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India pushes 'one nation, one subscription' journal-access plan with green OA

インド政府は、国内誰もが学術雑誌にアクセスできるプロポーザルを検討しています。「政府は、(研究者のみが利用できる、機関単位の購読契約の集合体としてではなく)、全国をカバーする、学術雑誌の購読契約( 'One nation, one subscription' )を、世界の大手出版社と締結したいと思っている」と、政府に助言を与える研究者たち(以下、政府助言グループ)は述べています。

この提案は、インド政府が現在策定中の科学技術イノベーション政策の一部となる予定です。この政策は、インド政府への主要科学アドバイザー室(Office of the Principal Scientific Adviser to the Government of India)と、科学技術部(Department of Science and Technology)により策定されています。政策案は、数週間以内に提示される予定で、内閣にて年内に承認の予定です。

この提案が通るかどうかは、このような全国をカバーする購読契約に対して、出版社が前向きな対応をとるかどうかに依ります。しかしうまくいった場合、インドは、全国民に対して「購読の壁」の向こうにある学術論文にアクセスを与える、世界最大規模の購読契約を締結する国となります。インドは13億人の人口規模を誇ります。「インドがもし成功し、購読料を安上がりに納めることができたなら、多くの国々が関心を持つでしょう」と、ハーバード大学学術コミュニケーション室のPeter Suber氏は言います。

ウルグアイでは、国民が学術論文へのアクセス可能な購読契約を、研究機関が締結しています。ドイツでは、学術機関と主要出版社との間に、全国的な契約が存在します。ドイツの契約は、Read&Publish契約と呼ばれるもので、〔学術論文の購読に加え〕研究者は自身の論文を、自身で費用負担することなく、オープンアクセス(OA)で出版することができます。

インドは、ドイツのようなRead&Publish契約は想定していません。その代わり、政府助言グループは、論文著者が採択された論文を、公的なオンラインリポジトリにアーカイブすることを求めています。これは一般に「グリーンOA」と呼ばれ、OAジャーナルに出版することにより論文をOAとする「ゴールドOA」と区別されます。

この提案は、インドがプランSに参加すべきかという議論から浮上しました。プランSは、20以上の研究助成機関や国際機関が推進する、グローバルなOAイニシアティブで、2021年に発効します。推進機関の多くは欧州の機関です。プランSは、参加する研究助成機関から助成を得た研究成果が、出版と同時に、誰からも無償でアクセス可能となることを義務づけています。

しかしインドのOA推進論者は、プランSがインドのような国においては、うまく機能しないと指摘しています。OA雑誌は、高額な論文掲載料(APC)を求めるのです。
「研究のためのリソースの少ないインドのような国にとって、論文出版のために費用負担が発生するのは良くありません」と、ベンガルールにあるAzim Premji大学の図書館員であり、政府助言グループの一員であるMadhan Muthu氏は主張します。政府への主要科学アドバイザーであるKrishnaswamy VijayRaghavan氏は少し前に、インドがプランSに参加しないと宣言しています。

政府助言グループの提案はグリーンOAを志向しているものの、政府助言グループの一部のメンバーは、政府が名の通ったOA雑誌に対してAPCの費用負担をすることも希望しています。しかし、公的資金をこのような用途に用いることに反対のメンバーもいます。

低・中所得の国々は、インドの動きを注視することとなるでしょう。インドは2018年、科学技術系の論文を13.5万点以上出版し、世界第3位でした(米NSFデータによる)。科学技術系論文の大規模生産国として、インドは他の諸国より有利に、出版社と交渉を進められる可能性があると、Suber氏は述べます。

インドの研究機関は昨年、学術論文の購読契約に計150億ルピー(215億円)を支払いました。一国一購読契約に一本化することで、これがどの程度圧縮されるかがポイントとなります。(後略)

[Nature] (2020.9.30)
India pushes bold 'one nation, one subscription' journal-access plan-Researchers will also recommend an open-access policy that promotes research being shared in online repositories.

――インドの提案をどのように見るか

全国民に学術雑誌へのアクセスを確保するというのは、学術雑誌購読料問題への解決手段にこれまでなかったアプローチと思います。しかし、今伸び盛りのBRICs諸国の一員にとっては、賢い方法なのかもしれません。
インドは現状では、学術機関ごとに購読契約が結ばれているわけですが、インドのような国なので、購読契約を結べていない学術機関も少なからずあると想定されます。また、企業や専門学校など、高等教育機関の枠を外れた機関においても、学術情報にアクセスできることで、研究開発やイノベーションにつなげることのできる機関や人材がたくさんいると思われます。そのような状態において、皆が学術情報にアクセスできる環境を作ることは、国の成長に寄与する可能性が高いので、全国民を包含する購読契約を追求するというのは、理にかなった政策です。無論、国民の多くが英文情報を理解できるからこその案ではありますが、なかなか賢いように思います。(この海賊版サイトの温床となるような契約を、大手商業出版社が飲むかどうかは別問題ですが (^^;))。

また、OA出版のためのAPC負担を求めるプランSが、低・中所得国には向かないと言い切っていることも、適切な判断のように思います。
プランSは、学術情報流通コストの負担を読者の購読料(read側)から、論文著者のAPC(write側)に移行させるイニシアティブと理解することができます。これまで低・中所得国の多くでは、(購読料の負担だけでも苦しいのですが)、APCの費用負担をカバーする財源がなく、どうしてもAPCが必要な場合は、諦めるか、研究者が自腹を切るほどであったと聞いています。
プランSは、研究助成機関あるいは学術機関がAPCを負担することを前提としているので、インドがプランSに加わった場合、インド政府には、追加の費用負担が発生します。無論、世界の論文のOA比率が拡大すれば、購読料が縮小し、APCを負担するための財源が生まれるという(学術コミュニティ側の期待の)ストーリーではありますが、それが本当に実現するか、また、実現するとしても、いつとなるかは未知数です。少なくとも、プランS参加国が、欧州の一部の諸国にとどまっている間は、難しいと考えると、インド政府としては、現段階では、プランSに参加することはできません。

インドは、2019年10月段階で、プランSに参加しないと意思表明していますが、その中心的な理由は、「APCの費用負担が難しい」というものでした。アフリカ諸国からも、APCの導入が、アフリカ地域における研究推進の足かせとなるといった声が聞かれます。日本のJ-Stageと同様の、APCの負担を必要としない政府ベースのOA出版プラットフォームSciELOを有する南米諸国は、プランSのイニシアティブがこうした地域に根ざした学術情報流通のエコシステムを乱すものであると批判しています。

[WIRE] (2019.10.26)
India Will Skip Plan S, Focus on National Efforts in Science Publishing

[Research Professional News] (2020.10.1)
Open-access fees creating 'a crisis' for African research

Debat H, Babini D. 2019. Plan S in Latin America: A precautionary note.
PeerJ Preprints 7:e27834v2

これら低・中所得国の批判は、現段階では「APCの費用負担が難しい」ですが、インドや中国などを見れば分かるように、BRICs諸国は近い将来、論文生産量で世界をリードする国々となることは確かです。そのときに学術情報流通のコスト負担がAPCベースとなっていると、アフリカ諸国が主張するように、APCが国の論文生産と経済成長の足かせとなる危険性が高まります。

そのような事情もあって、インドが、APCベースの学術情報流通に批判的な態度をとるのは、とてもうなずけます。

――日本はどうなのか?

インドのこの「一国一購読契約」の方向性は、政府助言グループからの提案段階にあり、まだ確定したわけではありません。
提案では、全国でグリーンOAを追求すると言っていますが、これまでのリポジトリへの論文搭載実績が極めて低いので、非現実的との批判があります。また、完全にグリーンOAのみを追求するのではなく、一部の権威あるOA雑誌(←Nature誌のことか?)については、政府がAPC補助すべき、つまりゴールドOAを一部雑誌については認めるべき、との意見もあります。
そもそも大手商業出版社がこのような案に前向きな対応を示すか、未知数です。一般論としては、インド全国民にアクセスを与え、さらにこれまで機関別に負担していた購読料の総和より割安な購読契約を求めるというのは、問屋が卸さないと想定されます。しかし一方で、出版社としてはおそらく、「購読ベースの国」と「OA出版ベースの国」が世界に混在している状態が最も、購読料もAPCも二重取りしやすい環境なので、それを明示的なものとする意味で、インドとの「一国一購読契約」に応じる可能性があるように思います。

日本はと言えば、プランSについての姿勢を明確にしないまま、また、公式の場での議論もないまま、単に「購読料が高いのは困ったものだ」という認識でずるずるとここまで来ているように見えます。そうでなければ、先日、ジャーナル問題検討部会から出た体たらくな「中間まとめ(案)」は理解できません。「プランS」の一言もなければ、「Read&Publish契約」の用語は最後の方にちょろっと1回のみ、しかもAPCの支出状況を把握する必要性を指摘するためにのみ、出てきているだけです。
本来は、世界の学術情報流通の動向について、2018年9月にプランSが打ち出されて以来、急速に、「電子ジャーナルの購読料問題を、研究助成機関が、助成した研究成果の即座OA出版を義務化するという方法で解決する」という潮流が欧州諸国を中心に鮮明となり、他の諸国はこれに反対、もしくは態度を決めかねているうちに、プランSに誘発された出版社がRead&Publish契約を世界各国で志向しだしているという認識を示した上で、日本はどのような対応をとるべきかの論を展開すべきなのではないでしょうか?
インドと同じ判断が日本に通用するとは思いませんが、インドは「プランSにどのように対応していくべきか」という国レベルでの議論をきっかけとして、今回紹介したような、自国にとって最もメリットあると思える戦略を生み出しており、そのような認識のレベルと、国家戦略を生み出す迫力には、見習うべき点があるように思います。

ジャーナル問題検討部会(第6回)配布資料【資料3】「中間まとめ(案)」

ジャーナル問題検討部会の「中間まとめ(案)」とほぼ同時期に発表された、日本学術会議の学術情報流通に関わる提言は、ジャーナル問題検討部会の「中間まとめ(案)」に比べて、遙かに具体的で、力強いものとなっています。電子ジャーナルの問題を単に大学側の購読と論文執筆の問題からアプローチするのではなく、学術雑誌を運営する学会の立場や、これから大きくなってくるであろうオープンサイエンスや研究データ管理の議論も織り込んで、学術情報流通の全体システムからアプローチしている点も高く評価されます。
少し筆が走りすぎて、現実認識がずれているように見える点や、「学術誌購読費用とAPCの急増に対応する国家的な一括契約運営組織の創設」をはじめとする諸組織の創設の構想等、大風呂敷を広げすぎているように見える点など、気になる点も多くありますが、一方で、「これぐらいの打ち出しをしないと、日本においては議論が喚起されない」という、山口周委員長の焦燥感も理解できます。

日本学術会議 第三部理工系学協会の活動と学術情報に関する分科会
「学術情報流通の大変革時代に向けた学術情報環境の再構築と国際競争力強化」(2020.9.28)

世界の国々はいずれも、購読料問題やプランS、Read&Publish契約にどのように対応すべきか、暗中模索の手探りをしています。未だコレ! という解決方法は見いだされていません。ただし確かなのは、国あるいは大学横断的なレベルにおいて、一定の方向性が示されないままに機関ごとの対応に任せておくと、個々の大学が検討や交渉で消耗する度合いが大きいことに加え、その方向性がバラバラのため、お互いの努力が、国全体では打ち消し合う危険性が高まることです。

そのような消耗をしている余裕は、今の日本の大学にはないので、国あるいは大学コンソーシアムのレベルで、なんらかの統一的な方向性を見いだし、動いていきたいものです。合理的に適切な解が見いだせないときに、ある方向性を打ち出すのはしんどい作業ですが、未来を創り出すという心意気で、他国とも横連携を進めながら、方向性を創っていくことが大事のように思います。

船守美穂