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エルゼビア社、学術論文検索サイトSci-Hub等に勝訴

世界最大規模のオランダの学術出版社エルゼビア社が、Sci-HubやLibrary of Genesis (LibGen)などの不法の学術論文検索&ダウンロードサイトを著作権法侵害等で起訴していた件で、米国NY地裁が2017年6月21日に被告の欠席裁判で、これらサイト恒久的な差し止め命令および著作権侵害に関わる1500万ドルの損害買収請求の判決を下しました。

これらの不法サイトには2015年10月に暫定的差止命令がでていますが、Sci-Hub等は異なるドメインでサイトの運営を続けていました。Sci-Hubはロシアで運営されており、今回の米国における判決がでても、引き続きサイトの運営は続けられるとみられています。

Sci-Hubのサイトからは、2016年の6ヶ月のあいだだけでも2800万件の学術論文がダウンロードされており、サイトにある学術論文の50%は、エルゼビア社、シュプリンガー・ネイチャー社、ワイリー・ブラックウェル社の3大・学術出版社が著作権を有する論文です。

「このような判決は、(サイトを閉鎖することはできないとしても)こうした不法サイトに対する警告を発するという意味がある」と、国際STM出版社協会(International Association of Scientific, Technical and Medical Publishers)のスポークスマンは述べています。

[Nature] (2017.6.22)
US court grants Elsevier millions in damages from Sci-Hub

商業出版社が著作権を保有する有料の学術論文について、どこからか得たデジタルコピーをフリーで提供するサイトが不法なのは間違いないですが、一方で、アカデミアが自分の分野の研究者と研究の進展を共有する手段としての論文が、商業出版社による購読料という壁(英語でpay-wallといいます)により、アカデミアの間ですら論文が共有できないのは困ります。
Sci-Hubの最大の利用国はイラン、中国、インド、ロシアですが、日本も含む米国や欧州諸国などの先進諸国もこのサイトを利用しています(以下リンクの地図参照)。商業出版社の学術論文購読料の値上げで、近年日本においても購読契約ができない大学が拡大しているので、このようなサイトが利用されるのも無理ありません。
Sci-Hubを運営しているのは、元脳科学者のAlexandra Elbakyanで、読みたい論文が読めないことに苛立ち、このようなサイトの運営を始めました(余談ですが、10代かと思うほどあどけない顔の、うら若き女性です(元記事リンク写真参照))。
Paper piracy sparks online debate (Nature, 2016.5.2)

近年は、有料の学術論文のフリーのコピーを5300の世界中の機関リポジトリから検索し表示してくれるウェブブラウザの拡張機能Unpaywallというものもあるようで、フリーの学術論文を利用する流れはますます加速しそうです。
Unpaywall finds free versions of paywalled papers (Nature, 2017.4.4)

国際STM出版社協会は、「Sci-Hubは学術コミュニティになんら価値を与えていない。学術の進展に寄与せず、研究者の業績を評価もしない。単に盗んできたコンテンツを置いてあるだけだ」としていますが、学術論文は、検索して読めれば、それで十分な気がします。
研究者の評価につながる論文数や引用数、h-indexに学術雑誌のインパクトファクターなどは、アカデミアが出版社に頼んで作成・提供してもらっているわけではないですし、しかもこれらはあくまでも目安としての量的指標で、研究の「質」が測れているわけではなく、むしろ、近年の論文量産の傾向やそれに伴う研究不正の多発をみていると、これら指標がアカデミアのあり方を歪めているという効果の方が大きいように感じるので、もう一度シンプルに、論文が読めるだけの状態に立ち戻ってみてもいいのかもしれません。

なお中国では、こうした論文輩出競争から偽の査読(偽のIDで自分もしくは仲間内で査読をしあって、論文受理とする)が横行し、今年初めにガン関係の学術雑誌から、中国人著者による論文107点が撤回されたことを受け、省庁横断的に、こうした偽の査読に関わったと判明した研究者については、競争的研究資金を差し止めるとの通達が6月14日に発表されました。
国家自然科学基金委員会(National Natural Science Foundation of China)がリードをとり、他の省庁とともにこのように決定しました。複数の省庁横断的にこうした決定がなされるのは異例なことです。

こうした偽の査読は組織的に行われており、中国政府は中国サイバー管理局を通して、こうした偽の査読を行うサイトの運営者を突き止めたい考えです。サイトを閉鎖しただけでは、また新たな偽の査読サイトが立ち上げられるだけだからです。

なお、国家自然科学基金委員会は科学研究の6割の助成をしているのに対して、撤回された107の論文のうち同基金の助成を受けていたのは17論文のみでした。また関わっていたのは、若手研究者が多く、研究助成を得るために査読論文の実績を得ることに必死であったと言われています。
国家自然科学基金委員会では、審査中であった競争的研究資金の30の応募書類が、偽の査読による業績によるものであることが判明し、これら応募をキャンセルしました。

中国政府の今回の監理強化は、研究者評価改革とセットで行わないと成功しないだろう、との指摘がなされています。
China cracks down on fake peer reviews (Nature, 2017.6.20)

船守美穂