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ETHZ, signatory of DORA, considers journal IF and apologizes

論文発表先の学術雑誌のランクでは、大学教員を評価しないと誓約した大学が、ネイチャー誌やサイエンス誌などにおける論文発表実績を条件とするポスドクの公募をしたことについて、謝罪しました。

ETHチューリヒは、研究の質の指標として学術雑誌のインパクトファクタ(IF)は見ないとする「サンフランシスコ研究評価宣言(DORA)」に署名しています。それにも関わらず、同大学の化学・バイオエンジニアリング研究所は、持続可能なプロセスシステム工学のポスドクを公募するにあたり、応募者はIF10以上の学術雑誌に論文発表をした実績が必要、という条件を付けました。
「このポストに応募する際の特別な要件は、応募者が主著者または共著者として、ハイインパクト雑誌(IF10以上、つまり、Nature, Science, Nature Communications, Nature Energy, Nature Sustainability, Nature Climate Change, PNAS, Energy & Environmental Science等)に(最低一論文の)論文発表実績を有することである」と公募には記載されています。
このような高いIFを有す学術雑誌はごく少数しかなく、かつ、こうした雑誌の論文の採択率はとても低いことが一般的です。さらに、論文が発表された学術雑誌は、必ずしも当該研究の質の高さを表しているわけではなく、かつ、こうした学術雑誌に掲載される論文のセレクションは、編集委員会のバイアスとネットワークにより形取られている、とIFに批判的な人たちは指摘しています。

今回のポスドクのポストは、初めは1年契約で、最大3年として公募されていました。公募には更に、採用されたポスドクは、「研究成果を継続的に、こうしたハイインパクト雑誌に発表すること」とありました。
この公募は、Gonzalo Guillén-Gosálbez氏のグループによりなされており、批判が集中した後、同氏はツイッターにて謝罪を発信しています。「ETHおよび研究コミュニティ全体に謝罪し、要件を変えます」とあり、同僚(peers)からのコメントに「深く反省した(reflected deeply)」と付け加えてあります。

DORAの代表であり、インペリアル・カレッジ・ロンドンの平等・多様性・インクルージョンのプロボスト補であるStephen Curry氏は、DORAの署名機関による、明らかにDORAの精神に明らかに反する公募をみて、気分を害した(disturbed)と言っています。
Curry氏は、ETHチューリヒの学長に注意喚起の連絡をしており、大学が既に対応を図っており、「DORAを実施することに、とても真剣(committed)」であったと言っています。
「DORAに署名したことによる責務を、構成員全員が認識しているようにすることは、大きな組織において、常に課題であると認識している」と彼は付け加えました。

ウプサラ大学(スウェーデン)Lynn Kamerlin教授(構造生物学)は、もしETHと同じ基準で人材を採用していたら、「現在、グループでとても活躍している優れた候補者」を獲得できていなかっただろうと指摘しています。彼女は公募では、「DORAの原則に基づいて評価された、高い科学的水準の論文出版実績」を求めています。
他方、どの応募にも「候補者は、時間と期待を投資」しているため、「もし〔今回ETHで使われたような〕基準で実際には判断されるのであるならば、公募にそのように記載し、候補者が無駄な時間を取らないで済むようにした方が誠実な対応ではないか?」とKamerlin氏は指摘します。

ETHのスポークスマンは、大学が「人材獲得において、質的基準で評価することを極めて大事にしており、DORAの精神に全面的に賛同している」と述べています。
ETHは、「今回の公募で用いられた要件を関知しておらず、〔事態を知った後〕担当教員と連絡を取っている」と付け加えました。

[Inside Higher Ed] (2019.6.28)
University Vows Not to Consider Journal Quality, but Does

研究評価に関わるサンフランシスコ宣言」(San Francisco Declaration on Research Assessment, DORA)は、以前にも紹介したように、米国細胞生物学会の年次大会において2012年に草稿されました。その時点では、学術雑誌のエディタや出版社のグループが議論をし取りまとめていましたが、2013年に正式に発表されたときは、150人以上の研究者、75の学術機関が署名をし、現在は14509名の研究者、1426の機関が署名しています(2019.7.2 現在)。

サイトには署名機関しか記されていないので、機関名から、国情報や機関のタイプを類推するしかないのですが、見たところいくつかの国・地域に集中しているようです。学術雑誌が約4割を占め、またそのうち8割がスペイン語圏の雑誌で、その他大学等学術機関においてもスペイン語圏の機関名が多数見られます。一方それ以外の言語圏では、英国、北欧諸国、ドイツ、スイスなどの国が目に付きます。
英国は、HEFCEやUKRIなどの高等教育助成機関が署名しており、大学としてはオックスブリッジやエジンバラ大学、UCLなど、英国の大学が軒並み、名を連ねています。スイスも、ETHチューリヒやEPFL、バーゼル大学など、複数の大学が署名しています。アメリカの大学は、シラキュース大学やアイオワ州立大学程度なのですが、一方で、アメリカ科学振興協会(AAAS)などの大所は、初期の頃から賛同しています。なお署名はしていないのですが、DORAの「グッドプラクティス」サイトには、NIHとNSFの取り組みが紹介されています。
学術会議(academy)関係では、英国、スイス、フィンランド、オーストリア、豪州などが署名しています。その他、欧州大学協会(EUA)や欧州研究大学連盟(LERU)、オランダ大学協会(VSNU)などの名前も見られます。学会や学会誌の署名が極めて多く、分野も当初のバイオ系だけでなく、数物理系、医薬系、化・工学系、人文系、社会科学系、学際系へと広がっているようです。
ちなみに日本の機関としては、(1)日本生化学会と、(2)日本細胞生物学会の出版する学術雑誌 "Cell Structure and Function" が署名しています( "jap" で検索したので、もしかしたら他にもあるかもしれません)。

DORAは、2012〜13年の草稿から発表時はそれなりに話題性があったのだと思いますが、その後、あまり報道を見かけていません。しかし2018年6月に、DORAの精神を世界に広げるための2年間の戦略プラン「DORA Roadmap」が策定され、昨年後半から世界の学術界を騒がせている、学術論文の完全即時OAを要求する、欧州研究助成機関による「プランS」において、研究助成機関がDORAの精神に基づき研究評価をするとの言明があり、DORAは脚光を再び、俄に浴びだしているように感じます。
学術雑誌の視聴率とも言えるIFで、当該雑誌含まれる論文全てを同程度の水準とみなしてしまうことが問題なのは確かなので、DORAの精神が(今回の事件やプランS等を通して)強制力をもって履行されるようになると、この研究評価方法は実質化するのではないでしょうか。日本の機関も、DORAに署名するしないは別としても、どのように研究評価をするかを真剣に考えていく必要があります。

それにしてもETHチューリヒの事件は、災難(?)でしたねえ。無論、「IF10以上の論文発表実績」と公募に書いてしまうのは、あまりにも稚拙だったとは思いますが、一方で、DORAがそれほどの強制力を持つとは誰も思っていなかったのではないでしょうか?おそらく大学で署名を決定する際、大学の最上位の役員会議や部局長会議でDORA署名の趣旨がさらりと説明されて、異議を挟めるような内容でもないので、そのまま承認され、各教員には一斉に事務連絡がされた程度ではないでしょうか。その他署名している英・オックスブリッジなどが、DORAの精神をどのように履行しているのかも気になります。

いずれにしても、この事件を経て、DORA署名機関であるということが、相当の重みを持つことになると思います。

船守美穂