文数に実際の論文出版が満たない場合も、ノルウェーのコンソーシアムは返金を得られないと、ノルウェーの交渉チームのメンバーであるNina Aslaug Karlstrøm氏は述べました。
「また、割り当てられたOA出版論文数を超えてしまった場合は、当該論文がOA出版される場合、定価の論文掲載料(APC)が支払われる必要があります」と彼女は述べました。Karlstrøm氏曰く、OA出版をするか否かは論文著者の自由です。ただし、OA出版するように勧められはするそうです。また契約額において「購読分と出版分の区別」は本契約において存在しないそうです。

OAの精神を尊ぶ者はこの契約を歓迎するかもしれませんが、学術雑誌の購読契約のコストを削減したい図書館員はあまり歓迎しない可能性があります。 この契約条件が良いか悪いかは、「その人の見方に依る」と古生物学者でOA推進者であるJon Tennant氏は述べます。「ノルウェーの交渉チームは、進歩的または革新的であることと、研究者のニーズを満たすことをバランスさせる、という難題に直面していました。その意味で、この契約は成功です―少々であっても前進がありました」。

Tennant氏はこの契約が「一歩前進、二歩後退」であると感じています。彼は交渉チームが、現在の購読契約額を超える契約額で合意することは拒絶すべきであったと考えています。
「出版社が収益をどのように利用しているのか、全くもって不透明なのです」と彼は述べます。「契約額はまるで、『これが、我々があなたたちから得る収入額です。あなたたちは、この収入額を維持することにより、これだけのOAを得ることができます』と一方的に〔出版社から〕通告され、現代における効果的な学術出版システムの真のコストと完全に切り離されているようなのです」。
「ノルウェーは、エルゼビア社の学術雑誌に出版するのに900万ユーロを支払います」とTennant氏は言います。「これは、出版のコストや、研究の実際の価値と全く関係ありません。単に、学術界と出版社の間のパワーダイナミックスが未だ学術界にとって劣勢であることを示しています」。

[Inside Higher Ed] (2019.4.24)
An Elsevier Pivot to Open Access

[Financial Times] (2019.4.23)
Elsevier in €9m Norwegian deal to end paywalls for academic papers

なかなか難しいですね。これまでRead and Publish契約を拒み続けていた学術出版最大手であるエルゼビア社からその契約を勝ち取ったという意味において、この契約は画期的です。しかし、これまでの購読契約より契約額が上がってしまうという意味においては、マイナスです。Read and Publish契約は、完全たるOA出版に至る移行期の、購読料とOA出版料とを組み合わせた契約方式として考案され、cost neutral、つまり契約額は変わらないまま契約内容のみが購読料のみから「購読料+OA出版」へと変わる形態であるべきと学術界側は考えています。今回のノルウェーの契約はそこが、これまでの購読料のみの契約額から3%増であるため、この記事は批判的な論調をとっています。

ちなみに知人を通じてノルウェーの交渉担当にこの3%増の意味を尋ねたところ、インフレの影響を考慮することが契約条項にあったため、これを反映した増額分であるとのこと。(購読料とは別の)OA出版の分のAPC負担額は100万ユーロ(1.2億円)と推定されているため、今回の契約ではこの分が完全に浮いたと理解されているそうです。
しかし3%増がインフレによるものであるとしても、その増加分の算出根拠や契約額が何に対する対価を意味しているのかは不透明ですし、これまでの購読契約における毎年4〜5%の価格上昇もインフレによる部分も大きかったでしょうし、インフレに伴う3%増を許容してしまったらこの記事にもあるように、結局出版社の言いなりになっているという状況に変わりはないとも言えます。

購読料上昇への対抗策として見いだされているRead and Publish契約ですが、今回の例に見るように、価格面で本当に改善の方向に行くのかは微妙な状況です。それでも学術論文が全てOAで出版されることは、アカデミアにとっても、アカデミア外の方々にとっても、好ましいことには違いありません。また、価格面の解決にはならなくとも、契約対象が購読料からAPCに移ることで、契約交渉のゲームチェンジャーには少なくともなることから、この新しいOA出版契約の方法を試みる例が増えているようです。3月末から、私が確認しただけでも以下4件の事例があり、またこうしたRead and Publish契約の事例を登録するサイトであるESACにおいても、2019年からの契約において15件が登録されています。なお、これら契約の詳細まではよく分からないのですが、どうやら契約事例ごとに少しずつ条件(対象誌や契約額、契約年数等)が異なるようで、一筋縄でいきません。

[ACS] (2019.3.29) [米国化学会-マックスプランク]
American Chemical Society and Max Planck institutes partner on transformative open access plan

[STM Publishing] (2019.4.2) [ケンブリッジ大学出版-ドイツ]
Cambridge University Press reaches major Open Access agreement in Germany

[De Gruyter] (2019.4.3) [De Gryuter社-チェコ]
De Gruyter and CzechELib sign "read and publish" agreement for access and open access

[Jisc] (2019.4.26) [Springer Nature社-英国]
Jisc and Springer Nature renew transformational deal securing open access for UK higher education

Read and Publish契約が、アカデミアの望む学術出版コストの削減に本当に効果があるのかは現状では不明ですが、一方で、これまでの購読契約では出版社との関係性が膠着状態にあることは事実なので、Read and Publish契約の「ゲームチェンジャー」としての役割に期待して、これを追求するのが世界の潮流かと思います。

船守美穂