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India rethinks the requirement for peer-reviewed article for earning PhD

インドの研究者からなる委員会が、PhD取得に必要な論文発表要件を見直す方向の提言をまとめました。これがインド高等教育を所管する監督局により採択されると、インドの博士課程の学生は、博士論文取得前に学術論文に論文発表をする必要がなくなります。

インドの大学助成委員会(University Grants Commission, UGC)は現在、博士学位審査となる前に、査読付き論文を最低一本と、学会やセミナーで論文を最低二本、発表することを要求しています。国レベルでこうした博士学位についてのポリシーがあることは珍しく、多くの国では、学術機関がこうした規則を設けています。

しかし昨年UGCは、この規則のあり方を、その他のいくつかの規則と合わせて、理系および文系(sciences and humanities)の研究者からなる委員会に諮問しました。
この委員会は、こうした博士学位取得に伴う論文出版の要件が、悪質の学術雑誌が蔓延る要因になったのではないかと疑っていると、同委員会の座長であり、ベンガルールにあるインド科学研究所(Indian Institute of Science)の生物化学者であるPadmanabhan Balaram氏は述べました。悪質の学術雑誌とは、お金を払うと、査読や編集抜きで、論文を素早く出版してくれる雑誌のことです。インド政府はこうしたハゲタカ雑誌を撲滅すると以前、約束しました。

同委員会は、博士課程の途中で博士論文に関する口頭試問を大学が実施する方向で規則を変更するよう、UGCに提言したとBalaram氏は述べました。UGCがこの提案を採用するかは未定です。UGCからの見解は6月に発表される予定です。

〔博士学位取得における〕非合理な遅れ

ベンガルールにある生物科学国家センター(National Centre for Biological Sciences)の学術活動の長であるMukund Thattai氏(計算生物学)は、この提案に賛成です。曰く、毎年、同センターの博士課程学生の約1/4は、この論文発表の要件を満たせないため、博士学位取得が遅れるそうです。特に数学や生物学では、論文発表に一年以上かかることが多いと彼は指摘します。
「学生を待たせるのは、良心的に受け入れがたいです(unconscionable)」とThattai氏は述べました。「学位取得を待っているため、職を得ることすらできないのです」。

論文発表要件をなくしても、低品質な研究は減らないだろうと指摘する研究者もいます。論文発表を求めれば外部者による査読が最低限入りますが、これがないとバイアスのかかった博士学位審査委員会が、基準以下の博士論文を通す可能性があると、チェンナイの数理科学研究所(Institute of Mathematical Sciences)の計算生物物理学者であるGautam Menon氏は言っています。博士学位における研究成果を学術雑誌における論文発表のかたちで求めることは、それほど非合理(unreasonable)ではないと彼は指摘します。

査読付き論文は、ポスドクの応募者を評価するのにも有用である、とプネの天文・天文物理学大学間センター(Inter-University Centre for Astronomy and Astrophysics)の天文物理学者であるAjit Kembhavi氏は指摘します。しかし論文発表の要件が、低品質の論文の蔓延を引き起こすのなら、それは問題である、と彼も〔同委員会の提案に〕同意します。

Balaram氏は、〔国ではなく〕博士学位を授与する学術機関が、学術水準の維持について責任を持つべきと考えます。「万人に適用される中央の規則があるのは、とても大変です。なぜならそのような規則を導入したとたん、抜け道を見つける人が出てくるからです」と彼は説明しました。

[Nature] (2019.5.31)
No paper, no PhD? India rethinks graduate student policy

なんか本末転倒のような提案ですね。確かに国レベルで、学位取得のための査読付き論文を求めるのは、個々の学術機関や分野別の事情を十分に考慮出来ず、弊害が大きいのでしょうけど、でも、この記事で問題として指摘されているのは、この規則により、博士学位を標準取得年限以内に取得できないということや、ハゲタカ雑誌がはびこるということで、これは学術機関が同様の規則を採用しても、同様の問題が生じる気がします。また学術機関がこの規則を採用しなかったら、この記事に指摘されているように、内輪での評価となり客観性が失われ、学位論文の更なる質低下を招くような気がします。

そもそも、査読付き論文を博士学位取得の条件として求めるのは比較的一般的と思うのですが、ハゲタカ雑誌といった問題が現在のような規模で起きたことはこれまでになく、ハゲタカ雑誌がインドの博士学位取得予定者によってのみ消費されているわけではないということからも、このインドの国家レベルの規則のみにハゲタカ雑誌隆盛の原因を求めるのはどうかと思います。ハゲタカ雑誌はやはり、インターネットの普及により可能となったOA雑誌の仕組みをうまく逆手に取り、世界における論文輩出圧力につけ込んだ悪徳商法、というだけのことではないでしょうか。少なくともインドのUGCがこの規則を撤廃しても、一度出来てしまった悪徳商法が自然消滅することはないと思います。

研究評価が、学術雑誌のIF(Impact Factor)に強く依存していることを問題視して、2012年に、「研究評価に関わるサンフランシスコ宣言」(San Francisco Declaration on Research Assessment, DORA)という宣言が、米国細胞生物学会の年次大会において発表されました。細胞生物学とはありますが、分野横断的な宣言として、まとめられています。
以下3点を問題意識として、大原則を「学術雑誌のIFといった、学術雑誌に依拠する研究評価指標を、個々の論文の質の代替指標として、個々の研究者の貢献、教員採用や昇進、研究助成の検討に用いたりしてはいけない」とまとめ、その後に研究助成機関、学術機関、出版社、研究評価指標を提供する機関、研究者それぞれに対して、具体的な提言をまとめています。

  1. 学術雑誌のIFといった、学術雑誌に依拠する研究評価指標の、研究助成や教員採用、昇進などにおける利用をなくす必要性
  2. 研究を、それが発表された学術雑誌に基づいて評価するのではなく、その中身に基づいて評価(assess research on its own merits)する必要性
  3. オンライン出版が提供する可能性を実質化(capitalize)する必要性(たとえば、文字数や図表、参考文献に課される不必要な制限の緩和や、研究の重要性やイン パクトを評価する新たな指標の開発)

DORA, "San Francisco Declaration on Research Assessment"

DORAは先週末に発表されたプランSの改訂版においても新たに盛り込まれています。
プランSは、電子ジャーナルの価格高騰を背景に、購読料と論文掲載料(APC)の二重取りを招くハイブリッド誌から、APCのみを求めるOA誌への投稿を誘導する欧州研究助成機関によるイニシアティブですが、一般にハイブリッド誌の方がOA誌に比べて、各分野で伝統的に築かれてきた「権威ある雑誌」であることが多く、プランSがコスト面の対策であるとは言うものの、「研究者のキャリアに直結する「権威ある雑誌」への投稿を妨げるというのは、どういうことか!?」という反発を呼んでいました。
ハイブリッド誌への投稿を妨げるのなら、研究助成において「権威ある雑誌(IFの高い雑誌)」であるか否かは評価すべきではないという指摘があり、プランSの改訂版では、「研究助成において、研究の中身を評価し、出版媒体やIF(やその他の学術雑誌の指標)、出版社などは考慮しないことにコミットする」という原則が盛り込まれました。
プランSは強い推進力で、(プランSに参画する、しないにかかわらず)、世界各国の電子ジャーナルの契約形態や論文投稿のあり方に影響を及ぼしつつありますから、このDORAに沿った研究評価の考え方も、世界に影響を及ぼしていく可能性があります。(ただし、論文生産数が爆発的に拡大するなか、学術雑誌のIF以上の簡便な研究評価手法は現状では存在せず、研究内容を質的に評価するといった綺麗事を言っても、実効性が担保されるのか微妙な面はあります)。

日本においても科研費の申請書で「研究業績」を記す欄がなくなり、代わりに「応募者の研究遂行能力及び研究環境」が求められるようになりました。世界の大学においても、教員採用において、論文業績リストではなく、応募者が自分を評価してもらいたいと思う研究実績について、そのエビデンスを数点のみ求めるといった試行をしていると聞きます。今回のインドの事例にしても、プランSのDORAを含める動きにしても、いずれも、世界的な論文数拡大と、それに伴う研究評価における量的指標への依存により生じる弊害が、背景にあるのかと思います。

この問題に対する解決の糸口はまだ見つかっていないですが、学術の発展の意味は、論文を生産することや、それを研究評価することにあるのではなく、広い意味での人類の発展につながる研究がなされることにあるはずなので、そうした「人類の発展が、更なる学術の発展を促すような好循環」が形成される方向で、学術システムが検討されていくと良いと思います。

船守美穂