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Trump's assault on higher education (1): Trump cuts NIH's Springer Nature subscription

2025年6月25日付けのAXIOS紙の記事によると、トランプ政権は、NIHがシュプリンガー・ネイチャー社(以下、SN社)に支払っていた購読料約2000万ドルを打ち切りました。
多くの虚偽の情報を掲載する学術雑誌の購読料に、市民の税金が無駄に使われていると米・政府効率化省(DOGE)が対応に踏み込んだものであり、他の研究助成機関や他の学術雑誌も対象となる可能性があります。

トランプ大統領とMAGA(Make America Great Again)派は、「学術機関」がWOKEなイデオロギーに凝り固まっていると、これまでも攻撃の対象としてきました。今回は、シュプリンガー・ネイチャー社が出版するネイチャー誌などの「学術雑誌」についても、誤った情報を流布し、人々を惑わしているとしています。

たとえば、新型コロナウィルスが世界中で流行した際も、マスクやワクチンが有効であると誤った主張をする前バイデン大統領と医療系官僚の主張を、度重ねて掲載したとしています。
また、新型コロナウィルスの世界的流行の原因として米CIAが、実験室からの流出説が最も確からしいとしているのに対して、ネイチャー誌は2024年9月になってもまだ、同ウィルスが自然発生したと掲載しているとも指摘しています。

ネイチャー誌はこれ以外にも、「トランスジェンダー、シスジェンダーを超えて―ジェンダー研究を豊かにする新たな用語の導入」といった記事を掲載し、「ジェンダー狂気(gender insanity)」をあおったとされています。

こうした明白なプロパガンダとバイアスにもかかわらず、SN社は何百万ドルもの納税者の税金を受け取っているとし、米政府効率化省(DOGE)は本年4月頃から、SN社を含む医学系雑誌の財源打ち切りを検討していました。
ちなみに、ドナルド・トランプJrは、DOGEのこの動きを報じる極右のBreitbart紙の記事に言及しつつ、「WOKEな出版社に税金はもう投入すべきではない!」と、Xにつぶやいていました。
https://x.com/DonaldJTrumpJr/status/1909686159896084506

米国司法省が本年に入ってSN社に送付した通知においては、同社の編集方針が特定の党派の意見に偏っており、問題があると指摘していました。
同通知はその他に、同社が2017年11月、中国共産党からの要請を受けて、中国国内において機微な内容の論文が中国からアクセスできないようにしたことを指摘し、同社の中国との繋がりについても疑義を呈しています。
[CNN] (2017.11.1)
World's biggest academic book publisher bows to China's censors

NIHは6月26日時点では、NIHの職員が、SN社を含む全ての学術雑誌へのアクセスを有するとに説明していましたが、その後、その親組織にあたる米国保健福祉省が、「SN社との契約は全て打ち切られた。納税者の貴重な税金は、ほぼ読まれていない、ジャンク・サイエンスの購読誌に使われるべきではない」と発表しています。

NSFは、SN社の購読をまだ打ち切っていないとしています。

[AXIOS] (2025.6.25)
Scoop: Trump admin cuts contracts with scientific publishing giant

[Breitbart] (2025.4.8)
DOGE considering cuts to woke medical journals

[Inside Higher Ed] (2025.6.27)
Trump Admin. Cuts NIH's Springer Nature Subscriptions

[Science] (2025.6.27)
Trump cuts subscriptions to Springer Nature journals

(所感)

日本でも多く報道されているように、第二期トランプ政権は、米国高等教育や学術界を特にターゲットとし、ハーバード大学への仕打ちに象徴的に見られるように、競争的資金の打ち切りや留学生の受入れ禁止、大学入試や認証評価におけるDEIへの配慮の見直し、特に反イスラエルに関わる大学の行動規範ポリシーやカリキュラムの変更等を強いてきました。
特に、多様性等に関わるDEI(diversity, equity, and inclusion)の考え方が目の敵とされているため、多くの大学が学内のDEI関連のオフィスやプログラムを改名したり、閉鎖したりしています。

トランプ大統領は、政権第2期の初回議会演説において既に、「反DEI」を表明しており、雇用や採用は、人種やジェンダーではなく、当該人の能力やコンピテンスに応じて行うべきと主張しています。多様性やジェンダーに関する考え方を含む、あらゆる進歩的な社会的・文化的運動が社会の秩序を乱すため、米国から「wokeism」を追放するとしています。

WOKE(目覚めた)という用語は、アフリカ系アメリカ人が、人種差別が社会にはびこっていることに認識を持っていて欲しいと1930年代から呼びかけて(stay woke)いることから、「人種差別や不平等などの社会的問題について認識があること」の俗語として米国において用いられていました。
しかし、トランプ大統領が「wokeism」という用語を上述のような文脈で使用して以来、否定的なニュアンスを持つ用語へと変わっています。
[Hindustan Times] (2025.3.5)
Trump says US won't be 'woke' anymore, what does the term mean?

トランプ政権の反DEIは、軍隊や政府機関、企業における雇用や人事などにも影響を与えていますが、共和党がかねてから敵視している「リベラルな高等教育機関」は特に目を付けられています。
今回のシュプリンガー・ネイチャー社の学術雑誌へのNIHからの購読料打ち切りは、SN社も高等教育機関と同列のものとして、「リベラル」のレッテルを貼られたことを意味します。
政治に特化する米国メディアPOLITICO紙も左派に傾いているとして、2024年から2025年1月までに支払われた95億ドルの購読料をキャンセルされていますが、この後、他の学術雑誌を出版する大手商業出版社も同様の目に遭うのでしょうか?
[SAN] (2025.2.6)
DOGE cancels millions in government payments to left-leaning media outlet

■ トランプ政権の即時OA政策への影響

上がり続ける学術雑誌の購読料への対抗措置としてEUにおいて推進されている「即時OA」政策(通称「プランS」)は、米国においては2025年中に開始すると、2022年に発表されていました。
[mihoチャネル] (2022.8.27) 米国、即座OAの方針を発表

この政策(通称「ネルソン・メモ」)は、バイデン大統領の署名により発効しており、本来であれば、トランプ政権により打ち切られていて当然なはずでした。
しかし、この政策は実は、(トランプ大統領が意識してか、意識せずにか)、どうやらトランプ政権第一期に検討開始されたものだったそうで、第二期の今も、トランプ大統領に支持され、継続しているそうです(米国大学図書館関係者談)。
そのようなこともあってか、NIHは、即時OAの開始を、当初予定していた2025年12月31日から7月1日に早めています。
[NIH] (2025.4.30)
Accelerating Access to Research Results: New Implementation Date for the 2024 NIH Public Access Policy

■ 上がり続ける論文掲載料(APC)はどうなるか?

即時OA政策は、上昇し続ける購読料を回避するために、学術雑誌のOA誌への転換を促していますが、OA誌やOA論文はその運営に、論文掲載料(APC)を必要とするため、今度はAPCの上昇が引き起こされています。これにより、APCを負担できる研究者とできない研究者、できる国とできない国との間に、新たな不平等が生まれていることが近年、世界的に問題になっています。

EUの「プランS」は、転換契約を当初から、学術雑誌が購読誌からOA誌に転換するための一時的措置と位置づけており、2025年より後の転換契約への支援(すなわち、転換契約下にある学術雑誌への論文掲載料(APC)の支援)打ち切りを、「プランS」開始当初から宣言しています。
また、2023年の調査により、出版社と大学間の「転換契約」が、購読誌がOA誌に転換するための役割を十分に果たせていなかったという結論が見いだされているため、近年では、APC価格の地域是正措置を実験しながら、他方では、研究者が購読料もAPCも負担しなくてよい「ダイヤモンドOA」や「プレプリント」、「権利保持」などへの支援が強化されています。
[cOAlition S] (2023.1.26)
cOAlition S confirms the end of its financial support for Open Access publishing under transformative arrangements after 2024

[cOAlition S] (2024.6.28)Transformative Journals: analysis from the 2023 reports

[cOAlition S] (2025.5.22) Plan S: Annual Review 2024

つまり、プランSでは、購読料だけでなく、APCについても、研究者が負担しなくて良い方向で舵を切ろうとしているわけですが、ということは、(プランSの文脈は少し異なるのかもしれませんが)、米国においても論文掲載料(APC)について、今回のS N社の購読料と同様に、納税者の税金がジャンク・サイエンスの執筆に使われていることが問題視され、そのうちに補助が打ち切りにされるかもしれませんね。。。

いやはや、世の中、錯綜しているものです。

船守美穂