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US universities under COVID-19: US PhD programs in humanities and social sciences suspending admission

レポート(7)の続きです)

米国の人文社会科学系の大学院では、在籍中の大学院生の奨学金を維持するために、大学院生の新規募集を見送っているようです。シカゴ大学はそのなか奇策を打ち出し、話題を呼んでいます。

米国人社系大学院の募集見送り

コロナ禍の影響は、米国の人文社会科学系の大学院にも大きな影響を与えています。50以上の博士プログラムが2021年度入学の募集を見送りました(参考文献に募集停止したプログラムのリストあり)。

プリンストン大学社会学専攻が2020年5月中旬に募集見送りの決定をし、多くの米国大学院の人文社会科学系博士プログラムがこれに続きました。コロナ下において研究活動がままならない中、在籍中の大学院生の在学延長が予想され、これら在籍者の奨学金を確保するために、募集見送りの判断がなされました。募集人数縮小の可能性も検討されましたが、毎年、募集人数の検討をするより、思い切って募集見送りとした方が良いとプリンストン大学は判断しました。ニューヨーク大学歴史学専攻は、進学者が半数以下に減った場合、十分な知的な環境が提供できないと考え、募集を見送りとしました。

ペンシルバニア大学は、人社系のみならず理学系も含むSchool of Arts of Sciencesにおいて、「大学が奨学金を提供する全ての博士プログラム」の募集を見送ることとしました。外部資金を利用した院生の募集は引き続き可能です。このようにして浮いた予算は、在籍者に対するコロナ下の緊急支援等にも使用されます。通信環境の整備、医療費、保育費などが想定されています。

コロンビア大学のGraduate School of Arts and Sciencesは、全ての人文系および社会科学系専攻に対して、なんらかの募集縮小を要請しました。1年縮小するか、2年越しでするかなどについては専攻ごとの判断に委ねましたが、多くの専攻が1年募集見送りの判断をしました。

全米で多くの人文社会科学系博士プログラムが2021年度入学の募集見送りとしているため、2022年度入学は二重の志願者が集まり、狭き門となることが見込まれています。また、不況下においては大学院進学者数が一般に拡大するため、この傾向は更に強まる可能性があります。

[Chronicle of Higher Education](2020.9.28)
More Doctoral Programs Suspend Admissions. That Could Have Lasting Effects on Graduate Education.

シカゴ大学英文学専攻では、シェイクスピアは研究できない?!

多くの人社系大学院が募集停止する中、シカゴ大学英文学専攻は2021年度進学について、黒人研究(Black studies)を志望する者のみを受け入れると2020年7月に発表しました。

シカゴ大学英語専攻のトップページに掲載された募集の案内には、Black Lives Matter(BLM、黒人の命は大切)とジョージ・フロイド事件などへの言及があり、文献や歴史などを通して反黒人の人種差別や暴力に深く触れる文学者として、黒人や先住民、人種差別や疎外を受けた人々の苦闘、不平等や暴力に対して、強い関心を寄せている(committed to)とあります。

英文学は学問分野として、社会規範や社会の価値観の再生産に寄与します。これまでは、文学作品や歴史の研究を通じて、植民地支配や搾取、反黒人主義などの正当化に寄与してきました。このため、美学・表現・不平等・支配の関係性をこれから表現、研究、教育するにあたり、よりインクルージブで公平な学問分野を形成する余地があると考えたとあります。

シカゴ大学英文学専攻のこの発表は多くの批判や賞賛を呼びました。人種やアイデンティティについて多く執筆している作家Thomas Chatterton Williams氏は「私は黒人を対象とした作品に特に関心を有しているけど、無理に研究させられるのはどうかなぁ?!」とツイートしました。政治活動家のAyaan Hirsi Ali氏は「馬鹿げている。(中略)英語は支配者の言語じゃなかったっけ?」とツイートしました。テキサス州上院議員のTed Cruz氏は「シカゴでは、シェイクスピアやチョーサー、オースティンは研究できないみたいだね」とツイートしました。そのほかにも、この発表を「差別的」「非知性的」とする声が多数あります。

一方で、この発表を評価する声もあります。ジョージ・フロイド事件以降、多くの米国の大学がBLMを支持する声明を発表しましたが、行動に移した例は多くありません。シカゴ大学英文学専攻の今回の動きは、BLMの考えを実践に移したものと評価されています。また、同専攻は米国内でも有数の優れた英文学専攻であるため、黒人研究を多角的な視点で捉えることができるという声もあります。

シカゴ大学英文学専攻のMaud Ellmann専攻長は、コロナ下に鑑み募集人数を5名に抑えるよう大学当局から要請があり、一方で志願者は750名を見込んでいたため、倍率1%以下の厳しい選択を迫られるより、研究領域をぐっと絞ることとしたとしています。黒人研究に募集を絞ることで、専攻を挙げて同研究内容をサポートする用意があることを黒人研究に関心ある志願者に示したかったそうです。同時に、黒人研究に関心ある学生を集めることで、学生間に団結力が生まれることも期待しています。

特定の研究テーマに偏りすぎているという批判に対して、シカゴ大学英文学専攻はこのような研究テーマを特定した募集を今後、他の研究テーマにも拡大していくとしています。「(文学部ではこれまで、学生が自由に研究テーマを選ぶことが一般的でしたが)理工系では研究テーマを指定した募集が既に一般化しています。ごく少人数の募集しかできないような特殊な状況においては、少人数で英文学の幅広い研究領域をカバーするより、特定の研究領域に絞ることが(文学部においても)理にかなっています(make sense)」。

シカゴ大学英文学専攻への2021年進学者は黒人研究に限定すると言っても、学生は同専攻の幅広い研究領域を探索することを求められます。英文学や現代言語、文学、哲学、神学などが一例として挙げられます。「ブラック・シェイクスピア」という科目もあり、ここでは「シェイクスピアの一連の作品が、西洋の近代から現代における黒人観や人種に対する見方の形成にどのように寄与してきたか」を、「オセロ」や「テンペスト」などの作品から探求します。その意味で、シカゴ大学英文学専攻においてシェイクスピアの研究ができないわけではありません。

イエール大学アフリカン・アメリカン研究の専攻長で、英文学も兼任するJacqueline Goldsby氏は「専門分野にかかわらず、全ての研究者はアフリカ系アメリカ人やディアスポラ、植民地支配された人々の作品を知っている責任がある」と述べています。また「黒人の文学や美学を学問分野の一部とみなしてこなかった文学の歴史を考えると、シカゴ大学英文学専攻の動きは先端的で、伝統を破る大胆な決断である」とも述べています。

米国の他の英文学専攻が今後どのような動きをするかが注目されます。

[Inside Higher Ed](2020.9.16)
Wanted: Black Studies Scholars (Only)

[Chronicle of Higher Education](2020.9.18)
Wait, Can They Still Study Shakespeare?

シカゴ大学英語専攻トップページの募集案内(Faculty Statement (July 2020)

[Inside Higher Ed](2020.6.1)
College Leaders Respond to Death of George Floyd

所感
――「学問の自由」と多様性の対立

シカゴ大学英文学専攻は2021年度の大学院生受け入れを、黒人研究を志望する者に絞りました。大学として、黒人研究を推進するという意思表明です。これは、研究のテーマを個人の自由に任せていた伝統的な文学部のスタイルとは大きく異なります。無論、黒人研究を好まない学生は同専攻に応募しなければ良いだけなので、学生に対する研究テーマの押しつけではありませんが、組織として重点を置く研究テーマを絞ったということは、大学において一般的な「学問の自由」の考え方からの大きな逸脱です。

実はシカゴ大学は、大学構成員の「学問や言論の自由」を保証する「シカゴ原則(Chicago Principles)」(2014年)を打ち出した大学として有名です。「大学は、既存の価値観や物の見方を問い直し、新たな価値を創出する機関として、多様な価値観を内在させることがその本質にある。大学の構成員は、法に違反したり、個人を不当に貶めたりしない限りにおいて、相対立する価値観も含め、多様な考え方を持ち、表現し得る(意訳)」とあり、「自由な探究を本質とする大学のあり方」と大学構成員の「学問や言論の自由」を一体不可分のものとして絶妙に表現しています。
また、このシカゴ原則の淵源となった「政治的、社会的活動における大学の役割」報告書(1967年)は、「大学は自由な探究を保証する場として、特定の社会的スタンスはとらない」と明言しています。

大学構成員の「学問や言論の自由」を保証し、大学は特定の社会的スタンスをとらないとしているのに、シカゴ大学の英文学専攻は黒人研究に募集を限定するのかと揶揄されているのです。

○ シカゴ大学表現の自由委員会,"Report of the Committee on Freedom of Expression," (2014)

○ シカゴ大学Kalvan委員会, "Report on the University's Role in Political and Social Action," (1967.11.11)

2014年に打ち出されたこのシカゴ原則はその後、数多くの米国の大学が採択しています。「教育における個人の権利財団(FIRE, Foundation for Individual Rights in Education)によると、類似の原則を採択した大学は80以上に上り、その中にはプリンストン大学やパデュー大学、ジョーンズホプキンズ大学、コロンビア大学などが含まれます。リベラルや極右翼など、多くの対立的な思想が大学キャンパスにおいて顕在化するなか、これら多様な価値観を包容するシカゴ原則は採択されました。シカゴ原則は、自由な探究を本質とする大学のあり方と、過激派も含む多様な見解の存在を巧妙にバランスさせ、ニュアンスをもって表現し尽くしています。

○ FIRE, "Chicago Statement: University and Faculty Body Support." (Last accessed, 2021.2.23)

[Inside Higher Ed] (2018.12.21) In Defense of the Chicago Principles

一方、大学がシカゴ原則を安易に採択しすぎているという批判もあります。この原則を採択することで、大学が「多様性を尊ぶ」というポーズをとったことに満足してしまい、多様性を醸成するためのアクションが続かないと指摘されています。それどころか、この原則は極右派のキャンパスにおける講演会等の活動も容認するため、その陰でマイノリティの声が結果として押し殺されているとも指摘されています。

[Inside Higher Ed] (2018.12.11) Against Endorsing the Chicago Principles

今の時代において、大学が多様性を尊ばないという選択肢は、国を問わずありません。しかし、「多様性と大学の卓越性」をどのように両立させるのか、学問や表現の自由を追求することによって、声の大きい者のみを擁護することにならないか、課題は大きいです。

多様性を醸成するために大学はどのように組織的に介入するべきなのでしょう。大学自らが、弱者の犠牲の上に自身の経営を成り立たせている側面もあり、高等教育のあり方が問われています。

船守美穂