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Max Planck to discontinue contract with Elsevier ― Move along with Projekt DEAL

マックスプランク研究所(Max Planck Society, MPS)の研究所長および学術評議会の委員は同所の図書館(Max Planck Digital Library, MPDL)に対して、2018.12.31に購読有効期間の切れるエルゼビア社との購読契約を更新しないように命じました。
MPSは、1.4万人の研究者が毎年1.2万本の論文を生産する世界最大級の研究機関です。エルゼビア社の出版する雑誌には毎年約1500本が出版されています。今回の動きによりMPSは、2016~17年にかけてエルゼビア社との契約更新を見送った200近くのドイツの大学に仲間入りをし、ドイツ学長協会が主導する全国ライセンス枠組みProjekt DEAL支持の姿勢を明確にしました。

負担不能なほどの学術雑誌へのアクセス料の高騰、そしてそれ以上に、旧式の有料購読の壁(antiquated paywall system)がもたらす研究プロセスの硬直化を打破するために、Projekt DEALはドイツ全国の移行契約(transformative agreement)を交渉することを目的として結成されました。現在の購読料をベースとした契約体系から、研究者だけでなく一般市民が全ての最新の研究にコストやその他の障壁なしで即座にアクセスできる、オープンアクセス出版(OA出版)をベースとした契約体系への移行を働きかけます。「Projekt DEALは、MPSが強く推進するOA2020のイニシアティブと方向性を完全に一にしています」とMPSのMartin Stratmann所長は述べました。

Projekt DEALが主要の学術出版に交渉する移行契約では、1) ドイツの学術機関に所属する著者の生産する論文を全てOA出版することと、2) 未だに有料購読の壁の向こうにある学術論文を含め、交渉先の出版社の全ての電子出版物へのアクセスをドイツの全学術機関に対して求めます。この移行契約は、「出版と購読(publish and read)」モデルと呼ばれます。 これらの基準を満たすオファーがエルゼビア社から得られなかったため、同社との契約交渉は昨年7月に打ち切られました。このためDEAL交渉を支持する約200機間の研究者はエルゼビア社の学術出版プラットホームへのアクセスを失い、現在、研究に必要な論文等については代替的なルートでアクセスしています。MPDLは、エルゼビア社が1月以降アクセスを閉ざすことに備え、所属の研究者のニーズに応えるための手段をすでに用意しています。

「現在ある学術出版システムは、印刷時代(print era)の遺産です。我々は、真のパラダイムシフトを誘発(activate)し、デジタル時代の利点を活かす機会をこれで手に入れたいのです」と、DEAL交渉チームの一人であるMPS Fritz Haber InstituteのGerard Meijer所長は述べました。Projekt DEALへの強い支持を明示的に示すため、MPSの著名研究者13名が2017年、エルゼビア社の学術雑誌のエディターや、エディトリアルやアドバイザリーボードの委員のポストを辞任しました。

「この移行契約は、学術出版を大規模にオープンアクセスへと移行させるための主要な戦略の一つで、多くのOA2020国際サポーターにより徐々に試行されています」とMPDLのジェネラルマネジャー代理であるRalf Schimmerは述べました。「学術出版プラットホームを通じて流通する学術論文の『生産者』であるだけでなく、『消費者』でもある我々は、我々の研究者のニーズに合った学術出版・流通システムを要求する権利があります。移行契約を結ぶことで我々は、所属の研究者の生産する論文の大部分をOA出版するというMPSの目標を、数年で達成することができます。我々はこのような移行契約をすでにSpringer NatureやRoyal Society of Chemistry、Institute of Physics Publishingなどの、マックスプランクの研究者にとって関係の深い出版社と結んでいます。2019年には更に複数の出版社がこれに続くはずです」。

[Max Planck Society] (2018.12) プレスリリース
Max Planck Society discontinues agreement with Elsevier; stands firm with Projekt DEAL negotiations

とうとうマックスプランク研究所(MPS)もエルゼビア社との契約見送りですね。MPSは、世界の学術論文の大部分を2020年までにオープンアクセス(OA)へ移行させるようという目標(OA2020)を2015年のベルリンOA会議で提唱し、世界の学術機関にこれへの賛同を呼びかけていましたが、自身のエルゼビア社との契約が継続されていたため、なんとなく説得力がありませんでした。大手商業出版社との購読契約は、学術機関が有利なディスカウント条件を得るために、3年などの複数年契約をすることが一般的です。エルゼビア社とMPSの間の購読契約はOA2020が提唱される前に締結され、その購読期間がたまたま続いていただけで、MPSが不誠意な対応を取っていたわけではありませんが、いずれにしてもこれでようやく有言実行のかたちが取れたことになります。

MPSのプレスリリースのなかにもありますが、いくつかの主要出版社はこの「出版と購読(publish and read)」モデルの移行契約に前向きです。たとえばシュプリンガー・ネイチャーは以前からSpringer CompactというOA出版とその機関補助を前提とした契約形態を提供しており、オランダ、イギリス、オーストリア、スウェーデン、フィンランド、そしてMPSがその契約をしています。またケンブリッジ大学出版も11月末にスウェーデンと「出版と購読(publish and read)」モデルに基づく契約を締結したと報じられました。更に、ライセンス契約とは少し違いますが、シュプリンガー・ネイチャー社、ケンブリッジ大学出版会、そしてThieme社はResearchGateと協力し、出版社および著者の権利を保ちつつ論文を同プラットホーム上で共有できるように取り組んでいます。これはOA出版とは異なりますが、OA出版の世界に完全に移行したときに、ResearchGate上の論文共有に食い込んでおくための策とも解釈できます。
[Cambridge University Press] (2018.11.29)
Cambridge University Press signs major Open Access deal in Sweden

[ResearchGate] (2018.4.19)
Springer Nature, Cambridge University Press, Thieme and ResearchGate announce new cooperation to make it easier to navigate the legal sharing of academic journal articles

移行契約に前向きなこれら出版社は、デジタル時代のOAをベースとした学術出版・流通への移行は避けられないであろうという判断から、先手を打ってそちらに移行し、自らに有利なビジネスの確立を目指していると推測されます。エルゼビア社はこれらに対して、なんとしてでもデジタル時代の学術出版・流通への移行の歩を鈍らせ、時間稼ぎをしているようです。
エルゼビア社が時間稼ぎをする理由としては、1) 印刷時代の購読料ベースの価格体系の方がより高収入を安定的に期待できる(世界の図書館から機関ベースの収入を得る方が、論文を投稿してくれたりくれなかったりの流動的な研究者一人一人から論文投稿料(APC)を回収するより楽です)ほか、2) エルゼビア社は研究者の研究プロセスの初めから終わりをサポートする学術プラットホーマーとなることを自身のデジタル時代の戦略としており、そのプラットホームの部分部分を提供する企業を買収しつつ、世界の研究者を同プラットホームに囲い込むための時間稼ぎをしていると想定されます。
[Elsevier] Open Science--Empowering Knowledge (infographic)

ここ数ヶ月で急展開を見せている欧州十数の研究助成機関に端を発した「プランS」も、ハイブリッド雑誌に論文投稿できる条件として、同雑誌が3年以内に完全OA雑誌に移行することと、「出版と購読(publish and read)」モデルに基づく移行契約を結んでいることを条件としています。本プレスリリースにもありますが、プランSはMPSの提唱するOA2020と方向性を一にしています。MPDLのRalf Schimmerが本年11月に来日した折、プランSについては発表前に相談を受け、相互に矛盾のないよう調整が図られたと言っていました。

プランS(およびOA2020)は12月に中国が賛同したことで、大きく勢いを得ています。残るは、米国の動きが気になるところですが、カリフォルニア大学システムの図書館機能を司るCalifornia Digital Libraryは本年7月にOA出版を支援する方向の行動計画を発表しており、また本年12月のベルリンOA会議においても、その方向の立場を明確にしていたと聞いています。またMITについては本年6月にすでに北米地域として初の「出版と購読(publish and read)」モデルに基づく契約をRoyal Society of Chemistryと結んでいます。
無論米国のことなので、この動きが全米に広がるかどうかは定かではなく、動きを注視している必要があります。
[Inside Higher Ed] (2018.6.15)
MIT Trials First U.S. 'Read and Publish' Agreement

さて、OA2020(およびプランS)実現の要となると言われている「出版と購読(publish and read)」モデルの移行契約ですが、果たしてマックスプランクの求めるように、主要出版社がこれに応じることになるのでしょうか?マックスプランクは、同研究所に関係の深い出版社上位20社について、契約更新のたびにこの移行契約を求めると言っています。また、世界の主要国の主要学術機関が同様の移行契約をそれぞれに関係の深い出版社上位20社と結べば、ある時点でOA出版が当たり前の世界になるだろう(point of no return)と言っています。一方で出版社にとってみれば、一時的だけにせよ、移行契約は減益をおそらく意味するため、よほど将来を見据えた行動を取らない限り、この移行契約には消極的であることが予想されます。今、移行契約に応じているのは前向きな出版社のはずであり、これから新たに交渉する出版社との契約交渉は厳しいものになる可能性があります。

MPSのRalf Schimmerは、こうした契約交渉において、これまでのように購読雑誌数やダウンロード論文数などの「購読」をベースとした積算ではなく、同所研究者の論文投稿・掲載数などの「出版」をベースとした積算で交渉をしていると言っていました。つまり、デジタル時代に適した完全OA出版では、出版にかかるコストが、読者が負担する購読料ではなく、論文著者の負担する論文投稿料(APC)により回収されるため、論文出版数をベースに交渉を進めることが適切というわけです。
そのようにしてデータを吟味すると、実はMPS研究者がエルゼビア社の学術雑誌に出版する論文数は絶対量としても、MPSの論文出版全体に占めるシェアにおいても、過去10年以上にわたり減少傾向にあるそうです。「MPS研究者にとって重要度の下がっている学術雑誌に対して、契約金額を前年より値上げする訳にはいかない!」と言って、現状維持どころか、減額交渉をするのだそうです。

今、日本の大学図書館業界も、こうした移行契約をいくつかの出版社とパイロット的にすることを検討しています。これを実行するためには、どのような出版社の学術雑誌にどの程度の論文数を出版し、どの程度のAPCを負担しているのかの把握が第一歩となります。大学本部事務とも協力しながら、パイロットケースを作っていきたいものです。
世界各国が力を合わせ、デジタル時代に適合した学術論文OAの世界を実現することが期待されています。

船守美穂